ある日の座学にて────。
珍しく衣谷が艦娘達の前に立ち、教鞭をとっていた。
「……この酸素魚雷にはいくつかの特徴がある。では、吹雪。酸素魚雷の特徴とは?」
「はい! 大威力、高速長射程、無航跡です!」
「そうだな。その分だけ高価で、外した時のガッカリ感や友軍を誤射した時の被害が酷いことになるが……」
衣谷は一度言葉を切り、吹雪の後ろに座っている夕立を指した。
「夕立。無航跡の酸素魚雷が発見される場合もあったと言われているが、その条件は?」
「はーい。えっと、93式酸素魚雷の航走開始直後は、気泡が出るから完全な無航跡とは言えないっぽい。それと、南方での夜間雷撃では、夜光虫が光って魚雷の位置が露見した記憶があるわ」
「そうだな」
夕立の回答に満足した衣谷は頷いて言う。
「兵器は使用条件、環境要因により性能が大きく左右される。それをよく考えて攻撃手段を選択するように」
──教務の終わったすぐ後、衣谷が座学講堂から出ようとしたところを時雨が捕まえる。
「提督。イージスシステムについて質問があるんだけど」
「あたしも聞きたいっぽい!」
聞かれた衣谷は困ったような顔をする。
「俺はイージスは分からんぞ。簡単な説明しかできん」
「簡単でもいいよ」
イージスシステム。
米ソ冷戦時代にアメリカが開発したシステムだ。
当初、ソ連の対艦ミサイル飽和攻撃に対処するべく考案され、技術的にも予算的にも不可能とされたシステム。それを妥協して実現可能なモノに落とし込んだ産物。
「はっきり言って、イージスシステム自体は大したことない。イージス艦でも単艦なら、沈める手段はいくらでもある。重要なのはデータリンクだ」
「データーリンク?」
よくわかっていなさそうな時雨と夕立に対し、衣谷は並んで立つように言う。そして、2人の真ん中あたりに左腕を伸ばすと、手をパーの形に開いた。
「さて2人とも。俺の指を敵機に見立てて報告してみてくれ」
「う、うん。左60度、距離30、高度1000、機数5」
「右60度、距離30、高度1000、機数5、っぽい」
「じゃあ、好きな指を掴んでくれ」
衣谷がそういうと、2人して衣谷の左手薬指を掴んだ。
「さて、2人が掴んだ“敵機”が撃墜されたとする。オーバーキルだな。今は目の前にいるから俺も分かるが、離れた位置で2人の報告を聞いたとしよう」
2人の発見した敵機は同一なのか?
2人で1機を撃墜したのか? それとも2機落とせたのか?
「と、混乱してしまうわけだ。この混乱とオーバーキル……目標の重複を防ぐのがデータリンク等だ。……指を放してくれ」
(夕立、先に放しなよ)
(時雨こそ先に放したら?)
(……じゃあ、せーので)
(うん)
『せーの』
「……」
「……」
渋々と、2人は衣谷の薬指を解放する。
衣谷は講釈を再開した。
「で、戦術統合システムだとかを使うと、まず時雨と夕立の位置が把握され、目標に『衣谷の左手』という符号が振られる。これにより、時雨と夕立が同一目標を捕捉したことが瞬時に把握される」
次に、システムは目標の割り当てを行う。
「システムは、時雨に『小指を掴め、次に薬指』、夕立に『親指を掴め、次に人差し指』と命じ、最後に『時雨は中指を掴め。夕立はバックアップ』と、命じる。ここまでシステムが把握し、効率的に対処するわけだ」
ざっくりした説明だけどな、と衣谷は言う。
「じゃあ結局、艦艇の数が揃わないと弱いってこと?」
「まあ、そうなるな」
そう。戦いは数だよアニキ、は真実なのだ。
手数以上にミサイルを撃たれてしまえば、対処が間に合わない。弾と時間を有効活用しても、保有弾数を超える数は対処しようがない。装填が間に合わなければどうしようもない。
「だから、システムの対処可能機数とか搭載弾数なんかは……アレだな」
「秘密だったり、嘘だったりする?」
「そういうことだが、嘘じゃなくて、事実と異なる部分があるってだけだ」
「それを嘘って言うんだよ」
「言葉遊びは好きじゃないっぽい」
衣谷は肩を竦めた。
「女は秘密を着飾ると言うし、君たちも隠し事の百や二百はあるだろう?」
「多すぎるよ。僕はせいぜい……」
「時雨はむっつりだし、隠さなきゃならないこと多そう……」
時雨と夕立が追いかけっこを始め、衣谷はそれを温かな目で眺めるのだった。
リハビリ中
復帰は未定