「おめでとう、合格だよ。神谷君。」
コピー体を移す部屋から出た俺は、足坂に静かに祝われた。その言葉を聞いた時に、俺は確信した。
「足坂さん、なんで僕に最大速度は使わなかったんですか?手を抜いていたんですか?」
俺はそう聞かずにはいられなかった。
「神谷くん、能力を使う者は自らの能力に対して抗体をもつ、あるいはその能力によって身体へのダメージが出ない事は知っているよね?」
足坂さんは聞かれる事を想定していたのか、聞かれて直ぐにそう聞き返して来た。
「はい、知ってます。それとこれになんの関係が…?」
「確かに普通に能力を使う分には影響はない。だが、それ以上の能力を使う事が出来た場合、何が起きると思う?例えば、俺が普通なら2の10乗までの速度しか出せないものを、2の100乗まで能力が使えるとしたら、君が感じた違和感の理由が、最高速度を使っていない理由がすぐ分かるはずだよ。」
「まさか、足坂さんは…、普通超えないように本能が抑えている能力の上限を超えたって事ですか…!?でも、僕たちがやったのはコピー体ですし、体は壊れても大丈夫なはずです。2の10乗までで抑えて戦った理由にはならないですよ。」
俺からすれば、能力上限を超える為に本能に抗うのは非現実的な話すぎて、驚きを隠す事は難しかった。
「そうだよ。僕の最高速度を使えば、確かに君には勝てた。しかしだ、僕の能力は上限を超える力を持ってしまっている。というか、俺が望んでそうしたんだけど。となると、最高速度を使った時に掛かる身体ダメージは、抗体有りでも相当の負担になる。つまり、君とやっている時に万が一に一発目の攻撃を避けられたら、俺の負けは見えてるだろ。身体が自滅してしまうからだ。だから、念の為に力を抑えて戦ったんだ。限りなく勝利を一番手に出来るのを見極めるのも今後、君には必要だろう。確かに、少しばかり手加減はしたよ。だけど、そこまで大幅な手加減はしていない。」
「そういう事だったんですね。分かりました。それで俺たちは、これからは独立の団体としてやっていっていいって事ですか?」
納得がいったものの、少しばかり足坂さんの本当の能力を見て見たい気持ちもあったが流石にそんな事は言えなかった。
「あぁ、君達はこれからは独立団体として頑張っていってくれ!ほら、君の仲間が休憩室の方で待ってるから、早く行こうか。」
足坂さんは爽やかな笑顔をこちらに向け、そう言った。
「迅、良くやったな!正直驚いてるよ。」
「まさか、足坂さんに勝っちゃうなんて、迅は強いよ!」
休憩室に入るや否や、誠とナツは俺に向かって口々に褒め称えるような言葉を言ってくれた。
「あ〜、一緒のタイミングに言われても、聖徳太子じゃないんだから、何言ってるか分かんねぇよ。」
俺は照れ隠しも含めた笑いを見せながら、軽い冗談を言った。
「さて、みんな疲れてるだろうし、今日はもう帰ってくれて構わないよ。お疲れ様!なにか聞きたい事があるなら、明日、団体の手続きをしてもらう時にでも言ってくれれば良い。今すぐ聞きたいなら、それでも構わないけど。」
足坂さんはそう言って、俺たち3人の方を見て、なにか懐かしんでるような表情をしていた。
「じゃあ、今日は帰ります。明日、また来ます。今日は有難うございました。」
俺はそう言って、足坂さんとお別れをした。
家に帰る途中、俺は夢に出て来たもう1人の自分について、ナツと誠に話すか悩んだが、笑い話にされて終わりそうだったから、その日はそのまま自宅へと帰宅することになった。
「誠、明日は最寄り駅に9時に来てくれ。1人で行っても良いんだけど団体代表者がまだ決まってないから、全員で来るように言われてるから。」
「あ〜、了解。じゃあな、ナツ、迅。」
「じゃあな」
誠は俺たちの家とは駅から逆方向にあるので、結局、最寄り駅から家へはナツと2人で帰ることになる。
ナツは合格できた感動からなのか、珍しく喋らない時間が続いた。
「おい、ナツ。まだ、団体作れただけなんだから、そんなに浮かれないでくれよ。」
「浮かれてるには浮かれてるけど、合格できた事で浮かれてるわけじゃないよ。別に…。」
少し茶化す感じで話したのに、この返答…。
なにかあったに違いない。
「なぁ、ナツ。なんか悩みでもあるなら話してくれよ。お前のその考え込むような姿はあんまり見たくないんだ。いつものお前が良い!」
「なっ、悩みなんてないよ、別に!そんなにいつもの私がいいの〜、迅?」
俺が真面目になった瞬間に、いつものナツに戻った。ただ、少しばかり頰が赤い気がするが気のせいだろう。
「お前な〜!人が真面目に聞いた時には普通になって、人が茶化そうとした時にはシリアスになるってどういう事だよ。」
「私はいつでも大真面目です!」
真顔でナツが俺の方を向いてそう言った時から、笑いが止まらなくなっていた。
「大真面目!?どこが、どう見れば、真面目という言葉が出て来るんだ?」
笑いながら、俺はそう言った。
半ば予想はしていたが、ナツはやっぱりネジが何本が飛んでいる…。だけど、そんなナツに安心する自分もいるのは事実だ。
「じ〜ん〜!!言っていい事と悪い事があるでしょ!」
そう言いながらも、ナツは優しい笑顔をこちらに向けている。
「あはは、すまん、すまん。つい本音が…。」
笑いながらも、このナツの笑顔を守りたいという衝動が身体中に駆け巡った。
「あのな、ナツ。もし、もしの話だけど。俺達が敵と遭遇して負けそうになったら、お前だけでも逃げてくれ。いいな?」
ナツは俺のこの言葉を聞いた瞬間、瞬時に俺に顔を向けた。
「迅、私が迅が斬られそうになった時、庇ったよね?あの後、私が何を言ったか覚えてる?」
ナツは少し怒った表情をしていた。
「えっ…。あぁ、あの時の言葉は覚えてるよ。」
ナツの怒った表情を見た時、少しばかり焦った。
「なら、私だけが逃げたところで意味がない事位、分かるよね…。私にとって迅と誠君は大切な存在で、失ったらいけない、そんな存在なんだよ。だから、私の事が不安だからってそんな事は言わないでよ…」
ナツは怒ったような、悲しそうな表情をこちらに見せた。
「……。ごめんな、ナツ。俺は、トレーニング場でお前の事を見直した。筈だったんだ…。なのに、またこうやってお前に俺の自己中な意見を押し付けようとしてしまった。」
「いいんだよ…。私はまだ弱いし、そう思われやすいのかもしれない。だから、もっと強くなって、迅に、そう思われないように頑張るよ。」
「ナツ…。」
いつも一緒にいて、何もかも知っていたように思えていたナツがこんなにも、考えてる事を今まで俺は気づいてこれなかった。これからは少しづつでもお互いの考えを共有出来るようにしていこうとそう思えた。
「でさ、迅。その時の言葉を覚えてるなら、私が迅に言った言葉の中でまだお返事が頂けてないものがあるんだけど…?」
ナツは顔を真っ赤にしながら、そう言った。
「えっと…。あれのことだよね。色々起きて、うやむやになってたけど、俺さ、まだお前の事を全然知れてないことに気づいたんだ。だから、ナツの事をもっと知ってさ、それで俺が好きだって思ったらって…感じじゃダメかな?」
「ううん、待ってる。その時を待つよ。じゃあ、これからは私の事をもっと知ってね!それじゃ!」
ナツはそう言って、自分の家の方へ走って行った。
「はぁ…。凄い恥ずかしかった…。」
生まれて初めて、こんな事を言ったからか、俺の体温は少しばかり熱くなっている気がした。
これから、また色々な事が始まるけど、ナツとの約束だけは必ず忘れないようにしようと、そう決めた時、優しい風が熱くなった俺の頰を撫でた。
「神谷君たち、こっち来てくれ。」
東京能特支部の事務室の中が広すぎて迷いそうになってるところ、丁度足坂さんが見つけてくれた。
「足坂さん見た瞬間、ホッとしましたよ〜。」
誠は足坂さんと俺との攻防をみて、足坂さんに尊敬を抱いたと誠は朝ここに来る途中に言っていた。だからか、なんとなく足坂さんの行動全てを吸収するかのように見ている気がする。
「そうか?一番冷静に、通路案内を探そうとしてたじゃないか。」
足坂さんもそれに気付いてなのか、昨日よりも少し親しみを持って、話している感じがする。
「でだ、今日は団体名はいつ申請しても良いとして、団体の代表者を決める事、あとはこれにサインしてもらうだけで今日はいいから。なんか昨日しそびれた質問も今日答えるよ。」
足坂さんは事務室の中の一室に入るとすぐに本題に入った。
「代表者ってもう決まってたんじゃないの?誠君。」
「いや、俺も決まってると思ってたんだけど、当の本人がね…、気付いてないんだよ。」
誠とナツがわざとらしい会話を始め、そしてチラチラとこちらを見て来る。
「分かったよ、俺がやるよ。って、なんで笑ってんだよ。」
俺がやると言い出した途端、2人して笑い出して、更に足坂さんまで笑顔になっている。
「だって、迅…。ずっと率先してるのにずっとリーダーという立場にいる事に気付いてないんだもん。」
と、2人で口を揃えて笑いながらそう言った。
なんだ、この状況…。と思いながら、サインをした。
「足坂さん、これでいいですか?」
足坂さんにサインした紙を渡す。
「あぁ、確認した。まぁ、なんて言うか、いい団体になりそうでなによりだ。」
足坂さんがそう言って、微笑んだ時、突然、非常用のベルが鳴り響いた。
「何事だ。何があった?」
足坂さんは瞬時に戦闘時の本気の表情に顔を変え、オペレーターに連絡を取っていた。
「4人の能力者がここに侵入。その後に、案内担当の者を次々に襲っています。能特の能力者達が現在、他の事件でほぼ不在の為、対応が遅れています。」
「なんだと…。……。神谷君、木暮君、鳴都君。今いる場所と案内所の場所の距離は近い。恐らく、こっちに来るから、俺はそこを迎え撃つ。君達は影から見ててくれ。万が一となったら、俺から指示を出す。」
足坂さんは有無を言わないくらい威圧感のある雰囲気を醸し出していた。
「オペレーター、4人の能力者の特徴は?」
「全員、同じ容姿で筋肉が隆起するレベルでついている化け物を思わせる風貌です。恐らく、今回取扱中の事件で生徒達を襲った能力者達だと考えられます。1人で対応出来ますか?」
「あぁ、1人で対応するもなにも、他に人いないし、新戦力で良い団体をここで失う訳にもいかないからな。俺1人で充分だ。」
足坂さんはそう言って、敵が来るのを待っていた。
「敵が近づいています。現在、事務室第二応接室方向へ向かっています。あと5秒で敵が来ます。」
オペレーターの5秒のカウントが始まる。
0のカウントと同時に、俺たちがいた部屋の壁が破壊される音が鳴り響いた。
煙が舞う中、四つの巨大なシルエットが浮かび上がる。
「おい、今なら案内所の人たちの医療費と破壊した物の値段だけ払えば許してやるが、俺とやる気か?」
足坂さんは俺たちと話す時のトーンとは、全く違った非常に冷たく感じる話し方だった。
「おいおい、4人対1人なのに、そんな高圧的な話し方をしたら、歯向かわれるに決まってんだろー!さぁ、早いうちに俺たちの目的のものを渡せ!」
彼らの声はどれも同じで、容姿も同じだった。
ただ、雰囲気からして能力は全員違う。
そして、奴らの容姿は、あの時襲われた時の奴と同じ、声も何もかもが同じだった…。
「目的…?貴様らの目的はなんだ?」
「今日、ここにいるって知っているんだ!木暮ナツ、神谷迅。この2人を差し出せ。そうしたら、これ以上、この場で人を殺したり、お前を攻撃する事もしないと約束しよう。」
彼等は4人対1人という時点で勝ちを確信したのか、笑いながらそう言った。
「そうか、それが目的なら残念ながら、阻止させてもらう。」
足坂さんは、臆する事なくそう言った。
「そうか、じゃあ、俺たち4人の能力を存分に味わってくれよ!!」
「お前らなんかの能力を見る事自体が不愉快だ!すぐに終わらせてやる。」
足坂さんはそう言って、首の骨を鳴らした。
奴らが能力を発動し、足坂さんを対象とし、物体を打ち込んだり、下から床を突き出し天井に押し潰す攻撃をした時、足坂さんはもうその場にはいなかった。
俺たちが見たのは、ほんの一瞬の出来事だった。
「終わった。」
いつの間にか、足坂さんは敵の後ろにこちらを向いて立っていた。
4人の能力者達はなにもなす術も無く、床に音を立てて倒れた。
「足坂さん、今のは…?」
「あぁ、神谷くんには昨日話したけど、これが能力超越だよ。アビリティの上、アビリティア。本来、アビリティアというのは能力の本質を指すんだけど、そのアビリティアというもの自体を扱う事が能力超越であることから、能力超越を別名アビリティアと呼ぶんだ。」
そう言って、足坂さんは椅子に座った。
「ただな、身体へのダメージは大きい。今回は超したといっても、少しだから息が切れたりとか、疲労感が大きいだけで済むけどね。」
足坂さんは苦笑いしていた。
「俺たちがそのアビリティアを習得しないといけなくなる事ってあるんですか?」
誠は興味深々なのか、目を輝かせている。
「君達が習得しなきゃいけなくなる時は、いずれある。だから、今のうちに能力訓練を多くやっておくんだ。実戦で戦う事以外にアビリティア習得の為ってのも能力訓練をする理由の一つなんだ。」
俺たち3人がこの言葉を聞いた瞬間、覚悟を決めかねていた。身体へのダメージが大きいと知って、越したいと思う奴は中々いないだろう。
「まぁ、今はそんなに身構えなくていい。ただ、ひたすら練習したり、能力アップに励んでくれればいいさ。いずれ必要になって、どうしても使わないといけないという時が来るのだから…。」
足坂さんは俺たち3人の考えを読んだかの如く、少し表情を和らげ、そう話した。
「この話はまた、別の機会に詳しく話すことにしよう。それでだ、あの能力に見覚えはなかったか?」
「あの能力、全て見覚えがある。」
俺たち3人は使われた4つの能力を見た事があった。
「それはどこで?」
「あれは、学校の奴らの能力でした。」
足坂さんはそれを聞くと、床に倒れた奴の1人の体に触れた。
「そういう事か…。能力をどうにかして、この人の擬似体へコピーか、何かしたんだ。」
「えっ…、こいつらは人じゃないって事ですか!?」
驚きのあまり、俺はそう言った。
「いや、足坂さん。能力のコピー、移転は現在の技術じゃ無理じゃないですか。」
そう言ったのは誠だった。
「人じゃないね。しかし、それ以外に考えようが無くないか?鳴都君には、他の方法は見つけられるかい?」
「見つからないです。でも、もし敵側がそんな事が出来るなら、この擬似体をもっと作って、大軍で攻めて来るのもおかしくないじゃないですか?」
「確かに、そうだな…。なんのギミックがあるんだ…。それと、神谷君達がここに来るのを敵はなぜ知っていた!」
足坂さんが語尾を強めたのは、恐らく答えが分かっているものの、信じたくはなかったんだろう。
東京能特支部内に敵の内通者、或いは敵そのものが潜んでいることに…。