見つめる先には   作:おゆ

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最終章 愛に生きよ、全ての人よ
第百一話  宇宙暦801年 四月 柔らかな灰


 

 

 ヤンもキャロラインも平和を希求する。

 

「そのためにできることをしましょう。そのために一つしたいことがあります」

 

 二人はキャロラインはヤンと共にイゼルローンに帰る気はなかった。

 フェザーン回廊から帰還することを考えていたのだ。

 今後の帝国との折衝における布石を考えてのことである。キャロラインはヤンから補給物資を分配してもらい、帝国領内を進み、フェザーン回廊に到達した。

 途中、向かってくる帝国の警備艦隊は蹴散らしたがそんな無謀な艦隊は多くなかった。

 フェザーンに到達しても特に占拠はせず、物資の調達だけ行ってそのまま通過、同盟領に帰る。

 

 その様子をさもありなんという目でフェザーン代理総督オーベルシュタインが見送る。

 

「あれはただの示威行動だ。政治的に意味はあっても実害はない」

 

 激しい戦いによって損傷が多く、キャロラインが本気で何かすることはできないと見切っている。

 だが、意外な所に波紋を呼ぶことになってしまった。

 これを帝国の衰えとみて好機到来と喜んだ者がいたのだ。ニコラス・ボルテックが軟禁場所から脱出してフェザーン内のどこかへ潜伏した。

 

 

 

 ハイネセンの同盟政府も同盟市民もこの戦いで払った犠牲の大きさに粛然とした。

 

 第一次アムリッツァ会戦に匹敵するほどの損失を出した。

 だが、またしても防衛戦争に勝ったのだ。

 帝国の侵攻を阻み、自由惑星同盟を守り通した。

 

 ハイネセンではうんざりするほど戦勝記念行事がある。

 

 そして艦艇数が減っているにも関わらず、幾多の者に昇進がある。

 その一人メルカッツは客将という暫定的な待遇ではなく、正式に同盟軍中将待遇として認められた。引き続きヤンの第十三艦隊に所属する。

 

 ボロディン中将、アップルトン中将がそれぞれ大将に昇進する。

 

 そして注目のキャロライン・フォークに元帥昇進の話が来たが、驚いたことにキャロラインはやんわりと断った。

 

 それには理由がある。元帥になれば、キャロラインは将を統率する立場になり艦隊指揮の現場から退くことになってしまう。有事で総司令官を拝命するのでなければ。

 ヤンのようにイゼルローン駐留などという特別な任務中でない場合、通常には元帥とはそういうものだ。

 キャロラインは第九艦隊が好きだった。ここから離れたくない。

 それに自分が諸提督の上に立つというのも気が引ける。

 同盟軍はそこを理解し、結局のところキャロラインを大将のままとした。

 

 代わりにドワイト・グリーンヒル大将を元帥に昇進させる。

 今はまだ第七艦隊司令官だが、シトレ元帥が引退次第グリーンヒル元帥が統合作戦本部長に就任することも決められる。

 

 

 

 こうして同盟軍が粛々と人事と再編を進めていたころ、銀河を揺るがすニュースが飛び込んできた。

 

「ラインハルト夫君陛下、発熱のため病床にあり!」

 

 

 第三次アムリッツァの戦いから帰還しつつも、ラインハルトは覇気の片鱗を見せる。

 

「無念だ。キルヒアイス。敵を戦略で上回り我が方に有利な条件を整えた。数を揃え、場所も設定した。それがなぜ負けねばならん」

「ラインハルト様。確かに残念でございます。しかしまた見えたものがあります。成長の糧といたしましょう」

 

 キルヒアイスは悔しがるラインハルトを見てむしろほっとしていた。

 なぜだろうか……

 理由ははっきりと分からない。

 あえていえば、キルヒアイスに感じたことがある。

 それは戦いの直後、ラインハルトにこれで満足しきったような影が見えた気がした。

 

 存分に戦いきって、なんだかきれいに燃え尽きたような。

 

 並の提督なら有利な状態から負けてしまえば心が折れることもあるだろう。

 しかし、ラインハルト様だけはそうであってはならない! 覇気を失なってはいけないのだ。

 あるとすれば命脈が尽きる時だ。

 

 少年のように悔しがるラインハルトがキルヒアイスを安心させた。

 そんなキルヒアイスの思いに気付かずラインハルトは考え続ける。

 

「今度こそ必ず屈服させる。単純な力攻めでは駄目だ。政治的にも経済的にもあらゆる手段を駆使する。その上で戦いを仕掛けるのだ」

「それがよろしゅうございます。ラインハルト様」

「なにしろ帝国の生産力は未だ敵を上回っている。人口も多く、経済さえ整えば兵も補充できよう。法と政治体制を確固たるものにすれば経済も回る。そして今度は時間をかけ戦力の充実をじっくり待つ。何年か後、艦隊を必ず敵の二倍、いや三倍揃えよう。どんな戦術をも無意味にしてやる」

「そうすれば、必ず帝国が勝ちます」

 

 二人はまた戦略を語り合った。

 今からでもやることはいくらでもあるのだ。

 

 

 オーディンに帰り着いたラインハルトはそういった仕事の前にサビーネに会って無事な顔を見せる。

 ただし今回はいっそうバツが悪い。

 

「サビーネ殿、私はまた負けて帰ってきた。兵も将も多数死なせてしまった。合わせる顔がない」

「家でそんなことを仰らないで下さい。また無事に私のところに帰ってきてくれました。それで充分です。でも、もし反省するなら一生戦いには出ないで下さい」

 

 サビーネはそういう無理を言って甘える。

 とても仲の良い夫婦になっていた。

 

 それとは別に公式の場においてラインハルトは敗戦の報告と今後の方針について説明をしなければならない。

 

 ただし今度の場合は幸か不幸か完全な外征ではなく帝国領内の戦いだった。

 戦略の推移を知らなければ、形の上で防衛戦争と言えなくもない。ガルミッシュ要塞を破壊して図に乗った敵から守るための。

 そして帝国領から追い出している。敵に損害を与え、物資を消耗させ、何も与えてはいない。

 それに戦いではまだ優位なうちに傷を深くしないために退いたのであって単なる潰走ではないのだ。損害に対しては誰もが沈痛だがラインハルトを弾劾する声は多くなかった。

 

 

 それで形だけの謁見をする予定だったが、実際はそれすら開かれなかった。

 

 ラインハルトが急に高熱を出して伏せったからだ。

 実はラインハルトのそんな姿は初めてだ。サビーネにとってはもちろん、アンネローゼやキルヒアイスにも記憶がない。ラインハルトは病気などめったにしたことがないのに。

 

 キルヒアイスは念のためブリュンヒルトの医務室に問い合わせた。

 すると意外なことが判明した。

 

「ええ、ラインハルト夫君陛下は数か月前から時々発熱しておいででした。激務を止めて体を休めるように申し上げましたが」

 

 むろんキルヒアイスが気付かないほどなのだから、そんなに高い熱ではなかったに違いない。

 ラインハルトが本当に異常を感じたらキルヒアイスに隠す理由はない。自分も本当に取るに足らないものと思っていたのだろう。

 

「医者は嫌だ。見るだけで痛くなる」

「だだっ子のようですね、ラインハルト様」

 

 キルヒアイスは諭してラインハルトに精密検査を受けさせた。

 

 

 その結果は…… 皆の驚くようなものだった!

 

「普通の病気ではありません。原因は不明です」

「原因が不明とは…… ドクター、どういうことでしょう。現にラインハルト様には発熱が」

「可能性として膠原病の一種かもしれません。そうだとすると確たる治療法はなく、これからの研究によるとしか」

「ではこれからどうなると言うのでしょう」

「それもまた、現段階ではなんとも」

 

 病気は不治だったのだ。通常の病気ではない。

 

 発熱は上がったり下がったりしながら、次第にラインハルトの体力を奪う。

 食欲はない。

 無理やり食べても体力の維持にすらならない。

 

 サビーネはそんなラインハルトを看病しながら、ひたすら治癒を祈り続けた。

 

「済まない。サビーネ殿」

 

 ラインハルトはそんなサビーネを愛おしく思う。そして大変申し訳ないと思うのだ。

 

「いいえ、そんな。妻が夫を看病して不思議なことがありますか」

 

 サビーネにはラインハルトのいたわりが嬉しくもあったが、今は優しい言葉を言ってほしくなかった。

 ラインハルトの鋭気が失われてきたように思うのだ。

 それが覇王ラインハルトの命そのものなのに。

 

 

 

 病気のことを聞いた帝国の諸提督たちもやるせない気持ちでいっぱいだ。

 

「なぜラインハルト夫君陛下がご病気になるのだ! 代わりにあのヤン・ウェンリーとやらが百回くらい死ねばいい!!」

「無茶苦茶言うなビッテンフェルト、卿が騒いでもどうにもならん。かえって皆の頭が痛くなる」

 

 ビッテンフェルトの大声に対し、ワーレンが負傷のため義手に変えた右腕で器用に額を押さえる。

 

「だが閣下の御病気が原因不明とは…… これからどうなるのだろうか」

 

 ルッツがそう言った。

 それは皆が思っていることだ。諸提督の不安には理由がある。

 

 これまで帝国は敵領への大規模侵攻作戦を幾度も行ってきた。

 それは成功しかけたが、結局は撃退され、敵が予想以上に強いのを嫌というほど思い知らされた。

 

 ここでもしもラインハルト夫君陛下がいなくなればどうなるのか?

 

 敵が逆に攻勢に転じてきたら…… 帝国を守りきれるのだろうか。

 ここしばらくは帝国から攻勢をかけているが、本来は敵の方から仕掛けてきた方がずっと多い。あのアムリッツァ以前にも度々イゼルローン要塞に飽きもせず攻めてきたものだ。

 敵は恐ろしく執拗で、帝国を目の敵にしている。

 民主主義なる政体で全て覆うまでは決して諦めない。

 

 帝国軍は未だ数は多く、強い。

 しかしここで戦争の天才ラインハルトを失ってしまえば…… 敵にはヤン・ウェンリーとキャロライン・フォークの二人が健在なのに。

 

 諸将は改めてラインハルトが巨大なことを思い知った。

 

 もし一度や二度負けようとも、ラインハルトがいる限り最終的な勝利は動かないものと信じ切っていた。

 その覇気は遅かれ早かれ宇宙を統一すると。

 帝国の方が負けて滅ぶなど想像したこともない。

 

 全軍の指揮をとるラインハルトの存在に頼り切っていたのだ。

 

「どうこう言っても始まらん。敵が攻めてきたら俺たちが頑張って叩く。それしかあるまい」

 

 ミッターマイヤーがそう言い聞かせた。皆にも、自分にも。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百二話  深慮遠謀

同盟の戦略が静かに進み……
 
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