見つめる先には   作:おゆ

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最終話   宇宙暦801年十一月 見つめる先には

 

 

 ハイネセンで盛大かつ型破りな結婚式が開かれた!

 

 亜麻色の要塞、無敵の女提督キャロライン・フォークと、伊達と酔狂、敗走の名人ダスティ・アッテンボローの結婚式である。

 

 結婚式自体は普通だった。無難にこなしたといってもいい。

 

 やや長身のキャロラインにはすっきりしたドレスが似合っていた。

 ボリュームのある亜麻色の髪にはシンプルな髪飾りが、細い首筋には綺麗なネックレスを合わせてある。

 実はキャロラインとしてはフレデリカに選んでもらうのに不安があったが、家事とは異なってフレデリカの美的センスは悪くなかった! たぶんフレデリカは手先を動かすことでなければ大丈夫なのだろう。

 全体としてキャロラインはとても美しい花嫁になった。

 

 逆にアッテンボローの方は誰も見ていない。

「軍服で出たんじゃないのか」と誰かがいえば、そうだったかな、と思われそうなくらいだ。

 

 

 

 結婚式が終わり、中庭に移ってざっくばらんな披露宴となる。

 会場は大きいという程ではなく、出席の人数もすごく多いというわけではない。

 

 さすがにアッテンボローもキャロラインも自由同盟軍の将帥であるからには内々の結婚式にするわけにはいかない。しかしせめて顔を見知った者だけに絞り込んでいたからだ。もちろん、出席者の階級を合計すれば記録的な高さのものであることだけは間違いないものだが。

 

 そして人数のわりに賑やかなことといったら式場の係りも見たことがない程のものだった。

 

 最初から大騒ぎだ。

 イゼルローンにヤンファミリー唯一の常識人かつ抑え役のムライを留守役にしてしまったこともあるだろう。

 アル・サレム大将の祝辞もシトレ元帥の祝辞も聞き取れない。

 これにはアッテンボローはラッキーと思った。

 

 

 

 

 ただし、静まり返っていた祝辞もある。

 それは、アンドリュー・フォークが述べている時だ。

 

 その時だけは「誰でも声を上げて邪魔するものがいれば殺す」というキャロラインの気迫と殺気を感じていたのだ。

 

 そうでなくとも、アンドリューのスピーチは感動的だった。

 キャロラインのおかしなエピソードをいくつも交えながら楽しく話す。子供時代からの失敗やブラコンのエピソードなんかである。

 それはコミカルではあっても、いつでも真っすぐに生きてきた花嫁であることがよくわかるものだった。

 

 むろん注目はアンドリューのアッテンボローについてのコメントだ。

 

「花婿は士官学校の一年先輩なので変な発言は控えたいと思います。すると結果として何も話すことがなくなってしまいました」

 

 それで締めくくった。

 やんやの喝采だ。基本は真面目な秀才のアンドリューだが、ユーモアのセンスがないわけではない。

 それと皆は気付いた。キャロラインはとてつもなく重度のブラコンだが、アンドリューはそこまでのシスコンではない。

 これには少しばかり安心できる。

 

 

 祝辞などが終わるとまた騒ぎになる。

 誰しもがキャロラインとアッテンボローの結婚式は明るく楽しい方がいいと考えていたのである。

 

「何じゃあ。うるさいのう。ベンドリング、平民とはこんなにしゃべるのか」

 

 招待客の一人、マルガレーテ・フォン・ヘルクスハイマーがそんなことを言う。ハイネセン郊外のひっそりした屋敷から招待に応じている。

 実のところマルガレーテは賑やかなのを楽しんでいるのだ。口ほど嫌なのではない。

 

「これはヘルクスハイマー家のお嬢様。私はウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツと申します」

 

 マルガレーテへ何とメルカッツが挨拶をする。それは元帝国軍人として、元貴族令嬢に対する礼儀である。この機会にそれを行う。

 

 マルガレーテも従者ベンドリング以外の帝国軍の制服を見るのは久しぶりだ。

 ここで喜んで懐かしいオーディンのことや、あれこれ帝国の話をした。

 後にメルカッツの妻とそして娘もまた同盟に亡命してくるのだが、マルガレーテはその娘ととても良き友人になることになる。

 

 宴の最中、もちろん花嫁と花婿に個人的な挨拶をする者が引きも切らない。

 

「キャロル、おめでとう! 結婚はいいものよ。家事は大変だけど」

 

 いや家事が大変なのはあなたじゃなくてヤン提督でしょう、とキャロラインは心の中で思う。しかしそのフレデリカに抱きついて万感の謝意を表した。

 これまでにフレデリカにはどんなに支えてもらったことか。

 

「アッテンボロー、花嫁を迎えたんじゃなくて花婿を取られてしまったな」

 

 フレデリカの次にはヤンがそんな冗談を言う。いや、本当は冗談の範疇ではない。

 実際、アッテンボローはこの後第十三艦隊から第七艦隊への異動が決まっている。故グエン少将の後任分艦隊指揮官としての異動でフェザーンの第七艦隊へ赴く。

 そしてもう一つのことが決まっている。

 間もなくキャロラインもまた第九艦隊と共にフェザーンへ行くのだが、そこに第七艦隊も伴われているのだ。その二つの艦隊はフェザーン駐留艦隊という新たな艦隊を形作る。つまりキャロラインとアッテンボローはフェザーンで夫婦生活を送れる。

 ヤンにとり、信頼している後輩アッテンボローがヤン・ファミリーからキャロライン・ファミリーの方に行くのは、少し寂しいものがあるのかもしれない。

 

 

「アッテンボロー、お前さんには過ぎた女房だ。料理上手な女房はいいもんだぞ」

 

 次はそんな言葉がアッテンボローにかけられる。むろん、自慢の妻を持つアレックス・キャゼルヌのものだ。こと料理に関することだけにフレデリカが今いないことを確認してから話す気遣いはあった。

 

「料理上手だけで人生が良くなるもんだぞ。それが真実だ」

「キャゼルヌ先輩、ちょっと……」

 

 アッテンボローが困った顔をして指摘せざるを得ない。

 何と、横でオルタンス夫人がむくれているのだ!

 

「あなた、あなたは妻ではなく料理と結婚なさったのね!」

 

 キャゼルヌの気遣いはほんのわずか足りなかった。

 

 

 

「結婚は最初が肝心よ。ぐいっと押さえてしまえばいいのよ」

 

 お次は誰か。イブリンがキャロラインにそう言ってくる。

 うへえ、これはたまらん、花嫁に変な話をするなよと横でアッテンボローは思う。

 キャロラインはむろん神妙に聞いている。

 二人の馴れ初めからすれば、アッテンボローの方が頭が上がらないのは自明のことなのに。

 

 そんなイブリンを見ながら夫ポプランがコーネフに言う。

 

「おいコーネフ、いつまで結婚しないんだ? クロスワードと結婚は両立すると思うぜ」

「お前さんに撃墜数で勝てば結婚してもいい」

「そいつは男らしくない! コーネフ」

 

 ポプランは急に得意満面になった。

 

「無理な話だろう。この俺様に撃墜数で勝つなんて。コーネフ、自分がいつまでも結婚できないのを他人のせいにしちゃあいけない」

「いつでも結婚しようと思えばできるという意味さ。そんな簡単なことよりいい相手と巡り合う方が難しい」

 

 そう返されたポプランはどう言おうか一瞬考えたが、それより前に視界に入ってきた別の者へ絡むことを優先した。

 

「よう、不良中年。結婚式の会費を払ってばかりでは赤字が重なりお気の毒様で」

「なに、葬式の時も払ってばかりになるだろうさ。お前さんの分もちゃんと払ってやる」

 

 そんな上手いことを言い返すシェーンコップだが、自分ではふとある女を思い出している。

 最近知り合った。

 フェザーンからの民間通商船に乗ってイゼルローンにまで流れ着いたミステリアスな女だ。そしてシェーンコップとはなぜか人生の陰影の深さという共通点で魅かれ合ってしまった。

 その女、ドミニク・サン・ピエールとは長い付き合いになるかもな、という予感がしている。

 

 

 

 

 この披露宴の最中、重大なニュースが飛び込んできた!

 

 普通なら結婚披露宴の席で政治的なニュースなど出すわけがない。

 しかしこれは出席者全員に関わることで、しかも慶事である。

 

「フェザーン近くの帝国領惑星において民主制を求める大規模なデモが発生。近隣の惑星にも広がりつつあり!」

 

 これは単なる生活苦のデモではない。

 ようやく帝国の民衆が政治的に立ち上がりつつあるのだ。

 帝政ではなく、自分たちのための政治を求める運動が始まっている。

 フェザーンから民主共和制という思想の種がまかれ、まだまだひ弱ながら芽吹いている。

 この素晴らしいニュースを聞いて、騒ぎが一段と大きくなる。

 この場にもしも帝国領に潜入しそのデモを陰で演出していたバグダッシュ大佐がいれば、もっと感動してもらってもいいんですよ、と話したに違いない。

 

 誰もかれもが浮かれている。

 

 ヤンはブランデーの飲みすぎだ。

 それ以上飲むと父に言いつけてやるとフレデリカの目が訴えている。

 

 真面目なフィッシャーでさえ酒を勧められて多少酔っている。しかしフィッシャーのことである。帰り道は絶対に迷うことはないだろうと皆は思った。

 

 スーン・スールズカリッターも酔いつぶれ「俺が彼女をアッテンボローなんかより先に、ずっと見ていたんだ。子供の時から……」と言っていたのを介抱しているアンドリューは取り合えず聞かないことにした。

 

 

 

 そしてキャロラインもまた飲み過ぎた。

 酔ってふらふらする。

 

 結婚披露宴の席で花嫁が酔っ払って千鳥足など珍事だ。テーブルをおぼつかない足取りで回って歩くとは。

 アッテンボローが困った顔で後ろをついて歩く。

 とうとうバランスを崩してしまったキャロラインの背を後ろから支えることになった。

 

 花婿に体をすっかり預けながら、キャロラインはグラスを手にしたままそっくり返って空を見上げる。

 

 宴は華やかに続き、目の前の空は果てしなく青く澄み渡っている。

 未来は、いっそう良いことに溢れて私たちを待っているのだ。

 

 

 見つめる先には、いつでも希望を灯していたい。

 

 

 

     -   完   -

 

 

 

 




 
 
ここまでお読み頂いてありがとうございます!!

自由惑星同盟に吹いた一陣の風、キャロライン・フォーク、いかがでしたでしょうか。
私自身にも、ボリュームのある亜麻色の髪を揺らすキャロラインが消えません。

このあとエピローグが三話あります。

「帝国の内乱再び」
「サビーネの勇気」
「カザリン・ケートヘンと訪問者」

本作品のテーマ「愛」を語る物語です。読まれるなら必ず三話ワンセットでお読み下さい。
ですが、哀しい愛を読みたくない人は読まない方がいいと思います。

最後に、原作銀英伝に感謝します。拙い文を書き続けるモチベーションになったのはもちろん原作の素晴らしさです。
皆様の読む&書くの今後の幸をお祈りいたします。
 
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