見つめる先には   作:おゆ

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第二章 運命の赤い星
第十二話 宇宙暦796年 四月 私服の二人


 

 

 その日、一番人気を誇るお洒落なパーラーでキャロラインとフレデリカが待ち合わせした。

 

 ここはハイネセン、その昼下がり。比較的暖かさを感じる晴天の日。

 軽やかなBGMが店内に流れ、いっそう楽しい気分になる。

 二人が会うのは実は士官学校卒業以来になる。短い月日といえばそうだが、どちらにとってもいろいろなことがあった。

 しかし今、生きてまた二人が会える。この日、どちらも艦隊勤務ではなく、しかも休日が重なったのだ。

 会えて楽しくないはずがない。

 席は二階に取った。そこから広々した吹き抜けを介して一階の様子も良く見える。

 

「キャロル、なんかあなた、変わった?」

「えへ、髪が変わったのよ」

「あら、そういえば前髪の分け方が変わったのね。お兄さんじゃなーい人に言われたの?」

「はあ、違うわ。艦に乗ってる女性士官に言われたのよ。この方がいいって」

 

 もちろん今日は二人とも私服だ。

 キャロラインは亜麻色の髪に合う空色のニットワンピースにチェスターコートを合わせてある。

 フレデリカは襟のついた白いルーズコクーンのツーピースだ。

 二人とも華美でもなく地味でもない、年頃の女子にふさわしい恰好をしている。

 

 屈託のない話をしながら、ケーキを食べる。この店の名物は幾段にも重なったパンケーキのタワーだ。

 美味しいので決して大食いの方ではないキャロラインもフレデリカも食べきる。

 気持ち良いほどクリームもフルーツも平らげ、メープルシロップの滴だけが皿に残された。

 しかし、尚もフレデリカの方はメニューを見ている。視線の先にはプリンパフェがあるではないか。まだ食えるのか。

 

 楽しく歓談しているうちあっという間に二時間が過ぎた。

 二人にはいくらでも話すことがあり、尽きない。女子の話とはそういうものだ。

 しかしここでフレデリカが思わぬことを言う。

 

「キャロルが元気そうで良かったわ。それでね、艦に乗るばかりじゃない勤務もちょっといいかなって思って」

「え、勤務って、フレデリカ、それ何のこと?」

「キャロルが良ければ、お似合いの任務があるのよ。うまくいけばすぐ終わるわ」

「それを、やるってこと?」

「そうよ。私が推挙しといたの」

 

 フレデリカが推挙? 今の艦隊勤務以外のことで? いったい何のことだろう。

 しかし、フレデリカが言うのだからすごい変なことじゃない、とは想像する。キャロラインは友を充分信頼していたし、それは昔から、そしてこれからも変わることはない。

 

「う~~ん、中身わかんないけど……」

「だからね、その任務のこと言いたいから、明日家に来て」

 

 

 話が終わる直前だった。

 パーラーに食器の割れる音が響き渡る!

 

 何かの騒ぎが生じているのだ。

 聞こえるのは一階のどこかからだった。慌てて二階席から見下ろして探す。さすがに二人とも軍人としての反応性の良さがある。

 様子が見えた。

 若い女の店員が客に文句を付けられているようだ。

 発端は分からないが、しかし明らかに粗野な脅し文句を言われている。

 大きな問題が一つあるのは、その客というのが三人とも同盟軍の軍服を着ているということだ。

 

 キャロラインとフレデリカは躊躇なく一階へ向かった。同盟軍人が民間人へ横暴を働いてはならず、それを見たなら何としても止める義務がある。見て見ぬフリをする選択肢はない。

 女子店員はまだペコペコしていたが、まだ客に許してもらっていない感じだ。

 

「何よ! お店で騒いで何のつもり!」

「同盟軍の軍人が、民間人に何威張ってんの!」

 

 そう言いつつ現場に二人が割って入るが、しかし悲しいかな今の私服ではただの小娘にしか見えない。

 答えるのは横暴でいかにも居丈高な中年の同盟軍人、似たような三人である。

 

「ここの店員さんが同盟軍軍人の魂であるこの軍服にコーヒーの染みを付けたんだよ。だから指導してやるのさ」

 

 ただのゲスだ。威張って気分よくなりたいだけだ。

 

「そんな元から汚れた軍服、だから魂まで汚れているんだわ」

「いいえ、その軍服の方がまだ持ち主の魂より綺麗よ」

 

 フレデリカとキャロライン、二人でそれに応戦する。それは見事なコンビネーションである。

 

「おい、お前ら!」

 

 もちろん、中年軍人をかえって怒らせた。こうまで言ったら当たり前だが。

 

「先に顔を洗ったほうがマシだわ」

「洗っても変わんないと思うけど」

 

 ひどく怒り、掴みかからん調子で近づいてきた。

 それでもこの二人は口を出すのを止めない。

 

「洗えば好感度アップするかもね。壊滅的でないくらいには」

「いいえ、アップしてもゼロにすらならないわ。マイナスのままよ」

 

 火に油を注ぐ発言を思わずしてしまった。

 

「こ、この小娘ども! 言わせておけばどこまでもふざけおって!」

 

 

 しかしこの状況はまずい。

 女性店員を助けるどころか、正義感のあまりしゃべり過ぎて完全に怒らせてしまった。実力行使に出られてしまう。

 

 実のところキャロラインもフレデリカも格闘術は並レベルだ。

 女性士官学校で二人とも成績優秀とはいえど、キャロラインは艦隊戦シミュレーションと防衛理論、フレデリカは戦史解析論と物資管理計算で平均成績を上げていたからである。

 格闘術はお互いを相手にした訓練を幾度もしたことがあり、どのくらいのレベルかよく知っている。二人とも屈強なゲス軍人を複数相手にできるようなものではない。

 

 それに今、武器といったら手に持っているバッグをぶつけるぐらいかないが、これは悪いことにファークラッチバッグだ。打撃どころか癒しにしかならない。

 

 

 そのゲス軍人たちと見合って数秒後、だが実力行使にはならなかった。

 いきなり横から来た第三者に軍人たちがコーヒーをぶちまけられたのだ。

 

「染みが気になるなら全部茶色にするんだな!」

 

 ここの全員がそちらを見た。

 するとそこにいたのは同盟軍の軍服を着た二人組の男だった。

 顔はどちらもキリッとしていてダンディであり、何より精悍なオーラを出している。

 

「きっさまァ、ぶざけやがって!」

 

 三人のゲス軍人が新たに出現した二人組につかみかかろうとしている。フレデリカとキャロラインはいったん捨て置かれた格好になる。

 

「おいリンツ、三人だ。何秒で片づける?」

「大佐、数えるくらいもかかりますか?」

 

 二人組はそんなことを言っていたが、実際に何秒もかからなかった。きれいにパンチをもらって三人が戦意を無くすまで。それは乱闘と言えるようなものですらない。敢えていえば一方的な制圧、大人と子供のようなものだ。

 

 そして間近で二人組の軍服を見た者が言う。

 

「こいつら、ローゼンリッター…… 」

 

 

 ローゼンリッター!

 同盟軍最強の白兵戦部隊。さっきのパンチは実のところ思いっきり手加減したものであり、本気だったら素手でも命はない。こんなゲス軍人三人が最初から敵うはずのない相手。

 

「お、憶えてろ、ローゼンリッター! こっちはトリューニヒト閣下の覚えもめでたいんだからな!」

「ふん、忘れた。なにせこっちはケンカが仕事なんだ。そして民間人を威圧する軍人を成敗するのも仕事のうちだからな。なんなら次回の分まで今サービスしといてやろうか」

 

 ローゼンリッターの二人が尚も近付くと、ゲス三人は泡をふいて逃げて行った。

 これは爽快だ!

 

「ケンカは仕事ですか。確かにそうですが大佐は趣味が半分では?」

 

 部下の方と思われる一人がそう言う。リンツと呼ばれていた方だ。

 それを受けて大佐と呼ばれる上官が答える。

 

「おいおいリンツ、人の役に立つならただの趣味じゃない。立派な趣味だ」

 

 

 ともあれフレデリカとキャロラインは助けられた。キャロラインとフレデリカはきちんとした敬礼をとって礼を言う。

 

「ありがとうございます。ローゼンリッターの皆様。こちらの危ない所を助けて頂きました」

 

 これを聞き、カスパー・リンツもローゼンリッター隊長ワルター・フォン・シェーンコップも意外に思った。

 かわいらしい小娘二人だと思っていたのだが、これは普通の民間にいる小娘ではない。同盟軍にいる女性兵なのか。

 

「しかもローゼンリッターの大佐殿とお見受けしました。将官はキャロライン・フォーク大佐であります」「フレデリカ・グリーンヒル中尉であります」

 

 シェーンコップはもっと意外なことを聞いて驚いた。

 一人は同盟軍の女性士官で最も有名な若き英雄、そしてもう一人はあのグリーンヒル大将の娘ではないか!

 ローゼンリッターは亡命者の部隊であり、軍内ではただでさえ不安定な立場に置かれ、常に猜疑の目で見られているのだ。自然、情報収集は日頃から行っている。

 

「これは面白いところでお会いできましたな。お二人さん」

 

 

 そしてフレデリカとキャロラインがローゼンリッターの二人と会話を終え、パーラーを出ていくまで、二階席の端から見ている人物がいた。

 

 登場するタイミングを完全に失ったヤン・ウェンリーだ。

 今、本当の偶然でパーラーにいたのだ。

 むろん自分も騒ぎを止めに出るつもりだったが、タイミングを逸してしまい、ローゼンリッターが解決するのを眺めていた。しかし、騒動を横から観察できたおかげで見えたものがある。

 

 ローゼンリッター、強いことは強いが扱いにくいというもっぱらの評判だ。いつ裏切るかわからない。同盟軍の厄介者と言われている。しかし、なかなかどうして技量もさることながら正義感ある振る舞いだった。彼らは人間として信頼できる。

 

 そしてあの娘二人、正義感と思いっきりの良さは満点だ。

 一人の顔は知っている。アッテンボローを艦隊戦シミュレーションで叩きのめしたキャロライン・フォーク。

 後でブラコンの噂は山ほど聞いた。そんなことはともかく、同盟軍でその異才も着実に発揮しつつある。

 おまけにこの場でもわかった通り、けっこう性格が熱い。

 

 もう一人いた娘はキャロラインと同年代の友人らしいが、やはり同盟軍にいる女性士官のようだ。

 ヤンにその顔は見覚えがない。

 しかし、くりくりした目の美人に見合わず度胸がある。

 

 

 

 次の日、キャロラインはフレデリカの家に行った。

 綺麗に片付いては、いなかった!

 やはりフレデリカは片付けには向いていない。それは長い付き合いで分かっていたので確認できただけである。けれど部屋にあまり家具や飾りがないのと最低限の機能は考えられているので乱雑というほどではない。

 

「部屋はどうかな、キャロライン・フォーク大佐。あまり片づけは娘はしなくてね。君は娘のそういうところはよく知ってると思うんだが。片付けは私がやっているんだ。娘がやると名前は片付けだがなにか別の作業になってしまうんでね」

 

 目の前の同盟軍大将ドワイト・グリーンヒル大将が言う。

 ああ、やっぱり片づけはグリーンヒル大将がやっているのか。

 しかしどう返していいのか、難しい。この場が公なのか私的なのかもわからない。

 今の会話などは私的な家の中でのことだ。しかし、フレデリカが今日キャロラインを呼んだのは任務の話をするからと言っていたはずだ。

 確かに、そう考えたらさっきからフレデリカではなくグリーンヒル大将が相手をしている。

 

 フレデリカの淹れてくれた不味い紅茶を飲みながらキャロラインが口火を切る。

 

「それで大将閣下、小官に何か任務というのがあると聞きましたが」

「…… それの話をする前に大佐、三年前のゼッフル粒子発生装置の事件については知ってるかな」

「はい、存じております。三年前、指向性ゼッフル粒子なる新兵器を帝国軍が開発した、その情報をもって同盟に亡命してきた貴族がいるとだけ」

 

 話は意外なことになる。帝国軍の新兵器、その情報についてだとは。

 

「大佐、その通りだ。しかも実戦でその指向性ゼッフル粒子が最近帝国軍によって使われたという情報がある。つい二ヶ月前の話だ。帝国内のカストロプという貴族が反乱を起こした」

「帝国内で貴族の叛乱……」

「とても珍しいことなのだが、当然そこへ帝国軍艦隊が向かう。しかし貴族側の抵抗により撃退されてしまった。なぜならその貴族の領地惑星には衛星軌道上に強固な防衛要塞群が備えられていたらしい。つまり帝国軍は要塞群を無力化しなければ討伐ができない状況に陥ってしまっていた。そこで、次に向かった時、帝国軍はその指向性ゼッフル粒子を用いて一瞬で要塞を無力化したらしい。そして反乱は討伐された」

 

 それはキャロラインには初耳だ。その貴重な話は機密情報なのだろう。

 またその話で気付くことがある。

 

「その、惑星にあった強固な防衛要塞群というのはもしかして」

「気付いたかな大佐。その要塞群というのはハイネセンのアルテミスの首飾りと同じものなのだ」

「では、帝国軍はアルテミスの首飾りも同様に無力化できると。一瞬で!」

「これは防衛計画に重大な修正を要する。恐ろしい兵器だ」

 

 

 グリーンヒル大将はうなずいてそう言う。

 これは、大ごとではないか。

 

 

 

 

 

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