アルテミスの首飾り、それは自由惑星同盟首都星ハイネセンを防衛する要である。
それを構成する十二個の高性能要塞群の能力は高く、ビームもミサイルも備え、互いにカバーし合って死角がない。一個艦隊が侵攻してきても相手にできると言われているほどのものだ。
そのアルテミスの首飾りが無力化されるということになれば、同盟の防衛戦略に重大な修正が迫られてしまう。
「フォーク大佐、対抗手段がなければ同盟としても何もできない。ところが、その指向性ゼッフル粒子の指向性を失わせるという対抗手段が既に作られているらしい。開発者はそこまで考えていたようだ」
武器の開発と同時にそれへの対抗策を同時に考えておくのはよくある話だ。兵器をマネされても優位に立つためである。また、兵器を作る人間が一番その内容を理解しているわけで、対抗兵器を最初に作れるのは道理である。
「それは少し安心しました。グリーンヒル大将。どうにかしてその対抗手段を帝国から手に入れられれば」
「そのことだ。実は対抗手段の技術情報は帝国にあるのではない。ここ同盟にある」
「それはどういうことでしょう!」
キャロラインは驚いてしまう。帝国の新兵器指向性ゼッフル粒子の対抗手段が、どうして同盟にあるのだろう。まだ見てもいない新兵器の対抗手段が先に作られるはずがない。
キャラロインとグリーンヒル大将の話は意外な方向へ行きそうだ。
「ところが対抗手段の技術情報は同盟にあるとはいっても、手に入ったというのとは違うのだ。これは極秘情報だが、それを持つ帝国貴族が同盟に亡命してきている。その名前はマルガレーテ・フォン・ヘルクスハイマー、まだ13歳の子供だ。その子供が技術情報のカギになっているが、どうしても渡してくれない」
「亡命貴族の、子供が……」
「これが君にお願いしたい任務になる。その子供から技術情報を聞き出してほしい」
なるほど、ようやく新兵器の話からキャロラインの任務の話へとつながった。
しかし子供相手の情報入手とは!
「いや、実はフレデリカに頼んだんだが、今のところ成功していない。何しろフレデリカは1人娘で子供の相手は上手ではない。それに貴族の子供はその、我が強くてな」
「分かりましたグリーンヒル大将。ではお手伝いさせて頂きます」
そういうことだったのか。
同盟軍はどうしてもその貴族の子供から対抗手段の技術情報を入手しなくてはならない。しかし子供が渡さない。何かの理由で。
そこへフレデリカが任務としてついたのだが上手くいかず、フレデリカは応援を頼んだ。
重大過ぎるほど重大なことだけに、機密任務といえどその要請は素直に通った。そしてフレデリカとしては呼吸の合う友達と一緒の方がやりやすいと考えたんだわ。ならばここは一つ手を貸すのがいい。
キャロラインはさっそく同盟に囲われている貴族の子供のところへ向かった。
ハイネセンの郊外にある古めかしい館だった。
まだ13歳という子供の貴族が住むには大きすぎるものであったが、厳重な監視を付ける意味があるのだろう。ただでさえ亡命貴族は帝国から暗殺を差し向けられる可能性があるのだ。ましてや子供がまだ技術情報を持っていることが漏れたら警備がもう十倍は必要だろう。
「それでこの者が新しい従者か、ベンドリング」
「は、マルガレーテ様。従者というか世話係というか」
キャロラインを見るや否や子供はそう言い放った。
問題の子供、いや少女。確かに十三歳に見える。
ブロンドの前髪を切りそろえ、目が大きくて、鼻がツン、としている。気が強そう、という以前に気位がとんでもなく高そうだ。確かに貴族といえばそれらしい。
その近くには帝国軍の軍服を着たベンドリングという者がいる。元は軍人だという証しなのだろうが、今は執事か従者になっているのだろう。
「マルガレーテ様。キャロライン・フォークといいます。お見知りおきを」
「また平民じゃな。妾の世話をたんとするのじゃぞ」
平民と切って捨てるところはいかにも帝国貴族らしい。
その後キャロラインとフレデリカは打ち合わせをして、マルガレーテに接近、というより世話をする。いや世話というよりわがままに振り回されてばかりで終わる。
優しく取り入って情報を引き出すのは不可能だとキャロラインは結論づけた。あとは、理屈で納得させる、取引をする、脅かす、泣き落とす、他に何があるのか。
とにかくこれは簡単にいきそうにない。マルガレーテのガードはなぜか固く、たぶんその情報が命綱であることを知っている。死んだ父親からそう言われて託されたのだろう。
しかし時間を取られれば同盟軍にとって大変なことになる。
キャロラインもまた早めの応援を要請した。
あてになる女性を頭に思い描いている。
その女性には確か妹が二人もいて、子供扱いは上手なはずだ。
イブリン・ドールトン中尉を呼んだ。
キャロラインはイブリンに事情を話し、それとフレデリカにも紹介した。
思いがけず打ち解けられそうだ。この三人、外見も中身もあまり似ていない。けれどそれがうまい方向に作用しそうだ。
さっそく三人で館に赴き、今度はイブリンがマルガレーテに対面する。
「また従者が増えたのか。どうせ平民じゃろうが、妾のために励めばよかろう。寛大にもそれを許す」
「なにこの馬鹿のチビちゃん」
「! な、なんと、バカ、チビ!」
その場が一気に寒くなる。
イブリンはマルガレーテに向かってなんてことを言うのだ。
「そこの者! 無礼にも程があるぞ! 平民のくせに妾に向かって暴言とは! ベンドリング、なんとかせい!!」
立ち上がってマルガレーテは大声を出す。やはり当然のように怒っている。
「馬鹿なチビちゃんだろ。十三と聞いたけど、そんな年にもなって何をおままごとやってんだい」
「こ、この者……」
「そんなことやってるから、他がおろそかになるんだよ。十三だったら女らしいことしな。うちの妹も十三だけど、学校抜け出してデートだよ。まったく誰に似たんだか。私か」
これがイブリンの地なのだろう。自由奔放なタイプと思っていたが、これほどとは。まあキャロラインはそんな彼女が情熱的で一途な面を持つことも知っているのだが。
一方、マルガレーテはすっかり毒気を抜かれていた。
元々マルガレーテは意地悪なタイプではないし、理解力が低いわけでもない。育ちが特殊だっただけだ。
皆は仲が良くなる方へ転がり出した。
イブリンの勧めもあって、それぞれが地を出した。
フレデリカは十四歳の時に運命の人と出会ってしまったこと。その人に少しでも近づくために女性士官学校に入ったことを話し出す。
しかも、父親には父親に憧れて軍を志したと思わせて、ある意味今に至るまで騙し続けてることなども語った。
彼女の中の永遠の英雄、ヤン・ウェンリーについて語るだけ語りまくった。
正直、ヤン・ウェンリーがそこまでの男だとは思わないキャロラインにとっては複雑な心境だ。
この親友、思い込みがけっこう激しい。
しかしこれだけで何日も語れるのは凄いとしか言いようがない。
イブリンはイブリンでそもそも女とは、から始まって独自の論をぶちあげた。よく意味はわからないのだが、つまり女とは女であることが他の何よりも先立つこと、らしい。やっぱりよく分からない。
そしてキャロラインである。
もうこれは兄アンドリューのことをとうとうと話した。兄がどんなに高邁な理想を持っているか。それでどんなに頑張ってきたか。
どんなに知的で、ついでにどんなにかっこいいか。
とにかく凄いのだ。
兄について話すことはいくらでもある。ずっと一緒にいたからにはいろんな出来事や事件の話もある。
「……家で私が口紅を勝手に持ち出して使った時なんか、アンドリュー兄さんが自分も塗って、一緒に怒られてくれたのよ。一緒に。このころから兄さんは自分が犠牲になって誰かを助けることが当たり前になっていたんだわ」
聞いてる方が、さすがに辟易してくる。
イブリンが口を挟む。
「はいはい、わかった。キャロル、決めゼリフ言っちゃって」
決めゼリフとは、むろん空母の食堂で言ったあの言葉のことである。
いつもイブリンは茶化すときそれを言わせる。
「私は、ブラコンじゃない! ただ兄が好きなだけよ」
これにはマルガレーテもひっくり返って笑う。
さてマルガレーテの心の中でダメ押しになったのは、キャロラインの菓子だった。
子供は古今東西菓子に弱いと決まっている。
「さあ今日はスフレを一緒に作りましょう。スフレは最初に小麦粉を温めて糊にするのよ。この時、固めてしまうと卵と混ざらなくてボロボロになるわ。でも、上手くいくとビスキュイよりも滑らかよ」
「パウンドケーキはバターの方に空気を混ぜるの。そこまでゆっくり、小麦粉を入れたら早くよ」
「ステンドグラスクッキーは焦げるのが早いわ。飴を入れる前にクッキー地はしっかり固めとかないと」
イブリンを呼んで二週間が過ぎるころ、マルガレーテが唐突に言った。
「その方らが悪い人間でないのはわかった。褒美にこれをやる」
そしてなぜかマルガレーテがいつもつけている髪留めを外した。
「これがいるのじゃろ」
それだけ言い、髪留めの中から小片を取り出す。
キャロラインが受け取ってみると、それはマイクロチップだった。
これこそが指向性ゼッフル粒子に対抗できる兵器の情報か!
「これは、いいのですか? マルガレーテ様」
「よい。妾は元から渡す気じゃった。同盟軍とやらをじっくり見てからと思うておっただけでな」
「ありがとうございます!」
「同盟軍というのが帝国軍より悪い人間たちじゃったら目もあてられんからな。試さねばならんかった。帝国軍は父の仇なのじゃ。良きように使え」
マルガレーテはやはりただの我儘な貴族ではなかった。きちんと物の道理が分かるほど英明だったのだ。
「これまでそなたらに悪うあたって済まんかったの」
しかしながらキャロラインに少しだけ疑問がわいた。肝心の新兵器の方の情報もまたマルガレーテは帝国軍に渡したのではなかったか。
「しかし、三年前の亡命の時には帝国軍の方へ……」
「それは、仕方のないことじゃった」
マルガレーテはふと横を向いた。
「帝国軍にいた赤毛の士官がの、良い奴だったからじゃ」
何とイブリンにレクチャーされるまでもなく、マルガレーテは最初から充分に女らしかったのだ。