キャロライン、フレデリカ、イブリン、この三人の任務は終了した。
対抗手段の技術情報を入手し、これで指向性ゼッフル粒子の脅威から同盟軍は守られるだろう。
「非公表任務なので三人に昇進はない。ただし、この後の査定へ大きな参考になる。とにかくありがとう」
大変満足そうにグリーンヒル大将が申し渡す。
三人はマルガレーテに別れを告げた。マルガレーテは気丈に見送ってくれた。せっかく仲良くなったのに別れるとは十三歳の少女にとっては辛いことだろう。まして厳重な警備の中で友達もなく、ベンドリングという従者以外には話し相手がいないのだから。
キャロラインもその心情を思いやらざるを得ない。
そのため一つの約束をした。
ハイネセンに来た際には、必ず寄って顔を出すことを。それはこの先ずっと守られることになったのだ。
さて、同盟軍士官として再び艦隊勤務に戻る。それが何と今度は三人とも同じ艦隊に所属になったのだ!
それは同盟軍第十三艦隊だ。
三人は三様の反応をした。
一人は普通という顔、一人はやや暗い顔、一人は天にも昇る夢見心地の顔だった。もちろん、イブリン、キャロライン、フレデリカである。第十三艦隊指揮官ヤン・ウェンリーに対する感想と同じだからだ。
先ずイブリンは空母の主計部にそのまま戻る。
キャロラインはフィッシャー准将の指揮する分艦隊の参謀職になる。
今度は大佐として、艦の航海部の職ではなくもっと大きな目で見る役になる。
フィッシャー准将と共にいるのは願ったりかなったりだ。共に今度はアガートラムという戦艦に移るが、このアガートラムが分艦隊の旗艦でもある。第十三艦隊は半個艦隊なので通常編成とは異なり、艦隊副司令フィッシャーが分艦隊司令もまた兼ねるからである。
しかしキャロラインにとって大きな誤算が一つある。
まさかそのフィッシャー分艦隊の副長になっているのがダスティー・アッテンボローだとは!
それで一緒にアガートラムに乗ることになるとは!
もちろんキャロラインはアッテンボローを嫌いではないが、いきさつがいきさつだけに多少ぎくしゃくした感情を持っている。
その一方、フレデリカはなんと艦隊司令官ヤン・ウェンリーの秘書官になった!
これはもちろん、フレデリカのことを知る者が手を回したのである。グリーンヒル大将とキャゼルヌ少将の仕業だ。
編成訓練中にも早々にフレデリカはキャロラインに報告するため走ってきた。
「それでね、ヤン提督にエル・ファシルでのこと憶えてますかって言ったのよ。そしたら何て言ったと思う?」
そんなのわかるわけない。言いたくって仕方ないくせに質問形式はやめて。
「済まないが全然憶えてないって言うのよ。紅茶の方が良かったとあの時言ったことも!」
何それやっぱり嫌な奴じゃないの。
「あ~、女の子にモテるといちいち憶えてられないんだわ」
その拡大解釈、絶対おかしいから。
「これから憶えていってもらえばいいのよね」
フレデリカ、前向き過ぎだと思うわ。
「うん、それがいいわ。二人の記憶が一から共に始まるのよ!」
言うだけ言ったらフレデリカは去っていった。
この親友、ヤンの秘書官になって少しおかしくなってる。
こっちの憂さ晴らしはできなかった。こちらは分艦隊で微妙な空気の中仕事してるのに。
しかし、そんなことは出撃用意で忙しくなるまでの間だった。
この後、とんでもないことを聞いてしまった。
「フィッシャー准将、本作戦の目標はこれでよろしいのでしょうか……」
「そう、もう隠すべきものでもない。第十三艦隊の企図する攻略目標はイゼルローン要塞になる」
キャロラインはフィッシャー准将の回答にあっと驚く。
第十三艦隊の初任務があのイゼルローン要塞への攻撃だとは。過去幾度も失敗し、同盟に敗退の屈辱と犠牲を与えた大要塞へ再び挑むのか。
しかし不思議だ。
他の同盟軍艦隊が出撃した様子はないのだ。シャトルを出す宇宙港もそんなに混雑していなかった。
横にいるアッテンボロー大佐はもう既に知っているのだろうか。どこ吹く風でそれを聞いている。
憎たらしい。
個人的にヤン・ウェンリーと親しいアッテンボローはもう目標がイゼルローンだということを知っていたのだろう。
キャロラインは自分が大佐というのは過分だと思っている。もちろんそんなの似合わない。
しかし、このアッテンボロー大佐がわずか一ヵ月の差で先任だというのはなぜか悔しい。
「皆もいろんな疑問があると思う。だがここで議論するのは封印してほしい。今回の作戦は高度な秘匿性が必要であり、作戦内容については要塞周辺まで来た時に皆に説明する」
フィッシャー准将はそう締めくくった。
イゼルローンに向かう二週間の航行、その途中にうっとおしいことがある。
「キャロライン・フォーク大佐、あの、菓子作りが得意と聞いたんだけど、どうなのかな」
「アッテンボロー大佐、それはええ、得意ですわ。ちょっぴり自信があります」
軍隊言葉で思いっきり拒絶の意を表すのはやめている。そこまで意地悪はしない。アッテンボローが悪いわけではないのに、傷つけることはしたくない。ただし勤務でもない話を振られるとは困惑してしまう。
「それで何か作れるのかな。この艦でも」
「まず大抵のものは…… でも作るとは言ってませんが」
「いや、できるのかな、と。それだけ思って」
催促するような言葉が少しうっとおしかったが、非番の時間を使って簡単に作った。ブラウニーと紅茶のマフィンだ。ブラウニーは焦げ臭くならないぎりぎりまで焼くのに注意すれば、難しくない。あまり分量にはこだわらなくてもそれなりの味になる。
アッテンボロー大佐に振る舞う。言われた限りは作るわよ。
「うん、いいね。フォーク大佐、こっち方面でも生きていけるよ」
これはアッテンボローなりに褒めているのだろう。まあ、そう受け取っておこう。
ついにイゼルローン要塞に近付いた。
作戦目標がイゼルローン攻略であること自体は、そうなのかという気もした。
ハイネセンで兄アンドリューが言っていたのだ。
「近年、同盟の負けが多い。特にロボス元帥が指揮した会戦で負けていて、ロボス元帥とシトレ元帥とで差が開いている。軍内ではここで更にシトレ元帥が思い切ったことをするんじゃないかという話がある。それがもしも成功すればロボス元帥は更に立場がなくなるだろう。しかしそれはいい意味じゃなく、なりふり構わなくなるかもしれないな。そうなった時が一番不安だね」
それはともかく、イゼルローン要塞相手にどんな戦闘になるのか緊張が高まる。
難攻不落の大要塞にどんな攻撃を。
だが、そこで聞いた作戦は前代未聞のことだ!
そんな戦術はこれまで誰もやったことがなく、フレデリカの想い人は、やはり只者ではなかった。
そこでこのフィッシャー分艦隊に課せられた役割は、破損した帝国軍駆逐艦という姿を装った艦を要塞内に送り届けることだ。もちろんその駆逐艦内には帝国軍兵に偽装したローゼンリッターが乗り込んでいる。
分艦隊は破損した帝国軍駆逐艦をいかにも追い詰めたように偽装攻撃しなくてはならない。
要塞の近くまでそれをやり続け、その艦がいかにも必死で逃げてきたように要塞には見せつける。
実際の作戦には数隻あれば足りる。
フィッシャー分艦隊の艦艇のほとんどは要塞から離れて隠れていればいい。ローゼンリッターが要塞の占拠に成功したら分艦隊は第十三艦隊本隊と一緒に要塞に突入する。
その前に本隊は本隊で巧妙に電波妨害をかけて、イゼルローン駐留の帝国艦隊を外におびき出さなくてはならない。全てはタイミングだ。
「またお会いしましたな。パーラーのお嬢様。軍服もお似合いのようで」
「シェーンコップ大佐殿。お口がお上手ですね。先日は本当にありがとうございました。ところで、今回の任務は危険が大きいようですが」
「なに、二十人で乗り込めばせいぜい一人当たり一万人てとこですかな。軽くパーラーの続きをやってきますよ。なあリンツ」
「いえ、大佐だけで半分やって下さい。残り十九人で半分片付けますから」
心配してキャロラインはローゼンリッターに声をかけたのに。ところが彼らはそんな軽口を言いながら出撃していく。
ついに作戦が開始された。
予定通り、駐留帝国艦隊を要塞から釣り出すことに成功した。
次はシェーンコップらの乗る偽装帝国軍駆逐艦を要塞に送り込む番だ。
アッテンボローの指揮する十隻ほどの小部隊で帝国駆逐艦をいかにも急追して攻撃しているように見せかける。キャロラインが見るところなかなか上手な指揮だ。
しかし、それに先立って運命はいたずらを用意していた!
帝国軍上層部では、かねてよりイゼルローン要塞司令官のシュトックハウゼン大将と、要塞駐留艦隊司令官のゼークト大将が不仲であるのを知っていた。この二人が事あるごとに問題を起こすことに頭を痛めていたのだ。
そしてついに断を下す。
最前線でまた叛徒と戦うことを願い出ているラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将をいったんゼークト大将と交代させ、駐留艦隊を任せるという決定である。
それに従いラインハルトは麾下の一個艦隊を引き連れイゼルローン要塞に向かっていた。
イゼルローン要塞側はラインハルト上級大将の艦隊が来るのを知らされていた。
しかし、ちょうど電波妨害を受けている。そんな中でラインハルトを出迎えて艦隊を誘導するために、いくつかの小艦隊を近隣宙域に遊弋させていたのだ。
運悪くアッテンボローの艦隊がそれに発見されてしまった。
「これはちょっとまずいかな。逃げるわけにもいかないし」
逃げることはできない。
ここでシェーンコップらの偽装艦を置いていけば、要塞に辿り着くどころかその前に帝国軍艦隊に軍籍などを聞かれて、その偽装がバレてしまう。
そうなれば万事休す。
どうあっても要塞まで偽装艦は単独で辿り着かなくてはならないのだ。
帝国軍もまた同数の十隻ほどの小艦隊で来る。互角に戦えるかもしれないが、こちらとしては短時間のうちに一隻残らず撃滅しなければならない。そうしなければ通報されてもっと多くの帝国艦を呼び寄せてしまい、やはり偽装艦がバレてしまう。
そうはいっても十隻対十隻、撃ち減らすことはできても、逃がさず完全撃破はかなり難しい。
その様子はアガートラム艦橋にも映し出される。
極めて難しい状況であることが判明した。この作戦の成否に関わる。いや、このままでは作戦は失敗する。
アッテンボローもうまい打開策が見つからない。
作戦の成功を願い、全滅覚悟の特攻をして帝国小艦隊を混乱させるしかないのだろうか。
考えていられる時間は少ない。アッテンボローは決断し、最大戦闘速度を命じようとした。
その時、キャロラインはフィッシャーに進言する。
ダスティー・アッテンボロー、面倒な人。でも死なせてたまるもんですか。
進言内容がアッテンボローに伝えられる。
相手を混乱させて完全撃破するにはこれしかない。
キャロラインの策は簡単だ。
要塞に対する作戦と同じことをこの小艦隊相手にするのだ。
帝国軍の小艦隊の指揮艦になんとか入り込み、制圧する。これで混乱をきたした敵を撃破する。
シェーンコップは「予行演習もつけてくれるとは至れり尽くせりだな」と言って見事にやり遂げた。
なんとか当初の予定通り、要塞に偽装艦だけを送り込むことができた。
さあ、後はここから固唾を飲んで見守る。シェーンコップらローゼンリッターが要塞を占拠し、宇宙港に入港指示ブイが出るか、否か。
これでフィッシャー分艦隊の役割は終わったはずだった。
だが危機はこんなことだけで終わらない! むしろここからが悪夢だった。
「帝国艦隊発見! 総数およそ一万六千隻! 進路、イゼルローン要塞と思われます」
何ということだ。
要塞攻略作戦がいきなり危機に陥る。
要塞駐留艦隊の他にも帝国軍艦隊がいたのだ。しかも要塞に近づきつつある。
つまりこの最悪のタイミングで新たな艦隊が要塞に補充されるということだろうか。もちろんどういう理由かなど同盟の側には分からない。ましてやその艦隊にラインハルトがいるなどとは。
このままではローゼンリッターによる要塞制圧前に帝国艦隊の侵入を許し、とても占拠など不可能になる。応援に向かっても入港する前に艦隊戦で退けられてしまう。そして応援がなければ、帝国艦隊にいる陸戦要員によってローゼンリッターが破られることは明らかだ。
せっかく駐留艦隊を要塞から引き離したのに、これでは話にならない。
戦って阻もうにも帝国艦隊は一個艦隊もの数で来ている。フィッシャー分艦隊がまともに相手にすることなどできない。
キャロラインは考える。
とにかく、帝国艦隊を撃滅しなくともいいのだ。要塞占拠まで時間を稼げば。
フィッシャー准将も同じ考えだった。この分艦隊を使って時間稼ぎのための囮になることを選択した。帝国一個艦隊と要塞との間に割って入ろうとする。
キャロラインはそれに反対した。
「フィッシャー准将、それでは時間稼ぎには不適当です。帝国の艦隊は自分が戦いに入っても、イゼルローン要塞から応援の艦隊が出てくる様子がなければ、余計に不審に思うでしょう。そうすれば要塞に異変が起こってると喝破されるかもしれません。そうなればこの分艦隊との戦闘を中止し、かえって要塞に急行されてしまいます」
「それではどうすればいいと思うのかね。キャロライン・フォーク大佐」
フィッシャーは充分な信頼を持ってキャロライン、この若い参謀に尋ねた。
そういうからには何か代案があるのだろう。
「むしろ帝国艦隊の側面につきましょう。向こうに見つかるぎりぎり離れた側面にいるのです」
「しかしそれではこちらは小勢なのだから帝国艦隊がうまく食いついてくるとは限らない。無視される可能性もあり、もしくは艦隊を分けて一部をよこすかもしれない」
「いいえ、こちらがある方面に移動するように見せかければいいのです。帝国艦隊を食いつかせるためには」