見つめる先には   作:おゆ

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第十七話 宇宙暦796年 五月 キャゼルヌ宅にて

 

 

 送別会の当日、キャロラインとフレデリカは連れ立ってキャゼルヌ少将宅を訪問した。

 フレデリカは本当に楽しそうだ。

 それはそうだろう、実質ヤンの主催であるからには。しかし公務でもヤン・ウェンリーの側にいるのによくも飽きないものだ。

 さすがに何年も想い続けてきただけのことはある。

 

 いや、それは逆だ。

 フレデリカだから何年も想い続けてこれたのだ。この親友、思念のパワーは凄い。

 

 迷ったが、今日は軍服で行くことにした。純粋な私的のパーティーではなく、そこまでヤンやキャゼルヌと親しいわけでもないからだ。それに確信があるがダスティ・アッテンボローは軍服で来るだろう。単に他の服を持っていないか、あるいは面倒臭がって。

 フレデリカの方は残念そうだった。私服ならどんなにか厳選して決めてきたのに、とでも言いたげだ。

 

「あ~あ、私服ならハイネセンポリス中を回って一番いいのを買うのに」

 

 一着買って済むはずがない。どれほど買うことになったろう。無駄遣いをしない、というか同年代の女と比べても浪費しないフレデリカではあったが今回ばかりは別であるのは明らかだ。

 キャロラインから見れば、着飾らず普通にしていてもフレデリカは充分にかわいい。それこそヤン・ウェンリーなどにはもったいない!

 二人とも、先日パーラーでその私服姿を見られていることは知らなかった。

 

「お誘いありがとうございます。司令官」

 

 キャゼルヌ宅に着くと先にお礼を言う。

 場の雰囲気はとても和やかだ。将官級の家とは思えず、厳格さと無縁なのはキャゼルヌのフランクな人柄のせいだろう。さすがにヤンやアッテンボローと仲がいいだけのことはある。それにキャゼルヌ家の二人の女の子、それにヤンの法律上の養子であるユリアン少年もそこにいる。

 

「先ずはこれを」

 

 キャロラインは手作りジャムロールケーキを出す。

 自慢の卵黄多めのロールケーキだ。ジェノワースにして滑らかに作ってある。ただしその技法だと卵黄を多めにして泡立てるのは難しいのだ。温度をやや高めに保たせるというデリケートさがなくてはできない。

 むろんこれについてはキャゼルヌ家のオルタンス夫人もよく知っているところで、話もできる。

 

「これは、ふわふわというよりも重厚で味わいが深くて、もしかして卵黄増やしました? フォークさん」

「そうです。クリームよりジャムを使う場合にはその方が合うだろうと思いまして。オルタンス夫人」

「それでメレンゲクッキーも添えて。余った卵白を無駄にせずメレンゲにして使ったんですのね。その機転の方が素晴らしいわ」

 

 こういう会話にはフレデリカは全く加わらない。加われるわけがない。

 それだけではなく、フレデリカは今ヤン司令官の側にいる以上ヤンの様子を自慢の記憶力で脳にインプットするのに忙しい。

 

 次にキャロラインとオルタンス夫人は連れ立って台所に立ち去った。ユリアン少年も呼ぶ。

 紅茶を淹れるついでに、ユリアンに美味しい紅茶の淹れ方を教えてあげる。

 ヤンがユリアン少年の世話人であるのにも関わらず、ユリアンが普段ヤンの世話をしているとのことだから。

 

「充分沸騰させて空気を抜いたら、一呼吸置いて。そして茶葉に一気にお湯を入れるの。そうするとお茶の葉が上に下に踊るでしょう。このジャンピングでうま味が出るのよ」

 

 

 その時間、リビングではやっと本来の話が始まっていた。これは宇宙の未来に関わる大きなことだ。

 

「キャゼルヌ先輩、後方で何か動きはありませんか」

「ヤン、お前さんの言うのは大規模な作戦行動用の物資のことだろう。何かあるならそこに動きが出ないわけはないからな。実は今、後方で推進剤と食糧の大規模な備蓄が始まってる。それは数個艦隊分以上がもう発注されていて、ざっと五個艦隊分を超えるぐらいな量になるかもしれない。まもなく後方には山積みだ」

 

 やはり後方部の実務における重鎮であるキャゼルヌは知っていた。

 もう大規模作戦の根回しは始まっていたのだ。

 

「え、そんな大規模な作戦行動をするんですか。せっかくイゼルローンを取って防衛が楽になるだろうに、打って出るなんて」

「そんな馬鹿なことが始まりそうなんだ。アッテンボロー」

「イゼルローン要塞のせいで自分たちが安全になったから、早いとこ死にに行けってんですか」

 

 アッテンボローが実直にそう言い、キャゼルヌもヤンも溜息をつく。それが全く正解であるところがやるせない。

 

「どうせ民主主義のためとかじゃなくて、軍の派閥と、政治家の票のために。それ以外に何があるんですか、先輩」

 

 

 黙ってその三人の話を聞いているフレデリカもまた同盟の下らない暗部に身を固くする。

 そこでキャロラインたちがリビングに戻ってきた。それからも話は続くが、キャロラインも内容を聞く。

 

「だからアッテンボロー、話がある。実はここに呼んだのはそのためなんだ。近々また大会戦があるだろうが、第十艦隊もそれに加わる可能性が大きい。このところ会戦に参加していなかったから。そして戦いになった時、第十艦隊はなるべくこっちと連携のとれる距離にいてくれればありがたい」

「戦場で? じかし艦隊の陣形をどうとかは……」

「いや、そうじゃない。固まって会戦ならそんな必要はない。問題は分散して侵攻した場合のことだ」

「ヤン先輩、帝国領で一個艦隊が分かれての分散進撃、そんな馬鹿なことになりますか!」

「もしそうなったら、の話だ。軍事作戦をするなら帝国領になるだろうし、派手に成果を得たいのならそうなる可能性がある。普通に考えたら慎重に、戦略的な理に乗っ取ってするべきだが」

 

 

 これはとても重大な話をしている。

 キャロラインが招かれたのはこういう話をするという目的があったのか。

 するとやはりキャロラインに話が振られてきたではないか。

 

「そして、キャロライン・フォーク准将、これから赴く第九艦隊をどうにか助けてもらいたい」

「ヤン司令、そう言われましても、私は艦隊幕僚の中のただの一人です。せいぜい少しばかり進言するくらいで、おそらく艦隊をどうこうできることはありません」

「いや、確信があるけど、そんなことでは終わらない。君の戦術的なアイデアは見事だ。第九艦隊でもそのことをきっと分かってくれる。君がないがしろにされることはない。そのとき力を生かしてもらえればいい」

 

 そうなるのだろうか。キャロラインはこれから赴く艦隊のことを考える。それがどういうものか未知数だ。司令官アル・サレム中将には悪い噂はないが、大した活躍の噂もない。その第九艦隊はこれまであまり大きい会戦に出ることはなく出世もできないが骨休めになる艦隊と言われている。

 

 

 もう一つ、ヤンは重大なことを付け加えた。

 

「このままでは、残念なことだが戦いはたぶん終わらない。同盟が大敗して上層部が丸ごとふっ飛ぶばない限り。嫌なことだがこの可能性が一番高い。もちろんそれは避けたい。でなければ、ロボス元帥にも多少勝たせて花道を作ってやる他にない。だからフォーク准将、ロボス派の艦隊に行く君には頑張って欲しいんだ」

「そんな、軍の派閥のようなことで出兵したりしなかったり、決まってしまうなんて。いいえヤン司令、単に考えすぎであり、そんな突飛な発想は止めるべきです。事実はそんなことはありません。同盟軍は市民を専制国家の軍から守り、民主共和制を広めるものです」

 

 キャロラインはまだ第十三艦隊に来て日が浅い。

 ヤンの思想が浸透している数人とは認識のギャップがあった。もちろんヤンが陰謀家というのではなく、むしろ逆に清廉であるからこそ醜い派閥抗争や思惑が見えてしまうのだ。キャゼルヌやアッテンボローも同盟軍にそういう人間的過ぎることろがあるのを理解している。

 そんな反応をしたキャロラインを見て、ヤンは自分の髪をくしゃくしゃにする。

 

「君がうらやましい。同盟憲章とその理念を信じている君が。本当だ」

「司令官は、信じておられないのですか?」

 

 まさか、そんな。艦隊司令官が。

 

「いや、民主共和制の重要さは信じているさ。これでも。フォーク准将、言い方は悪いかもしれないが君にきっと負けないほどに」

「…………」

「だがその民主共和制というものがどんなにひ弱な花かということも知っている。歴史を学べばわかってくるのさ。政治屋の票集め、根回し、暗躍、利権、こんなもののためにたやすく枯れてしまうということが」

「そうであっても帝国軍と戦うのは民主共和制の側に生まれた者の義務です。現実に帝国が存在する限り」

 

 キャロラインはこれまでヤンの思想面に触れたことはない。

 今の今までキャロラインの信じている理念は、その全てにおいて兄アンドリュー・フォークと共有している考えだ。

 

「ヤン司令、大前提があります。同盟は帝国と共存などできません。帝国の侵攻と戦うのは、同盟市民の命と財産を守るため。そしていずれ必ず帝国の民衆を解放するためです。民主共和制のもとに。そのために同盟軍は力を合わせてきましたし、とんでもなく腐敗することはあり得ませんでした」

「その通りだ。理念では。しかし現実には違う理由で戦う方が多いくらいだ。さっき言った軍部の焦り、功名心、嫉妬、そして派閥争いということも多い。おまけに政治屋の票集めという理由で始めてしまうこともある」

「それを言ってしまえば……」

「そして一番恐ろしいのは純粋に軍事力を使ってみたいという欲求だね。力を持つものがそれを行使したいという衝動と言ってもいい」

 

 そんな、それでは戦う意義は何だというのか!

 正しい理念を奉じて戦いに赴き、傷つき、倒れる多くの人たちはいったいなぜ。犠牲は何の意味があるのか。

 

「それでは、何のために同盟軍があるのです。司令官は帝国を打倒し、民主化したくはないのですか」

「いや、民主共和制を広めたいのは君と同じさ。でももっと考えるべきは民衆の幸せなんだ。変質した民主主義でより不幸になっては何にもならない」

「だからって」

「将来のことはわからない。でも、今は帝国と共存するのも方法なんだ。歴史を考えれば平和は永遠には続かない。それでも和平を結べる時にそうすれば、多くの人を戦乱による不幸から救うことができる。それも現実なんだ」

 

 キャロラインにはわかったようなわからないような気がする。

 帝国との死闘を先送り、それにも意味がある? いやそんなことはないと思いたい。

 

「フォーク准将、民主共和制にとって危険なのは、帝国のような目に見える外敵ばかりじゃない。むしろ内側から腐る方が危険なんだ。それに比べてしまえば帝国の存在は小さなこと、現段階の共存も選択肢の一つだ。そう思ってる」

 

 これが、ヤン・ウェンリーの考えていることなのだ。

 まだそれが正しいのかどうかキャロラインには判断がつかない。

 

 

「だからヤン先輩も、もうちょっと頑張って下さいよ」

 

 重い話が続き過ぎたと思ったのだろう、ここでアッテンボローが茶々を入れる。

 うっとおしいこともあるけれど、気を遣うところでは遣う人だ。

 

「おいおいアッテンボロー、実はこれでもけっこう頑張っているんだよ。超過勤務で倒れない範囲で」

「ヤン、お前さんの昼寝の時間は勤務時間から差っ引いておくぞ。秘書官、計っといてくれるかな」

 

 キャゼルヌも混ぜっ返す。重い話も軽い話もこなすのがここの人たちの流儀なのである。

 

「はい。司令官の昼寝を全て見張って時間を分単位で計算いたします。たぶん、超過勤務にはなりません」

 

 フレデリカもそう返したが、冗談で言ってるんだよね。たぶん。

 

 

 パーティーが終わりに近付き、キャロラインは台所にいる。オルタンス夫人に片付けを全て任せるわけにはいかない。フレデリカと一緒に台所で洗い物を始めている。

 皿を洗う手が震え、何度も落としそうになった。しかし実際に落としはしない。

 横のフレデリカはさっそく一枚落したが、これはただ手が滑っただけだ。フレデリカの犠牲になったのが一枚で済んだことはむしろ珍しい!

 女性士官学校では楽しみのためにケーキ会やらなにやら、皆で食べる会が少なからずあった。その時決して皆はフレデリカを厨房に立たせなかったものだ。作る方も当然フレデリカにはさせないものだったが、しかし片づけもまたさせていない。

 皆は自分のお気に入りのカップや皿を失いたくなかったからだ。

 フレデリカは自分の家ではどうやっているのだろう。まさかグリーンヒル大将が全て行ってるわけではあるまい。よく家に食器が残っているものだ。

 

 キャロラインは心の中で先ほどの会話を繰り返す。

 

 ヤン・ウェンリーの考えでは、民主共和制は帝国主義に優る。当たり前だ。

 だがそれよりももっと大事なのは、人々の幸せであり、それはイデオロギーに先立つ。命や生活が最も大事なのだ。そこから帝国との和平という発想が出る。

 同時に同盟の民主主義を純粋に信じているわけではない。盲信はせず、客観的に見ていて、ある意味監視している。

 

 だけど、とキャロラインは思う。それなら仮に帝国が圧倒的に優勢になったとき、民主主義の灯が宇宙から消え去っても平和の方がいいと言うのだろうか。殉死しろとは言わないが、それで良いと言うのか。そもそも答えがあるのか。

 

 キャロラインは心臓が苦しい。

 現実的な帝国への出兵の可能性が心に重くのしかかる。戦いが嫌なのではない。そこには一つ苦しくなる原因がある。

 それは、昔から見る夢のせいだ。皆に自分の夢の話などしても仕方がない。夢の話なんか。けれど、自分には夢だからといって無視できない。夢はぼんやりしていて思い出せないが、一箇所はなぜかはっきりしている。

 同盟軍がイゼルローン回廊から大挙して帝国へ侵攻する。

 しかし、大敗に次ぐ大敗で多くの者が倒れ、もはや同盟軍は形骸ともいえる状態にされてしまう。

 それからゆっくり同盟は死に向かう。

 それに大きく関わっているのが兄なのだ。なぜか兄が責任を取らされる羽目になり、同盟軍から嘲笑を受ける存在となるのだ。いや、同盟130億市民全てから忌み嫌われる存在に。

 そして私が最も恐れる事態が訪れる。兄とは二度と会えなくなってしまう。

 いけない、心臓の鼓動が乱れるせいか、手足にしびれまで感じてきた。

 

 恐ろしいことだ。心に棘が刺さったようになる。全ての喜びが消え、見える世界から色が失せる。心から血が流れ出して止まらない。

 だが同時に、決意ともいうべきものが上がってきた。兄を悲劇から救う!

 

 キャゼルヌ宅を笑顔で後にするころには、決意が固まっていた。

 私は無敵の女提督。ならば何があろうと必ず勝ってやる。私のいる同盟軍第九艦隊、絶対に負けさせなどするものか。

 勝って悲劇を無しにしてやるのだ。

 どんなことがあっても諦めず私は私の戦いを最後までやってみせる。

 

 見つめる先には、兄しかいないのだから。

 

 

 

 

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