見つめる先には   作:おゆ

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第二十話 宇宙暦796年 七月 誇りを捨てる誇り

 

 

 その内容よりも、意外な人物からの声であったことで会議室はいったん静まる。

 

 ロボス派の凡庸な将アル・サレム中将。会議ではほとんど発言したことのない将である。

 ロボス派の一端としてこれまで過ごし、艦隊司令官にまで出世している。それは派閥人事でそうなっただけだと言われている。その性格が温厚なことは知られているが、一方で特筆すべき働きはなく艦隊指揮能力はあまり高く評価されていないからだ。

 そのため第九艦隊は目立った活躍をしたことがない。今まで壊滅したりすることなく来たのは、そのためかえって会戦に参加させられること自体が少なかったからだ。

 

 そんな提督が組み込まれたばかりの准将をかばうとは少しばかりの驚きになる。しかしさすがにアル・サレム中将までヤジの対象とされることはない。

 

 

「一ついいかな」

 

 小さなざわめきしか残っていない会議室の中、やっと次の質問が出た。

 ウランフ中将の声だった。こちらは実績も実力も文句なく立派な将である。

 

「出兵を小規模にとどめ、それを繰り返すことにより帝国に純軍事的な消耗を強いるということはできないかな」

 

 それは真っ当な戦略論議だった。言っているのは反復攻勢による戦略的消耗である。

 アンドリュー・フォークが返す。

 

「それも一つのやり方でしょう。しかし、忘れてはならないことは、帝国の方がわが同盟よりも生産力が高い、という事実です。帝国はイゼルローン要塞を失った痛手をすぐに取り返し、艦隊を増強するでしょう。帝国に純軍事的な消耗を強いても決定打にはなりえません」

「なるほどな。それもそうと言える」

「またその方法を考える前提は、帝国軍より同盟軍の方に損害の低い戦いを繰り返すということです。それも充分な差で。すなわち、勝ち続けることです。タイミングをこちらが選べるとはいえ難しいと言わざるを得ません」

 

 やっと将官会議がまともな会議らしくなってきたではないか。

 更にヤンが発言する。

 

「出兵するとしても要塞近辺にとどめ、帝国軍を回廊内に誘い込み、戦場を要塞近辺に設定することは。出兵リスクを下げるために」

 

 それにもアンドリューは答えていく。既に考えたことだ。

 

「一度はそういった巧緻な罠も可能でしょうが、幾度も繰り返せる方法とも考えられません。要塞近辺にのみ戦場を設定することは、すなわち仕掛けるタイミングについて主導権を握られるということです。やはり一度はこちらから長駆して見せなくては帝国軍に侮られることにつながります」

「その一度が今である必要はあるかな」

「繰り返しですが生産力の観点から時はこちらに味方しません。防衛のみを行うことは、長期的に見ればイゼルローン要塞を保つことができなくなるのは自明です。一時の動揺が収まれば、むしろ帝国はその力を軍備増強に振り向けるに違いありません。悲しいことにイゼルローン要塞を奪還するまで続くでしょう。つまり、帝国にとって要塞は弛緩する材料であり、それを失えばより必死になる、言い方を代えれば本気を出します」

「なるほど、心理学的な解析ではそうだろう」

「とにかく防戦だけでは帝国へ決定的な消耗を強いることはできないと断言します。それは、過去同盟が幾度もイゼルローン要塞に仕掛けたことを鏡写しにすれば理解できます」

 

 

 それからの会議は少しばかり実りある時間となり、終わった。

 アンドリュー・フォークは一応将官会議を乗り切った形となった。ヤジも個人攻撃もあったが、とにかく終わらせたのだ。

 

 今、アンドリュー・フォークは自分が反対派の矢面に立ち、売名行為を否定しないことによって、いわば誇りを捨てた。

 しかし同盟に尽くす誇りは守ったのだ。

 

 

 最後の最後にそんなアンドリュー・フォークへロボス元帥が声をかける。

 

「ああ、フォーク君、会議が終われば君は口を出さんで構わんよ」

 

 それは決して労をいたわるための言葉ではない。

 使い終わった道具を捨てる儀式だった。用済みはもうあれこれ言うなということだ。

 

 

 

 その一方、将官会議が終わるとすぐにキャロラインはアル・サレム中将に詫びに行く。

 

「会議中のこと、お詫びいたします。小官の不適切な発言をしてしまったため閣下にもご迷惑おかけしました」

「いやいや、准将にはせっかく我が艦隊に来てもらったのだ。気分よく仕事してもらわねば困る。こっちはこの通り、ただの凡将だ。准将が有能なことは聞いている。こちらこそよろしく頼む」

 

 それは思いがけない歓迎だ。自分を凡将と言い切ることだけでも凄い。そしてキャロラインをしっかり評価してくれている。

 

「閣下はこういう方ですから」

 

 アル・サレム中将の横にいる副司令官のライオネル・モートン少将が笑っている。

 第九艦隊、とても雰囲気の良い艦隊らしい。

 

 この後、キャロライン・フォークは第九艦隊の暖かな庇護の下、才能を発揮することになるのだ。

 

 

 

 そしてヤン・ウェンリーは少しアンドリュー・フォークを見直す気になった。

 

 それは、仮に帝国が焦土作戦を取る場合の話をした際、アンドリュー・フォークは帝国軍が首都星オーディンを捨てる可能性まで言及したからだ。正直、そこまで考えるのは己惚れているかもしれないが、自分くらいかとヤンは思っていたのだ。

 細かなことのようだが、そこまで考えるのはなかなかできるものではない。頭が固かったり、発想力が貧困なものにはとうてい思いもつかないことだろう。

 

 少なくともアンドリュー・フォークは参謀として充分に有能だ!

 

 想像力があり、視野が広い。

 それに、会議での忍耐力、精神力もまた見事なものだ。頭の回転も速く、アンドリュー・フォークは非凡なものを持っている。

 

 もちろんヤンからすれば出兵に対するリスクの考えが甘過ぎると思わざるを得ない。

 帝国の側だってこれまでにない事態になるのだ。強力な戦力と体制で立ち向かってくるだろう。慌てているからこそ全力を出すということがあり得るのだ。むしろいったん油断させた方が駆け引きとしていいだろうと思える。

 また、アンドリュー・フォークは帝国の生産力にばかりとらわれているが、帝国だって決して一枚岩ということはない。

 政変だって起こり得る。つまり時が味方することだって充分考えられるのだ。

 

 ともあれ一般的な基準に対してアンドリュー・フォークが英才なのは間違いなく、それがヤンを強硬な反対に回らせなかった理由になる。ロボス元帥の側にアンドリュー・フォークがいれば無茶なことにはならないのではないか。少なくとも損害とリスクの計算くらいするだろう。

 

「キャロラインがブラコンなのも大いに理由があるようだ。アッテンボロー、大丈夫か。あの兄がライバルとは、この亜麻色の要塞を陥とすのはイゼルローンを陥とすよりも難かしいぞ」

 

 そんなことまで考えたが、ヤンに限らず人は自分のこと以外はよく見えているものである。

 

 

 ヤンはキャロラインについてもう一つのことを考える。

 良い艦隊に行ったものだ。

 彼女にとっても、同盟軍にとっても。

 実はあまり強い艦隊に行かれても困るのだ。

 

 ヤンの目から見てアップルトン中将やボロディン中将は良将であり、そんなところへキャロラインが行っても効果は限定される。例えばアッテンボローはウランフ中将の下へ転属になったが、これは痛い。

 キャロラインはアル・サレム中将の下へ行った。これはいい。

 アル・サレム中将は人柄の良さで知られ、評判もいい。

 しかし、艦隊司令官としての能力は、はロボス派の中でも凡将だ。他の将について言えば、例えばルグランジュ中将は勇猛で攻勢に強い。しかしアル・サレム中将には特徴がない。

 キャロラインが活躍できれば、同盟軍全体にとっていいことだ。そして会議を見る限りアル・サレム中将は彼女に悪い扱いはしないだろう。彼女が活躍できる舞台がきっと待っている。

 

 

 

 

 次の月、いよいよ帝国領侵攻作戦は発動された。

 予定通り八個艦隊、約十一万八千隻の空前の大作戦である。同盟全戦力の実に七割が敵地に踏み込む、まさに乾坤一擲の大勝負だ。

 

 それに対して帝国側でも国難と認識し、直ちに対応がとられる。

 迎撃作戦全体の指揮をとるのはグレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥である。誰が見ても順当な人選だ。実戦指揮官として長いこと戦い続け、その実績と名声は並ぶものがない。

 そこへエーレンベルク元帥までも加わる。最後の一線、帝都オーディン防衛について。

 後方においてはクラーゼン元帥、シュタインホフ元帥が統括する。これは今までの帝国軍にとって最高の布陣ともいえる態勢である。

 

 前線指揮官はグライフス上級大将、ゼークト大将、メルカッツ中将、シュターデン中将、ファーレンハイト少将、フォーゲル少将、ノルデン少将、フレーゲル少将それにオフレッサー上級大将である。

 もちろん、ローエングラム上級大将、キルヒアイス中将、ミッターマイヤー中将、ロイエンタール中将以下の将帥もいる。

 

 これらの諸将は出立に先立ち、オーディンのノイエ・サンスーシーの広間に招集される。

 皇帝直々の言葉があり、正式にミュッケンベルガー元帥に叛徒撃退の任が申し渡されるのだ。

 

「皇帝は今卿らに命ずる。銀河帝国の軍を率いるべし。勇猛にして帝室に忠義を尽くす将兵を従え、不埒な叛徒の軍勢を全て討ち平らげよ。もって銀河帝国の威を示し、全ての臣民に安寧をもたらさしめんことを」

 

 華やかな儀式が終わる。それは戦いの悲惨さなど微塵も感じられないきらびらかなもので、式典のようなものだ。

 ラインハルトはキルヒアイスに言う。

 

「今日の儀式は立派なものだ。皇帝や貴族の葬式を前もってやったようなものだな」

「これは手厳しいですね。ラインハルト様」

「ふん、実際の葬式には花一輪飾ってやるものか。せいぜいヴァルハラでバラ園でも作るがいい」

 

 

 

 帝国軍艦隊は総数十七万隻にも及ぶ。

 

 しかしこのうち四万隻は皇帝のいる首都星オーディン防衛のため動けない。帝国軍は皇帝を守るためにこそ存在するものだからだ。万一の時の備えとしてオーディンに帝国軍の半分は必要である。そう主張するリヒテンラーデ侯とミュッケンベルガーが折衝をしてこの規模に決まった。

 ミュッケンベルガーは、決戦のため少しでも多くの艦が欲しかったが、リヒテンラーデ侯の言うことも理がある。

 

 討議の結果、迎撃予定宙域はイゼルローン要塞から数日分の距離を置いたところとする。

 イゼルローン回廊帝国側出口付近の方が迎撃には有利であるが、リスクもある。後詰の状態が読めないからだ。それに少し距離を開けた方が侵攻の目論見を見極めやすい。

 また、絶対防衛ラインをイゼルローン回廊からオーディンまでの航路の中間付近に引いた。

 皇帝陛下はどんなことがあっても危険にさらしてはならない。オーディンにあまり近いところにまで来させてはならない。ミュッケンベルガーは帝室に忠義を尽くす将として長年戦ってきた。その判断による。

 

 戦術としては、ミュッケンベルガ-の考えるところ丁度良いタイミングで正面決戦である。皇帝の軍は堂々と敵を打ち破り、その威を示し、二度と侵攻を考えないようになさしめる。

 撤退を重ねての焦土作戦は全く考慮されなかった。

 それを提唱する参謀がいないことはなかったが、侮蔑の対象になっただけに終わった。

 辺境の地とはいえど陛下の臣民なのであり、戦術の道具にして苦しませる方法などとらない。むしろ避難を優先させる。

 

 

 

 ついに同盟艦隊はイゼルローン回廊を出て、未知の宙域に到達した。見知らぬ星の見守る中緊張しながら航行していく。もちろんまとまって防備態勢を保っている。

 ここは帝国領、文字通り敵中なのだ。危険な分散並行進撃はとらない。

 

 順調な航行が続くわけはなく、偵察隊の損耗が急に跳ね上がる時がきた。ついに帝国と同盟の艦隊同士が会いまみえる。

 しかし最初の会敵は小競り合いで終わり、間もなくどちらも退いた。まだまだ前哨戦だ。お互い、相手の力量を推し量るのが目的だった。どちらにとっても後がない戦いになる以上、勝算が立たないうちに総力戦はできない。

 面白いことに帝国も同盟も同じ感想を持った。敵は意外に数が多く、強い。決戦はまだ先になる。

 

 ここで同盟軍にとって悲劇が訪れた!

 

 最高評議会はそんな小競り合いなど欲していない。

 帝国領民の解放された映像が見たいのだ。

 解放されて、笑顔になった領民の姿を。

 そして解放してくれた同盟政府を賛美して、民主共和制万歳!と叫ぶ姿を。

 それこそが政治屋の求める姿なのだ。市民の自尊心を満足させる方法だけは知っている。むろんそれが選挙で自分たちの票に結び付く。

 

 ハイネセンから帝国領侵攻作戦総司令官ロボス元帥のもとに領民解放の命令が届く。

 

 軍事作戦行動中の司令部に口を挟むことに対し、抗議することも権限として充分可能であった。

 しかもその命令は軍事的に非常識過ぎることで、どだい無理だ。

 領民にかまってなどいられない。そんな時間はない。敵中の長距離行動である以上、長くいればいるほど補給物資の輸送が問題になり、どんどん不利になるだけだ。

 恒久的占領は、もし帝国に充分勝利を収めたら考えればいい。今は勝つ可能性を少しでも高めるために注力すべきなのである。

 

 そして恒久的でない占領など、それこそ何の意味もないではないか!

 誰もが不幸になる。

 同盟軍はもとより、それに下手に協力してしまった帝国民衆はどうなるのだ。明らかに帝国軍によって報復され、思想的に汚染されたとして抹消されてもおかしくない。そんな悲劇によって生じる憎しみは同盟軍にも向くだろう。

 ところが、ロボス元帥はそれを自身の命令として各艦隊司令官に伝えた!

 ロボスにしてみれば政治屋に恩を売るのもいいと考えた。領民の解放は自分でも見てみたい。

 

 最も大きな理由は単純なことだった。

 同盟史上かつてない大艦隊を配下に置いて気が大きくなっていたのだ。

 

 同盟艦隊の帝国領惑星への分散と領民解放の命令は何と司令部参謀の頭越しになされた。発令された後に内容を知ったアンドリュー・フォークもグリーンヒル参謀総長もあり得ない命令に対し、もちろん慌てざるを得ない。

 当初の予定では可及的速やかに侵攻し、帝国に大きな一撃を与えることではなかったか。

 だが後の祭りだ。そんな重大なことを参謀にも意見を聞かずに決めるとは、もはやロボス元帥の頑迷さはそこまできていた。

 

 

 

 同盟軍は侵攻して帝国辺境とはいえ広く有人惑星を含んだところまで来ている。

 各艦隊は一個艦隊ごとに分散して領民解放を行うことになった。

 

 もちろんこんな馬鹿げた軍事行動命令には多くの艦隊司令官が床にベレー帽を叩きつけた。

 

「自殺行為だ! いや、自分で決められないことで責任を負うのだ。これは他殺というべきだ!」

 

 ヤン・ウェンリーもベレー帽を叩きつけることはしないものの、一度取ってからかぶり直した。

 

「どうやってイゼルローンまで戻ろうかな。戻してくれればだが」

 

 ヤンがいつもの表情を変えないながら、視線が動いていないのをフレデリカは見た。

 ヤンが深く考え事をしている証拠だ。しかも決して楽しくない考え事の。イゼルローンに帰れないということは、ここで異郷の骨となることであり、そうならないためにヤンは考えている。せめて紅茶にほんのちょっぴりブランデーを入れて持って行ってあげよう。

 

 

 

 

 一方、帝国領侵攻作戦本部には大きなディスプレイが設置されている。

 それは2mもあるもので、三次元的に各艦隊の位置や動きを一度に示し、どこを移動中でどこの星系に向かっているのかが分かるようになっている。正に本部ならではのものだ。

 

 暗い部屋の中、壁面のランプを除けばそれだけが明るくオレンジ色に光っている。

 

 その前に今、アンドリュー・フォークが立っていた。

 表情は厳しい。時折ため息すらある。

 飽きもせずそれを見ていた。

 

「これは、まずい……」

 

 

 アンドリュー・フォークは同盟軍の前途に暗雲が立ち込めるのを感じた。

 

 

 

 

 

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