見つめる先には   作:おゆ

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第二十一話 宇宙暦796年 九月 オーベルシュタインの策

 

 

 ともあれ命令である。同盟軍艦隊は有人惑星に行き、領民の解放を形だけでもやらねばならない。

 

 やむを得ず一個艦隊ごと分散し、各星系に散っていった。

 それでも各艦隊は領民に歓迎されると思っていた。自分たちは貴族や帝政から民衆を救う解放軍なのだ。

 ところが意に反して全く歓迎などされない。むしろ多くの場合、敵意で迎えられる。

 同盟軍は忘れているのだ。自由惑星同盟は帝国にとっては敵である。それが占領してきたら反発するのが当たり前なのである。そして同盟の掲げる民主主義というものは帝国の領民にとって見知らぬ価値観であり、一朝一夕に意味が分かるものではない。

 そして善政が敷かれていた領地であればあるほど、敬愛する領主様を追い出した軍隊を憎むものだ。うまくいっているのにどうしてイデオロギーなるものを変える必要があろうか。

 

 しかし驚いた同盟艦隊では民主主義の良さを目に見える形で示す、つまり領民に物資を供出して媚びる艦隊が続出した。

 

 これでは物資輸送を担う補給部の負担が際限なく増える。

 ここを主に担当したアンドリュー・フォークは激務のなか、できうる限り対処しようと頑張った。必要なところへ必要なだけ公平に分配するのだ。

 けれども前線の要求は増えるばかりである。

 各艦隊とも自分のことばかりで、物資を要求して叫べば来ると思っている。その要求もたいていの場合必要以上だ。

 もちろん物資が来なければ不平を言うし、それが高じると罵倒になる。

 はなはだしい場合、「もういい! イゼルローンに帰還する!」とまで脅し文句を言う艦隊すらある。

 

 後方からは後方で、悲鳴を上げてきた。

 

「補給物資の要求量が過大のため、集積、輸送とも困難、再考を求む!」

 

 イゼルローンにいて後方を統括するキャゼルヌ少将からの通信である。

 

「当方の試算と解離はなはだしく、改善点あり」

 

 つまりは、要求してくる量が実際の必要量と違うというのである。リソースが有限である以上、応えられるものではない。

 アンドリューには心当たりがあった。

 各艦隊はとにかく物資をくれと執拗に叫び、繰り返し悲鳴を上げて止まない。ところが品目のなかで余ったものは決して返さない。ダンマリを決め込むのだ。そして無駄に使う。

 アンドリューは馬鹿正直に仕事をしていてはとても遂行できないのがわかった。

 

 もう一つ、頭の痛いことがある。

 中には、物資要求をアンドリューではなく直接もっと階級の高い上官にねじ込む場合すらあるのだ。それを悪いとも思っていない。

 

「横紙破りは誰かさんの得意だろ」

 

 その場合たいていの上官は立場の低いアンドリューに高圧的に出て、艦隊の方に媚びを売る。その方が自分にとって楽だからだ。どんな組織にもありがちなことである。

 アンドリューはもちろん公平を旨とするので最大限抵抗した。

 ただしそれでも物資の使途不明の消失、という事態が度々あった。

 今はしかし本気で調査する余裕はない。

 ロボス元帥が直接関わっているという証言すら出た時があったが、ひとまず棚上げにするしかない。

 

 つまり、このような仕事には「威」と「人望」が必要だったのだ。

 それがなければ際限なく無茶な要求が来る。

 

 防備用の迎撃ミサイルと士官が飲むであろう高級ワインとが同列に要求リストに載っている。

 

 どういうつもりだ。

 アンドリューの目から見て、艦隊に絶対的に必要なものを見極めて優先順位を明確にしなくてはならない。

 もちろん、アンドリュー・フォークは十分な英才だった。

 しかし、威も人望も元から無い。そしてますます評価は地に堕ちた。

 曰く、物資を横流ししている、独り占めして一番上等のコーヒーを楽しんでいる、という流言まで飛び交った。

 

 もちろん根も葉もない。

 

 一番酷いのがえこひいきの噂だ。

 普段アンドリューを悪く言っている者ほど、逆にアンドリューに嫌われていると思っている。それは人の性質とも言うべきものだ。それで物資をよこさないものだと思い込む。アンドリュー・フォークは権限を使ってここぞとばかりに仕返しを企んでいる、と。

 

 そういう思い込みは変えようがない。

 一緒に艦隊を説得してくれるような上官はいなかった。誰も一緒に火の粉を被ってくれる上官がいない。むしろ喜々として陰に陽にアンドリューを非難する。

 アンドリューから見てただ一人話を聞いてくれそうな上官ドワイト・グリーンヒル大将は別なことで忙しそうだ。

 

 一生懸命に仕事をして、物資を公平に分配しても、どんどん恨まれることばかり積み重なる。

 根底にはやはり前線で戦う方が偉いのだという奢りがあるのだ。後方よりも。

 

 同盟軍は心の面において既に崩壊しかかっていたのである。

 

 

 一方、なぜか叛徒の艦隊が分散したのを見た帝国軍は、反攻に転じる。

 敵の動きはあまりに軍事的な常識と異なり、意図不明だが、各個撃破のチャンスであることは間違いない。一つ一つを圧倒的な戦力で潰していけばいいだけだ。

 

 敵は一個艦隊。そこをこちらはまとまって叩く、シンプルな答えである。

 

 

 ところが、帝国軍がそれを実行しようと大艦隊で迫れば敵は慌てて逃げる。

 もう少し待てばよかったのだ。

 ミュッケンベルガーは仕掛けが早すぎた。敵が領民に対し、無視、略奪、宥和、植民、どういうやり方をするのか見ればよかった。しかしミュッケンベルガーの頭には敵が宥和や植民などをするとは到底思いつきもしなかった。ミュッケンベルガーでなくとも誰しもそうだ。

 帝国が叛徒の領内惑星で行った略奪や拉致を、今回逆にされると思いこんだのは仕方がない。だから長く逗留するはずもないと思ってしまった。

 

 

 帝国軍は軍略を練り直す。しばらく戦いがない。

 この間、ラインハルトのもとに来客が訪れた。

 名をパウル・フォン・オーベルシュタイン大佐と名乗るものだ。

 

「オーベルシュタイン大佐、その名前は聞いている。先のイゼルローンでゼークト大将の幕僚だったとか。そしていち早く逃げ出した卑怯者で、今は後方に追いやられたとの話だが」

 

 ラインハルトはオーベルシュタインに友好的になるべき理由はない。こんな時期に訪問してくるのも愉快ではない。しかもオーベルシュタインが先のイゼルローンの戦いでいち早く逃げ出したのも事実であり、それが合理的な判断だったのだろうとは思ったが、ゼークトの言うただの卑怯者の可能性も存在する。

 

「ローエングラム閣下。その話をするには時間が足らず、その話をするために来たのでもありません」

「まあそうだろうな」

「仕えるには仕える先を選ばねばなりません。忠誠を捧げるに足る人間を。閣下もよくお分かりでしょう」

「わかった。オーベルシュタイン大佐、一般論としてはそれも正しいな。本題に入るが、今ごろ私に何用か」

「話を始める前にお人払いをして頂きたい」

 

 ここでラインハルトの目が細くなる。噂の卑怯者ではなく、ずいぶん好戦的ではないか。たぶんこちらの事情、つまりキルヒアイスのことを知らぬほど馬鹿ではあるまいに。逆に興味がわく。

 

「ほう、ここにはキルヒアイス中将しかいないではないか」

「ですのでお人払いが必要です」

 

 思いのほか強情だった。怒りよりも驚きが先に立った。

 気を遣ってキルヒアイスが言う。

 

「ラインハルト様、別室にて控えております」

「いいやキルヒアイス、ここにいてよい」

 

 

 では仕方がないという調子で一息置き、オーベルシュタインが話し出す。

 

「ローエングラム閣下、閣下は帝国の現状を快く思っていないはずです。しかし、行動を起こすにはまだ力が不足していると」

「何のことかな、行動とは。オーベルシュタイン大佐、意味するところはさっぱりだが何やら穏やかな話ではないな。私は一介の帝国軍人に過ぎない」

「それならそれで聞き流して頂きたい。閣下が元帥になり、軍の実権を握れば事は大きく進みます」

「なるほど、もしも力を付ければ帝国をどうにかするわけだ。興味深いが全て仮定の話だ」

「しかし、その話は先ず元帥にならねばなりません。そのために目の前の戦いに勝利しなければ」

 

 ラインハルトの受け答えにも関わらずオーベルシュタインは確信をもって淡々と話す。ここまでラインハルトは軽く受け流していたが、戦いの話になって少し興味がわいた。

 

「オーベルシュタイン大佐は簡単にこの戦いに勝つと言うものだが、そんなうまい方法があるか」

 

「方法などございます」

「何か、聞かせてもらおう」

「叛徒は今一個艦隊程度に別れて散っており、各個撃破の絶好の機会なのは閣下もご存知のはずです。それぞれの叛徒の艦隊を星系に釘付けにすれば勝利は嫌でもとりすがってまいりましょう」

「釘付けにできれば、だが。それができなくてミュッケンベルガー元帥も苦労したのだ。では、そのために何か方法でもあるのか」

「それです。閣下。非常に良い方法がございます」

 

 自信を持っているようだが、いったい何の方法というのだ。

 

「惑星を一つ選び、そこの領民に核兵器で攻撃を仕掛けます。民主共和制などという危険思想に汚染された住民を帝国から除去するという名目で」

「馬鹿なことを! 敵もろとも住民を丸ごと焼き殺せというのか!」

 

 これには驚かざるを得ない。帝国領の住民を殺せとは。

 

「敵を攻撃するためではありません。謀略のためです。そうすれば叛徒の艦隊は星系から逃げることすら許されなくなります。自分たちが立ち去った後の星系がそのようになる可能性があれば、間接的に住民を殺すことになるのですから。結果的に領民を守る責任を負わせ、釘付けにできるでしょう。もちろん、実際多くの惑星にそうする必要はないのですが、口だけではなく惑星一つくらいには使用する必要がございます。実際にそうすることを見せつける宣伝のために」

「数百年禁忌だったことだぞ。有人惑星への核攻撃は。その汚名は後々まで残る」

「叛徒が帝国領に攻め込んだのは初めてのこと、持ち込まれた危険思想の外科手術というのは名目として充分でしょう。帝国にとって大した痛手ではなく、そして人々は輝かしい勝利の前には全て忘れてしまうものです」

 

「もういい、オーベルシュタイン大佐。その方法が効果的なのは認める。ただし、それだけだ」

「戦いが長引けば、それに数倍する犠牲が出るのは明白です。住民が少ない発展途上の惑星一つ、例えば二百万人を犠牲にしたとしても一個艦隊の人命にすら及びません。犠牲がより少なく済む方を選択して目的を達成する、このことが大局的に正しいのではありますまいか」

「正しいかどうかを議論する必要はない。その方法はとらない。キルヒアイス、オーベルシュタイン大佐を送っていけ。この話は聞かなかったことにする。」

 

 

 オーベルシュタインはこれで退席した。失望しているのかどうかは態度からは分からない。

 

 実のところオーベルシュタインとしてはラインハルトがそのような方法を実行するとは思っていなかったのだ。ラインハルトが少年ぽい正義感を持っていることは最初から分かっている。

 

 つまりオーベルシュタインはラインハルトを試した。

 どれだけの覚悟をもって帝国に相対するのかを測ったのだ。もちろん、語った方法について自分は最善と信じて疑わないが。とにかくオーベルシュタインの見るところラインハルトこそ才能が図抜けていて、しかも野心をたぎらせている者はない。冷徹に帝国を打倒する気があるのなら最高だ。

 

 しかし今の階段から察するにラインハルトには人間的なところがあり過ぎる。

 

 仕方がない。もっと貪欲に、野望のみで動く者のところに行くだけだ。そして自分の目標を達成する。途中経過はどうでもよく、最終的にルドルフのゴールデンバウム王朝が倒れればいいのだ。

 

 

 その頃、ラインハルトの側でもオーベルシュタインのことを論評している。

 

「ラインハルト様、あのような方法、お気に召しませんか」

「試すのか、キルヒアイス。もちろん住民を焼き殺すなどという方法を取るものか。そんなことをしなくとも俺は勝って、勝ち続けてやる」

「当然です。ラインハルト様。きっとそれがかないましょう」

 

 ラインハルトは住民への核攻撃などという邪道を一顧だにしなかった。

 それがキルヒアイスの微笑みをいっそう柔らかいものにしていく。

 

 

 

 

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