見つめる先には   作:おゆ

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第二十二話 宇宙暦796年 十月 帝国の反攻

 

 

 帝国領内で叛徒は思いの他長期戦の格好を見せている。

 ここらで戦線の膠着状態を打開すべく、ミュッケンベルガー元帥は手を打つ。一気に圧倒できる戦力をぶつけ、駆逐する考えである。

 

 帝国内の警備艇などをかき集め、首都オーディンの守りに順次充てていく。それと入れ替わりにオーディンの防衛に当たっていた艦艇を前線に戻す。まやかしのようだが、ミュッケンベルガーにすればオーディンの守りは張り子の虎でもいい。機動戦力の方をできるだけ増強するのだ。

 

 その上で、叛徒の艦隊が一個艦隊ずつ各星系に分散している今、同時攻撃することに決めた。

 同時攻撃なら小賢しく動き回って合流することもできまい。

 

 帝国軍もそれぞれに別れて戦うことになってしまうが、それでも必ず数の優位を充分保って攻撃するように予め調整しておける。何といっても仕掛ける帝国側にそういう情報面の優位性があるのは揺るがない。

 攻撃する艦隊の指揮はほとんどをミュッケンベルガーの子飼いの将で行うが、微妙に別陣営ともいえるラインハルト・フォン・ローエングラムに近しい将の力も借りる。

 ミュッケンベルガーは正しく国難を理解していたし、帝国のために力を合わせて戦うのがいいと思っている。それにミュッケンベルガーは帝国軍上層部にしては珍しく実力主義的な側面を持っていた。宇宙に戦う者には虚飾は通じない。実力のある者は尊敬されるべきだ。

 

 

 同時多発的に帝国軍の反攻が始まる。

 

 わずかな差で嚆矢になったのはレージング星域である。

 同盟軍第三艦隊ルフェーブル中将に帝国軍ゼークト大将の艦隊が襲いかかる。

 猛将ゼークト大将の号令一下、帝国軍が突進する。

 

「我らは皇帝陛下の軍である。ならば堂々と進み、敵を蹴散らすまで。帝国の栄光のため、突撃せよ。命を惜しむな」

 

 ゼークトらしい勇壮な訓示である。

 その果敢な突撃のため、同盟第三艦隊は最初に大きな損害を被った。

 それでも第三艦隊は立て直し、帝国軍の二度目の攻勢をうまく凌ぎつつ逆撃を加える。帝国軍の硬直化した突撃を逆手にとり、帝国艦隊旗艦を確認するや見定めて集中砲火を加える。

 

「帝国、万歳!」

 

 帝国艦隊旗艦グルヴェイグはゼークト大将と共に爆散した。

 ゼークト大将はイゼルローン要塞を失って死に場所を求めていたのだろうか。それは勇壮な墓所になった。

 混乱した帝国軍に打撃を加えた後撤退にかかった第三艦隊、そこまでは見事だ。しかし最初に受けた打撃は大きく、戦力差ではかなり劣る。そこからの追撃によって混戦になってしまい、無軌道な攻撃は運悪く第三艦隊旗艦ク・ホリンを直撃することになる。

 

「ああっ」

 

 あっさりとルフェーブル中将は戦死した。

 ここの戦いは帝国、同盟ともに損害は大きく、撤退に成功した同盟艦は多くない。

 

 

 

 他の各星系でもいっせいに戦いが始まった。攻守どちらの将も一つとして同じものはない以上、その様相は全て異なるものになった。

 

 トヴェルグ星系では同盟第七艦隊ホーウッド中将に帝国軍シュターデン中将が対峙する。

 理論派であるシュターデン中将は相手を上回る数の利を生かして、教科書通りの別動隊を作った。それを相手の後方に回り込ませようとする。陽動にも挟撃にも使えるものである。

 正に定石だ。

 えてして定石を使う者は凡将と言われがちであるが、しかし定石というのは勝利の可能性を高めるために、長い時を経て培われてきた洗練された方法でもある。

 

 人を驚かせる華麗さよりも戦理を整えるのが重要、それをよく知るのがシュターデンだ。

 

 この別動隊の指揮を執るのはフレーゲル男爵である。普段、フレーゲルは貴族としての側面が強い。本人も貴族としての誇りを持ち常に貴族として振る舞っている。だが、れっきとした士官学校卒の帝国軍少将であり、艦隊指揮のイロハを知らぬことはない。

 

 フレーゲルはシュターデンやミュッケンベルガーから見たら奇妙な男である。

 

 普通であれば貴族出身の将兵であっても軍にいるうちに軍に染まってくるものだ。価値観も変わり、軍の階級などがステータスとして一番大事になってくる。

 しかし、フレーゲルはいつまでたっても貴族として振る舞うことを止めず、元帥に平気で話しかけてきたりもする。貴族の中でもブラウンシュバイク公の甥という特殊な立場がそうさせるのだろう。

 他方、軍での昇進や自分の階級を気にしている素振りもない。

 あくまでも価値観は軍人ではなく帝国貴族だ。そして貴族の中の貴族であるという矜持がある。

 

 帝国軍が別動隊を発進させたのを見た同盟第七艦隊ホーウッド中将はそちらへ先に全軍を向ける。奇をてらうつもりはないが、せっかく数を分けた帝国軍を各個撃破しなければ勝機がなくなる。

 だがしかし、向かって来る同盟艦隊を見ても帝国軍別動隊に臆した様子はない。フレーゲルは少なくとも臆病ではなく、帝国貴族として堂々立ち向かう構えだ。

 

 シュターデンは本隊を半包囲態勢の陣形にとって迫る。当初の予定とは異なったが、叛徒は全力で別動隊の方へ食いついた。後背を取れる。そこから理想的な殲滅戦にできる。

 しかし、同盟第七艦隊の方が早かった。

 帝国軍本隊の陣形と速度を見極めるやいなや直ちに反転してその包囲網の薄い部分から食い破り、出血を強いる。だがそれでも完全突破、背面展開には至らなかった。

 シュターデンも無為無策ではない。急ぎ包囲網を閉じ、同盟艦隊の後方へ盛んに横撃を加え、足を止めさせる。その結果、同盟艦隊の半分を包囲網に捉え、つまり分断に成功した。これでは同盟艦隊もそのまま逃げることはできない。

 

 いったん敵味方入り乱れての混戦となる。

 その無秩序さと消耗戦を嫌ったシュターデン中将が再編のため艦隊をまとめて後退した。その隙に第七艦隊はうまく脱出して星系を離れ、追撃を振り切る。犠牲は大きかったが辛くも脱出には成功したのだ。

 

 それに併せ、ホーウッド中将はトヴェルグ星系内に連絡艇を一隻残していった。

 

 同盟第七艦隊はそこに長く逗留し、領民と比較的良好な関係を保っていた。そのため最新の機械設備と農業技術を用い、植民指導を行なっていた。特にその責任者であるフランツ・ヴァーリモント少尉は熱心であり、同盟艦隊が慌てて出立する時に大きな決断をしている。

 帝国領に残る、それは現地で仲良くなったテレーゼ・ワグナーという少女のために。

 だがこのままでは敵兵として捕縛されるのは明らかだ。そこでホーウッド中将は愛し合う若い二人が星系から出て新天地を探せるように取り計らったのだ。

 公式にはフランツ・ヴァーリモント少尉は行方不明と記録された。

 

 

 

 一方、ビルロスト星系では同盟第五艦隊ビュコック大将がきれいな撤退戦を演じていた。

 対する帝国軍はロイエンタール中将の艦隊である。

 ミュッケンベルガー元帥はロイエンタールがラインハルトの子飼いの将であることはわかっていたが、その実力を高く評価して前線に投入したのだ。

 戦いは、あまり戦いらしくなかった。

 終始第五艦隊は退いていたからだ。最初から充分な距離を取り、むやみな仕掛けはしない。

 ロイエンタールが急進するとその部分が早く後退し、脇から横撃を加えてくる。老練ともいえる柔軟防御である。そう対応しながら撤退速度を速めるとは、模範的な撤退戦だ。付け入る隙がなく、ロイエンタールも途中から強引に速攻に転じたが、決して布陣を崩さず犠牲の多くなるような無理はしなかった。勝利だけが目的ではなく、損害と戦果のバランスに配慮するのがロイエンタールの持ち味である。

 また後々ラインハルトが何かする時には実力が必要であり、それを今損なうことは得策ではない。

 

「中々敵もやるようだ。攻め続けて勝てないとは思わないが、こちらにも事情がある。今はこれくらいでいい」

 

 結果、第五艦隊は二割ほど失っただけで撤退し、ロイエンタールの側にほぼ損害はない。

 

 

 

 他の各星系でも次々と戦いが繰り広げられている。

 

 その中でもアルヴィース星系では最大の激戦が展開された。

 

 ウォルフガング・ミッターマイヤー、帝国軍全ての中でも艦隊用兵の巧みさで誰もが知る勇将である。そしてロイエンタールのようないわば手抜きをするつもりは微塵もなく、勝利を目指し、全力を尽くす。

 

 それに対するのは同盟軍第九艦隊アル・サレム中将である。

 

 

 ここアルヴィース星系は未だ発展途上の星系だった。人口も少なく、技術面でも立ち遅れている。

 同盟軍が降り立っても歓迎もされないかわりに敵視もされなかった。

 アル・サレム中将は民衆に媚びるわけでもなく威圧的に接することもしない。

 まるで同盟領にいるように自然体だった。

 政治的なことにも干渉しない。民主共和制について、教えはするが決して強制しなかった。

 ただし生活を楽にする技術を教えることについては出し惜しみせず親切に勉強会を開いたり、工場にアドバイスをしたり、実際に畑へ用水路を引いたりしてみせた。

 

「どうせ我らは客人だ。できるだけ良い客人になればいい。」

 

 副官モートン少将も喜んで自らショベルカーに乗り込み水路を掘っていった。

 

 思いの他和やかな時間が過ぎていく。

 キャロラインも非番の時間は、ここの住民に簡単なバウムクーヘンの作り方を教わった。帝国風の菓子はキャロラインにとっても珍しく、興味を引くものだ。

 夜は一緒に火を囲みフォークダンスを踊ったりもした。

 キャロラインはそれほど酒を飲んだことはなかったが、ここのシュペートレーゼの甘いワインは口に合い、ちびりと飲んだ。

 住民との協力共存、それは楽しい日々だ。

 

 しかし、やがて帝国領にいるとは思えないのどかな時も終わりが来る。誰もがそのことを知っている。

 

 

 第九艦隊はアルヴィース星系内外にくまなく探知システムを作り上げている。それに加え、全方向に偵察隊を常に飛ばしている。帝国軍が必ず来ると思い、用心は怠りない。それもまたキャロラインの進言だ。

 それが役に立つ時が来る。

 帝国艦隊が星系内に侵入しつつある。しかも第九艦隊一万三千隻に対し、敵は一万八千隻の圧倒的多数の艦隊であることも分かった。

 

 第九艦隊将兵は急いで惑星から離れ、宇宙に上がり、停泊している艦艇に乗り込んだ。

 早く、この星系から撤退しなくては。

 そして、この艦隊は第十二艦隊ボロディン中将のところに行かなくては。

 

 同盟軍が今回動員した八個艦隊は、撤退する場合に先ずは近辺の艦隊に合流することが決められていた。第九艦隊は第十二艦隊と先ずは合流である。他には例えば第十三艦隊は第七艦隊のところと決まっている。

 その上で全艦隊が集まり、撤退行動に移る。

 帝国領内に深く侵攻している以上、もちろん各艦隊がバラバラで帰途につくのは危険だからだ。

 

 時間には充分に余裕があったはずだった。

 索敵は漏れなく行い、通常より遥かに早く察知したのだ。帝国軍と接触しなううちにアルヴィース星系を後にできる、その目論見だった。

 

 それが崩された。

 

 第九艦隊全艦艇の発進準備ができた頃には、もはや会敵まで二時間を切っている距離にいる! 

 なんとか間に合ったという程度であり、もう逃げ切ることができない!

 

 そうなった理由がある。

 ここに迫る帝国艦隊はとにかく速い。通常よりもよほど速く、尋常ではない。

 しかもディスプレイで見る限り編隊に乱れがないのも驚くべきことだ。普通には艦隊進行をする上で速い艦遅い艦があるため、編成のし直しが適宜必要になるものだ。はなはだしくは速い艦が途中で逆推進をかける場合すらある。

 航海部が長かったキャロラインにはよくわかっている。

 だが帝国艦隊にはその様子が見られない。率いる将の統率力と艦運動への理解は並ではない。

 

 

 だったら戦いにおいても能力は高いと思うべきであり、容易ならざる相手だということがわかる。

 

 その認識はもちろん第九艦隊司令部の皆が共有している。

 

「向こうの速度は予想をはるかに超えている。もはや一秒の猶予もない。撤退にかかるか」

 

 アル・サレム中将が言う。

 その言葉に思わず幕僚末席のキャロラインが答えてしまう。

 

「いいえ、間に合いません。帝国艦隊の速さは尋常ではなく、追い付かれる可能性が高いと思われます」

「小官もそう考えます。そして、もし追い付かれて後背から仕掛けられたら一方的に撃滅されます。向こうの戦力はこちらより多く、逃げ切る前に全滅もありえます」

 

 キャロラインの意見にモートン少将も賛同している。他の参謀も全く同意見であり、逃げられないと知っている。

 

「そうか、そうだな。追い付かれて戦闘開始になってから回頭したら目も当てられんようになる。それでは迎え撃つしかないが、向こうは強く、しかも多い。密集陣でも耐えられはせんだろう。これに如何にして対処するか」

 

 アル・サレム中将とモートン少将、そして参謀たちが皆考え込む。

 

「小勢で足止めを狙い、本隊がその隙に撤退するというのは?」

 

 誰かが言う。

 

「いや、それはダメだ。帝国艦隊は数において優っている。艦隊を分けてその小勢に対処するだけで、追撃が鈍るとも思えない。本隊を獲物と見定めれば見逃すことはないだろう」

 

 別の誰かが答える。

 

「それでは、大きく二つに分けて、一方が囮として引き付けておきながら他方が横撃狙いに徹するというのは」

「それはあくまで横撃ができたらの話だ。敵の動きがそれを許すだろうか。できなければただの戦力逐次投入だ」

 

 

 皆の声を聞きながらキャロラインは考え込む。向こうはとにかく速い。

 だがしかし、それを逆に利用できないだろうか?

 考えた末の意見を出す。

 

「私に、一つ考えがあります」

 

 その戦術は前代未聞だった。

 

 アル・サレム中将、モートン少将、全ての幕僚はその聞いたこともない作戦に驚くほかない。

 キャロラインの顔を思わず凝視し、頭が理解するまでそれが続く。

 そしてアル・サレム中将はその意見に大きくうなずき、ゴーサインを出す。やはりアル。サレム中将は部下の意見を聞き入れる度量があり、キャロラインを末席の若輩者だと軽視することは全くない。

 ゴーサインを見て取ったモートン少将が言葉にする。

 

「よし、第九艦隊の作戦はそれでいこう。この侵攻作戦自体が初めて尽くし。それにもう一つ初めてが加わるだけのことだ。准将、進めてくれ」

 

 キャロラインの策により動き出す。

 同盟第九艦隊の運命はそれに委ねられた。

 

 

 

 

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