見つめる先には   作:おゆ

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第二十四話 宇宙暦796年 十月 アムリッツァの戦い ~死闘の始まり

 

 

 その後同盟第九艦隊は第十ニ艦隊と合流し、全体の集結予定地、アムリッツァ星系へと向かった。

 

 その頃、分散していた同盟各艦隊の幾つかは戦いを続けている。

 ヴァンステイド星系でも激しい戦いがあった。

 同盟第八艦隊アップルトン中将の戦いだ。

 その相手とは帝国軍グライフス上級大将である。引退間近の経験豊かな将だ。さすがに戦理に乗っ取った堂々とした布陣で迫る。中央、左翼、右翼に艦隊を配し、更にフォーゲル少将の分艦隊を予備兵力として後方に置いた。数で勝る場合に最適な陣形を選んでいる。

 ただし相手をする同盟アップルトン中将も決して凡将ではない。艦隊を手早く紡錘陣に編成し、数の劣勢を機動力を補える態勢に作りあげた。

 

 この戦いはまるでボクサーとレスラーの様相を呈した。

 同盟第八艦隊は見事な艦隊運動を見せる。素早い機動力で帝国艦隊を痛打しては移動して留まることがない。

 帝国艦隊は重厚な布陣でそれに耐え、敵を捕まえて取り込もうとする。

 つまり、帝国艦隊の方では相手を捕まえたら勝ち、第八艦隊は捕まえられなかったら勝ちとなる。

 そして帝国艦隊は頃合いと見てフォーゲル少将の予備兵力を動かしてきた。遠回りに迂回して第八艦隊の動きを制約すればいい。牽制するだけでも敵の動きを鈍らせ、そうすれば帝国艦隊本隊は相手をうまく捕らえられる。

 

 途中までは成功するように見えた。

 しかし、それはアップルトン中将が陣形を見極めている間だけのことだ。

 

 アップルトン中将は狙いすまして帝国軍分艦隊の結節点を打ち崩すと、息つくひまもなく圧倒する。フォーゲル少将はそれに何の対処もできず、かえって混乱して本隊の応援を必要とする有様だ。

 やむなく帝国側が事態を収拾する隙に、第八艦隊は手早く撤退を完了させている。

 

 

 同盟軍第十三艦隊は、ヤヴァンハール星系において帝国軍ケンプ中将の艦隊と交戦している。

 既に撤退準備をしていた第十三艦隊はヤンの指揮の下、理想的な迎撃ができている。

 そして困難な通信状況の中、漏れ聞いたところでは他の同盟軍艦隊は決して負けていないようであり、そのためヤンも肩に力を入れず自然体で戦いに臨める。

 フレデリカに紅茶の味について注文をつけた。

 

「薄くてもいいんだ。こう、薄いなりの軽さがあれば。ブランデーなしでは、後味が問題だね」

 

 それは遠回しにブランデーを加えてくれという欲求でもある。

 しかし、ヤンに甘々過ぎると方々から言われている秘書官フレデリカは戦闘中のブランデー入り紅茶だけは許可しなかった。父ドワイト・グリーンヒルが酒を飲まないのも影響したのだろう。

 

 まあヤンはいつも通りに明晰な判断ができている。

 帝国軍艦隊に空母が多いのを見て取ると、接近戦のつもりと見抜き、決して混戦にはしないようきれいな半月陣を敷いて崩さない。

 焦ったケンプ側は様々に仕掛けるが、ことごとく喝破され、跳ね返される。先を読まれて艦列を整えられてしまうのだ。相手を崩し、亀裂を入れることができないばかりか損害ばかり積み重なる。ここでケンプは強引にでも艦載機を大規模に発進させてケリをつけようとした。

 それこそがヤンの待つところだ。

 半月陣の長所は砲火を集中できるところにある。艦載機の行く先々に弾幕を密に張って追い詰めていき、最後はまとめて艦砲の餌食だ。大半の艦載機は戻れない。これでヤンはきれいに相手の長所を潰した。

 

 次にヤンは急進にかかる。

 艦載機を出している以上、大きく後退できないケンプ艦隊を思うさま破った。

 こうしてあっさりとヤン第十三艦隊は勝利を手にしたのだ。

 

 もちろんある程度帝国艦隊を叩けば掃討はせず、ヤンはやヴァンハール星系を後にする。

 予定では第十三艦隊は第七艦隊と合流の予定なのだが、しかし既に第七艦隊が敗退したことを知ると、最も近い星系にいる第十艦隊との合流を目指した。

 

 

 もちろんここでも同盟艦隊と帝国艦隊の激しい戦いが始まっている。

 同盟第十艦隊はウランフ提督が率いる。もちろん同盟軍でもその名を知られた勇将である。

 しかし今回の帝国軍艦隊には手こずっている。

 帝国艦隊は、それしか知らないようにとにかく突撃してくるのだ。

 もちろんウランフは最も効果的に反撃を仕掛け、対処したつもりなのだが、それでも帝国艦隊は全く怯む様子がないのだ。艦隊が傷ついても速度を落とすどころかかえって上げてくる。

 これは尋常ではない。

 帝国艦隊を指揮するのはビッテンフェルト中将だ。

 

 ウランフとしても猛攻を仕掛け、がっちり殴り合うことはできるが、しかし互いに損耗が大きくなっても本当に帝国側が退くのかどうかわからないのだ。まさか消耗戦で艦隊が消滅するまで敵はやる気かもしれない。相討ちでもいいとしているのかもしれず、もちろんウランフの側では宇宙に溶けて消えるわけにはいかない。

 帝国側はどういうつもりなのか。それが分からないうちはうかつに急戦に持ち込めない。

 いや、数の優位は最初から帝国軍の方にあり、がっぷり四つに組めば途中から加速度的にこちらは不利になるだろう。先に消耗戦で音を上げるのは同盟側だ。

 

「持ちこたえろ。応援が来るまでの辛抱だ」

 

 後手の対応に回らざるを得ない。いつものウランフ提督の積極性が鳴りを潜め、手をこまねいていた。

 

 そして辛抱の甲斐あってようやく味方である同盟第十三艦隊が戦場に到達する。

 ウランフ提督はこれで安堵できた。

 

「やっと応援が来てくれた。これで帝国側に数の優位はない。思う存分仕掛けてやれる」

 

 ここからは先手を取って第十艦隊が動き始める。

 一番役に立ったのは新たに配下についているアッテンボロー准将の分艦隊だ。

 帝国側をうまく引き付けるが、決して追い付かれたりしない。化かす演技はまさに曲芸のようなものだ。

 一方で第十艦隊の本隊は常に帝国艦隊の後背を狙って移動し続ける。帝国軍の動きは速く、捉えられるのは一瞬しかない。しかしそのわずかなチャンスを生かしては損害を与えつづける。

 応援に来た第十三艦隊も決して近づき過ぎないようにしながら、チャンスと見れば長距離一点斉射を加えて支援し、帝国側を叩き続ける。それが一番いいとヤンも知っているからだ。

 最後に乾坤一擲の突撃を試み、やはりそれも躱されたのがわかると帝国側は撤退していった。随分と諦めが悪かったがさすがに帝国側のビッテンフェルトも物資の消耗には勝てない。

 

 この後直ちに第十艦隊と第十三艦隊は連れ立って集結予定地アムリッツァに向かう。

 

 

 

 ここアムリッツァに同盟軍の八個艦隊が揃った。

 再び赤い恒星の光に照らされている。

 しかしとうてい侵攻した当時の姿を留めていない。同盟各艦隊は多かれ少なかれ損害を被っていて、全く無傷の艦隊はない。おまけに物資の消耗もはなはだしい。

 しかし、幸いなことに決定的に壊滅した艦隊はないのだ。それぞれが各個撃破の苦しい態勢に追い込まれながら戦ったのは確かなのだが、それでも同盟各艦隊は善戦した。それに損害であればトータルして帝国艦隊の方もそれに近い。

 

 ここからイゼルローンへ撤退するのは残念なことではあるが恥ずかしいことではない。

 もちろん当初の目的は達成されなかった。帝国に痛撃も与えられず、領地領民については奪回された時点で何の実りにもならない。ただし同盟側も傷ついたが帝国軍にも打撃を与え、何より帝国領の地理などの貴重な情報を得た。これも次回につなげられる戦果だ。史上初めての帝国領侵攻だということを考えれば、許せる範囲ではないか。

 

 

 しかし、ここで同盟全艦隊へ向け驚くべき命令が通達された!

 それは予期した撤退命令などではない。

 

「アムリッツァにて集結後、やがて来る帝国軍を待ち受け決戦を行なう。同盟各艦隊はそれに準備せよ」

 

 驚き、落胆、怒号が飛び交う。各艦隊旗艦、そして同盟全艦に悲鳴が伝播していく。

 

 何だと!! そんなことは無理だ!

 

 こんな傷ついた状態で、物資も足りていない。武器弾薬も間もなく切れる。いや、もう尽きた艦隊すらある。

 帝国艦隊はだいぶ撃ち減らしたとはいっても、未だ同盟艦隊より数は多いはずだ。

 決戦などとても考えられたものではない。戦略的に、もはや勝利条件などどこにも見当たらず、みすみす負ける戦いをやれと言うのか。

 

 帝国領侵攻作戦司令本部でもその見解は同様である。

 参謀末端であるアンドリュー・フォークはもちろん、参謀長グリーンヒル大将も反対意見を出している。当たり前のことであり、この二人は強硬に反対したのだ。

 もう充分戦った。これ以上の犠牲者を出すのは無意味だ。どうして無駄な死者を出し、その家族を涙に暮れさせるのか。

 

 それでも総司令官ロボス元帥は全く聞く耳を持たなかった。

 

 頭に回っているのは、自分の勝利だけだ。

 同盟軍の艦艇も人員もそれこそいくらすり潰しても構わない。これまでもそうやってきたではないか。今の地位を手に入れるまで。

 最後に一回勝てばいいのだ。それで賞賛を得てライバルであるシトレ元帥を見返してやる。

 この考え以外、頭に残っているものはない。

 

 おまけに反対する二人の他は、参謀としてロボス元帥の単純なイエスマンでしかない。彼らの頭にはロボス元帥の覚えをめでたくして出世を図ることしかない。どうせ負け戦をしたところで自分が死ぬわけではないのだ。

 

 

 ここでロボスはうるさく反対するものを先に片付けておこうとした。

 先ずはアンドリュー・フォークというたかが准将、「反逆する恐れ」があるので「本人のためを思って防止処置をとる」という名目で自室待機にした。

 元帥の権力を持ってすればたやすいことだ。不快な害虫を取り除けるようなものである。

 むしろロボスにしてみれば「反逆罪をでっちあげて処分するよりは温情をかけた」つもりだ。

 

 しかしさすがにロボスといえどもグリーンヒル大将を理由なく遠ざけることはできない。ドワイト・グリーンヒルの名には求心力があり、下手なことをでっちあげたらそれこそ訝しむ人間が大勢出てくるだろう。

 ここは命令系統の順守を盾に意見を撥ね退けるに限る。するとグリーンヒルは反対を繰り返すことはやめ、やがてトーンダウンした。元帥という上司に逆らい続けることは、軍規への忠誠心が厚く秩序を重んじるドワイト・グリーンヒルには無理なことだった。

 

 しかし、この時の後悔が後々までグリーンヒルを苦しめることになる。

 軍規に過剰なまで縛られることが目の前にある正義を殺してしまった。これは後にグリーンヒル大将の行動に大きな影響を与えていく。

 

 一方で各艦隊司令官が再考を必死に司令部に要求する。

 文字通り命のかかった嘆願であり、しかも何も得るところのない戦いで死ぬのも死なすのも嫌に決まっている。

 

 しかしそれが通らないうちに、帝国軍の大艦隊が迫ってきたではないか。

 総数十二万隻を優に超える。

 

 対して同盟軍は結集しても十万隻を大きく割り込んでいる状態なのに。

 帝国軍の艦艇数は、同盟側が予想した数の上限をはるか超えていた。ここに至るまでけっこうな損害を与えたはずなのに。帝国の底力というものか、依然として数の優位は向こうにある。

 

 ここに至っては戦うしかない以上、座して死を待つわけにいかず、同盟各艦隊は迎撃態勢に入った。

 総司令部からの命令は柔軟性をもって戦え、という無策なものだったが、それでも一つくらいは仕事をしている。それは同盟艦隊後方に厚く機雷原を展開させたことで、普通にはあまり用いられない戦術である。ただしこの場合は帝国艦隊の方がだいぶ数が多いため、こちらの行動の制約よりも防備を優先させたのだ。少なくとも数の優位を生かした挟撃作戦はとらせない。

 

 

 

 

 こうしてアムリッツァの戦いが始まった。

 

 同盟側とすれば帝国艦隊が戦力の逐次投入をしてくれるのを願ったが、さすがにそんなことはなかった。総司令ミュッケンベルガー元帥は戦力差を見て、堂々とした定石的な陣形を取らせると一気に迫る。

 

 迎撃する同盟側ウランフ、ボロディン、アップルトンの各艦隊が帝国軍ケンプ、ビッテンフェルト、メルカッツの艦隊に激突する。

 ここの戦いは意外にも同盟軍が優勢に進めていった。

 こうなった原因は、同盟艦隊は横のつながりが帝国艦隊よりも密だったのだ。

 それぞれが各星系で個別に戦った時のデータを共有している。ということは、戦い方も帝国艦隊の長所短所に合わせ、対策を立てることができている。

 

 帝国のケンプ艦隊に対しては、前進後退の切り替えの鈍さとやや硬直に過ぎる艦隊運動という弱点を持つと知っている。であればその隙を突き、分艦隊で惑わしにかかり、ケンプ得意の艦載機戦のタイミングを掴ませない。

 ビッテンフェルト艦隊に対しては決して正面に立たず、徹底した横撃で対処するのと同時に、接触部では先に艦載機を出して近接戦闘を仕掛けたのだ。

 メルカッツ艦隊へは逆に長距離砲撃の斉射に徹して、距離を付かず離れず一定に保ちながら出血を強いる。

 それぞれに効果的な方法を取っているのだ。

 伊達に同盟軍でも屈指の将と呼ばれているわけではない。

 

 

 それと同じ時、一角では芸術的なまでに研ぎ済まされた戦いが始まる。

 

 同盟軍最高の魔術師ヤン・ウェンリーの第十三艦隊は、若き黄金の獅子ラインハルトの艦隊と正面から対峙した。

 

 お互い一瞬で容易ならざる相手と見切った。

 

 ここからの戦いは長きに渡って二人に忘れられないものとなる。

 その勝者は、はたしてどちらか。

 

 

 

 

 

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