「う~ん、やっぱり無理だ。女の子の機嫌をとる案なんて思いつかないなあ。ラップの方に聞いた方が早いんじゃないか、アッテンボロー」
ヤン・ウェンリーは本当に正直にそう言った。自分のもっとも苦手な分野だ。それが得意ならもっと器用な人生になっているはずである。それはアッテンボローも分かっているようなものだが、それでも一番に信頼できる者として頼ってきているのだ。
アッテンボローが少しばかり気の毒になったため、同行することにした。
営倉から出てくるキャロライン・フォーク士官候補生を路上で待ち受ける。
その士官候補生をよく見てみた。
やや長身だ。やせ形でもある。
髪は亜麻色をして、やや内側にカールしているためボリュームがある。その髪を真ん中から分け、肩よりほんの少し下まで伸ばしている。艦隊勤務の女性士官はこれ以上伸ばすと一つに結ばなくてはならない規則だが、ちょうどその手前くらいだ。
顔は印象から言えばけっこうな美人であり、少し目立つ。
けれどどの部分がいいかと言われたら答えに迷う。整った顔立ちだが、むしろその動きに生気があるのだ、というなんともいえない抽象的な言い方がこの場合ふさわしい。
あえていえばその瞳が大きい。色は黒っぽい青だ。
「フォーク士官候補生……」
アッテンボローがおずおずと声をかける。
「はっ 艦長殿。キャロライン・フォーク士官候補生であります。本日を持って勤務に復帰、以後いっそう勤務に邁進するつもりであります」
事件のことは口に出さない。
あくまで無表情である。
言葉ばかり丁寧なのは、心からの拒絶の意を表しているのは明らかだ。
これではアッテンボローとしては下手なことは言えない。たといこちらが友好を結びたい意志であったとしても、蒸し返していると誤解を招きかねず、そうなったら悲劇としか言いようがない。
「士官候補生、その、営倉は残念だった。居心地は良くなかったろう」
それでもアッテンボローはなんとか言葉を捻り出した。
「艦長殿。それは、営倉の居心地についての主観的感想をお尋ねでしょうか。それについては、居心地は決して悪くはありませんでした。会話がなく一日を過ごすことが快適にさえ感じられましたので」
その会話というのが、アッテンボローのあの言葉、兄を侮辱する言葉を意味して言っているのも明らかだった。
さすがのアッテンボローも言葉に詰まる。
横で見ていたヤンも気の毒になってしまう。アッテンボローはいい奴なんだ。だから今ここに来て、謝ろうとしているんだ。わかってくれないかなあ。そういやジェシカも怒るとこんな感じだったかな。
ここは助け船を出してやらなければいけない。
「フォーク士官候補生、ヤン・ウェンリーです。このアッテンボロー艦長は、君と仲良くしたいんだよ。本人も反省してるし、認めてやってくれないかなあ」
実はキャロラインにしろ、アッテンボローが善意で仲直りしようとしているのはわかっている!
普通なら艦長が気を遣って迎えに来たりしない。まして自分から謝るために。
この艦長は優しい人だ。居丈高なところは少しもない。とても優しい。
キャロラインとしても仲良くして、今はできればこの艦長の下にいたいとさえ願っている。
だが兄のことを言われたのだ。わだかまりが残って素直な心を出すことができない。
「はっ ヤン大佐殿のお言葉通り、いっそう勤務に精進いたします。」
ヤンの同盟軍服に貼られている階級章を見て確認してからキャロラインが答える。
しかしこの言葉はとうてい和解のものではなく、話は全く進んでいない。やれやれという顔をしてヤンは追加の言葉を言う。
「どうにかわだかまりを解いてほしい。君は、どうしたらアッテンボローを赦してくれるんだい?」
「これよりは艦長殿のご指示に決して背かず、士官候補生の本分を尽くします」
「…… そういうことじゃないんだけどなあ。これは困った」
そして今度、ヤンはキャロラインから目を離さず見続ける。
決してヤンは怒ってはいない。だが、これで済ますわけにはいかない、そんな目なのだ。
キャロラインはここに至り、やむなく答えた。
「非常に個人的な感情を申しましたら、艦長に決闘を申し込むことを希望します。それが気の済む方法です。兄、アンドリュー・フォークの名誉を賭けた決闘を」
「え!? 何だって!」
これにはヤンもアッテンボローも驚いて顔を見合わせた。
このキャロライン・フォーク士官候補生は本気だ。とてつもなく兄のことに敏感だし、決して曲げることがないのがわかった。
それにしても、この士官候補生は一生に何回決闘することになるんだろうか。
「そ、そうなのかい。よし、それなら仕方がない。決闘は何で決めようか」
ええ!? 何言い出すんです、とそのヤンの言葉を聞いたアッテンボローは驚くほかない。
もちろん言い出したキャロラインは動揺せずにそれを受ける。
「こちらから申し込んだことですから、礼儀に乗っ取り、その選択はアッテンボロー艦長殿がなされるべきです」
本当にキャロラインには何でもよかった。
兄のために戦うのであれば。銃の決闘をやった上で死んでも構わない。
「キャロライン・フォーク士官候補生、それなら危ないのはやめておこう。二人とも艦隊戦シミュレーションといこうじゃないか。これならケガはしない。うん、それがいいな」
ヤンは自分でも妙案だと思いながら提案した。
シミュレーションならば誰も傷ついたりしない。それにアッテンボローが勝てば形式上何も問題なくなり、この士官候補生も納得するだろう。そこですかさず仲直りだ。万々歳ではないか。
こうしてキャロライン・フォークとダスティ・アッテンボローの対戦シミュレーションが始まった。もちろん通常の艦隊戦、そして同数。これはハンデなしの本気の戦いだ。実はアッテンボローはハンデをよほど言い出そうかと思った。こちらはキャリアもある艦長職、相手はただの士官候補生なのだから。しかしそれでは決闘の仁義にもとると考え直した。
この対戦、ギャラリーはヤン一人である。
アッテンボローが勝つのは当たり前のことだが、あまりボロ勝ちでもよくない。しこりが残らない程度に勝ち、わだかまりが解ければいい。アッテンボローはヤンから見ても大した戦術能力を持っている。同世代ではピカ一、士官学校時代には同学年相手ではまず負けたことがないのを知っている。軽妙な艦隊運動も、攻勢もできるが何と言っても欺瞞で引っ掛けるのが上手い。攪乱と欺瞞で対戦相手は何がどうなっているのかわからないまま負けてしまう、というパターンが多い。
アッテンボロー、どうか勝ちすぎないように加減してくれ。
そんなヤンの思うことはアッテンボローも分かっている。
しかし、手加減など考えていた、いや考えていられたのは最初の5分だけだった!
キャロラインの攻勢は、アッテンボローの布陣のもっとも脆弱で、もっとも重要なところを正確に突き崩してきた。慌てた反撃は完全に封じ込められる。
この最初の5分だけでアッテンボローの損耗は6%に達してしまったではないか。
これは本気にならざるを得ない。
勝ちに行くため、アッテンボローはいくつかの罠と欺瞞を同時に仕掛ける。
ところがどうしたわけか、一つもキャロラインは引っ掛からない。
たったの一つも!
アッテンボローの劣勢は続き、差が開くばかり、このままでは負けてしまう。やむなく最も得意な奥の手を使う。偽敗走でキャロラインの陣形を崩して伏兵にかける方法をとったのだ。
これにキャロラインは引っ掛かった。
キャロライン側の陣形が延びる。そこをアッテンボローは最初から見越しているのだ。伏兵を用いて一方的に横撃を加え瓦解させようとした。
ところがなんとキャロラインの方ではその直前に方向を変え、伏兵の真正面に急速前進してきた。
これではたまらない。横撃で撹乱を図るはずの伏兵は完膚なきまでに叩きのめされた。小勢なのでまともにやればこうなるのは自明だ。
つまりキャロラインの側は完全に伏兵を読んで正確に位置を推定していた。
それで終わらない。
キャロラインは次に偽敗走をしていたアッテンボローの前衛を包み込み本隊と切り離した。伏兵を見事に失なったアッテンボローの虚を突いたのだ。
慌てたアッテンボローが前衛を救助して再統合しようと本隊を動かすと、そこがキャロラインの狙い定めたクロスファイヤーだった。
何なのだこれは……
打つ手打つ手が全て裏目に出る。読まれている。こんな経験は初めてだ。
シミュレーションなのに恐ろしさに飲み込まれそうだ。
アッテンボローに冷や汗が出る。
キャロラインの方では、過去に幾度もあった経験をしていた。
士官学校時代、ここぞという大事な艦隊戦シミュレーションの戦いではその最中に不思議な体験をするのだ。
まるで、自分の中に自分のものでないような声がささやく。聞き覚えのある優しい女の声で。
そんな時、艦隊戦シミュレーションは自分でも恐ろしくなるほど強くなる。
圧倒的なまでの作戦立案ができてしまうのだ。
今、この対戦で過去になかったほどしっかりと聞こえた。その声が。
ふふ、アッテンボローはね、きっと偽の敗走をして釣りだすわよ。敗走の天才なんだから。
大丈夫、そらきたわ。乗せられたふりをしながら伏兵に備えるのよ。
それでどこまで勝ちたいの?
キャロラインはもちろんものすごく叩きのめしたい、そう思った。
うふふ、それなら相手を止めて一気に包囲殲滅、完全試合よ。すぐそうできるわ。
「規定損耗率に達しました。艦隊戦シミュレーション終了です。勝者キャロライン・フォーク 損耗率4%、敗者ダスティ・アッテンボロー 損耗率35%」
機械音声が終了を告げてきた。もちろん機械は自動的に判定するだけで、何の感情もない。いかに結果が信じられないことだったとしても。
こんな数字はシミュレーションで普通にはありえない!
ましてやほぼ勝つことしか経験のないアッテンボローには想像もできない結果だ。
それは見ているヤンにとっても同じだ。
アッテンボローの指揮がまずかったわけではない。いや、むしろ普段より頑張っていたようだ。それが一方的という言葉で足らないほど一方的にやられたのだ。今見たことは本当なのか?
「これで兄の名誉が守られましたこと、嬉しく思います。アッテンボロー艦長、決闘ありがとうございました」
礼儀正しさを守りつつキャロライン・フォークが呆気にとられるアッテンボローにもヤンにも敬礼する。明るい表情からすればわだかまりは解けたようだ。思った形とは全然違ったが。
この後、本部から営倉処分を鑑みてキャロラインは別の艦に配属移転を申し渡されている。
荷物をまとめて艦後部のメインタラップをてくてく降りていくが、その様子をアッテンボローとヤンは艦前部にある副タラップから見つめている。
二人は後でキャロライン・フォークの士官学校の記録をより詳しく調べてみた。
首席卒業の原動力となったその艦隊戦シミュレーションのことを。
キャロラインの異才が明らかになった。
「無敵の女提督」
それは恐るべき記録であった。43勝1分け0敗、正に無敵である。