見つめる先には   作:おゆ

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第三十五話 宇宙暦796年十二月 かくしてエースは

 

 

 それと同じ頃、ハイネセンではヤンとアッテンボローが知り合いのツテを使って、アッテンボローが病院から持ってきた注射器に入っている中身について解明した。

 

 分かったことは、キャロラインがロムスキーから聞いたことと全く同じであった。

 

 アンドリュー・フォークはあの侵攻作戦司令部で薬物を打たれてしまい半ば廃人とにされた。

 口封じもあったろう。

 だが想像すれば、作戦失敗の責任をなすりつけるためだろうと見当がつく。アンドリュー・フォークがあの状態ならば言いたい放題になる。おおよそ見当がつく誰かが、卑劣なことに自分の失敗を転嫁するため、都合のよい生贄にしたのだ。

 

 そして恐ろしいことに軍病院に入った後でも継続してアンドリューは同じ薬剤を打たれていた。

 これは、あの医者を締め上げてやる番である。

 

 さすがに一介の医者であればローゼンリッターの手を借りなくともいい。

 ヤンとアッテンボローで物理的に締め上げられるだろう。夜、病院の出口を待ち伏せした。出てきた例の医者を後ろから素早く捕まえて、生け垣の後ろに引きずり倒す。

 

「な、何だ! こんなことをしてどういうつもりだ。ただで済むと思っているのか」

「公になって困るのはそちらさんだと思うが。さあ、今から聞くことに答えてもらおう。下手に隠さず、全部だ。そうでなきゃ薬事法違反の罪を一人で被ってもらうことになる」

「…… 何だ、何の話かさっぱりわからん。よくわからないが思い違いだ。」

「こっちが何にも知らないと思っているのか。アンドリュー・フォークへ使った薬だ。証拠も残ってる。そちらは間違いなく刑務所行きだ。もちろん、医者としても破滅だろうな」

 

 ここで医者はがっくりと力が抜けた。もはや観念したのだろう。犯罪として裁かれることになれば眩暈がするほど重いものになる。

 

「わかった。言う。離してくれ」

「認めるんだな。じゃあまず、誰の差し金だ?」

「あ、それは…… ロボス元帥だ。ロボス元帥がやれと言ったんだ」

 

 青白い街灯の下、なおも医者は言い淀んだが、ついにはその名を口にした。

 これはヤンとアッテンボローにとって予想された答えであり、ここで確証に変えることができた。

 

「それで、薬でやったのか」

「違う。宇宙港からアンドリュー・フォークが軍病院に送られてきた時には、完全に中毒にされて今と同じような状態だったんだ。嘘じゃない」

「ロボスはいつ、何て言ったんだ」

「詳しく検査したら、あの症状は薬剤が使われているせいだとわかった。しかし軍の発表では解離性ヒステリーだった。おかしいとは思った。でもそのときロボス元帥から通信があったんだ」

「ロボス退役元帥、だろ」

「それで、アンドリュー・フォークをあの状態にしておくように言われた。薬は同じものを軍病院の保管庫からなんとか取ってきた」

 

 筋道が判明してくる。そこで残りの疑問も解消にかかる。

 

「殺すわけでもなく、治すわけでもなく、あの状態のままにしておいた理由は?」

「殺さず人形のようにしておけば、洗脳して何かに使い道があるからという話だったんだ。だが妹が感づきそうだと伝えたら、最後には殺すように指示された」

「なんてことだ! 実は危機一髪だったのか。……それで、ロボスの言うことを聞けばなにかいいことがあるのか?」

「見返りに軍の医療部門を任せてくれる約束だった」

「それで協力したのか! そんなちっぽけな出世のために!」

 

 

 アンドリュー・フォークはあまりに不幸なことになっていたのだ。

 それ以上にキャロラインがどれほどの苦しみを受けたことか。想像できないほどの苦しみを抱え込まされて。

 ついでに脱出行に際してはアンドリューを庇って憂国騎士団からめった打ちにされるところだった。

 

「お前、あのキャロラインを見てなんとも思わなかったのか。本当に何とも思わなかったのか!」

「やめろアッテンボロー、証人が死んでしまうぞ」

 

 ヤンが慌ててアッテンボローを止める。医者を締め上げ過ぎて殺しかねない。アッテンボローが実は平和主義者で心根は優しく、普段あんなにひょひょうとしてるのに。

 しかし、これでわかったことは、アンドリュー・フォークは口封じのために薬剤を打たれた。その上、後で洗脳されて道具にして使われるところだった。独断で作戦を行なったと証言でもして、最後は責任感のために自殺する、そんなところだろう。

 そもそも本人の知らないところで同盟軍の失敗の罪を背負わされたのだ。ロボスの作り話で。

 

 このことを早く公表すべきか。アンドリュー・フォークの汚名は不当だった。まるっきり嘘だったのだ。

 ただし、もっと証拠が必要かもしれない。艦の内部にも薬物を使った痕跡はないものか。

 

 それに憂国騎士団という実力まで使ってきたことも確かだ。かねてより憂国騎士団は裏でヨブ・トリューニヒト氏には関連している疑いがある。とすると、ヨブ・トリューニヒト氏とロボスが手を組んでいる可能性まであるではないか。よほど考えて事を進めなくてはならない。

 

 

 最後にヤンが医者に言った。

 

「よく聞いておいた方がいい。このことを他の誰かに話したとロボスに知られたら出世どころかすぐに抹殺されるだろう。憂国騎士団の電磁棒の染みになるだけだ」

 

 今さら医者は怯えて固まった。目だけがせわしなく泳いでいる。

 

「そ、それでは私はいったいどうすれば……」

 

「それは、ちょっと考えつかない。こちらで直ぐに保護も難しい。自分で考えるべきことだ」

 

 ヤンもそこは正直に答えた。医者は今後の貴重な証人だが、直ぐに身柄を隠すことまでするつもりはなかった。茫然自失の医者を置いて二人はその場を後にしたが、その医者を見たのはそれが最後になった。

 甘かったのだ。

 アンドリュー・フォークが手元から逃げた時点でこの医者の運命は決定されていた。数日を置かずして新聞の死亡欄記事にその名が載ってしまい、ヤンも一手を失って嘆息する。

 

 

 

 そうしているうちにヤンと第十三艦隊に命令が下った。

 イゼルローン要塞に駐留して防衛の指揮をとるように、である。

 

 このタイミングとは何かの策謀かとも思ったが、それは正規の統合作戦本部の会議においてクブルスリー本部長から決定されたものらしい。クブルスリーは公明正大な性格であり、圧力を受けて動くような人間ではない。

 ヤンと第十三艦隊、アッテンボロー、フィッシャー、ムライ、パトリチェフ、ローゼンリッターの面々、もちろんポプランら空戦隊も一緒にイゼルローンに赴任する。フレデリカもだ。しかも後に要塞事務監としてアレックス・キャゼルヌとその一家も来るという話である。

 イゼルローンにヤン・ファミリーが集まる。

 

 大きな戦いはしばらくないはずだ。アムリッツァでは帝国も同盟も手ひどい損害を受けた。侵攻されることもすることもないだろう。今のところは。

 

 その通り、勤務は哨戒が主で、時折お互いの不幸な遭遇戦として小競り合いがあるくらいだ。

 

 第十三艦隊では空戦隊の働きが目覚ましいが、それはエース級パイロットがそろっているからである。

 が、このところの遭遇戦では特に動きが良い。

 第一空戦隊隊長、オリビエ・ポプランが大きな戦果を上げて帰ってくる。

 ところがかえって妙な噂が立ってしまっている。

 

「ポプラン隊長はあっちで撃墜できないからワルキューレに八つ当たりしている。帝国のワルキューレもいい迷惑だ」

 

 

 たいてい噂は噂だけのものだが、この場合はほとんど真実だった。

 

「なあコーネフ、俺もクロスワードやろうかな。パズルも面白そうだな」

 

 あまりに予想外なポプランのセリフだ。これには長年エースを競ってきたイワン・コーネフも最大級に驚く。

 ポプランがクロスワード?

 有り得ない。そんなストイックな趣味が似合うはずはない!

 

「ポプラン! 低酸素症で脳がおかしくなったのか。いや、おかしいのがまともになったのか?」

「どっちでもないコーネフ。失礼なことを言うな。そういう趣味もたまにはいいだろうと思ってね」

 

 コーネフは唖然とするしかない。

 

 次に、ポプランが歩いていると通路に背中をもたれてシェーンコップが待ち伏せる。

 

「おいポプラン、ついに負けを認めたのか。イゼルローンには人もいればもちろん女もいっぱいいる。早々と降参か。差が広がるばかりだからな。俺とそっちで競おうというのがそもそも間違いだ」

「不良中年も早く更生しないと。不良老年になっちまう前に」

「何だって…… 」

 

 どうしたんだ。ポプランにそんな答えを期待していない。シェーンコップもコーネフと同じように唖然とする。

 

 

 理由はたった一つだ。言い方は悪いがポプランは地雷を踏んだ。

 

 イブリン・ドールトンの情熱を甘く見ていたのだ。

 軽く誘ったつもりが、イブリンの情熱と一途な心に火を付けた。

 以来、ポプランは背中に監視カメラを百も背負った状態になる。誰かを誘おうとしても、イブリンが必ず察知して先に相手へ話をしているらしい。

 

「あの空戦隊のポプランって人、もうダメだから。絶対にゴールインはないわよ」

 

 こんなことを言われた女は最初から引いている。

 そういう男をわざわざ相手にしなくともいい。男の数もまた多いのだ。それに、つまらないことでイブリンと戦闘になったらたまらない。

 

 ポプランの戦果は限りなくゼロに近付く。

 どうして声をかける相手に先回りできるのか。この本能と嗅覚、魔術師イブリンである。

 その上でイブリンが接近する。撃墜王が次第に退路を断たれて追い詰められているのだ。撃墜されるのも時間の問題と見られていた。

 これではポプランも帝国のワルキューレに八つ当たりしたくもなる。

 

 イゼルローンの司令部でもその話が出た。もちろんシェーンコップが脚色して面白おかしく伝えたのである。

 フレデリカはそれを聞き、イブリンならそういうこともあるだろうと思った。

 恋に正直というか積極的だから。一方で、自分の方はどうか、と思う。

 ヤンには幸いにして周りに女っ気はない。だからまだ焦る必要はない。ただヤンはもう三十ではないか。そろそろ何かあっても、いやこっちからでも作るべきなのか……

 

 

 一方でヤンもまたポプランの話を聞き、やれやれという他なかった。

 

「ま、なんにせよ空戦隊の戦果が上がるのは良いことだ。上官としてはね」

 

 そのヤンの手には艦隊編成表があった。ポプラン少佐が率いる第一空戦隊の所属空母の主計部には、イブリン・ドールトン大尉の名が記されていた。しかもそこを丸で囲ってあるようだ。

 ちらりと一瞬見ただけでそれが分かった秘書官フレデリカは、戦果のためなどではなく、ヤンが面白半分で決めていると確信した。

 

 

 

 

 しかし、そんな平和なことを考えていられる時期はすぐに終わりを告げる。

 誰もが予想もしない出来事のために情勢は激動に入る。

 

「皇帝崩御」

 

 たった一人の人物のことが、全銀河を揺さぶる!

 イゼルローン要塞が緊急即応体制に入る。銀河帝国の大規模な政変がここにも安寧を許さないのだ。

 

 同盟にまで伝わってくるニュースはもちろん上っ面であり、あまり細かいことではない。

 フェザーンを経由するニュースが主な情報源だ。意図的にニュアンスを操作している可能性が高く、信用できるのか怪しいものである。もちろん、同盟情報部は多数の諜報部員を帝国に送り込んでいる。しかも皆、選りすぐりの優秀な者ばかりであり、普通なら質の高い情報を送ってくる。

 しかしながら今回は勝手が違い、帝国の人間でさえ振り回されるくらい情勢の変化があまりに目まぐるしく、同盟まで情報を送るのが間に合わない。

 

 それでも、帝国が本当に内乱の危機にあるということはわかった。

 

 

 皇帝の死後、次の皇帝に擁立される可能性があるのはたったの三人だ。

 いずれも皇孫に当たる。

 既に亡くなっている皇太子の子エルウィン・ヨーゼフ

 大貴族に降嫁した皇女アマーリエ・フォン・ブラウンシュバイクの子エリザベート

 同じく降嫁した皇女クリスティーネ・フォン・リッテンハイムの子サビーネ

 

 この三人のうち誰かが次の銀河帝国皇帝の座を占める。

 いずれも自分で物事を考えて決めるような年齢ではなく、周囲の人間、つまり後ろ盾の都合によって動かされるだけであり、また結果についてもそうだ。

 

 

 皇帝を選ぶに当たり、大きな影響を及ぼすだろう人物がいる。

 それは今の宮廷で最も権勢があるリヒテンラーデ侯だ。

 ひたすら帝国の安泰を願うリヒテンラーデ侯は、まだ幼児であるエルウィン・ヨーゼフを皇帝に立てようと動き、既に根回しを始めていた。

 エリザベートやサビーネを皇帝に立てるわけにはいかない。

 

 その二人の資質が問題ではない。背後にある貴族家が問題なのだ。

 絶大な権勢を誇る貴族家であるからには、国政に口を出して思いのままに帝国を動かすだろう。

 それだけならいい。皇帝を出せなかった側もまた勢力があるのだ。

 あの手この手で潰されにかかられる前に、おそらく先手を取って動く。手持ちの実力を使って内乱だ。

 リヒテンラーデがいかに仲裁に立とうともそれは避けられない。どのみちその二家は因縁があり、頭を下げて相手に存続を願うことなどできるはずがない。

 

 リヒテンラーデの考えるところ、帝国の二大貴族ブラウンシュバイク家とリッテンハイム家の内乱だけは避ける。そうなれば帝国に決定的な傷になり、癒えるまでどれほどの時間が必要だろうか。

 これまでもさんざんそのために苦労してきたが、今はこれまでにない努力が必要だ。

 

 ところが、思惑は見事に外れてしまう。

 リヒテンラーデが立てようとした当のエルウィン・ヨーゼフが早くに暗殺されてしまったのだ! 館ごと全て爆破という派手な方法で。犯人は挙がらないし、どのみち挙げても仕方がない。

 強力な後ろ盾がないのが致命傷だったのだ。

 実力者の庇護がなければこうなるのは必然の部類である。リヒテンラーデ侯は権勢はあっても軍事的な実力は皆無に等しい。

 

 誰の目にも実力行使で物事を決める時代が到来したことが明らかとなった。

 

 力のある方が望みをかなえることができる。

 帝国を二分するブラウンシュバイク家とリッテンハイム家という大貴族、いずれかの派閥に属する何百何千の貴族が対立し、否応なく争いに巻き込まれることはもはや避けられない。

 

 動乱の暗雲が広く世を覆った。

 

 

 

 

 

 

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