見つめる先には   作:おゆ

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第三十七話 宇宙暦797年 四月 かりそめの握手

 

 

 勢いを増して事態は進んでいく。

 ついに、帝国軍の中からブラウンシュバイク公に味方するものが造反をおこした。

 

 フレーゲル男爵を筆頭に、シュターデン中将、ノルデン少将、フォーゲル少将がいる。他にも帝国軍士官には貴族の士官が大勢いる。そして高級士官ほどその率は高い。むろんブラウンシュバイク家の係累も少なくはない。それらが一斉に行動を起こした。

 

 それはクーデターではなく、帝国軍を支配しようとしてのものではない。艦隊を引き連れて袂を分かち、ブラウンシュバイク家に加わるというだけなのだ。

 大義名分をひねり出している。帝国の主柱であるブラウンシュバイク家に仇なす者を抑えることが、すなわち帝国の安寧を守る、それを早めに準備するだけということらしい。それが帝国軍の本分ということである。

 おかしな理屈としか言いようがないが、どのみち誰も名分など気にしていない。

 

 この離反に対してミュッケンベルガーの対応は消極的なものだった。

 アムリッツァの戦いで帝国軍は大きく傷ついたのだ。これ以上の内輪もめは避けたい。

 小規模なものならさっさと片付けた方がいいが、これほど大掛かりになると対処も簡単ではない。

 

 それに今、ミュッケンベルガーに命令を下す主君はいない。

 軍務尚書とは、皇帝と帝国宰相にのみ責任を負う。今はどちらも空位になっている。

 帝国軍が騒乱に巻き込まれるのはとても残念だが、造反組が味方した方がおそらく勝つであろうから、そちらから皇帝が出ることにつながる。

 すると将来帝国軍は再統合されることになる。

 皇帝の軍がすなわち帝国軍、結局のところ帝国軍になることには変わりがないではないか。

 

 

 本当ならミュッケンベルガーが軍の力を背景にして主導的立場を取り、リヒテンラーデ侯と連携して政治介入すべきだったかもしれない。

 帝国の混乱を最小限に抑えるには。

 

 だがそれをすると軍部が政治に長く関与せざるを得なくなる。そして政治の場ならともかく、軍はどちらの派閥の貴族子弟もいる以上、こじらせては成りたたない。それでミュッケンベルガーはあくまでも中立志向であった。

 どのみちこうなれば何をしても遅いのだ。

 造反将校を捕縛に向かわせたが、それが不可能とわかると艦隊を差し向けて警告は行った。しかし、実力を使っての戦闘は終始避けた。

 

 結果的に総計四万隻もの艦隊が帝国軍の手から、ブラウンシュバイク家に向かって離脱していった。

 

 ブラウンシュバイク家に連なるものは、政争に勝たなければ明日がない。そうでなくても自分の栄光のため勝ち組に乗りたい。勝ってブラウンシュバイク家のエリザベート嬢が皇帝になれば、また元の帝国軍に戻れるのだし、それも栄達は思いのままだ。

 艦隊にいる平民の兵士はいい暮らしをしたいため。利につられてこの造反に加わる。

 

 

 この大騒動が収まるやいなや、帝国軍ではそれを上回る騒ぎが巻き起こる。

 ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将が麾下の諸将と共に反乱を起こした。

 その麾下の将たるや、有能な者がそろいもそろっている。ミッターマイヤー、ロイエンタール、ミュラー、ビッテンフェルト、メックリンガー、ワーレン、ルッツ、アイゼナッハ、ケンプの面々である。

 ただし、さすがに反乱ともなればミュッケンベルガーも抵抗する。

 単なる離脱ではなく、丸ごと帝国軍を分捕ろうとしたためだ。

 帝国軍消滅の危機にミュッケンベルガーはメルカッツ、ファーレンハイトらに鎮圧を命じる。

 

 

 ラインハルトはそれらの抵抗を排除するつもりであったし、排除できる自信もあった。実力で帝国軍を我がものとする。

 ただし帝国軍相手に本気の抗争をすることは望みもしない。下手に恨みを買ったら元も子もないではないか。あくまで帝国軍を掌握したいのだ。

 

 

 ところがここで意外なところから仲介の申し出があった。

 リッテンハイム侯からだ。

 リッテンハイムは先にミュッケンベルガーに通達する。

 

「事実上、反乱側を潰すのは難しいのではないかな? であれば反乱側をきちんとした秩序に戻すのが先決であろう。私が労を取ろう」

 

 ミュッケンベルガーにはリッテンハイム侯がラインハルトを懐柔し、利用しようとしている意図が透けてみえる。

 しかし、先にブラウンシュバイク派のフレーゲルなどの離脱を事実上阻まなかった、そういう弱みがある。

 ここでリッテンハイム侯を無視すれば、それはすなわち帝国軍がブラウンシュバイク側に味方したのも同然となる。そうなると火種となって長くくすぶり続けるだろう。先にフレーゲル達に弱腰の対応をしたのが悔やまれる。

 

 

 リッテンハイム侯はラインハルト側にも申し出る。

 

「貴公は貴族体制が嫌いだと常日頃から言っているそうだが、それで、貴族を倒して後はどうするのか定まった考えはお持ちか。五百年続いた帝国を一人で統治できようか。官僚だけで何億人もいるのだぞ。貴公は今まで貴族の惰弱なところしか見てこなかったので、誰でも統治できると思ってはいやしまいか。皇帝、貴族、その帝国という形があればこそ成り立っているのだ。各星系は帝国のもとに統合され、内戦を防いでいる。これだけでその意義が明らかであろう」

 

 それは思いがけない理路整然とした指摘である。なるほど、皇帝を頂点とした行政機構は途方もなく大きい。

 

 だがラインハルトはすぐさま反論する。

 

「帝国という形を崩さなければ良いだけだ。こちらも帝国を解体して野蛮人の国にすることは望んでいない。混乱は最小限にするつもりだ」

 

 しかし、歯切れが悪い。ラインハルトは新しい国を作るつもりだ。

 あるいは自分が皇帝になれば無問題と考えていたが、ここでそれを口にすることはできない。ゴールデンバウム王朝の簒奪そのものであり、誰しもに衝撃的過ぎる。

 

 麾下の将はもちろんそれで納得するとしても、末端の兵や官僚は恐れおののくことだろう。

 簒奪を口にするのは、少なくとも実権を握った後のことだ。

 それできちんと事が収まると皆に明らかにするまでは、簒奪を公にできるはずがない。

 今、帝国中がゴールデンバウム朝の消滅を聞いて騒動になれば、もはや帝国自体が形をなさなくなる恐れさえある。仮に各星系同士がもし諍いを始め、戦闘を始めれば何百何千という戦いが巻き起こり、それを鎮めることができなければ人類社会が戦国時代へ突入してしまうかもしれないのだ。

 

 

 リッテンハイムの言うことにも理がある。

 今でも帝国が滞りなく回っているように見えるが、それは見かけだけだ。

 皇帝の決裁、少なくとも上奏のいる重要案件は空位では進めることができないでいる。

 国務尚書などの尚書は本来自分で決めることはできない。皇帝の補佐、そのために作られた地位だからだ。たとい何もしなくとも皇帝がいないと成り立たないのが帝国である。

 もちろんラインハルトはそれを承知で、簒奪を後回にして、その間に皇帝の血筋を見つけ、傀儡を立てるつもりでいた。探せば遠い血筋であってもルドルフの係累の一人くらい見つかるだろう。だがまだ見つかったわけではない。

 

 

 ここでリッテンハイムが密約を申し出る。

 ラインハルトはブラウンシュバイクは憎いし、その甥のフレーゲルのことも馬鹿にしている。

 しかしリッテンハイムのことは大貴族であるだけで不快ではあるが、これまで直接的な害を受けたことはない。話を聞くぐらいはする。

 

「リッテンハイム家が今の軍部と仲介をしよう。帝国軍そのものを奪い取ることはできないが、単なる離脱は認めさせよう。代わりに、リッテンハイム家とその係累に害を及ぼさないと約束をしてくれるだろうか。そして、もう一つ。わが家のサビーネと婚約して味方してくれればこれ以上のことはない。今の帝国の文官、官僚を押さえる、これはリッテンハイム家でなくてはできない。それには力ではなく皆を安心させる家柄が必要だからだ。なお、いずれもリヒテンラーデ侯も確約していることだ」

 

 

 結局、ラインハルトはリッテンハイム侯の提案を受け入れた。

 もちろん艦隊戦ならばブラウンシュバイクとリッテンハイムをまとめて片づける自信はある。

 しかしその後の統治については軍事ほどの自信はない。

 それとこれはあくまで婚約であり、すぐに結婚というわけではない。政略というのはいつでもひっくり返ることで、単なる方便に過ぎず、実際にそうなるかは全く分からない。

 

 こうして密約は成った。

 

 表舞台から離れたところで全ての演出をした義眼の陰気な男は表情を変えることもない。

 彼にとってはさして難しくもない謀り事が予定通り進んだだけなのである。

 

 ラインハルトは一応、アンネローゼに報告した。

 

「そういうわけです。姉上。まだ先のことで、わからないのですが」

「ラインハルト、そう決めたのなら口出しはしません。本当にそれでいいと思ったのなら」

 

 アンネローゼはラインハルトの意志に反対はしない。

 だがわずかは考えた。

 ラインハルトが愛情もなくそのサビーネ・フォン・リッテンハイムと結婚したならば、自分はこの先キルヒアイスと結婚することは永遠にないだろう。

 

 弟が幸せな結婚をしないのなら、どうして自分が幸せになっていいのだろう。

 

 

 

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