キャロラインは配属直後に問題を起こして配属転換される身、これは客観的に見ればとんでもなく問題児に思われるだろう。
おそらく次の艦ではもっと居心地が悪くなるものと予想していた。
ところがそれは逆、とても居心地がよかった。
幸運だったのだ。
それは一隻のミサイル巡洋艦だったが、そこにスーン・スールズカリッター少佐が砲術長として勤務していた。艦長はカールセン中佐という叩き上げで、かつ実力があり頼りになる人らしい。
兄の数少ない友人であるスールズカリッターは、その妹キャロラインのことも暖かく迎え入れてくれた。そして自分だけではなく艦の皆に紹介して回ってくれたのだ。
巡洋艦なので人が多い。
だいたい百五十人から二百人が乗っている。部署も細分化されて数多い。キャロラインの所属がまた主計部なのは変わらないが、士官候補生として機関部、砲術部、通信部、航海部など医療部を除く各部署を研修して回ることになる。
十月になり、やっと候補生から少尉に任官された。問題行動に関わらずその一般的スケジュールは変わらなかったようだった。
その時点でまた配属が変わり、艦を降りるのが通例である。
しかしその直前、第六次イゼルローン攻防戦が巻き起こることになる!
帝国軍と大規模艦隊戦になるのは必至な情勢、配置換えなどしている場合ではなく、慌ただしくこの艦も参加することになった。
このミサイル巡洋艦はワイドボーン分艦隊の一員としてイゼルローン要塞に赴く。
あまりに早くキャロラインは実戦に出る。
周りの人間は少しは同情したが、少しだけだ。恒常的に帝国と戦う同盟軍では過酷というほどの運命ではない。
ところが大会戦に挑む前に分艦隊は敵帝国艦隊の襲来を受けてしまったではないか!
予期しない時期に、予期しない態勢で戦いが始まった。
もちろん主導権を取られてしまった以上明らかに分が悪い。
しかも帝国艦隊は動きが早く、的確な攻撃をしてくる。強い。
こちらはワイドボーン分艦隊司令官に従って一斉に艦隊運動を行い、むろん反撃を試みる。
そのためには軌道予測の他に、隣の艦との距離、推進剤の消費、シールドとエンジンのエネルギー配分、いくらでも計算しなくてはいけないことがある。
ただし、忙しいと言ってるうちが幸せだ。
つい10秒前に、隣で爆散した艦はもうそんなことは考えなくていい世界に行ってしまった。
艦内は誰もかれも本当に忙しい。正確には現時点で医療部だけはヒマだ。ありがたい。医療部がこの先もヒマであることを全員が望んでいた。
誰も腕や足を切り取られる緊急処置などに預かりたくはない。
キャロラインもコンソールに張り付いて忙しく計算していた。巡洋艦に人が多いとはいっても、完全に分業できる戦艦ほどには人がいない。主計部所属のキャロラインも有事には砲術部に駆り出された。といっても照準を決めて撃つ係りではない。それは古参の兵の仕事だ。
キャロラインは敵の位置や動きを計測しつつ、こちらからの反撃について武器種ごとに計算し続けるのが役割だ。使う武器を決めて照準をつけるのは、それが終わってから上が判断する。しかしこの計算も非常に重要な仕事で神経を使う。間違えたり遅くなったりすれば、即判断ミスにつながり、攻撃失敗という結果に終わる。もちろんその後の敵からの反撃があれば全員の命が危うい。
途中で艦の速度が鈍った。
このワイドボーン分艦隊に戸惑いが多く、進路変更があまりに頻繁だったせいで、艦の推進剤の消費が予想以上に多い。このまま使い切ったら立ち往生だ。味方が勝てばよし。負けていれば敵の恰好の標的になって爆散の運命になる。
分艦隊の許可を得て速度を落とし、その後尾に回って節約にかからざるを得ない。
これが幸いだったのか。
短時間のうちに分艦隊は撃滅されてしまった。この敗北でワイドボーン准将はあっさり戦死した。この艦は後尾にいたので助かったが、分艦隊の司令部が失われた今、残存艦はそれぞれの判断で同盟軍本部方向へ撤退行動をとることになる。
キャロラインはひたすら計算しながら、その合間をぬって気が付いたことを上司であるスールズカリッター砲術長に伝える。敵があともう少しでこちらの中型ミサイルの射程に入ること、戦闘中にレールガンの射軸がズレてきていること、などである。
大半はスールズカリッターも気が付いていることではあるが、中にははっとすることもある。
必要な事項をまとめて艦橋にいるカールセン艦長に具申する。
結局キャロラインの艦は生き残った。
途中、一度被弾したが、しかしシールドはほぼそのエネルギーを中和してくれた。そのすぐ前にカールセン艦長がシールドへエネルギーを振り向けるように指示したためであり、噂にたがわぬ有能さを発揮している。
艦壁の一部に傷を負っただけで終わったが、その被弾の音はあまりに心臓に悪かった。
キャロラインは地味だが重要な仕事をとにかく続けるだけだ。
休憩もとらずにコンソールへ貼り付いたままそれを続けた。
夢中のうちに時間が過ぎ、自分がまだ生きているから生き残ったとやっと分かった。
何の実感もない。
死とあまりに身近に接しているゆえに感覚がなくなってしまう。
キャロラインの部署では、泣き崩れて手が付けられなくなった新兵がいる。
あまりの緊張に耐えられず「早く殺してくれ!」と叫ぶ者がいる。
逆説的なことだが生か死かの緊張が続くことは死ぬより辛いのだろう。
今ではキャロラインにも充分に理解できることだ。
ミサイル巡航艦はなんとか本部に辿り着き、応急修理と補給を受けた。新たな所属艦隊を言い渡され、そこに合流を目指すことになった。
そこはホーランド少将が指揮する艦隊である。
編入が決定されたとたん、ゆっくり休む暇もなかった。またしても出撃である。
泣き笑いになっている兵が大勢いる。
少し精神にゆとりのある者が言う。
「味方は死ぬまでは生かしておいてくれるってさ。ありがたいね。最後には死ぬのまで手助けしてくれるんだ。いいサービスだろ」
今度の出撃も最初から激しい艦隊運動を強いられた。
応急修理後であっても上手い操艦のおかげで他のミサイル巡洋艦と艦列を並べ、攻撃位置につくことができた。
ようやくだ。
やっとこの艦らしい任務を果たし、帝国に対し打撃を与えられる時が来ようとしている。つい先ほどの戦いで多くの僚艦が人間の命ごと消え去ったが、仇が討てる。
それなのにここでまた敵襲が来たではないか。
キャロラインの部署には窓がない。
もちろん重要区画なので艦の中央付近にあり、艦壁に面していない。戦闘状況は簡潔なディスプレイで知るだけだ。
それもあまり詳しい状況を与えると兵に「無用な悪影響」が出ることから「配慮」という有難いものによって敢えて遮断される情報もある。圧倒的多数の敵に包囲され生き残る可能性がゼロ、などという情報は兵に与えられない。
酷い話ともいえる。そして情報が不充分でも兵には想像力というものがあるのだ。かえって恐怖になる場合もある。
戦闘開始、艦のシールドに何かが当たる振動も、エンジンが出力を吐き出す音も不気味な何かを実感させ、緊張が高まる。しだいにエンジン音の音程が高くなり、どこまで上がっていくのか気になって仕方がない。
キャロラインの部署は各人が平面的なコンソールの前に座る。
そこで四人が一列に並び、仕事をする。向かうコンソールは奥行きが六十cm程しかなく、手を伸ばし、壁面のスイッチ類をも操作できるのだ。
そこにある色とりどりの表示装置とスイッチ、いったい全部でいくつあるのだろう。
もちろん一つ一つの役割は学んで知っている。キャロラインの記憶では分からないものはほとんどない。しかし、いっぺんに目に映れば別、わけがわからなくなる感覚になる。
席の後ろは通路であり、幅は1メートルもない。おそらく担架が通れる距離に作ってあるのだろうな、と思う。
もし目の前のコンソールから爆発が来たら、キャロラインを含めた四人は後ろの壁に激突し、体はバラバラになって死ぬのだろうか。
いや、それもいいではないか。窒息や熱でゆっくりと死ぬのに比べたら。
そこまでキャロラインは考えたが、職務に意識を向け直した。
計算と結果入力、考察をひたすら続ける。
ふと頭が疲れて別のことを思った。
最初に所属された駆逐艦エルムⅢ、その艦長アッテンボロー少佐と「先輩」と呼ばれていたヤン・ウェンリー大佐のことだ。
むろんヤン・ウェンリーの名は聞いたことがあった。エル・ファシルの英雄としての名で。
当時士官学校の学生だった兄が、当時まだ14歳だったキャロラインに話して聞かせていた。
「民間人を助けて脱出させたんだ。ヤン・ウェンリーという先輩は凄い! 市民を助ける、これが自由惑星同盟の軍の精神だよ。しかも、見事に成功させてるとは、これは英雄と言っていいことだ。でも本当は同盟領に帝国軍を入れさせちゃいけないんだが。市民の安全のため、外で迎え撃たなきゃ」
それはそれは熱っぽく語っていた。
キャロラインはしかし、ヤン・ウェンリーについてだったらむしろフレデリカから幾度も聞いていたヤン・ウェンリーの印象の方が強い。
しつこいほど聞かせられていたが、フレデリカの話ではもっとすごい魅力的ではなかったか。見かけも「もう何かしら人を惹きつけて、目が離せない」ほどのものではないのか。フレデリカは有無を言わせずそう断じていた。
しかし、実際に会ったヤンは話から想像していたのとはちょっと違っていた。
静かなしゃべり方とうまく話をもっていった頭の良さは、想像通りとも言える。だがそれ以外のところではキャロラインから見て正直ヤンはごく普通の人にしか見えなかった。
フレデリカも、その面では客観性も何もない。
普通の恋する少女なのね、と思った。そこがまたいいんだけど。
その部署にいたスールズカリッター砲術長は、見事な働きぶりだな、キャロライン少尉、と思う。
自分、つまり砲術長の仕事は攻撃の種類とタイミングについて艦橋に随時具申、そして攻撃命令が下された場合はその実施が主である。更に各要員の働き具合と疲労度の把握も重要な仕事だ。
その目で見てさえ、キャロラインは地味な仕事を飽きることなく遂行し、時折貴重な意見を出してくる。
今も何かを具申してきた。
「右舷補助エンジンの推進剤が残り少なくなっています。今の内に射軸調整の難しいレールガンを使用しておいて、後でそれが使えなくなれば、短距離ミサイルに切り換えては」
まことに有能だ。
その心情を察すると、おそらく彼女は兄のために自分が頑張れていると思っているんだろうな、と想像する。
キャロラインがいかに兄贔屓なのかは昔から知り過ぎるほどよく知っている。もし兄アンドリューに彼女ができたらどうなるんだろうか。それを考えたらスールズカリッターも少し笑ってしまった。
今のところ兄アンドリュー・フォークも自分の職務で手一杯で、そんな可能性はないだろうが。
あ、そういえば確かアンドリューも作戦参謀に抜擢されてこの会戦にも参加してるはずだ……
だがスールズカリッターは多くの兵を見てきた経験から照らしあわせて、キャロラインが頑張れているのは兄の為という動機には関係ない。
それなら、動機充分で戦っている兵士はいくらもいる。
出世のため。家族のため。生きるため。民主主義のため。そういう兵でも戦いの場に出るとパニックになり精神がおかしくなったりするのがいる。
キャロラインには最初から適性があったのだ、としか考えられない。
この会戦はようやく終了した。
結局のところこの艦は艦長の技量と多くの幸運によって生き延びた。
後で分かったことには、ミサイル巡航艦でここに配備されたものは9割以上が戻ってこれなかったとのことで、またしても僚艦がやられていく中で残れたのだ。
伝え聞いたことによると、会戦は帝国軍のラインハルト・フォン・ミューゼル少将がミサイル艦をいち早く察知し、狙い撃ちにしたため、これを主要な作戦行動に置いていた同盟艦隊はどうにもならず敗北した。その手を失い、帝国軍イゼルローンに艦隊で仕掛けても勝てるはずはなく、逆撃を被り多くを失っただけになった。
ついでに、やはりというべきか撤退途中にトゥールハンマーを同盟軍が浴びたそうだが、この艦のすれすれを通り過ぎたようなのだ。
それに当たっていたら、各人の努力など何の意味があったろう!
本当に幸運だ。
ともあれ艦は生き残り、そのままハイネセンに帰投する。
もちろん搭乗員も貴重な生き残りであり、多くの士官が出世することになる。
キャロラインは少尉任官したばかりなので昇進はもちろんないが、先の営倉送り事件を帳消しにするほど良い査定がついた。スールズカリッターは公平な査定をしたのだ。
艦長のラルフ・カールセン中佐は査定書に目を通した。先の戦いで砲術部の火器管制は及第点をはるかに超える見事なもので、正直それのおかげで艦が生き残ったようなものである。
見るとその査定書にはキャロライン・フォーク少尉が多大な貢献をしたと書かれていた。
また、意見欄には主計部ではなく砲術部か航海部に適性があると記されていたのだ。