見つめる先には   作:おゆ

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第四十一話 宇宙暦797年 六月 宿将と烈将

 

 

「ミュラーめ、なかなか上手いな」

 

 こう言うラインハルトに焦りの色など微塵もない。

 傍目から見れば多数の相手に突進を許し、風前の灯にも見えよう。普通ならば。

 

 だがこれは黄金の獅子ラインハルトの戦いである。

 フレーゲルの突進など怯えるに値しない涼風のようなものだ。

 退屈げに指示を出す。

 

「前方の宙域に機雷を散布せよ」

 

 

 突進してきたフレーゲルは間もなくその機雷を見つける。

 

「臆したか、孺子! そんなものの陰に隠れ、なんとか逃げる時間を稼ごうとは底が知れたわ。ミサイルで機雷を吹き飛ばせ。このまま前進を続ける!」

 

 そこへフレーゲルの参謀シューマッハ大佐が冷静に思慮し意見を言う。

 

「いえ…… 何か策らしいものを感じます。その証拠にあのブリュンヒルトは決して逃亡にかかっておりません」

「ではこの期に及んで帝国貴族を甘く見ているのだ。孺子に目にもの見せてくれん!」

 

 フレーゲル側からミサイルを派手に撃ち放ち、機雷の除去を図った。さすがに八千隻もあるとそれが可能だ。

 その破片や蒸気の雲が晴れるのをわずか待ち、突破にかかる。

 

 

 その瞬間、フレーゲルは前方のスクリーンにミサイルの大群を見ることになった。

 

 ラインハルトはフレーゲルが機雷の除去にかかるのを見越していた。決して迂回せず直進してくると考えていたのだ。

 フレーゲルが機雷の除去をした瞬間、わずかな時間差をつけてミサイルをあらかじめ放っていた。機雷除去後の宙域をちょうどいいタイミングで通過するように。まるでそれを通すために機雷を除去してくれたようなものだ。

 

 フレーゲルの艦隊にたちまち爆散が相次ぐ。

 

「小細工か! おのれ小癪なマネを。怯むな、前進だ!」

 

 多大な犠牲を出しながらも瓦解せず、なおも前へ進む。フレーゲルや貴族士官の統率は決して捨てたものではない。

 ついにフレーゲルは機雷原を突破した。

 

 

 そこへブリュンヒルトが待ち構えていた。

 

 しかも斜め方向だ。機雷原突破の様相を見ていればフレーゲルの進路は容易に推定できるもので、むしろこのために機雷源の価値があると言ってもいい。

 

 

 狙いすまし、ブリュンヒルトが砲撃を開始する。

 

「フレーゲルに誇り高き死をプレゼントしてやろう。撃て!」

 

 フレーゲルは艦首回頭の後、攻撃を開始した。

 しかし、このために要する時間の差が致命的だった。

 

「帝国貴族の力を見よ。撃て!」

 

 こうフレーゲルが言った瞬間、ブリュンヒルトからの砲撃が着弾する。

 直撃が艦橋を貫いた。

 フレーゲルはラインハルトを斃せるという甘い夢を見たまま即死した。

 

「死に貴族も平民もない。まして誇り高い死などない。戦いに勝ってこその誇りではないか。それさえわかればもう少し長生きできたものを」

 

 それぐらいしかラインハルトの方には感慨がわかない。

 フレーゲルを倒すなど造作もないことであり、数えれば幾つも戦術バリエーションを思いつけるほど実力に落差がある。

 

 

 

 戦場の別のところでは、既にフォーゲルもノルデンも斃された。

 もはやブラウンシュバイク側の艦隊は四分五裂の状態だ。

 本隊に戻ったキルヒアイスとラインハルトはしばらく戦況を観察していたが、二人は同じ違和感を感じていた。

 率直にそれを話し合う。

 

「おかしいな。もっと楽なはずだったが」

 

 これほどの圧勝を成し遂げながら、そういう感想をいう。

 

「そうですね、ラインハルト様。こんなに貴族の艦隊が戦えるとは。未だ反撃をする艦さえあります」

「歯ごたえがあると顎が疲れる。そんな感じだが、これは勿体ないな」

「確かに勿体ないと思います。それでは降伏を勧告してみては」

「そうだな、キルヒアイス」

 

 ラインハルトは積極的に助けようとは思っていなかった。むろん否応なく戦いに巻き込まれてしまった一般兵士に同情はするが

 

 ところが戦ってみると思いのほか強かったのだ。

 

 強いとはいっても誤算に慌てるという意味ではなく、ラインハルトにすれば物の数ではない。例えて言えばチェスを全く知らない初心者が、やっと駒の動かし方を覚えたというくらいのものだ。

 それでも勿体ないと思った。

 これは将来帝国軍として使えるのではないか。いずれはこんなつまらない内乱ではなく、叛徒との決戦が控えているのだ。今すべて滅し去ることはない。

 

 

 もちろん貴族私領艦隊が予想より強かったのは、先のアムリッツァ会戦で同盟軍と戦っていたからに他ならない。その実戦経験、特に敗北の経験が最低限の艦隊としての形を保つのに貢献したのだ。

 

 ところがラインハルトが戦いの終盤降伏勧告をしてもほとんどの艦は応じなかった。

 

 この点ではラインハルトにも多少のうかつさがあったと言える。

 ラインハルトは知らず、貴族の作法はもっと異なるもので、その常識に照らし合わせれば降伏してもリッテンハイム侯の非情な報復に遭うだけである、と恐れたのだ。

 降伏して停止どころか全速で逃亡する方を選ぶ。

 

 

 

 

 ブラウンシュバイクは領地で勝利の報告を今か今かと待っていた。もちろん勝利自体を当然のものとして疑いもしていなかった。

 

 だが、そこに伝えられたのは思いもかけない大敗であり、むろん激怒する。

 

「あのフレーゲルめ! 大言壮語ばかりの若造が!」

 

 甥の死を悼むどころか散々に悪態をついた。

 自我の肥大した病人には思いやる心など残っていなかったのだ。この様相を目にすることのできない世界に行ってしまったフレーゲルは幸いだったのかもしれない。

 

 次にブラウンシュバイクは恐怖に苛まれる番。

 絶対の自信をもって送り出した大艦隊がいいようにやられるとは。

 リッテンハイムにこのまま負けることなどあってはならない。そうなれば身が危うい。

 

 しかしどうすればいいのか。最も信頼する側近に縋るしかない。

 

 

 

「ええい、アンスバッハを呼べ!」

 

 アンスバッハ准将は長いことブラウンシュバイク家に仕えてきている。

 忠誠心も厚い。

 ブラウンシュバイク公の方も、こと軍事面に関してはアンスバッハに頼り切っている。アンスバッハこそ修羅場では懐刀というにふさわしい能力を持っていることくらいは理解していたのだ。

 

「気を落とされますな。ブラウンシュバイク公。まだ負けと決まったわけではありません。まだまだこれからです」

「しかし今回は勝てなかった。どうすればいいのだ、アンスバッハ」

「戦いの詳細を見ると、数で圧倒的に優っていたのに将の質で負けました。こちらにもふさわしい将を迎え入れればいいだけではありませんか」

「誰かまだそのような将がいると申すか」

「おります! 帝国軍にまだメルカッツ提督、ファーレンハイト提督がいます。実力は折り紙付き。ぜひともこちらに引き入れましょう。それまで講和と見せかけて時間を引き延ばすのです」

 

 

 ブラウンシュバイク側は帝国軍に手を伸ばし、工作にかかった。

 なんとかこの両将をもぎ取るしかない。ブラウンシュバイク側には死活問題だ。利をもってしてもなびかなければ、最悪脅迫してでも呼ぶのだ。

 

 

 

 一方、戦い終わったラインハルトは各将をねぎらっていた。

 

「この度の働き、卿らはそれぞれが見事だった。わが艦隊にふさわしい。これからもその器量を期待させてもらう」

 

 それは言葉通りの気持ちだった。

 諸将の働きはそれぞれに良かった。しかし本当を言えば、やはりミッターマイヤーとロイエンタールは他よりも一等抜きんでていることがわかった。

 

 各将の側では戦いの興奮が冷めやらぬ中、この戦いで分かったことを反芻している。

 ラインハルトとキルヒアイス、これは紛れもなく戦いの天才だ。

 自分たちがとうてい追いつけぬ高みだ。誰がこれに敵しえるだろう。

 

 しかし、それと同時にもう一つ思うことがある。

 先のアムリッツァではあの二人がそろっていてさえ勝てなかったと聞いている。

 これはとても不思議なことだ。

 あの二人と同等以上の敵手が世の中にいるとでもいうのか。あまりに才幹というものは不平等に存在するものだ。

 

 

 戦いの結果を聞いた人々もそれぞれの感想を持った。

 

 リッテンハイム侯は喜色満面で報告を聞いた。

 実は、本当に勝てるのか危ぶんでいたのだ。生意気な口を利く金髪の若造、しかし実力は本物だった。あの陰気な義眼の大佐が言う通りだった。

 あの兵力でブラウンシュバイクの大艦隊を完全に破るとは……

 密約はこれ以上なく素晴らしい結果をもたらしたではないか。

 

「次はブラウンシュバイクの首をとる番だな。これでわがリッテンハイム家の栄光を阻むものはない」

 

 完全に浮わついて周囲にそう話している。

 サビーネももちろん、安堵した表情でつぶやいた。

 

「無事で戻っていらして。ラインハルト様。勝つと信じていましたが、待つのは本当に辛いものでしたわ」

 

 

 

 さて、アンスバッハの工作についてである。

 予想したことであるが、なかなかメルカッツもファーレンハイトも良い返事はしない。

 

 今更ブラウンシュバイクの所に加勢にいっても何になろう。

 ブラウンシュバイク側は先の戦いでまさに完敗した。ラインハルト・フォン・ローエングラムとその麾下の将たちによる華やかな舞台の引き立て役にしかならなかったではないか。

 

 そこから立て直すべき義理も何もない。今まで通り中立でいいではないか。

 

 それでも諦めずアンスバッハは粘り強く説得を進めた。しかも、二人の微妙なところを突いている。

 

 ファーレンハイトはわずか心を動かされてしまった。

 やはり、大艦隊を思う通り指揮してみたいという望みはあるのだ。それは軍人としての一つの夢である。貧乏貴族出身で苦労してきたファーレンハイトは世の中を斜に構えるようになっていたが、そういう望みを持っている。

 それにファーレンハイトには失うものがなく、家族もいなければしがみつく地位や家柄もない。

 

 そして一度負けたとはいえ、未だブラウンシュバイク側には七万隻以上の艦が残っている。

 これほどの大艦隊を指揮できた人間は長い歴史を見てもそう多くはない。

 

「先のことはわからん。ただし、結果がどうなろうと間違いなく歴史の一ページに名前が残るだろうな。そういう機会は滅多にない」

 

 

 反対にメルカッツはそういう類いの野望は持ち合わせていない。

 ただしファーレンハイトと違い、帝室への忠義が強く存在した。

 

 そこを理解するアンスバッハは巧みに言葉を操る。ブラウンシュバイク家が勝てば、通常に帝国は存続する。しかしラインハルトが勝てば、リッテンハイム家を形骸化し、全てを掴み、結果的に帝室が脅かされると。

 これはメルカッツにとり、あり得るべき未来に見えた。しばらくラインハルトと作戦を共にしたメルカッツはその苛烈さと不遜さを理解していたからだ。

 

 

 アンスバッハはようやく二人の協力を取り付けることがかなう。

 

 二人の将は帝国軍から脱しブラウンシュバイク公の陣営へ到着した。

 ここでブラウンシュバイクは最初からうかつな言葉を出してしまっている。

 

「なんだ。貴公らは帝国軍の艦隊を連れてこれなかったのか。自分の戦艦一つだけで来たとは」

 

 アンスバッハが慌てて言葉を足す。

 

「優れた将は艦隊の幾ばくかよりよほど貴重なものです、公。このお二人の指揮がなければ今の艦隊とて動かしようもありません」

「そうか。ならば我が艦隊を預けるのだ。それに見合った忠勤を見せるがよい」

 

 失望したのは、こんな高慢な態度を見せられた二人の方だ。

 

 大変な歓迎を受けるとまでは考えていなかったが、こんなそっけないものだとは思っていなかった。二人はそれこそ自分の運命を賭けてやってきたというのに。

 貴族に少しは慣れているメルカッツはともかく、ファーレンハイトは後悔を始めていた。

 

 

 

 




 
次回予告 第四十二話 「ヴェスターラント」です。
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