見つめる先には   作:おゆ

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第四十三話 宇宙暦797年 七月 幕引き

 

 

 ブラウンシュバイク公の考え方としては貴族としてのただの延長線上にある。

 感情的なことを抜きにしても平民の叛乱など許してはならず、帝国の根幹に関わる。

 鎮圧はどんな貴族でも考えることだが、この場合はその方法が問題なのだ。

 ただし命じたブラウンシュバイク公にも核攻撃がどんなに悲惨かなど知らなかった。冗談にもなりはしない。

 

「この核攻撃を見れば帝国貴族の力を思い知り、他の領民もよこしまなことは考えなくなるであろう。いい見せしめだ」

 

 この核攻撃を聞いたアンスバッハは言葉を失い、青くなる。

 

「公、なんということをおっしゃるのです! 今はいつにもまして人心を掴むことが必要です。厳しい戦いの最中ではありませんか。これで平民が動揺すれば収まりがつきません。艦隊はほとんどが平民で成り立つ以上、仮にリッテンハイム側へ寝返る艦隊が出れば戦うまでもなく瓦解してしまいます。今からでも遅くありません。命令の撤回とヴェスターラント領民との話し合いを」

「黙れ、アンスバッハ! 平民風情となぜ卑屈に話し合いなどせねばならん! ほっておけば増長するばかりだ」

「いえ、これは考えようによってはむしろ好機です。ここで公の寛大さを示すことで政治宣伝にも使えますれば。せめて戦いが終わるまでは方便を使うくらいに思えばいいのです」

「ええい、いい加減黙っておれ! アンスバッハ、これ以上言うと同罪として誅するぞ!」

 

 どうにもならず退出したアンスバッハは、ここにようやく勝機が失われたのを悟った。

 

「自分の領民への核攻撃など蛸が自分の足を食うようなものだ。ブラウンシュバイク家、もはや長くはない」

 

 

 惑星表面にいる領民に核攻撃を加える!

 この情報を最も早く聞いたのは、当然ながら艦隊指揮官のメルカッツである。

 麾下の艦隊からブラウンシュバイク公がなぜか数隻引き抜いたことから、その理由を探ったのである。

 にわかには信じられないことだ。

 有人惑星への熱核攻撃とは長年の禁忌ではないのか。すぐさまファーレンハイトを呼んで協議した。

 

「ブラウンシュバイク公がそんなことを? リッテンハイムの謀略ではありませんか。いくらなんでもそんな馬鹿な」

「いや、実際数隻が出動したのは事実。ファーレンハイト、これは本当のことだろう」

 

 あってはならないことだ。二人は同じ思いだった。

 

「では、どうしますか。メルカッツ提督」

 

 一応そう伺いは立てたものの、ファーレンハイトの心は核攻撃の阻止に決まっている。

 それはメルカッツも変わらない。

 

「儂は今回のことでこの艦隊に来たのがつくづく間違いだと悟った。ブラウンシュバイク公は病人だ。精神面の。済まんがその核攻撃を阻止してくれんか。貴公なら追いつけるだろう」

「それはもちろん賛成ですが、間違いなくブラウンシュバイク公の不興は買う」

「儂はこの艦隊を出ることにする。だが今更リッテンハイム侯の方に行くこともできない。また将来ローエングラム公のものになるだろう帝国軍にも未練はない。実は既に副官のシュナイダーに言われててな。叛徒の所にでも行こうかと思っている」

「メルカッツ提督、そこまで思っておいででしたか。それでは小官もお供させていただきます」

 

 

 直ちにファーレンハイトは高速戦艦を選び出し、全速でヴェスターラントへ向かう。

 

 すんでのところでそれらしいミサイル巡航艦の艦列に追いついた。

 再三の停船命令に応じないのを見て取ると、警告射撃を行うが、尚も止まらない。そこでファーレンハイトは警告に止まらず相手のエンジン部分を狙い撃った。だが、驚くべきことにそれでもヴェスターラントへの攻撃を止めようとはしないではないか。

 

 こんなにも強硬に爆撃をしようとするのは尋常ではない。ミサイル巡航艦では戦艦に敵うはずもないのに。おそらく、今回の爆撃に失敗すれば、自分の命どころか家族の命まで奪うとでも脅迫された上で送られたのだろう。そうであれば納得もできる。

 ミサイル巡航艦は次々に核ミサイルをヴェスターラントへ向けて放ってしまった!

 ファーレンハイトは見込みが甘かったのを悔やみつつ、やむを得ずミサイル巡航艦へ攻撃を加えて大破あるいは爆散させた。

 

 放たれた核ミサイルを打ち落とすべく、急ぎ迎撃ミサイルを多数放ったが、完全には間に合わなかった。半分を阻止したのが精いっぱい、何発もの核ミサイルが地表へ向かってしまう。

 

 ヴェスターラントにいくつものキノコ雲が立ち昇った。

 

 やはり核攻撃は本当だったのだ!

 

 ファーレンハイトは暗澹たる気分になった。宇宙艦からの核攻撃だ。住民は何の抵抗もできず、降伏も意味をなさない。一方的に無慈悲にも焼かれるだけではないか。

 しかしながら禍々しい雲が晴れた後、スクリーンに見たくもない光景が映っているとの予想は外れた。

 迎撃ミサイルの爆圧がミサイル群の軌道をわずか狂わすのには成功していたのだ。そしてヴェスターラントはオアシスの緑地以外には人の住まない岩石地帯しかない。

 

 奇跡的に領民への被害はなかったのである。

 なんとか阻止には成功し、ファーレンハイトは安堵のため息をつく。

 

 しかし、この事実を見せられてはファーレンハイトももはやブラウンシュバイクの陣営に留まる気はない。

 メルカッツと共に亡命を図った。

 二人は自分の乗艦のみ伴って抜け出し、イゼルローンへ向かう。他の艦隊は全て残していったことから逆にこの脱出は成功した。二人の潔さを理解している者は少なく、艦隊を置いていったことから脱出の確信を得て追手がかかるのが遅くなった。

 

「済まん、アンスバッハ。儂らはもう病人のために戦うことはできん」

 

 これだけを言い残している。

 幾度もブラウンシュバイク公へとりなしてもらったアンスバッハには恩義があり、そう言い残すところがメルカッツの律義さである。しかしアンスバッハはこの時、先の不敬発言を密告され、ブラウンシュバイク公から謹慎処分を受けている。

 

 ともあれこの急なメルカッツとファーレンハイトの亡命劇に、残されたブラウンシュバイク艦隊の兵士たちに少なからず動揺が走る。

 その原因をめぐって様々な憶測がなされたが、やはり噂が伝わってしまう。

 領民への核攻撃という噂だ。

 もちろんあまりのことに最初は兵士たちも半信半疑だった。

 そこへ決定的な証拠がなぜか出回ってきた。どこからともなく実際の核攻撃の映像が出てきたのである。宇宙艦からの核ミサイルで惑星上に核爆発のキノコ雲が乱立するのを見れば、誰でも真実と認めざるを得ない。

 

 

 ブラウンシュバイク艦隊の自壊が始まった。

 

 戦いでの先行きの不安が根底にある。

 メルカッツ提督とファーレンハイト提督はもういない。絶望的だ。

 起死回生のガイエスブルク要塞占拠からの長期戦戦略は、誰にも知られないうちに葬られた。

 そしてここまでブラウンシュバイク艦隊は二回も戦って分かっている。リッテンハイム側の方が明らかに強いのだ。いくら数があってもラインハルト・フォン・ローエングラムにはどうしても勝てない。

 

 戦いを繰り返す限り、いつか必ず死ぬことになるではないか。

 

 命は風前の灯だ。ここに至って、ラインハルトが寡兵で大軍を破った事実が兵士の心に重くのしかかる。

 元々帝国軍からブラウンシュバイク側へ合流してきた兵士は、利に釣られてうかうかやってきたことを心から後悔していた。

 悔やんでも悔やみきれない。この選択は最悪だった。

 多数派につけばとりあえず安心、しかも美味しい目に遭える、そんな安易な決断が取り返しのつかない失敗になる。

 

 

 一方、始めからブラウンシュバイク私領艦隊である兵士たちは領民への核攻撃で完全に忠誠心を捨てた。

 

 ブラウンシュバイク公は平民・農奴を人間扱いしていない。

 忠誠を尽くしたところで、公にとっては虫けら同然なのだ。気が向いたらひねりつぶすだけの虫けらだ。しかもその殺し方は残虐極まる。

 虫けらが命を捧げて忠誠を尽くす。傍から見ればなんと滑稽なことか。

 そんな忠誠など何になろう。

 いつ自分の故郷の惑星が、家族ごと焼かれるのかわかったものではない。

 

 

 

 多くの艦では、平民出身兵士が叛乱を起こし、日ごろから無能なくせに威張っている貴族士官に復讐する。

 貴族出身の士官たちは進退窮まった。動揺するうちに平民に捕まり日頃の行いに従って報いを受ける。平民を侮辱し、横柄な態度をとっていたほとんどの貴族士官は哀れな最期をたどった。

 

 その様子はラインハルトの側でも察知している。

 

 ファーレンハイトとメルカッツが出て行ったという情報が入ったので出陣していたが、これは思いの他戦いにもならず決着がつくのではないか。

 

 整然と陣を進ませ、その上で平文を使って投降を呼びかける。

 すると投降に応じる艦が争って進み出てきた。

 驚いたことに艦隊旗艦、ブラウンシュバイク家当主の御乗艦であるベルリンまでが投降してきたではないか!

 

「こちら戦艦ベルリン、降伏する。今この艦はブラウンシュバイク家に反対するものが占拠している。全ての攻撃兵器のエネルギーを落とした。シールドも解除した。繰り返す。降伏する」

 

 あくまで戦闘を継続するつもりであり、投降しようとする僚艦を裏切り者と断じ、攻撃する艦がいないこともなかった。

 ブラウンシュバイク側にも忠義で生きているものもいるのだ。

 

 しかしそういう強硬な艦の多くは忠義という意味ではなく、リッテンハイム陣営を裏切ってブラウンシュバイク側についた貴族の艦隊であることが多い。

 もはや降伏すらできないからだ。裏切りにもう一度裏切りを重ねることはできはしない。リッテンハイム側が復讐しないわけがない。

 どこにも行き場がなく、自暴自棄に近いことをすればむしろ周りから逆に袋叩きに遭って消滅していく。

 

 

 そのころ、ブラウンシュバイク領地にある館の大広間ではアンスバッハが当主オットー・フォン・ブラウンシュバイクに決断を迫っていた。

 狼狽したブラウンシュバイク公は懐刀であるアンスバッハの謹慎を解いて縋ろうとした。

 するとブラウンシュバイク公にありがたくないことを言ってきたのだ。

 

「公、これまでです。ご自裁をお願いいたします」

「そんな、なにか方法はないのか。儂はブラウンシュバイクだぞ。なんで死なねばならん!」

「公、ブラウンシュバイク家当主だからこそ、生きることが許されないのです。お分かりになりませんか」

「そうだ、エリザベートがいる。娘をローエングラムめに差し出せば。高貴な血筋だ。なんとかなるやもしれん」

 

 苦し紛れとしか言いようがない。尚も覇権争いの理屈を理解していないのだ。

 

「全てはもう無駄なのです。ブラウンシュバイク家の命脈は尽きました。公よ、せめて苦しまないよう毒を用意してあります。さあ、早く」

「アンスバッハ、どうしてもダメなのか。命ばかりはなんとかならんか」

「今さらどうにもなりません。しかしリッテンハイムの世にしないことだけは私が責任を持って約束いたします」

 

 

 ブラウンシュバイク公はその生き様にふさわしく、死に様も往生際の悪いものだった。

 

 ここにリップシュタットの戦役と呼ばれる銀河帝国史上最も伯仲した内戦は終結した。

 その勝利者はラインハルトとリッテンハイムの連合だ。

 

 そして歴史は意外な方向へ向かって進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 
次回 第四十四話 「アイランズの矜持と自由の国」

気骨のある政治家は美しいものです。
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