直接意見を聞かれたわけではないが、ラインハルトもキルヒアイスもおおむねオーベルシュタインの案に賛成だった。ブラウンシュバイク家の断罪を行うことと、その範囲を絞ること、いろいろな点からみて合理的だ。
一人サビーネだけが納得していない。
人の命を絶つことの意味を理解することを拒否する、それは彼女のこれまでの背景を考えたら当然なのかもしれない。
だがラインハルトとキルヒアイスもまた考えを変えることになる。
この戦勝祝賀会が終わって二人は宿泊地に戻った。
そこに通信が入った。
訝しくそれを繋げると、それはなんとオーディンにいるアンネローゼからの通信である! 大変珍しいことだ。
「姉上、姉上から通信など、思ってもいませんでした!」
嬉しさを隠しきれないラインハルトであったが、対照的にアンネローゼは微笑んでもいない。
「ラインハルト、そこにジークもいますか」
「ここにおります。アンネローゼ様」
二人を揃え、それを確認したアンネローゼは思わぬことを言ってきたのだ。
「通信したのは二人に言うためです。もう争いは終わったのでしょう。ブラウンシュバイク家の者を処罰したり、これ以上血を流すことは必要ないとわたくしは考えます」
これまで政治的なことは何一つ語らなかったアンネローゼが!
ここに至ってブラウンシュバイク家の者の助命を口にするとは!
「で、ですが姉上、そうすれば今後ブラウンシュバイクの残党が担ぎ上げる可能性が残ってしまいます」「アンネローゼ様、ブラウンシュバイク家が大貴族の過去を忘れて歩みだすのは難しく、かえって不幸な生き方しかできないかもしれません」
「わたくしの考えが間違っているかもしれません。今までそういうことを考えずに生きてきたのですから。ですが、本人に罪がないのにどうして処罰されるのです? なぜそうする必要があるのです? わたくしにはこれがわからないのです」
「姉上…… 」
「ラインハルト、あなたがしっかりすれば帝国は治まるはずです。後に憂いを残すなどというのは理由になりません。そうでないと治められないほどあなたは弱いのですか。わたくしはそんな弱い弟を持った覚えはありません」
ついでキルヒアイスにもまなざしを向ける。
「ジーク、いつもラインハルトの側にいてくれて感謝します。しかし、あなたがラインハルトを支えているのはいったい何のためですか。ラインハルトが正しい道を歩むためではないのですか。あなたが諫めるのではなくて誰が諫めるのです」
「済みませんでした。姉上。政治のために罪もない犠牲を増やすところでした」「アンネローゼ様、今一度教えて頂きありがとうございます」
二人はしょんぼりとしてしまったが、新たに考えることがある。
これからの帝国は、今までのゴールデンバウム朝とは違う。
自分の道を歩むのだ。
これまで考えてきたことといえばゴールデンバウム朝を倒し、アンネローゼを救うことだけだ。それはもう達成されているではないか。
二人はもう一度、大きな目標を掲げねばならない。二人の影響力は巨大になり過ぎ、そこには責任が伴う。
その二週間後、より盛大に祝賀会が開かれた。
今度のものは単なる祝いではなく政治的な意図があり、一つのショーが予定されている。
オーディンのリッテンハイム邸の大広間を使い、大貴族の邸宅ともなればかなりの広さがある。
リッテンハイム侯と妻クリスティーネ、娘サビーネがいる。
もちろんそれにラインハルトと諸将も出席する。それに加えて大勢の貴族、文官も呼ばれている。
つまりこれから帝国を動かす者が集っているのだ。
今からリッテンハイムとラインハルトの世が始まる、それを見せつける会でもある。
祝賀会を始める宣言が声高らかになされ、ひとしきりの歓談の時間を持つ。
その後、リッテンハイムが侍従に何事か指示を出した。
「そろそろ連れてくるべき頃合いだ」
数人が大広間に入ってきた。
警備兵に二人の人間が引っ立てられているではないか!
広間の中央まで来させられた。明らかに来るのを嫌がっているにも関わらず。
人々は引っ立てられた人間を見て驚いた!
ブラウンシュバイク公の妻アマーリエと娘エリザベートだ。
もうここからの展開は誰にも分かっている。
ここでリッテンハイム侯はその二人へ断罪を申し渡すのだろう。ブラウンシュバイク家とリッテンハイム家は長年に渡り激しく対立し、暗闘を繰り広げてきた。そして最後は大艦隊をもって両家は戦った。それは生きるか死ぬかの闘争だったからには負けた側は晒し者になった上断罪されるのは当然だ。
二人は見るも哀れなほど憔悴していた。
皇女として生きてきたアマーリエ、その後ブラウンシュバイク家の当主夫人として貴族社会で常に燦然と君臨していたアマーリエは見る影もなく啜り泣いていた。
ああ、うう、と低く声が混ざる。
二人とも質素なドレスだ。さすがに平民の服ではないが、大貴族の着るようなものではない。
エリザベートはただ下を向いてこの運命に耐えている。
その運命もあとわずかで終わりを迎えるのは分かり過ぎるほど分かっている。
観衆はアマーリエよりもむしろエリザベートを見た。
エリザベートはほぼ屋敷から出ることはなく、社交界に顔を出していない。そのためあまり見た者はいなかったからである。
噂では本が好きで、舞踏会などは好まないということだった。
顔を見ると人々はその理由がわかった気がした。
よくある茶色の髪に、割に整ってはいるが特別印象的ではない目鼻立ち、つまり平凡の域だったのである。
貴族の娘の平均水準という意味ではなく、もちろんそれよりは上かもしれない。
しかし、大貴族ブラウンシュバイク家の一人娘という背景を持っているにしては華がなかった。むしろ失望が上回ってしまうので平凡という印象になってしまうと言ったらいい。
リッテンハイム家のサビーネが際立って美しいのと対照的ともいえる。
ざわめきが治まってから、リッテンハイム侯が声を上げる。
「皆も承知と思うが、今回ブラウンシュバイク家はわがリッテンハイム家を滅ばさんと企んだ。リップシュタットの盟約なるものまで作りあげ公然と敵対し、最後は大艦隊を作り武力をもって挑んできた。ここにいるローエングラム公が助力してくれたことにより、リッテンハイム家はそれを跳ねのけることができ、今日ここにこうして立っていられる」
それは誰もが知る事項である。次の言葉も分かり切っている。
リッテンハイム侯は言葉を足した。
「それゆえ、ブラウンシュバイク家はその報いを受けなければならぬ」
ひいいっという声が大広間に響いた。
アマーリエが、予期していたこととはいえショックだったのだ。
たぶん命乞いを始めているつもりなのだろうが口をパクパクしていて声にならない。
一方のエリザベートはますます小さくなって俯いたまま動かない。
「お待ち下さい。リッテンハイム侯」
凛とした声を発しながらここでラインハルトが広間の中央に進み出た。皆の注目を集め、驚くべきこと発言する。
「うむ、何か申したいことがあるのか、ローエングラム公」
「ブラウンシュバイク公は自らを裁いたと聞いております。戦いはもう終わりました。係累には断罪するほどの罪はないと心得ます」
「しかし、それではしめしがつかぬ。また将来の禍根にもなろう」
「もはやブラウンシュバイク家は無力。再び立ち上がるとも思えません。その家の者を改めて処罰するには及びますまい。リッテンハイム侯の度量を期待します」
周囲にどよめきが広がる。ラインハルトがブラウンシュバイク家の命乞いに加担するとは。
「ではどうすればよいと言うのか」
「取るに足らない領地惑星の一つも与え、終生そこで過ごせばよし、くらいに止めておくのがよいと考えます」
「ふむ、ローエングラム公はそう考えるか。それもよかろう」
実のところこれは全て演技であった。既にラインハルトはリッテンハイム侯にその二人の助命を頼んでいて、会話は示し合わせたものだ。
リッテンハイム侯は秀でた能力もないただの軽薄な人間だったが、ことさら残虐ではない。
この点だけはブラウンシュバイクと違っていたのだ。
アマーリエとエリザベートの助命を許している。さすがにそのまま貴族社会へ留まることは認めなかったが。
しかし、それをリッテンハイムの名で皆に告げることはやはり派閥の首領としては無理なことなのだ。他の者にしめしがつかず、これから侮られる元になるだろう。そのため、戦いにおいて第一の殊勲者であるローエングラム公のたっての願いという形にせざるを得なかった。
助かるのか……
アマーリエとエリザベートはその場にへたり込んだ。
命ばかりは助かるのか。
ラインハルトが更に歩み寄り、まっすぐにエリザベート見てその手を取った。
「立つがいい。フロイライン。本を読むのが好きだと聞いたことがある。オーディンのような華やいだ生活は送れないかもしれないが、これからは穏やかな暮らしを楽しむがいい」
その姿を見て驚きを禁じ得ない人間は多い。
来賓の一人であるヒルダもそうだった。
意外なことに驚くと同時にほっとした。この覇王は少年だ。ナイーブな感性を持っている。少年らしい思いと行動に心が熱くなった。
エリザベートは目の前の若者を見ていた。命を救われた。この覇気の輝く若者に。
その黄金色の若者が今、自分の手を取っている。
夢を見ているようだ。
このとき確かに胸の奥底に灯がともった。
エリザベートの生涯を通して消えることのない灯が。
次回予告、第四十七話 ヒルダの意外な夜 です。
いくつかの転機が訪れます。