この決定が終わるとアマーリエが何度も何度もペコペコしている。
エリザベートはぼんやりした感じだ。そのまま退出していく。
その二人と入れ替わりに今度は冷蔵保存されたオットー・フォン・ブラウンシュバイクの遺体が運び込まれてきた。
決していい趣味ではないが、祝賀会に必要なのだろう。
アマーリエとエリザベートに見せない程度の心遣いはあった。
その遺体はアンスバッハ准将が運んできた。
ブラウンシュバイク家の忠臣として知られたアンスバッハは既に恭順の意を示している。これについては本心からのものか訝しがる声が多数上がった。
アンスバッハは、そういう疑念が出るだろうと予期し、ブラウンシュバイク家と決別することを明らかにする方法を考えたということだ。それがすなわちこれである。普通なら隠すものである主君の遺体を土産代わりに保存していた。
アンスバッハがその遺体のすぐ横に立っている。
来賓の皆はブラウンシュバイクの遺体をちらりと見ただけで目を背けた。そんなものに興味があろうはずはなく、せいぜい考えるのは自分がこうならなくて良かった、というくらいなものだ。
アンスバッハが口を開く。
「帝国の大貴族、ブラウンシュバイク公のご遺体です。毒をもって自害されました。リッテンハイム侯にもよくご覧頂きますように」
「それには及ばん。もうよい。退出させよ」
リッテンハイムが言う。確認だけすれば充分、死者を侮蔑するような悪趣味は持っていない。
その時のことだ!
アンスバッハがほんのわずか、右手の指に不自然な動作をする。
唯一見逃さなかったのがキルヒアイスであり、危険を察知している。
「…… アンスバッハ准将、手をこちらに向けて開いて下さい」
アンスバッハは嘆息すると、わずかな動作で何かを床に投げ捨てた。
何だろうか。小さなスイッチのようなものだ。
皆がそれに気を取られ、一瞬の隙ができる。
すると何とアンスバッハはブラウンシュバイク公の遺体ケースに素早く飛びついて開け、遺体の下へ手を入れた。そこから何かを取り出す。
ハンドキャノンだ!
流れるような動作ですぐに構えると、ためらうことなく撃ち放つ。
大広間に轟音が響き埃が舞う。
人々が倒れ伏し、悲鳴が飛び交う。
まさかこんな公然としたテロを起こすとは!
油断があった。通常のテロとは違い、自分が生きて帰ることを前提としなければここまで大胆なことができるのだ。
キルヒアイスは一瞬の遅れがあったことを悔やみつつ、ブラスターを取り出し一発でアンスバッハの肩を撃ち抜く。
アンスバッハはハンドキャノンを取り落とすが、倒れはしない。
なぜか拳を握ってキルヒアイスの方に出した。
そこから細い閃光が走る! 超小型の指輪型ブラスターから放たれたものだ。
「キルヒアイス!」
悲痛な声は友を心配するラインハルトのものだ。だがラインハルトも声を出すだけで、動作に移れる余裕はない。
ところが閃光はキルヒアイスの頭上、やや離れた所へ飛んだ。
撃ち損じたのか?
いや、アンスバッハがこの距離で当てられないはずはないのに。
ラインハルトはキルヒアイスが無事でひとまず安堵するが、それを見てアンスバッハは微笑む。
「ただの脅しだ。貴公にはそれで充分だ。ここにいて生きている者はローエングラム公に感謝するんだな。遺体の下に爆弾がある。本当ならこの広間ごと吹き飛ばしてやるはずだった。しかし思いがけずブラウンシュバイク家の生き残りがローエングラム公によって助けられたので、こちらも同じにした。リッテンハイムのみ斃してブラウンシュバイク公と約束した分だけにしたのだ」
そのとき警備兵の斉射がアンスバッハを貫き、明らかに致命傷を与える。
「公よ、リッテンハイムの帝国にはしません。ですがローエングラムとサビーネは残してよろしいでしょうか」
それきり倒れ、絶命した。
忠臣アンスバッハは自分の命を犠牲にしてブラウンシュバイク公との約束を果たした。
調べると、指にやはり指輪型ブラスターがはめられている。
そしてブラウンシュバイクの遺体の下にははたして爆弾が仕掛けられてあったのだ。
床に投げ捨てられていた小さな物は爆弾のスイッチだった。アンスバッハの見せた不自然な動きは起爆装置を解除するためのものだ。
アンスバッハは自分が生きようとは少しも思っていない。
であれば、リッテンハイムもその家族も、ラインハルトも含めて爆弾で広間ごと吹き飛ばすのが一番だ。そのために用意したのだろう。
しかし、ラインハルトの願いでブラウンシュバイク家のアマーリエとエリザベートが助命された。
それでアンスバッハはサビーネやラインハルト、キルヒアイスなどを殺す気がなくなっている。
何とその助命が回りまわってラインハルトらを救ったことになったとは。
実に皮肉な運命ではないか。
アンスバッハは爆弾を解除すると隠してあったハンドキャノンに切り換えた。リッテンハイムだけを害するために。
それは見事な腕前であり、ハンドキャノンの一撃でリッテンハイム侯は斃されていた。
熾烈なリップシュタットの戦いに勝ってブラウンシュバイクを斃したというのに。まさにこれから栄華を極めようという時、同じ場所へ行ってしまった。それもまた皮肉なことである。
こうして祝賀会は一転して予想もしない惨劇に終わってしまう。
サビーネは父を失った悲しみをこらえながら、いったん決めたアマーリエとエリザベート二人の助命は変えない!
もちろんそれを撤回することで復讐を迫るリッテンハイムの係累は少なくなかった。
その都度サビーネは気丈に言い放つのだ。
「報復に報復をもって応えるのは終わったのです。ローエングラム公がその先鞭を付けました」
サビーネが悲しくないはずはない。
優しい父を失った。
しかし、これで済ませれば憎しみと復讐の連鎖は断ち切れるのだ。このことだけで後世サビーネは高く評価される。
そして、ついに戴冠式が行なわれる。予定と違うのはリッテンハイム侯がいないだけだ。
サビーネ・フォン・リッテンハイムが銀河帝国皇帝への即位の宣言をする時が来る。
銀河帝国で最も重要で、大きな式典である。葬儀や結婚式も壮大だがこれには及ばない。
誰がいつ皇帝の座につくか、帝国にとってそれが公式に最も重要だからである。
帝国の公式祭典堂に文官と武官が多数参列し、巨大な祭典堂はそれを収容してなお余りがある。その様相は全銀河に放映された。
サビーネがきらびやかな衣装をまとって現れた。美しいサビーネがなお一層輝いて見える。
式典が進み、リヒテンラーデ国務尚書が厳かに様式に乗っ取った詔りを述べる。どこまでも高い天井に声が響く。
最終の瞬間に近付いた。サビーネは王冠を受け、杓をも受けとる。
玉座に座り、皇帝とその代理である尚書のみが触れることを許される国璽を手に取って調印する。
最後にリヒテンラーデが式を締めくくる言葉を言う。
これで歴史が大きく節目を迎える。
「ここに新しい銀河帝国皇帝、サビーネ・フォン・ゴールデンバウムの即位を宣言する」
この瞬間、祭典堂はもとより、銀河帝国のあらゆる場所で歓声が沸き上がった!!
「新皇帝万歳! サビーネ皇帝万歳!」
いつ果てるともしれない歓声に、新たなる帝国の輝かしい未来を祝って、誰もが喜び踊った。
その日のうちに新しい人事が発表されたのだが細かな人事はさておき最も目を引いたのは三人である。
帝国宰相 リヒテンラーデ侯
軍務尚書兼宇宙艦隊司令長官 ローエングラム公
国務尚書 マリーンドルフ伯
帝国軍ではミュッケンベルガー元帥が正式に引退した。「新体制には若く有能な提督があまたいる。自分が不要になるのが嬉しいというのも妙なものだな」こう語っていたらしい。
オーベルシュタイン大佐は、社会秩序維持局から名前を改めた内務省安全保障局の局長という地位についた。
これは本人の希望である。
オーベルシュタインの風貌から歩く安全保障局と言われた。副局長にはハイドリッヒ・ラングが務める。ラングという男は職務意識が高すぎるせいでともすれば暴走しがちな人物であったが、オーベルシュタインの下では有能な人物であり続けた。
保障局は帝国全土の捜査権を持ち、帝国を裏から支える役目を持つ。情報部の色彩が濃い。
似たような組織に憲兵隊があるが、そちらは警察の色彩が濃くなっている。その憲兵総監にはウルリッヒ・ケスラーが就いた。
帝国はこれからゆっくりと内乱の傷を癒すことになる。
施政においてサビーネは頭脳明晰で判断力もあり、リヒテンラーデをたいそう喜ばせた。加えて良い方向に官僚体制も組み換えられ、あまたの有能な文官が力を発揮できるようになる。
皆が一つになり、帝国を豊かにすることに邁進する。
オーディンは再び全盛期の栄光を取り戻そうとしている。
頃合いをみて、サビーネ皇帝とラインハルト・フォン・ローエングラムとの婚約が発表された。
これは既に予定されていたので驚きはなく迎えられている。
当のラインハルトは専ら軍務についている。
当面の仕事は貴族私領艦隊を帝国軍と統合することである。帝国軍を立て直すにはそれを避けては通れず、決めるべき事項は数えきれないほど多い。
政略や謀略よりも軍事を優先させるのはいかにもラインハルトらしいことで、むろんその方が向いている。しかし皇帝との婚約者であれば、軍務ばかりではなく帝国全体の政務を見ておくべきともいえる。
だがそれはリヒテンラーデ侯に任せ、口は挟まない。
風貌も年齢もやり方もまるで違う二人だったが、お互いに認めていたのだ。堅い信頼関係があった。それこそ前皇帝の存命中から。
帝国にしばらく戦いはなく、華やかな宮廷行事が続いていく。
その日も舞踏会が開かれた。帝国は充分安定し、人々は元の生活を楽しんでいる。
それらの人々を見ながらヒルダは思う。
帝国は変わりがない。
本当にそうだろうか?
木の葉は落ちる瞬間まで枝に付いているものだ。
未来は見えない。ただし予感はする。
ラインハルト・フォン・ローエングラム、その姿を見ると心が動揺する。なぜかしら心に光と熱が呼び覚まされる。
その覇気のせいか。
静謐な未来がかき消されこれまでになく大きな動乱が見えるような気がする。
それが喜劇なのか悲劇なのか、いずれにせよ大きく変わる動乱の未来を。
ヒルダはダンスについて特に才能はなく舞踏会に出ても無難に踊るだけだ。
この日は主に上官たるナイトハルト・ミュラー中将について踊った。
いつもはミュラーの書記官職として二人で艦隊編成や人事について話しているのだから、逆に妙な感じがする。ドレス姿自体珍しいのは貴族令嬢であることを半分忘れているからかもしれない。
舞踏会も終わり、その帰り途ヒルダは思いもかけない言葉に目を丸くすることになる!
「フロイライン・マリーンドルフ、どうか驚かないで聞いていただきたい。フロイラインは有能で、艦隊に欠かせない人だということはわかっています。ですが、この私にも欠かせないのです」
「ど、どういうことでしょう? 司令官」
「どうか私と一生涯、共に歩んでいただけはしないでしょうか」
ミュラーによってマリーンドルフ邸まで送ってもらい、車を降りた。
なぜかしらミュラーも降り立ち、向かい合ったまま30秒も待ってからその言葉をかけられた。
ヒルダはなんと返したらいいかわからない!
普段の才幹は羽を生やして飛んでいったようだ。
今までどんな時も明晰な頭脳と共にあり、ヒルダが言葉に詰まるなどなかったというのに。
「ミュラー閣下、いえ司令官、提督、どう申し上げたらよいか」
自分でも支離滅裂、何を言っているのかわからない。
「過分なお言葉を頂いていることはわかっております。ですが、考えがまとまらなくてすみません」
「いえ、突然申し上げてこちらが悪いのです。よくお考えになってからで結構ですから」
「それでは、お言葉に甘えまして、少しお時間を頂けませんでしょうか」
結局ヒルダは即答せず、保留にしてしまった。
ミュラー提督はとてもいい人だ。軍人の中ではとびっきりと言えるだろう。砂色の髪に同じく砂色の瞳を持つ。そんな優しい顔に似合って思慮があり、思いやりも深い。今の言葉もヒルダをどれほど気遣ったものであることか。
それだけではなく、内心に烈しいものも秘めている人だ。結婚するなら本当に皆にうらやましがられるだろう。
なのにヒルダはすぐに踏み出せない。
自分は何かを求めているのだ。
周囲を焼き尽くす烈気、宇宙を変える激しい炎、それを持つ覇王なのか。
いけない。そんなことを考えては。
次回予告 第四十八話 リヒテンラーデの思い
ついに帝国の大戦略が・・