年が明けた。しかしながら軍というものは新年を祝う日は長くなく、動きを止めることもない。
同盟軍は先の第六次イゼルローン攻防戦に敗退し、多大な損失を被った。そのため残り少なくなった艦隊を解体して新たに編成し直したのだ。その目玉とされたのが新たに作られた第十一艦隊である。指揮官はホーランドで、艦隊司令に就任すると同時に中将に昇進する。
キャロラインやスールズカリッター、カールセン艦長の乗るこのミサイル巡航艦は正式にその第十一艦隊所属に決められる。
同時にキャロラインは思いがけず昇進し中尉となった。それに砲術部所属だ。
士官学校の卒業生は一年程度で中尉になるのが通例だが、それが早まった格好だ。
キャロラインの昇進は先の戦いでの査定が良かったこともだが、新規新設の艦隊なのでご祝儀の昇進という面もある。艦隊の士気を高めるために往々にしてそういうことがある。
ともあれ同期の卒業生で中尉は最初である。
ホーランド艦隊に所属することについて、以前からいた兵は、先の戦いでミサイル艦列が打ち捨てられたことからあまりよい知らせには受け取らなかった。
しかし新規の乗組員たちはホーランド中将麾下に入ることを心から喜んでいた!
なぜならホーランド中将は華麗にして大胆な戦術を使うことで定評があり、特に若い将兵から人気がある。同盟軍の歴史で名将と語られるブルース・アッシュビーの再来とまでもてはやされている。そのホーランド提督の艦隊に入るのだから、どんな輝かしい勝利が待っているのだろう。
純粋な戦闘後の帰還率で言えばビュコック大将などの方が上なのだろうが、兵というのは目立つ英雄に付きたがるものである。
そして、あまりに早く翌月にはまたしても帝国軍との会戦、第三次ティアマト会戦と呼ばれる戦いが発生してしまった。
この会戦でホーランドの第十一艦隊が輝かしいことは間違っていなかった。
突撃は本当に輝かしかった。
ただし、終わりは勝利ではない。
第十一艦隊は突進し過ぎ、挙げ句行動限界点を突かれて一気に敗北の坂を転げ落ちた。おまけにそれが全軍に波及して撤退せざるを得ない羽目になったのだ。
キャロラインは会戦の冒頭、目の回る忙しさの中にいた。
砲術部は次々と艦橋から新しい攻撃目標の設定を回され、それに合わせた進路、相対速度、攻撃予定位置を計算し、実施が可能かどうか推定するのである。しかも速やかでなければ意味がない。相手も動き、狙ってきているのだから速さの勝負だ。
それに勝つため、キャロラインらはコンソールに貼り付き、ディスプレイをいくつも同時に見なくてはならない。
戦いの実感は何もない。
攻撃可能と上申し、決定を待ち、そして攻撃位置を入力したあとは自艦のミサイルの軌跡をディスプレイで知るだけだ。攻撃を最終決断するのもスイッチを押すのもキャロラインではない。
しかし、確かに艦が攻撃をしてるのだという事実は精神を高揚させる。
結果、敵艦消滅を表示から知れば小躍りしたくもなる。
しかしキャロラインはミサイルやエネルギーの消耗のペースがあまりに速いのが気にかかった。
心に黄信号が灯る。
「このままのペースでいけばあと一時間でミサイルは底を尽きます」
思わずそう具申してしまった。
それは砲術部上司のスールズカリッターも分かっていることだ。
「フォーク中尉、その通りだな。しかし攻勢を緩めると直ぐに逆撃される。今は敵中で高速運動をしている以上、仕方がない」
不安がそれで消えるはずはない。しかし、キャロラインに当面できることはミサイルが無駄にならないよう、しっかりと計算をやりきることだ。
この艦は持てるミサイルをほとんど撃ち尽くし、推進剤も残り少なくなったので、艦列の後方に下がった。
これまで挙げた戦果は戦艦一隻撃沈、巡洋艦一隻大破、駆逐艦二隻撃沈、大戦果といえる。
しかし、ここで帝国軍の狙いすました逆撃にあい、艦隊は壊滅の危機にさらされた。
今度は突撃とは真逆の必死の逃避行だ。
もはやミサイルを撃てないミサイル巡航艦など敵にとって恐ろしくとも何ともない。持てる攻撃手段はあまりに貧相、レールガンがたったの二門だけだ。敵にとってすればただのカモでしかない。
だが、またもやカールセン艦長の技量と運が味方した。フェイントで惑わし、その二門のレールガンで牽制し、航路を慎重に選んで逃げていく。なんとかもう少しで本隊合流のところまで来た。
しかし、先の戦いと違ってそれで終わらなかった。
この艦はここで運を使い果たしたのか、無事には戻れない運命になった。
敵の戦艦からの長距離砲に貫かれた。これは防御をあっさり破ってしまったのだ。
多少の被弾ではない。
鼓膜のおかしくなる大きな音がした。
それからひどい揺れがきた。激しい細かい揺れとゆっくりとしたよじれるような揺れが交互に来て、やがて治まった。
しかし、そこからひっきりなしに不気味な音のシンフォニーが始まる。
行き場のないエネルギーが暴れているのか、誘爆しているのか、艦壁が破れているのか。
「総員退避命令が出ました。速やかに救命艇で脱出して下さい」
ふいに警報が響き、それに混ざって合成音声が伝えてくる。
目の前のディスプレイも赤く点滅し始めた。大きく退避の文字を画面に出している。
もはや損害は致命傷、この艦は助からない。
今すぐ爆散するかもしれない。それとも中途半端にゆっくり壊れていくのかもしれない。
死ぬのは嫌だ! ゆっくりと死ぬのはもっと嫌だ。痛いのか、息苦しいのか、熱いのか、気が狂いそうになる。
脱出艇までの安全経路がディスプレイに表示されている。
ただし、これは現時点の話であり艦の損傷に伴い刻々と変わる。
急に目の前の隔壁が閉ざされ、死の宣告をされるかもしれない。緊急時の隔壁閉鎖は閉じ込められた人間が何をどうしても決して開けられない。仮に閉じ込めらえれれば温度上昇の蒸し焼きか、酸素不足か、いずれにせよ生き地獄が待っている。むろん、その後は本当の地獄かもしれない。そこは葬儀さえ行われない棺桶になるのだ。死の間際の苦しみは誰も知ることがない。
皆に看取られ、安らかに逝くなどという権利はなくそれと真逆になる。
それが運の悪い兵士、それが戦争というものだ。
早く脱出しなくては!
上司のスールズカリッターは艦橋に出ていたのでここにはいない。
この部署の兵たちと共に慌てながらキャロラインも続く。
だが、数分進んでからキャロラインは重大なことを思い出した。決して自分の仕事範囲ではないのだが、砲術部のコンソールにいたから知っている。
この艦には攻撃用のミサイルは残っていない。しかし、まだ対艦ミサイルを迎撃するための防御ミサイルが残されている。これをランチャーから外して投棄しなければ誘爆の可能性があるではないか。本来より早く撃沈になれば助かるべき者まで助からないかもしれなくなる。
どうする。
むろんそれを周囲に話す。
ところが、皆は驚くべきことを言ったのだ!
「だから何だ! 俺は逃げるぞ! その後のことなど知るものか!」
誰もそんなことを気にも留めない。むしろ教えてきたキャロラインを邪魔にする。
やむなくキャロラインは自分だけ戻ってなんとかする道を選択した。
早く逃げたい。早く!
しかし、私は自由惑星同盟軍、その中尉なのだ。
何としても使命を果たす。もしも兄さんなら戻るかどうか逡巡するわけがない。絶対に迷わず戻っていこうとするに違いない。
アンドリュー兄さんならば。兄さんは私の英雄なのだから。
怖くても砲術管制部に逆戻りして、さっきまで座っていたコンソールを操作し、ミサイルランチャーへアクセスする。しかし、作動しない!
気が焦る。
被弾のために途中の経路で障害があるのだ。中継の制御機器が壊れていたりケーブルが破断しているところがある。気を取り直し、苦心してまだ作動する管制経路を探していく。
更に気が焦っておかしくなりそうだ。
次々と障害を迂回できる経路を試していくしかないが、最悪の場合、船外に出ての手動操作しかなくなる。粘り強く試した末、ようやく見つけ出すのに成功した。ランチャーを作動させ残りミサイルの投棄は済んだ。
そしてまた急いで脱出行に戻るのだ。
精神の重圧に耐えながら脱出艇格納庫へ向かって進む。
途中ライトが薄暗くなった。しかしまだ全くの暗闇ではなく、それは助かる。足元もいろんなものが散らばっていて、進むのにも注意が要る。
幸いにして煙はない。熱もそんなに感じない。注意すれば心なしか暖かいかもしれないがその程度だ。一番恐ろしいのは熱で死ぬこと。しかもゆっくりとした温度上昇で。
この巡航艦の脱出艇格納庫は三つある。
艦橋に直結している高級士官用のが一つ、他に右舷と左舷に一つづつある。この場所からは右舷の方が近そうであり、そこへ向かう。
まだ途中で合流してくる兵がいた。医療部から五人ほど、機関部から二十人ほどだろうか。話ではおそらくこれが最後の生きている乗員らしい。
ここで各人の心の高潔さが試された。
やはり、というべきか自分だけ押しのけて一歩でも早く行こうとする人間がいる。
逆に、通路の途中で頭を抱えてうずくまって動けない人間を発見すると、励まして助けようとする人間もいる。
そんな人間模様を見ながらキャロラインは進む。
いろいろ考えることはあれど、今は止まっている場合ではない。全ては命が続いたときの話だ。
途中で閉じている隔壁を見た時には本当にヒヤリとした。ただし、それはたまたま誰かが通った後閉じかけただけで、緊急隔壁閉鎖のものではなく、操作で開けることができたのは幸いである。
キャロラインは皆と共に右舷の脱出艇格納庫にようやくたどり着いた。
見たところ格納庫に損傷はなく、機器も正常のようだ。
そこには八人一組で乗る脱出艇が並んでいる。ここには脱出艇が平素から十四隻も用意されているのはずだが、たぶん多くがもう出た後のようで、その三隻だけ残っていた。
よかった。
到着した人数はざっと全員で三十人もいない。
艇の数は4隻だったら一番良かったのだが、三隻でもギリギリ何とかなる。
各艇で収容人数を一人くらいオーバーすれば行けるだろう。それほどシビアなことではなく、確かに酸素や食糧の配分は少なくなっても、この場合は大丈夫だ。同盟軍本隊までそれほどの距離ではない。
もし明らかに人数分に足りなければ、ここで脱出艇を巡っての殺し合いがおきた可能性すらあったのだが。
キャロラインは新任の女性士官といえど一応士官である。
自分の責務に乗っ取り、皆を落ち着かせ、決められた手順通り脱出艇へ乗り込ませようとした。
この場に士官といえばキャロラインの他には医療部の若い少尉が一人、機関部の中年の少尉が一人、体の大きな大尉が一人いた。
しかし、みな協力的でない。なぜだ。
キャロラインが苦労して脱出艇に乗り込む列を作ったのに、そんなことを守らない者が出たではないか。
しかも上官で!
機関部の大尉が人の列を押しのけながら大股で歩き、その後をちょこちょこと同じ機関部の少尉が続く。
「そこを通せ、早く!」
「え? 大尉殿。ここは規則に乗っ取って先ずは負傷兵、少年兵などから脱出艇へ」
「うるさい! 誰だお前は」
「砲術部のキャロライン・フォーク中尉であります」
「何だ中尉か。だったら従え」
「し、しかし脱出の手順は変えることができないものです」
「ええい邪魔だ! とにかくどけろ!」
いきなり顔を手の甲で強く払いのけられ、その思いがけない行動と力に後ろに一歩よろめく。キャロラインは華奢な方なため、搭乗タラップの横にある手すりに手がかからなければ搭乗通路から落ちてしまうところだった。
「どういうことでありますか! 大尉殿!」
しかしもう意図は明らかだ。
その上官はキャロラインを排除すると搭乗通路をさっさと通り、まだ誰も乗っていない脱出艇に入ってしまった。そして、あろうことか自分だけ乗ったとたんハッチを閉じてしまったのだ。
後ろに続いていた機関部少尉は取り残され、一瞬戸惑ったがその後脱出艇に飛びついて必死にハッチを叩く。ハッチの小窓から見える大尉は、脱出艇の機器を操作して発進の準備にかかっている。
つまり大尉はいち早く脱出することのみならず、脱出艇の水と酸素をたった一人で独占する気だ。わずかでも自分の生存率を上げるために。
まさか!? でもそんなことをされたらここの脱出艇が人数分に間に合わなくなる!
キャロラインも慌ててハッチを外から叩いたが、無駄である。
機械からのアナウンスがあった。「右舷脱出艇Bの6、発進準備完了。内側気密隔壁、閉鎖します。注意。隔壁、閉鎖します」
諦めて下がるしかない。ここにいては隔壁に閉じ込められ、外側隔壁が開いたら真空になり、艦外に放り出されてしまう。その下がったタイミングで脱出艇と通路との間に気密隔壁が降りた。そのまま脱出艇は艦から出て、飛び去った。
その大尉に裏切られた格好の機関部少尉はへたり込んだ。きっと二人で早く脱出しようともちかけられ、それに乗ったのだろうが、こちら側へ取り残された。
キャロラインがそれを見ると、バツが悪そうに顔を横に向ける。
改めてここにいる全員の人数を数えると、二十六人だった。
しかし、脱出艇は残り二つだ。
その事実を突きつけられると、残された人間の間で雰囲気が急激に悪くなる。数人分が絶対的に足らない計算、脱出できずに艦と共に死ぬばかりの人間が必ず出る。
キャロラインは、兵の中の一人がブラスターに手を伸ばすのを見た。
よく見るともう二人、三人もいる。艦内で火器は持っていないはずなのに。
更に近くの兵たちと目配せをしているではないか。
彼らが見る先は、へたり込んだ少尉だ。この意図は明らか、復讐を兼ねた人減らしだろう。
少尉も気付く。怯えた目になってへたり込んだまま後ずさりを始めた。
これは、いけない。
更に恐ろしいことに、彼らはキャロラインと横にいた気の弱そうな医療部少尉も見た。
無表情で。これから片づけるゴミを見るような目で。
おそらく邪魔なものから順番に消し、悠々と銃を持った者とその仲間が先に脱出するのだろう。何という野蛮な弱肉強食なのか。
キャロラインは恐怖に青ざめる。
なぜだろう。民主主義を守る自由惑星同盟軍、帝国から民衆を守る自由惑星同盟軍が。そんな、バカな。
皆を説得にかかる。
「まだ左舷に脱出艇が残っているかもしれません。いえ、きっとあるでしょう。ここで脱出艇に乗れない人は私と左舷へ向かいます」
「ふん、それなら早く行きな。そこの少尉さんもだ」
銃を持った者とその仲間はそれだけ言うと、ぞろぞろ二梃の脱出艇に乗り込み、発進していった。
本当にキャロラインを含め十人が取り残されたのだ。
暗澹たる気分だがその場で銃で殺されるよりまだマシなのか。
しかしこれからまた危険な脱出行を敢行しなくてはならない。左舷の脱出艇格納庫に行くのには時間もかかるし、経路が安全かどうかも行ってみなければ分からず、第一その格納庫に脱出艇がまだ残っているのだろうか。
「進みましょう。とにかく」
キャロラインが励まして歩かせようとするが、残された者は気弱な若者が多く、うなだれて動かない。もはや悪い未来ばかりを考え、絶望しているのだ。何をしても死ぬ運命は変わらない、と。
「行こう。行くしかないんだ、みんな!」
ふと声が続いた。誰かと思えば大尉の腰巾着だったあの機関部少尉だ。
「さっきは済みませんでした。キャロライン・フォーク中尉殿。自分は本当にどうかしていました。大尉があんなことをした責任の一端は私にもあります」
「いいえ、今から頑張りましょう。この十人が助かればそれでいいのです」
ようやく一人、二人と歩き出す。
そうなれば全員が動き出すことになる。いくら落胆していても、自分だけ取り残されて孤独に死ぬ恐怖には耐えられないのだ。
しかし、通路は途中でますます薄暗くなってきた。おそらく分散配置のバッテリーが尽きてきたのだろう。おまけに着弾の衝撃で床が歪んでいる所が増えてきた。空気も心なしか薄い気がする。またしても閉じかけている隔壁があったが、今度もまた幸運にも歪みが酷かったためにかえって閉じ切っていなかった。
やっと左舷の脱出艇格納庫に辿り着く。
脱出艇は残っていた! しかし、その数はわずか一隻しかなかった。
またしても皆の雰囲気が悪くなるのは当然、ここまで来たのに、まだ足りないとは。
そこをキャロラインが説得にかかる。
「収容人数を超えますが、大丈夫でしょう」
猜疑心の込もった目で見られる。定員を二人もオーバーすることになるのだ。
「最後にわかった状況では、第十艦隊がこちらに向かってきています。それほど遠いはずはありません」
そして先ほどの少尉も付け足す。
「言う資格もない自分だが、本当に誰かを見殺しにしたいのか? 十人が助かるか、助からないかだ。一人か二人を確実に殺し、それを一生忘れないで生きなくちゃならない、そんな選択肢はない。そうだろう?」
それで治まった。皆も決して誰かを艦に捨て置いて脱出したいわけではないのだ。
ぎゅう詰めになったが、キャロラインが八人用の脱出艇に最後の十人目になって乗り込んだ。
ここでまた問題が起きる!
何かの動作不良があり、搭乗通路側の内側気密隔壁が途中までしか降りない。このままでは自動的に外側の隔壁が開かず、この脱出艇が発進できないのだ。艦はその空気を保持するために決して内側と外側の隔壁を同時に開いた状態にはしない。
キャロラインはせっかく乗り込んだ脱出艇を降りて、隔壁横の操作盤からマニュアル操作をするために行く。
キャロラインは少し涙ぐんでいる。
恐怖だった。
もし自分が隔壁のマニュアル操作をした瞬間に脱出艇のハッチを閉じられてしまえば、キャロラインはたった一人で艦に取り残され、孤独のまま100%の死を迎えることになる。操作しながら気が気ではない。
しかし、脱出艇の皆はキャロラインを待っていてくれた。
勇気と責任感ある中尉、そのキャロラインの恐怖とそれでも皆を信頼する心情を理解してくれた。この小さな英雄を決して見捨てはしなかったのだ。
キャロラインはまたぎゅう詰めに乗り込む。
発進してわずか一分足らずの後、皆の乗艦だったミサイル巡洋艦は爆散した。
小さな窓からいきなり強い白い光が差し込んでそれがわかった。
砲撃を受けてしまってから爆散がこれほど遅くなったのは、ミサイル巡航艦だったからだ。全てのミサイルさえ無くしてしまえば中身はスカスカであり、誘爆する物は少ない。キャロラインのミサイル投棄は意味が充分あった。結果的に自分を含めた十人の脱出を守ったことになる。
だがこれでも助かったと決まったわけではない。むしろ脱出は第一歩に過ぎない。
味方の艦に救助されればいい。
しかし味方が既に撤退していれば、敵に見つかって捕虜になるか、あるいは手っ取り早く攻撃されるかもしれない。
それとも敵味方ともいなくなった宇宙を空しく放置されるか。その場合は緩慢で想像を絶する苦しみの死が待っている。
脱出艇には武器はもちろん、シールドもワープエンジンもない。
運命はまだ残酷な分かれ道を用意して待っているのだ。
またもや幸運にもキャロラインの脱出艇は味方艦に収容された。やはりウランフ提督の第十艦隊が近くにいたのだ。
あとで聞いた話では味方に戻れたのは全乗組員の半数にも満たないもので、他は死んだか捕虜になったかわからない。
少なくともキャロラインを押しのけていち早く脱出艇に入った大尉は戻れなかったそうだ。
右舷からその後出て行った二隻の脱出艇も。
この脱出の際の英雄行為により、会戦後キャロラインは大尉に昇進を言い渡された。
皮肉なことだ。
艦隊が新設されて昇進、艦隊が負けて消滅して昇進だ。
そしてやっとキャロラインは休暇をもらってハイネセンの街角にいる。何と平和で、宇宙の戦いが夢のことだったように感じられる。
兄アンドリューと会えた。
昼下がりの明るいパーラー、同盟軍の将兵がよく利用するところだ。
その二階席で再会を喜びあった。
「それでね、本当に死ぬところだったんだから、脱出艇に乗っても体がこーんなふうに捻じれてたんだから。こーんなくらいに。聞いてる、兄さん」
人目もはばからずキャロラインが体をねじって表現する。服にきつくしわが斜めに入るまで。
しゃべりまくる妹を見ながら兄が相槌を打つ。
「う~ん、でも体が捻じれててもキャロルが生きててくれて、それだけで充分だ」
「捻じれたまんまは嫌よ」
お互いに少しは気遣って、あまり深刻な話よりも楽しい話題が多くなるようにしている。
特に、キャロラインの大尉昇進、それとアンドリューの大佐昇進を喜び合う。
「それで、兄さんの方はどうなの? 楽しい?」
「はは、楽しいこともあるし楽しくないこともあるさ。でも、やりがいはあるね。ロボス元帥に直接作戦のことを具申できるようになったんだよ。だったらキャロルがもっとラクできるように作戦を考えなけりゃね」
それは楽しい話で別れた。
しかしキャロラインは兄アンドリューが少し瘦せたのに気が付いていた。兄は昔から気に病むことがあると食が細るのだ。
大丈夫だろうか。
何か、責任を背負いすぎたり、また生真面目すぎて矢面に立ったりしていないのだろうか。