見つめる先には   作:おゆ

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第五十一話 宇宙暦798年 八月 奇妙な一行

 

 

 ラインハルトがリヒテンラーデに語った政略が実行に移されようとしていた。

 

 それは唐突な申し出という形で始まっている。

 

 銀河帝国は自由惑星同盟に対し、ある提案を申し込んだ。

 サビーネ・フォン・ゴールデンバウムという新皇帝の即位に伴っての恩赦の一環ということだ。

 皇帝の治世など望まない自由惑星同盟にとっては祝うべき理由はないし、ましてや恩赦というのも不快なことである。臣下でも罪人でもないのだ。

 

 しかしこの場合は申し出の内容こそ重要なのである。

 それは、何と捕虜交換だった!

 

 

「帝国はこれまで叛徒と戦ってきた。長い戦いの結果、お互いに捕虜を持つに至っている。更に、昨年はイゼルローン要塞に膨大な数の帝国軍将兵が取り残され捕虜になっている。逆に、その後に起こった帝国領における戦闘で残された叛徒の捕虜もまた数多い。沢山の人間が捕虜として故郷に帰ることができないでいる。しかし、新たな皇帝の治世の始まりに伴い、過去の清算を図るべきと考える。それゆえ、ここに恩赦を取り計らう。帝国は互いの捕虜を交換し、将兵が故郷に帰る道を与えることを提案する」

 

 正に驚くべき提案だ。

 

 帝国はこれまで自由惑星同盟を国として認めず、公式に相手にしていない。

 だから捕虜はすべからく危険思想に染まった罪人として扱う。つまり戦時捕虜という意識すらないのだ。それを戦争時の捕虜と認めるだけで驚きに値する。

 

 更に、交換して返してやろうというのだ! 帝国にとって重罪に値する思想的罪人を。

 

 本来ならこんな捕虜交換は同盟から言い、交渉するようなことなのに、帝国の性質を考えるととうてい難しいと諦めざるを得なかったところを、先に言われたとは。

 

 当然この捕虜交換の提案は同盟政府を揺るがした。

 

 それを受けるのかどうか、しかし結論は簡単に出る。人道的なことだからではない。

 

 票になるか。

 政治家にとってこれが全てだ。そしてこれは確実に票になるではないか!

 捕虜交換で帰還した将兵、そしてその家族を含めたら得られる票は膨大になるはずだ。

 

 帰還する捕虜の総数はまだ帝国側のリストをもらっていないのでわからないが、百万から二百万の間と推定される。数に幅があるのは宇宙の戦いでは行方不明も戦死扱いになるため、捕虜になったかどうかは同盟側から把握できない。

 そして同盟にいる帝国の捕虜も同じような数である。

 大半はイゼルローン要塞に取り残された人間だ。帝国の言う通り互いの数に大差がなければ捕虜交換には実に都合がいい。

 

 

 同盟最高評議会は人道の名の下に帝国の捕虜交換を歓迎した。

 

「自由惑星同盟は先に銀河帝国の提案した捕虜交換を歓迎する。戦った将兵に故郷へ帰参する道を与える提案を人道的なものとして支持する。共にそれを成そうではないか」

 

 本当は帝国への謝意を述べる文章が入っていたが、それは削除された。

 帝国にへりくだり、下風に立つものと見なされたためだ。

 

 これによって捕虜交換は帝国と同盟で合意し、以後は水面下の折衝により捕虜交換式の詳細が詰められる。当初、同盟側は交換式典をイゼルローン要塞にて行い、捕虜交換自体は回廊の同盟側出口での交換を主張した。

 

 だがこれはあっさり帝国に拒否された。

 

 帝国としてはイゼルローン要塞は今や敵の軍事基地である。そこへ要人を送るわけにはいかないではないか。それに捕虜交換を提案した帝国がそこまで呑めば、益々膝を屈した印象になり、さすがにそれを認めるわけにはいかない。

 逆に帝国はオーディンでの式典開催と捕虜交換を主張してきた。

 

 ここは同盟が折れ、帝国に対し大幅に譲歩する。

 式典はオーディンで行うこと、そして捕虜交換はイゼルローン回廊帝国側出口付近で行うこと、この二点で決着がついたのだ。帝国側から提案した捕虜交換がむしろ同盟が死守すべきものになっているのは皮肉である。

 

 

 次には式典に出る人選について話し合われた。むろん両者に格の違いがあってもいけない。

 当然、銀河帝国の側は皇帝が出るわけはない。

 それは自由惑星同盟を対等だと認めることにつながるからだ。

 銀河帝国は皇帝以外は臣下臣民でなければならない。対等はありえず、その意味で帝国宰相の出席も無理である。

 

 順当なところで帝国軍のトップであり、かつ文官の立場でもある軍務尚書ラインハルトが表に出て調印に臨む。

 

 それに同盟も格を合わせなくてはならない。

 

 当初はもちろん文官の出席が当然と思われたが、最高評議会の誰もが行きたがらなかった!

 これがイゼルローン要塞なら違ったろう。危険がないのだから。むしろ自分の宣伝のために先を争って志願するだろうことは容易に想像できる。しかし、オーディンまで行かねばならないなら話が違う。一歩間違えば捕虜交換をする前に自分が捕虜となってしまう。

 これが帝国の罠でないという100%の保証はあり得ない。

 

 やむを得ず同盟軍で最上級の武官が行くことになる。

 現在、自由惑星同盟軍では現役の元帥は存在しない。現状の同盟軍トップはクブルスリー本部長とグリーンヒル大将であり、そのどちらもが行くことになった。そうしなければ帝国に対して非礼になってしまう。グリーンヒル大将は先の戦いで左遷されたのだが、やはりこういう時には担ぎ出される。それ以上の人材がいないのだ。

 

 他にはハイネセンからイゼルローン方面の宙域を管区としている第九艦隊と第十二艦隊、及びイゼルローン駐留艦隊の主な将もまた随伴する。

 

 

 

 先ずは式典を滞りなく済ませ、調印しなければ何も始まらない。

 

 先にハイネセンからクブルスリーとグリーンヒルが出立し、航行途中で第九艦隊や第十二艦隊からの随行員と合流する。随行員は第九艦隊からアル・サレム中将、キャロライン・フォーク少将の二名、第十二艦隊からはボロディン中将だけだ。

 もちろん艦隊自体が動くわけではなく、帝国領には入らない。

 第九艦隊から旗艦パラミデュース、第十二艦隊から旗艦ペルーンだけが随行員を乗せて帝国領に入る。先ずはイゼルローン要塞まで行き、補給を済ます。

 

 イゼルローン駐留艦隊の中からはヤンとムライが随行する予定だった。

 他のキャゼルヌやフィッシャーは要塞に残って備えなければならない。シェーンコップなどの陸戦要員は帝国を無用に刺激するので連れていくことはできない。本人曰く「オーディンの女はおあずけをくらった」とのことだ。

 

 しかし、ここでアッテンボローが猛烈にアピールしてムライに代わり随行員の座を勝ち取った。

 

「おいアッテンボロー、まさかとは思うがキャロライン・フォーク少将が加わっているからじゃないだろうな」

「ヤン先輩、心外ですね。そのことだけ、じゃありませんよ」

 

 答えるアッテンボローの目が泳いでいる。

 他に何があるんだ、とヤンは聞こうと思ったがやめた。どうせとってつけたような理由を聞かされるだけだ。

 

 

 これだけ同盟軍にとって必要不可欠な人員が一度に移動するのに、それに使う艦艇はわずか二十隻程度である。それ以上多くは帝国を刺激するので不可能なのだ。それに、これが罠であればどのみち二十隻でも二百隻でも、二万隻でも一緒ではないか。帝国領深くで本気で襲われたらどうにかできるわけがない。

 

 さて、イゼルローンを出ても通常速度でオーディンへは二十日かかる航路を行く。

 

 その間、しばしば一行は集まり会議を開いた。

 アル・サレムとキャロラインは旗艦パラミデュースから、ヤンとアッテンボロー、フレデリカは旗艦ヒューベリオンからボロディンの旗艦ペルーンに移動する。また、そこにはクブルスリー本部長とグリーンヒル大将もいる。

 

 会議といっても別に方針を決めるわけではない。述べるべき公式文書は既に作られている。

 この期間のうちにやっておくべきことは二つある。

 一つは帝国のマナー、言い方といった慣習の学習だ。

 その中には、単に覚えればいいというものだけではなく、少しばかり厄介なものが入っている。

 全員が困った顔をしたのは帝国側では懇親会で必ず舞踏会を開くと予想されるからだ。そこのダンスに自信のあるものなど誰もいるわけがない。同盟ではそんな慣習があるはずもなく、おそらく一生縁がなかったことである。

 

 もう一つやるべきことは予習だ。

 帝国側の顔ぶれで、それぞれの名前・階級・所属・経歴の他、得意とする戦術や癖まで知っておくべきなのだ。何かの情報を得た場合にリンク付けをしておけば役に立つ。その表情や言い回しからでも性格を知るのに役に立つ。

 

 この予習を進めると、キャロラインの第九艦隊は先の戦いにおいてミッターマイヤーという将と戦ったことを知る。

 そしてミッターマイヤーという将は神速を尊ぶこと、これは戦ってみたのでよく分かる。

 

 しかし他の情報もあったのだ。

 ミッターマイヤーは幼いころから同居していたエヴァンゼリンにプロポーズし、見事結婚に漕ぎつけている。

 そういった人間臭い情報を知るにつけ、キャロラインは帝国側の軍人もやはり人間であるということを改めて思う。

 一人一人生まれも育ちも違う。

 それぞれにドラマがあり、結婚したり、家族を持ったりしている。思想も望みも違えど人間なのだ。

 

 そしてこちらが学習しているからには、逆に帝国の方でも自分たちのことを学習しているのだろうか。何だかおかしいような気がしてきた。

 

 

 

 会議の時間が終わると各自それぞれだった。

 フレデリカは父ドワイト・グリーンヒル大将のもとに行く。

 

「初めてだわ。お父さんの仕事のところを見るのは」

「あ、そういや、そうだったな。フレデリカが学校を出てから3年になるのに、今まで一回もなかったことだ」

 

 意外なことに仕事時間として二人が共に過ごしたことはなかった。

 グリーンヒル大将は娘だからといって自分の目の届く所での勤務に回す、ということは考えもしていなかったからだ。

 

「家にいるより立派よ。お父さん。家でエプロンしているよりは」

 

 フレデリカは笑った。

 確かにドワイト・グリーンヒルのエプロン姿は様にならない。

 

 だが父親としては充分な反論がある!

 そりゃお前がしないからだよ、と心で思った。

 あのキャロライン・フォークの半分で良いから台所に立ってくれればいいのに。

 

「…… それはさておき、フレデリカも立派になったものだ。先ほどの会議では眠りかけたヤンを小突いていたな。なに、もっとやってやれ。暗くなるとヤンはすぐ寝る癖がある」

「そんな、秘書官として注意を喚起していただけよ」

「まあ、そういう言い方でもいい。それよりどうだ、宿題をしとこうか?」

 

 それは舞踏会用のダンスの練習だ。これは二人ともしなくてはならず、グリーンヒルの父娘は一緒に練習をした。

 

「どうせヤンは練習しても上手くならんだろう」

 

 そう父から言われたがフレデリカは後でヤンとも練習しようと思っていた。

 結果的にはその通りになるだろうが。

 

 

 ダンスといえば、キャロラインはアル・サレム中将と少しだけ練習をした。

 むろんアル・サレム中将は怪我を治したばかりであり長時間運動させるような無理はできない。

 短い練習を終えると、その後キャロラインはアッテンボローに付きまとわれることになる。

 一応の返事を返した。

 

「この前のお礼を兼ねて少しだけなら」

 

 やむを得ずダンスの練習に付き合う。

 

「そうそう、小出しにしてお礼してくれると嬉しいなあ」

 

 アッテンボローはそんなセリフを返してきた。

 しかしキャロラインにはわかっているが、アッテンボローは元々真面目で奥手な人間だ。

 皮肉な言い方と、とにかく変事が大好きという酔狂な性格から誤解されることが多いだけだ。

 

 更に言えば、今はキャロラインに対してわざと軽薄なふうに演じているのだろう。

 そういう自分に演技することで自分を鼓舞しているのだ。キャロラインになんとか近付く勇気を得るために。

 

 それが分かっているだけになんともいえない。キャロラインもあからさまに好意を示されて嬉しくないはずはないのだが、困ったな、というのが正直なところである。

 

 

 キャロラインはついつい考える。そういえばフレデリカはどうなんだろう。

 

 先ごろフレデリカの恋路にとって最大の障害物が消えたと聞いていた。

 その障害物とはジェシカ・エドワーズ。

 目が切れ長で、ブロンドの髪がいい具合に散っている美人だ。細身の長身で特に首が細い。

 ヤンはこの美人と士官学校時代からの友人であるそうだ。

 そんな話をヤンとの会話の中でフレデリカは何気なしに聞いてしまった。

 その時のフレデリカは、回廊内探知ブイも真っ青の観察能力を発揮した。

 

 何気ない会話を続けながら、ヤンの口ぶりと声の調子から最大限の情報を引き出す。

 

 結論としては、怪しい。ヤンはたぶんその女に懸想している。

 

 ヤン自体はそんなことを他人に気取られないように努力しているのだろう。

 事実、後でアッテンボローなどに聞いてみても、そのジェシカという女とヤンが特別親しいとは思っていないようだった。

 だからこそおかしいのだ。

 普通にしていれば、逆にアッテンボローやキャゼルヌに冷やかされるぐらいはあるはずだ。ヤンは悟られぬよう心の内を隠している。なるべく話題を避け、あるいはその話題の時にはあえて平易な態度にしてごまかしている。

 

 この時、心理戦の巧者、魔術師ヤンはフレデリカに完敗を喫していた。

 

 

 ところが、更に聞いた話ではそのジェシカ・エドワーズがヤンの友人ジャン・ロベール・ラップと結婚式を挙げることになったらしい。

 ヤンはそれがいかにも慶事であるかのように喜んでキャゼルヌやアッテンボローに話していた。

 

 そんなヤンを見てフレデリカは胸が痛んだ。

 

 ヤンの心の内は今どんなだろう。片想いがあえなく破れたのだから。

 だが、これで障害はなくなった!

 ヤンの心の隙間はやがて埋まる。私で。

 さすがにこの時すぐアクションを起こすのはためらわれた。いかにもあざといことで、人の道に反する。

 

 キャロラインにこんな顛末を話したのだが、キャロラインも同意見だった。

 この親友の意見はどのみちこの方面ではあまり参考にならないのだが。

 

 

 

 

 

 




 
 
第五十二話 対決!キャロライン対ラインハルト
ついにまみえる二人
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