予習や練習以外の時間、各人はそれぞれに時間をつぶす。
ヤンなどはとりあえず得意の休憩、キャロラインは菓子作りなどだ。
やがてそういう平穏な時間が終わる。
やっと目的地が見えてきたのだ。
見慣れぬ航路、知らない星系を通り、今眼前にあるのは銀河帝国首都星オーディン。長きに渡って首都として君臨してきた惑星である。
そう思うだけで大きく見えてきて圧倒される気分になる。
実際、宇宙から眺めても街の明かりが数多く散らばり、なんとも豪奢で美しい。
自分たちが同盟首都星ハイネセンに住むと同盟の他の星系を牧歌的な田舎に感じることがあるが、そう思ったことが恥ずかしくなる。
オーディン、これこそが人類の中心地なのだ。
そのオーディンの衛星軌道上に各艦を置き、帝国側のシャトルの出迎えを待つ。同盟の艦は地上に係留することを考えて作られてはいないからだ。地上へ行き来するのにはシャトルを使わなければならない。
いや、そういう問題ではない。
帝国からすれば敵側の戦闘艦を惑星表面に呼び込むことは論外だ。
そもそも、ここまでオーディンに近付けることの方が驚きである。自殺覚悟の攻撃ができるのではないか。帝国は同盟がこの機会にテロや工作をするとは考えていないらしい。
そしてオーディン表面から出てきたシャトルがこちら側に接舷する。
それに乗ってきた者が、帝国側からの出迎えとして最初に会う将となる。その将はとても穏やかな声で名乗ってきた。
「ナイトハルト・ミュラー帝国軍中将です。皆様、ようこそオーディンへ。私が軍務尚書閣下のところまでお連れいたしましょう」
砂色の髪を持ち、軍人として意外に思えるほど優し気な人だった。
しかし、いくら若くても中将なら艦隊司令官だ。能力で人に地位を与えると言われるラインハルトの下で中将とは、相応に有能なのだろう。
その後ろにはブロンドを短髪にして、均整のとれた体付きを持った女性がいる。
一行はシャトルに乗り込み、ミュラー中将と共にオーディンの宇宙港に向かう。
その途中、たまたま近くにいたフレデリカがそのブロンドの女性と目が合い、話しかける。
「私はフレデリカ・グリーンヒル少佐と申します。失礼ですが、あなたは?」
するとその女性は困った顔をした。
瞳の色が薄いせいか、表情がないとあまりに冷たく取り付く島もないようだったが、困った顔つきをするととたんに魅惑的な人変わる。
「実は、わたくしには軍の階級はありません。ミュラー中将の書記官なのです」
それだけでは駄目だと思ったのだろう、次にミュラーが補足説明をする。それはヒルダが不当に低く見られないために言いたいということが無意識にある。
「この方はヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ嬢です。帝国でも有数の貴族であるマリーンドルフ家の伯爵令嬢であり、今はたまたま軍におります」
これには、同盟からやって来た一行には新鮮な驚きになる!
貴族令嬢なるものの実物を見たことがなく、一行には初めてのことだ。正確にいえばフレデリカとキャロラインは亡命貴族マルガレーテという一例を知っているのだが、ともあれ成人した貴族令嬢は初めてである。
だが、想像していたような姿ではない。貴族令嬢は常に豪奢なドレスで着飾っているものではないのか? そうではなく軍服を着て、おまけに短髪とは。
「貴族の令嬢も帝国軍におられるのですね」
「いえ、そういうわけでは…… とても珍しいことであって、通常はおりません」
そう答えるヒルダが困った顔をする。これが普通と誤解されるのも困る。帝国軍で女性兵士などとても珍しく、まして貴族令嬢などいるはずがない。
逆に、ミュラーの方ではこの叛徒の一行に女性士官が二人もいることに驚いていた。
帝国側でも一行について、やはり予習をしていたがそれはヤンやグリーンヒル大将などの艦隊司令官級の者についてだけである。
この女性士官二人はどちらも有能そうだ。しかも若い。こういう者が叛徒の艦隊を動かしているのか。
しばらくしてシャトルはオーディンの宇宙港に着いた。
一行はあくまで叛徒の交渉使節の扱いだ。帝国が自由惑星同盟を国という扱いにしていない限り、賓客としての扱いはできない。
宇宙港にファンファーレが鳴ることもなかった。その意味では気楽な到着だ。
一行がシャトルのタラップから降り、オーディンの地にようやく降り立つと、帝国の幾人かが歩いて近付いてきたではないか。
「ミュラー、ご苦労。さてお初にお目にかかる。私が銀河帝国軍務尚書ローエングラムと申す者。今回の捕虜交換についての合意と調印のため、遠路よく来ていただいいた」
慌てて同盟側の一行も挨拶を返す!
まさか、こんな事態を予想もしていなかった。いきなり交渉のトップが出てくるとは。
「自由惑星同盟軍統合作戦本部長クブルスリーと申します。この度の帝国の提案に感謝いたします」
「実際の交渉は明日以降、席を用意する。それまで自由にオーディンを観光というわけにはいかないが、まずはゆるりと過ごされるよう。ではミッターマイヤー大将、皆様をホテルまで案内して差し上げよ」
一行は素直にホテルまで移動する。
驚いたことにそれには馬車を使っている。
何とまあ古い文化がそのまま残されているではないか。発達したテクノロジーや合理性と、伝統的な生活、精神文化といったものとの調和について改めて考えざるを得ない。少なくとも帝国は合理性だけで動いているわけではないらしい。
窓から古色蒼然とした街並みが見える。帝国側ではそれを秘匿すべきものとも思わず、一行が見えないようにするという意図はなかったのだ。
人も服も店もハイネセンとはまるで違う。これが帝国か。
逆に一行を案内しているミッターマイヤーは主に二人の人間を見ていた。
一人はヤン・ウェンリー、あのローエングラム公についに勝たせなかった同盟軍第十三艦隊の指揮官だ。
実物を見たところあまり風采は上がらない。
例えていうと売れない貧乏な小説書きというのがぴったりくる。
そしてもう一人はキャロライン・フォーク。自分と戦った同盟軍第九艦隊の参謀だ。
あまりに若いので驚いた!
妻のエヴァンゼリンと変わらないくらいだ。もちろん、エヴァンゼリンの方がかわいいと思うが。エヴァンゼリンはタレ目で声が良くて胸もある。
間もなくホテルに着く。そこには荘厳な佇まいと豪奢な内装があった。同盟の一行はため息をつくが、贅をこらすという言葉を絵にするとこういうものになるのだろう。
そして案内を終えたミッターマイヤーが別れ、一行だけになるとようやく言葉も出てくる。
「ヤン先輩、こんなに豪勢なところに泊まるのは一生に最初で最後でしょうよ。先輩はたぶん新婚旅行でもスイートは取らない派だと思うんで」
「よく分かってるじゃないか、アッテンボロー。まあ最後かどうかはわからないが、また泊まりたいとは思わないね。身の丈にあった住む場所が一番いいんだよ。自分で掃除できるくらいが一番いいのさ」
「へえ、掃除はユリアンしかしてないと思ったんですが」
その会話を耳にしたドワイト・グリーンヒル大将は思った。
なんてことだ!
これではフレデリカとヤンが一緒になったら家に掃除をする人間が一人もいない。いや、余計に悪い。張り切ってフレデリカは掃除をするだろう。
家で器物損壊罪が適用されない限りは。そして悲劇が生まれてしまう。
そんなグリーンヒル大将の思いも知らないでヤンは言っている。
「グリーンヒル少佐、ここでブランデー入りの紅茶があるかなあ。あとで聞いてみてくれないか」
「提督、艦隊の備品ではないからといってそんな…… おそらくブランデーも最高級品でしょうから提督の舌が肥えてしまいます」
次の日に、予定通り帝国と同盟は捕虜交換について交渉の席を持ったが、これは予めお互いに同意を得ていたことで、形だけのことだ。もうおおよそのことは決まっていて決裂はない。
その翌日調印式の運びとなる。
部屋にはテーブルがあり、それぞれが分かれて座る。
先ずは両者の代表が中央まで歩み、携えている捕虜の名簿、その分厚い冊子を交換する。
帝国軍務尚書ラインハルト・フォン・ローエングラムと同盟軍統合作戦本部長クブルスリーの二人が同時に交換した。
その後、調印が行われた。
同盟側の一行に違和感があったのは、シャッター音と記者団がいないことである。
これだけの歴史的意義がある調印式だ。もしこれが同盟で行われたならうるさいまでに記者が攻めてくるだろうに。帝国では政府が必要な事柄のみ発表する。それだけのことなのだろう。
やっと調印式が終わっても、この後二日に渡り帝国側の歓迎式典が予定されていた。
一日目の夜には、やはり同盟一行の皆が恐れていた舞踏会が入っていた!
広過ぎるほどの大広間で華やかな舞踏会が開かれる。
男女比を考慮して、帝国側は貴族令嬢をやや多めにして待ち構えていた。それこそ同盟側が想像するような貴族令嬢だ。
そして先ず、フレデリカが誘われて踊っている。
その美形の将、名はオスカー・フォン・ロイエンタールと名乗った。
フレデリカも予習の成果でその将が帝国全軍でも双璧と謳われる堯将なのはわかっている。その戦い方は堂々としていて防御に攻撃に破綻がないらしい。
見た感じはなんだか怪しげな雰囲気だ。
しかし、フレデリカはロイエンタールに失礼と分かっていながら、自分のダンスに集中できない。
どうしてもちらちらとヤンのダンスの方を見てしまうのだ。
ヤンは派手なドレスを着た貴族令嬢と踊っている、というより踊らされている。
あまり見栄えのいい状態ではなく、はっきり言うと恰好悪い。
フレデリカの方が恥ずかしくなってきた。
スポーツで自分の応援するチームが大負けしているようなやるせない気分だ。
だが、これは帝国との親睦のための舞踏会であるからにはフレデリカがヤンと踊るわけにもいかない。気にしながらもただ見ているしかない。
「向こうの方が気になりますか。お嬢さん」
やっぱりロイエンタールにそう聞かれてしまった。
「申し訳ありません。ダンスに集中してなくて。ええ、おっしゃる通り気になります。あのヤン提督は、運動は不得手なもので…… でも、艦隊指揮はあんな不格好ではありませんわ」
会話が思いがけずその方向になったのでロイエンタールは目を細める。
「ほう、そちらは得意だと。そう言い切るとは」
「普段はベレー帽を被って、艦橋でも平気で昼寝をしてますわ。でも戦いになったら凄いことばかりします。負けたことはないし、これからも負けることは考えられません」
そこまで言われ、ロイエンタールとしてはヤンの実力よりもこの嬢が完全にヤンに心酔していることが気になった。
これほど部下に信頼され、必勝の信念を抱かせるカリスマなのか……
見た目からは考えられない。
もちろんフレデリカの方が特殊なことまでロイエンタールが知るはずもない。
他にもフレデリカが見渡すと、父グリーンヒル大将はなんとか様になっている。及第点を付けられるレベルだ。ヤンよりよほどいい。
アッテンボローも恰好だけはつけている。そこは器用なようだ。
相手は、初めにシャトルで見た短髪の貴族令嬢らしいのが分かる。そのヒルダはさすがに今はドレス姿をしている。
実際のところ、アッテンボローとその貴族令嬢の会話は優雅さや、微笑ましいこととも無縁だ。
何の甘さも無い。
少しも気が抜けない、余りに酷寒だった。
「それでは軍による民間人保護において帝国の方が劣ると仰いますか」
「同盟の国是からしてそうでしょう。そこに議論の存在する余地はありません」
「それは主観であって実際の事例の統計的な評価に基づいたものではないと心得ます」
「だがしかし、少なくとも帝室を守る軍というスローガンからは無縁でいられます。民主国家の軍はその成り立ちからして」
「帝国の場合は間接的になることを否定しません。しかしそれでも民を守ることにつながります。もし間接的になってはならないという証明をお持ちであれば別ですが」
うへえ、もうヤン先輩代わって下さい! お願いします。
この短髪令嬢は鋭い論客だった。そして自分はこんなに弁が立つ女は苦手だ。
絶対家庭的ではない。おそらく料理は下手に決まっている。
自分は料理が上手くて真摯で情熱的な女がいいのだ。
目でキャロラインを見つけ、アッテンボローは思わずつぶやいた。
「やっぱりキャロラインだ。亜麻色の要塞」
そんなアッテンボローの呟きを偶然ミッターマイヤーが聞いてしまう。踊りで近くに来ていたのだ。
「……亜麻色の要塞? それはあの亜麻色の髪の将のことを言っているのか。第九艦隊とやらの。しかし要塞とは、実は攻勢ではなく防御戦術が真骨頂だということなのか?」
そのキャロラインはというと、初めに実直そうなルッツという帝国の将と踊った。会話も楽しく、無難にこなした。
問題は次だ!
たまたま近くにいたローエングラム公ラインハルトと踊ることになってしまった。
「フロイライン、それでは先のアムリッツァの戦いははただの誤算だったと言われるのか」
「ええ、そうですローエングラム公。帝国領深く、補給も途絶えたまま、しかも数において劣勢なのにこちらが艦隊決戦など考えるはずがありません。戦略的な要件を逸しています。兄の当初の作戦は重要目標を絞って一撃離脱でしたのに」
その踊りはたいそう優雅に見えるかもしれない。
だが交わされている会話は優雅とは程遠いものだった。
「その見識は実に正しいと思うが、先ほどから度々出てくる兄というのはそちらの名将なのだな。しかし、不思議なことにこちらにはあまり聞こえてこない名だが」
「そうであっても名将です! 兄は。少なくとも私より」
「…… それも不思議だ。フロイラインは第九艦隊とやらの実質的な指揮をとっていると聞いている。実績もかなりなものだと。それでも兄の方が上だと言うのか」
「ええ、誰が何といってもそうです! 私は兄をめざして軍に入り、兄のために精一杯やってきました」
この点についてキャロラインは譲らない。兄アンドリューは頭脳明晰で、正しきを尊ぶ名将なのだ。
「これは驚いたな。そちらが守ろうとする民主主義とかいう思想のためではなく、兄のためとは」
「何かおかしいでしょうか。ではお聞きしますがローエングラム公は何のために軍でやってきたのですか」
「私は、もちろん姉上のためだ! 」
今度はお返しにキャロラインが驚く番である。だがそこに続いた言葉を看過し得ない。
「全て姉上を取り戻すためであり、そちらのような兄のためとかいうおかしなものではない」
「何と、兄のためなのがおかしなことですか! そんなことはありません。姉のためという方がよほどおかしいです。聞いたこともありません」
「何! 姉上のためというのが変だと言うのか。どこも変ではない。私の友もそれで良しとしているのだ。そちらの兄のためというのが異常としか思えん」
「兄のためなのはむしろ普通です。姉のためというのはどうしても理解できないのですが」
別に二人は喧嘩をしているわけではない。
むしろお互いに何か分かり合えるものがあるのだが、それをうまく表現できないうちに曲が終わった。
横で少しでもその会話を耳にしたものは、不敬な言葉を口に出すわけにもいかず心の中でつぶやいた。
「そういうのを指してどっちもどっちと言うのだろう」
こうして舞踏会の時間は過ぎていく。
次回予告 第五十三話 余興
それは思いもかけない方向に