見つめる先には   作:おゆ

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第五十四話 宇宙暦798年 九月 驚くべき戦い

 

 

 帝国からロイエンタールが出された。

 

 その力量は誰もが知るところだ。

 本人がこのシミュレーション勝負に乗り気なのかどうか、その表情から窺い知ることはできない。だたしミッターマイヤーから見ればロイエンタールが案外乗り気であるのが分かる。ニヒルな表情を保っているが、本当に嫌なら皮肉の一つも言うはずなのである。

 ついでに言えばミッタマイヤーならずとも諸将はロイエンタールの勝利を疑っていない。

 

 これに対し、同盟からドワイト・グリーンヒル大将が出る。

 格の上で決して引けを取らない。正直に言えばヤンを出してもいいところだが、同盟側は別に勝利にこだわっているわけではなく、もう既にフレデリカとキャロラインで連勝しているという余裕があるのだ。

 

 

 さあ、シミュレーションの準備ができると直ぐに対戦が始まる。

 

 さすがにロイエンタールは完成度の高い堂々とした布陣を見せる。能力の高い者同士、下手な迂回策や分断ができるはずもないのを知っている。

 だが、それで単調に攻めるのではない。

 幾つもの分隊を編成し、それらを繰り出しつつ華麗な攻撃を仕掛けてきた。

 正道でも奇策でもこなせる懐の深いロイエンタールだ。幾つもの戦闘局面を同時進行させながら、それでいて全体を描ける自信がある。

 

 だがここで驚くことになる!

 

 挑みかかったグリーンヒルの艦列に綻びや濃淡がまるでないのである。

 それは、磨き上げられた鏡面のようだ。極限まで整えられた面である。

 全ての艦の動きを統率し、まるで定規でも当てているかのように錯覚させられる。こんな艦列を作り上げるのはグリーンヒル大将にしか不可能だ。小手先の戦術を越えた本物の職人技なのである。

 

 その鏡面は非常に堅牢な防御に生かされるが、決してそれだけではない。攻勢へ移る時でも全く無駄がなく、最小限の消耗と最大限の火力を同時に可能にする。

 

 それを見ているフレデリカは父ドワイトの力量を初めて知った。

 

 家でエプロンをしているのが父親の本来ではない。将たちの話をよく聞き、調整し、同盟軍をまとめるのに長けている良識派軍人というだけでもない。指揮官としても卓越した才があったのだ。

 フレデリカは誇らしく思う。

 また、この指揮を見たヤンは「同盟の未来が少し明るくなった」と後に語っている。

 

 しかし、相手はオスカー・フォン・ロイエンタールである。

 通常に攻めてはまずいと悟るやいなや、いっそう多彩な攻撃を仕掛けてきた。いくつもの分隊を連動させ、何段もの波状攻撃をしては揺さぶりをかける。相手の対応のミスを誘い、つけいる隙を作り出すために。

 下手にやれば自陣の崩壊につながりかねない用兵だというのに、全く危なげがない。これもまた尋常の才ではない。さすがに帝国の双璧だ。

 

 やっとのことでロイエンタールはグリーンヒルの艦列に乱れを作り出すと、その修復を待たず攻勢を強め、出血を加速度的に増やしていく。

 むろん、ドワイト・グリーンヒルもなんとか流線型の陣で受け流しつつ、攻勢の隙を伺っては反撃を試みる。

 

 いよいよ白熱の勝負になった。

 

 

「戦術シミュレーション、終了します。勝者、帝国軍ロイエンタール、損耗率33%、敗者、同盟軍グリーンヒル、損耗率35%」

 

 ここでシミュレーションは終わりを告げる。

 

 勝負の結果は紙一重、ほとんど互角の戦いといえる。

 前半ははっきりグリーンヒル優位、後半で乱戦になってしまうとロイエンタールに分があった。

 

 見ている帝国の諸将は安堵ともつかないため息をもらす。

 もっと大きな差でロイエンタールが勝つと思っていたからだ。これが実戦なら両軍一時撤退といったところだろう。本人はもちろんそれを充分理解しているし、この判定では負けに等しい勝利だと自嘲したほどである。

 

 

 

 

 あまり誰も見ていなかったが、実は横にもう一台シミュレーターがあり、そこでも勝負が展開されていた。

 

 帝国のシュタインメッツと同盟のボロディンが対戦しているのだ。

 この勝負は少しばかり時間を要したものになっている。

 

 この二人、どちらも知勇に優れた将として定評がある。

 

 そして偶然ではなくどちらも同じような戦法で戦っている。

 本隊をしっかり置きながら、別動隊を駆使してバリエーションを増やしているようだ。

 

 当初は戦理において優れたシュタインメッツが優勢に見えた。ボロディンの出した別動隊をいったんは弾き返す。

 しかしここからボロディンが持ち前の臨機応変さの本領を発揮する。

 弾かれた別動隊を尚もまとわせては注意を引き、本隊の砲撃戦の援護を続ける。

 

 だがしかし、それによりボロディンが判定まで押し切れると思いきや、最後の最後にシュタインメッツの別動隊が回り込みを終えてボロディンの鼻先を叩く。

 

 結果はシュタインメッツの辛勝だが、損耗率にすれば32%と35%、ほぼ差はないと言って差し支えない。どちらも持ち味を出したものだ。

 

 

 

 

 もう一つ、艦隊戦シミュレーターには個人戦用と複数用とが存在する。

 

 士官学校ではあまり複数用は使われることがない。

 それは当然である。

 学生を個人ごとに練習して鍛えるためのものだからだ。

 

 しかし、この余興で個人戦用がどちらも塞がってしまったので、複数用も使われることになった。

 親善のための余興ならではといえる。

 

 だがしかし、将に対戦を命じるラインハルトは手を抜いて相手の顔を立てるなど考えてもいない。シミュレーターの勝利に意味はないと知りながらもあくまで勝ちにいくつもりだ。

 

 ここでの対戦にラインハルトはビッテンフェルトとメックリンガーを充てた。

 

 攻勢の強さで類を見ないビッテンフェルトと冷静に俯瞰するメックリンガー、お互いの長所を活かし、短所を補い合えば理想的になるのではないか。

 そんなことを期待しながらの組み合わせだ。

 

 それに対し、同盟からはクブルスリー本部長とアル・サレム中将が組んだ。

 実はこの二人は若い時分に同じ艦隊にいて、長いこと上司と部下だったのだ。お互い呼吸は知り尽くしている。

 

 

 そうして始まった艦隊戦シミュレーション、あまり観戦者もいなかったのだが、いてもたぶん辟易としたろう。

 

「貴公ばかり前に行くのでは連携も何もないだろうが!」

「何を言う、卿が遅いだけだ!」

 

 帝国の二人は相性があまりに悪過ぎて話にならない。

 

「貴公が邪魔で攻撃もできないではないか。もっと後ろを考えて旋回できないものか」

「そっちがもたもたしているから、足手まといになって攻勢に出られんのだ! いない方がマシだ!」

 

「な、何だと! 下手に出ればこの猪が! 前に進むしか能がないくせに! こっちこそ一人の方がマシだ」

「うるさい! このへぼピアニスト! さっきは貴様のピアノで眠くて死にそうだったわ!」

 

 

 普段冷静に見えるメックリンガーも決して柔弱な人間ではない。やはり怒る時には分かりやすく怒り、言い返すことを止めない。

 もちろんビッテンフェルトはよりいっそう分かりやすい性格である。

 この二人はラインハルトに命じられた必勝の勝負ということも忘れてヒートアップする。

 

「前言は撤回する!! 猪にすら耳がある。貴様は猪以下だ!」

「聞こえなくて結構。貴様のピアノはヴァルハラへ連れて行く道具か!」

 

 

 シミュレーターの外ではビッテンフェルト艦隊の参謀オイゲンがまた始まったかと言わんばかりに額に手をやり頭を振っている。

 

「おいこら、やめんか貴様ら!」

 

 この酷い争いを見て、止めようとシミュレーターに向かってルッツが怒鳴っているが、もちろん無益である。

 

 

 それに対して、同盟のクブルスリーはきちんとした手を打つ。アル・サレムもそれに上手く追随する。

 こちらのコンビネーションは見事なものだ。

 その帝国軍二人の間隙をうまく突き、同盟二人の側が優勢に傾いた。

 クブルスリー本部長は艦隊指揮を離れて久しいが、決して凡将ではない。以前には同盟で勇将の名を馳せた。

 

 順調に相手に出血を強い、このまま同盟側が勝てると思われた。

 だが最後の最後、帝国の二人のかえって常識外れになる艦隊運動が予測の範囲を超える。

 同盟側はあくまでペアで勝負していると思い込み、相手もまたそうだと誤認していた。

 実際は途中から帝国のビッテンフェルトとメックリンガーは完全にバラバラだ。

 

 そして思わぬ乱戦になりコントロールを失うと、無茶苦茶でも迷いの無い方が有利なこともある。

 誰も予期しえない陣形の変化の中、勝負は終わった。

 

「勝者、帝国軍、ビッテンフェルト・メックリンガー、損耗率31%、敗者、同盟軍、クブルスリー・アル・サレム、損耗率35%」

 

 ビッテンフェルトもメックリンガーも、戦術の冴えを見せることもできず乱戦でいつのまにか終わったことに対し不満たらたらだ。

 僅差で勝ったとはいえ、ラッキーパンチに近いもので自慢にもなりはしない。だが考えによってはもし負けていたら遺恨になるところであり、その意味で勝ちには意味があった。

 

 

 

 その戦いに比べれば、もう一つの複数用シミュレーターの戦いは見るもの全てを興奮と驚嘆に叩き込んだ。

 

 帝国からはついにミッターマイヤー、ミュラーの両名が出た!

 帝国軍の誇る双璧の一人と、若き実力者である。それもまた素晴らしい組み合わせだ。果断なる攻勢と巧緻な防御が期待できる。

 

 

 その二人に対し、同盟からはまたフレデリカ・キャロラインのペアが出る。

 どちらもシミュレーターは二回目だ。ヤンとアッテンボローはなぜかシミュレーターには及び腰だったのでそうなった。

 

 

 さあ、この驚くべき戦いが始まる。

 

 開始早々、フレデリカがあっさりとミュラーの艦隊に捕まってしまう!

 フレデリカとしても浮かれていたわけではなく、慎重に進めたはずなのに。

 順当に接触して始めた攻撃が、全て難なく受け止められてしまい、損害を与えることができない。驚いて対応を考えているうちに接近し過ぎてしまったのだ。

 

 そこから離脱ができず、かといって突破も全然考えられない。

 フレデリカの攻撃は全てその火力に耐えられるギリギリの艦によって防がれ、あるいは直前に射程を外される。もちろんミュラーがそこまで読み取り、フレデリカの攻撃を誘導してそうなるように仕向けているのだ。

 

 ナイトハルト・ミュラーならではの見事な柔軟防御、フレデリカは普通なら強引に一撃を与えてその間に離脱できるのに、その一撃を効かせることすらできない。

 

 このままでは危険である。

 フレデリカの艦隊は取り込まれたまま行動限界点に達してしまう。

 その後は一方的な殲滅の運命しかなく、負けは免れない。

 

 

 するとそのピンチを見たキャロラインが空母編隊を密かに移動させ、フレデリカに受け渡す。

 

 言われるまでもなくその意図を汲んだフレデリカは、慌ててあれこれ動いている擬態をしてミュラーの目をごまかしつつ、空母群を適切なところに配置することに成功する。

 

 そしてタイミングを見計らい全艦載機を一斉に発進させた。

 フレデリカの側は離脱できない以上、むしろ近接戦闘に持ち込む。

 

 

 これにはミュラーが慌てる番だ!

 

 下手に密着している分だけすぐに対策がとれない。ここまで明らかに優勢な戦いをしているのに、損耗率が見る間に跳ね上がってしまう。両艦隊が接するところからの浸食が止められない。

 

 当然、ミュラーの危機にはミッターマイヤーが対処する。

 

 ミュラーに一息つかせるのと同時に相手側へ最大級の打撃を与えるのだ。

 戦線自体があまり動いていないのは逆に好機、言い方を変えればミュラーは足止めしたともいえる状態である。

 ここへ高速運動で迫り、戦力を一気に叩きつけて決着をつけてくれる!

 もう相手に艦載機の予備はない。艦隊運動の神髄をもって勝負だ。

 

 ミッターマイヤーは自信を持って迫る。

 その高速は正に疾風、帝国の双璧としての実力だ。

 

 

 だがしかし、これにキャロラインの艦隊が立ちはだかった!

 

 それは何とミッターマイヤー艦隊の進路方向に真正面、そして縦陣の形で布陣しているのだ。

 

 ここから、見るもの全てが驚く光景が展開されることになる。

 

 キャロラインは下手にミッターマイヤーの艦隊にへ横から手を出しても捉え切れず、効果がないことを知っている。

 今、真正面から切り込んだ。

 だがしかし普通であればあっさりと撃破されてしまうに決まっている。ミッターマイヤーの攻撃力は尋常なものではない。

 

 

 しかし、キャロラインの細く鋭い一点が、迫るミッターマイヤー艦隊を縦に切り裂いくではないか!

 

 これには全員が驚く!!

 どうしてこんなことが起きるのか、あり得ない光景である。

 

 これを可能にした理由がある。

 普通ならば縦陣は先端部のみ攻撃をかける。しかし、キャロラインは艦列の先端部を常にらせん状に動かし、後ろの艦隊からの攻撃の邪魔をしないようにした。

 

 完璧に砲撃と艦運動のタイミングをシンクロさせなければそんなことはできない。

 

 キャロラインはそれをやってのけ、結果、最大限多くの艦からの攻撃を間断なくシャワーのように、いやそんな生易しいものではなく豪雨のように叩き付けられる。

 その縦一線の凄まじい砲火に立ち向かえる艦隊はない。

 

 だからこそさしものミッターマイヤー艦隊も易々と切り裂かれた。熱したナイフでチーズを切るようだ。

 

 ミッターマイヤーは冷や汗どころではない。

 こんな経験は初めてだ。これが実戦なら間違いなく生きて帰れない。

 

 

 シミュレーターの判定もその通りだった。

 

「戦術シミュレーション、終了します。勝者、同盟軍グリーンヒル・フォーク、敗者、帝国軍ミュラー・ミッターマイヤー、判定は旗艦撃沈」

 

 旗艦撃沈という珍しい結果が戦いの全てを現している。

 

 

 対戦が終わり、シミュレーターからいつものように亜麻色の髪をゆらしキャロラインが出てくる。

 アル・サレム中将が自分の娘のように微笑んでそれを出迎える。

 

 一方、フレデリカは手を握ってモンキーダンスのように上下にくねらせながら出てくる。気分は最高潮のようだ。

 

 

 そこへ対戦した帝国の二人が話しかけた。

 

「負けました。フロイライン。アムリッツァでも小官は戦って負けていますが、少しばかり運が悪かったと思っていました。実はそうではなく、死ななかった分だけ小官は運が良かったのですね」

「実戦ではまた違うと思います。艦の均一性が保たれないととうてい成り立たない戦術で、実際は同士討ちの危険があるために実行不可能でしょう。シミュレーターならではの遊びの範疇です。ええと、ヘル・ミッターマイヤー」

 

 キャロラインは謙虚に答える。

 それはその通りだ。しかしミッターマイヤーはそれが分かっていても脅威に感じることは変わりない。なぜならシミュレーターであっても条件は五分であり、自分は遊びで手を抜いたわけではない。そういう思考をするのがまたミッターマイヤーの謙虚なところでもある。

 

 一方、ミュラーもまたミッターマイヤーと並んで対戦者に話しかける。

 

「こちらのフロイラインも見事なものでした。ヤン提督の秘書官だと伺っていましたが……」

「いえ、私は秘書官でいいんです」

「それはまた勿体ないですね」

 

 いや、妻ならもっといいんだけど。フレデリカはこんな時に見当違いなことを考える。

 

 

 

「世の中にはいろんなことがありますね。先輩。飽きなくていい」

 

 ぼけっとしたつぶやき声だ。

 眺めていたヤンとアッテンボローの二人組も感慨を通り越して呆れている。

 

「世の中にはいろんなことがあるな、アッテンボロー」

 

 ヤンもオウム返しに返した。

 本当に意外なシミュレーションだった。

 フレデリカも予想外の強さを見せつけ、それにも驚いてしまったが、あまりにもキャロラインが強すぎる。

 無敵の女提督はどうやったら負けるのか。

 

 

 別の二人もまた少し違う言葉を交わしている。

 

「グリーンヒル君、女性士官学校卒業者の配置について一考の余地があるな。それが分かったことは収穫だ」

「クブルスリー本部長、全くそう思います」

 

 

 

 

「ラインハルト様、もうとうに予定時刻を過ぎております」

 

 そのキルヒアイスの声が余興の終わりを告げた。

 この時、ラインハルトは素直に聞き入れている。

 余興の途中までラインハルトは熱くなっていたのだが、既に冷静に戻っていたからだ。

 

 今、シミュレーションで勝つことは必要ない。

 実戦で俺がまとめて斃してやる。それも近いうちに。

 

 一瞬頭をよぎったラインハルト・キルヒアイスとヤン・アッテンボローの戦いは持ち越しにする。ここで艦隊戦シミュレーションなどする必要はない。

 

 

「名残惜しいな。良い余興であった」

 

 これで締めくくる。次は実戦で、などと言葉にして言うことはできない。捕虜交換式典の一環であるこの場では。

 

 

 この余興は公式には記録されない。

 ただし、全式典を通して最も諸将の記憶に残された。

 主に帝国側の将には粛然とさせるものだったのだ。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第五十五話 捕虜交換とイブリン

さて、イブリンの元彼に対してイブリンとフレデリカの二人は・・・
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