見つめる先には   作:おゆ

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第五十七話 宇宙暦799年 四月 同盟騒乱~あえて渦中に

 

 

 キャロライン達は先ず正確な情報を欲したが、それはなかなか集まらない。

 

 クーデターは誰が首謀者なのか。

 そして誰が捕まって誰が自由なのかも知っておかねばならない。

 

 

 唯一、クーデターが成功したということだけは確実のようだ。

 

 ハイネセンの一般市民も突然全ての政府機能が停止したことで不安がっていたが、わずか六時間の後に交通や通信といったインフラが回復して、一安心した。

 いつもと少しの変化もなくテレビには娯楽番組や天気予報が流れていた。

 それには少なくとも市民生活に関わるローカルニュースさえ含まれていたのだ。

 

 しかし、当たり前だが政府関係のニュースは一切ない。

 

 それと宇宙港は閉鎖されたままだ。

 それで経済活動には支障が出ている。物資の流通は止まっていて、このままなら早晩生産にも影響が出るだろう。

 むろん市場は大混乱したが、これもまた早々と強制的に取り引き停止とされている。

 

 それに対しても何の説明もされていない。

 これら全てを考えて合わせ、キャロラインたちはクーデターが成功したと見なした。

 充分に成功せず争いが続いているならそんなに静かなわけがなく、どちらの陣営も市民を味方につけるべく宣伝をするだろうから。

 不自然に静かなのはクーデター側が既に掌握しているためだ。

 

 ではなぜ、クーデター側から未だ発表がないのか?

 これは謎である。

 

 発表がなければ、誰が首謀者で、何を企図したものなのかわからない。

 

 

 

 

 そのころ統合作戦本部の密室でやりとりがあった。

 

「どうしてもこちらの側に立ってはいただけないのですか、グリーンヒル大将」

「クーデターの側になど立てるはずがない! ブロンズ君。同盟軍人がそんなことをしていいはずがない。同盟軍は民主国家の軍、それが全てであり、断じてクーデターに大義はない。そこにいるエベンス君、クリスチアン君もそうは思わないのか」

 

 そこには何とドワイト・グリーンヒル大将が拘束されていた。

 

 クーデター勢力から最重要人物と目されていたために早々と捕まった。グリーンヒル大将は充分な用心をしていたがそれを上回って計画的に事を成されたのだ。

 

 その後、クーデター勢力に加わるよう説得されているではないか!

 

 

 この時にはクーデター勢力もグリーンヒル大将には顔を隠さず接している。

 見ると、クーデター勢力には情報部のエベンス大佐、ハイネセン防衛隊のクリスチアン大佐らがいる。

 

 しかしその最上位には何と情報部のブロンズ中将という大物までいたとは!

 

 

 これではクーデターの成功もむべなるかな、である。

 ブロンズ中将は情報部を統括する地位であり、同盟軍の所在地はもちろんのこと、各人の行動も把握できる。速やかな拘束も重要施設の占拠もできないわけがない。

 

 

「グリーンヒル大将、もう事は始まってしまった以上。止められません。ハイネセンで動いている将は全てこちら側に立つ者であり、そうでない者はほぼ取り押さえました。もちろん政府関係者もまとめて押さえました」

 

「ここまではクーデターも成功したというわけか。それでも、最終的に成功するはずがない。考えてもみたまえ。クーデターに与しない軍は多いだろう。少なくとも第十三艦隊、第八艦隊、第十二艦隊はクーデターに味方しない。他の第五艦隊などもそうだ。早期に鎮圧されるのは目に見えている。今からでもクーデターなどやめたらどうだ」

 

 グリーンヒル大将の言うことは尤もだ。

 同盟軍の軍事力は警備兵などの地上部隊にあるのではなく、あくまで宇宙艦隊が主力である。

 だがもちろん、ブロンズ中将がそれを考えていないはずはない。

 

 

「司令部を捕らえられた艦隊はすぐには動けないでしょう。そうでなくとも、いくらでも手の打ちようはあります。あいにく統合作戦本部はもう手の中にありますので」

「……そういうことか」

「お分かりになりましたか。統合作戦本部のコンピューターを押さえてしまえば、各艦隊はお互いの位置も分からず、通信もできず、航路すらままならない状況でしょう。とうていハイネセンへは来られません」

「確かに、いかにも情報部のやりようだ」

「グリーンヒル大将、加えて言えばこちらにも艦隊戦力はあります。それこそ充分以上に。もちろん、同盟軍で同士討ちなど望ましくはありませんが、クーデターの阻止はさせません」

 

 ブロンズ中将は艦隊勢力についてあまり心配はしていないらしい。

 そこでグリーンヒルは話の矛先を変える。逆説得が可能なものならそうしたい。

 

 

「君らは帝国に踊らされている可能性を考えたことはないのか。帝国が操作し、同盟を消耗させるのが目的だ。これで得するのは明らかに帝国だろう。おそらく捕虜交換で工作員が入ってきたので、こんなことになっしまった。ヤン・ウェンリーの言った通りに」

 

 グリーンヒルの頭にはヤンに言われたことが反芻されている。

 あまりに見事に、ヤンの予想した通りになっている。

 

 そして、グリーンヒルは自分の言ったことの根拠を目の当たりにしているのだ。

 部屋の片隅の暗がりで、壁にもたれている男を指さす。

 

 

 

「そこにいるのはアーサー・リンチ君ではないか! 捕虜交換で帰ってきていたんだな。帝国からクーデターの工作員にされたのは君だったのか。君を買っていたのに…… 先の汚名を濯ぐどころかこんなことをして、汚名に裏切りを付け足してどうするんだ!」

 

 

 そこにいたのはアーサー・リンチだ!

 エル・ファシルの民間人を見捨てて逃げ、あげく帝国軍に捕まって捕虜にされ、辛酸を舐めている。その後、捕虜交換で同盟に戻っていた。グリーンヒルはそこまで知っていたが、まさか同盟の将官クラスが帝国の手先になるとは思いもせず、衝撃的だ。同盟軍将官が帝国の買収か何かに乗ったなどとは思いたくない。

 

 ただしその発言にはブロンズ中将も意外な顔をした。

 

「グリーンヒル大将、そういう感想を持ちましたか。確かにアーサー・リンチ少将は有能な同士ですが、しかし一言だけ申しますと、クーデター計画自体は捕虜交換よりはるか前に作られたのですが」

「何…… 捕虜交換より前に…… では首謀者はいったい」

 

 これは混乱せざるを得ない。アーサー・リンチがクーデター計画を周囲に吹き込んで始まったのでなければ、どこから始まったのだ。

 同盟軍内にそういう人物がいたのか。それも大物ではないか。

 

「それはこちらに味方して頂くと確定してからお話しすればいいでしょう。グリーンヒル大将、もう一度言いますがこちらの側になってはいただけませんか」

「クーデターは同盟の精神にもとる。同盟軍が弱体化するばかりではなく、歴史に残る大きな汚点だ。とうてい味方などできない」

「同盟軍を弱体化どころか強化するために我らは立ち上がったのです。まあ、それは今の段階では水掛け論でしょうか」

 

 

 ただしブロンズ中将はグリーンヒルをうんと言わせるツボを知っていた。

 グリーンヒルの弱点、それは気を回し過ぎるところと、過大なまでの責任感なのだ。

 

「しかしグリーンヒル大将、ここに至れば何もしないことこそ責任放棄というべきです。この未曽有の事態に混乱が広がればどうなるか…… 特に純粋な考えを持つ若い者は。それを抑えられるのは名声のあるあなたしかおりません。もし無秩序な混乱になればいかばかりの犠牲が出るでしょう。その混乱こそ帝国が付け込む隙になるのでは」

「だからと言ってクーデターの側に立てと」

「ハイネセンには市民十億人がいます。もし若い者を抑えられなければ、軍人どころか市民にまで害が及ぶかもしれません。その数はいかばかりか」

「脅すのか。ブロンズ中将」

「混乱せずに済ますのは、あなたが表に出るしかありません。私は事実を言っているだけです。お願いできませんか」

 

 

 

 二日後、全同盟領に向けて驚くべき発表があった!

 

「先日をもって、自由惑星同盟は新しい政体のもとに再出発することになった。正式名称は救国軍事会議、これが今より全ての政府機能を司る。これは、自由惑星同盟を強化し、銀河帝国に対抗するための必要な処置である。当面、議会を停止し、言論を統制する」

 

 政府広報ということで全同盟市民に向けて流されている。

 画面上ではクーデターの広報担当であろうエベンス情報部大佐が述べている。

 

「それでは、救国軍事会議の主なメンバーを発表しよう。私エベンス大佐、ベイ大佐、クリスチアン大佐、ロックウェル少将、リンチ少将、アラルコン少将、パストーレ中将、ムーア中将、ホーウッド中将、ルグランジュ中将」

 

 意外なほど多くの人物の名があった。

 この軍事クーデターは多くの将官クラスも含むもので、恐ろしく根が深かったのだ。艦隊司令官さえも含まれ、ブロンズ中将がクーデター側にも宇宙艦隊戦力があると言ったのも根拠がある。

 

 

 

 ただし、この広報を聞く全ての人は次の言葉にこそ驚いたのだ。

 

「そして、救国軍事会議議長、グリーンヒル大将」

 

 誰もがあっと息を飲む。

 

 

 これを聞いて驚いたのはキャロラインもモートンも同じである。

 もちろん、遠くイゼルローンで聞いたヤンもフレデリカも。

 

 グリーンヒル大将、同盟軍きっての良心がよもやクーデターの首班とは!

 むろんヤン・ウェンリーにクーデターの注意を受けていたグリーンヒル大将が企んだわけがない。それまでの名声を利用され、首班に祭り上げられているだけだろう。フレデリカは父がクーデターに加担したわけはないと思いつつも、その渦中に取り込まれたことを危ぶむ。

 

 

 ショックを受けるフレデリカをヤンは優しい視線で眺めている。

 手を添えて宥めることはしないが、フレデリカの心情は痛いほど分かる。そしてこの場合下手な言葉をかけても仕方のないことを理解している。

 もう一つヤンは違うことも考えている。

 多くの将の名が挙げられたが、それは逆にもとれるのだ。つまり名が示されなかった将はクーデターに参加していないという意味だ。

 

 

 キャロラインもまた同じようなことを考えていた。

 今、ハイネセンには第九艦隊の自分たちの他、クブルスリー本部長、ビュコック大将、パエッタ中将、ウランフ中将がいたはずだ。

 捕まったか、逃亡中かのいずれかだ。どちらなのかは知る術がないのだが、しかし少なくともクーデター側ではない。

 それ以外の将はハイネセンにいないので無事だと思われる。

 第八艦隊アップルトン中将、第十二艦隊ボロディン中将は健在、もちろんイゼルローン駐留の第十三艦隊も。ならばクーデターの鎮圧に動き出すはずである。

 

 ならばキャロラインのやることは決まっている。

 

 ハイネセンの混乱を抑えて犠牲を出さないこと、そしてクーデター側の足を引っ張り、宇宙戦力での戦いで反クーデターに力を貸すこと、である。

 

 

 

 ただしその糸口が見つからない間にもクーデター勢力は徐々に地固めを進めている。

 政府投融資、中央銀行業務も再開され、経済活動が元通りに動き出す。

 元通りでないのは、遠距離恒星間流通と宇宙間通信である。これは徹底的に検閲された。

 クーデター勢力としては当然である。手の内を教えないことが情報戦の基本だから。

 

 

 それに併せ、クーデター側は情報戦でとんでもないことを仕掛けたのだ!

 

 ハイネセンから主に辺境へ向けて恐るべきものを送信した。

 それは影響を及ぼせるコンピューター全てについて、航路情報を書き換え、偽のデータにすり替えさせるものだった!

 

 さすがにブロンズ中将の同盟情報部は無能ではなかった。

 行動の急所をみごとに突き、それは抜群の効果を発揮したのだ。

 

 

 

 実はヤンの第十三艦隊は直ちにイゼルローン要塞から出立していた。

 こういうことは燃え広がる前に鎮圧しなければならない。

 それにヤンは初めからクーデターに備えていたため、行動は迅速だった。

 

 政府機能そのものがないのでは、命令を待つ必要もない。それにクーデター勢力から勧誘されるかもしれないが、耳を貸すつもりもない。

 専制勢力に近いスローガンを持つクーデター側に正義などあるはずがなく、第十三艦隊の力でそれを阻止する。

 

 

 ただし第十三艦隊がイゼルローン要塞を出てしばらく行くと、事態が容易でないことを悟った。

 

 途中まで進んだが、何度か民間船団と不用意なニアミスを起こした。

 普通にはありえない。

 当初不思議なことだと思っていたが、フィッシャーがそんな間違いを起こすわけはない。

 

 だったら答えは一つ。

 航路や船団のデータが狂っている。

 これは重大だ!

 もう第十三艦隊の持つ航路データさえ汚染されている。それに気付くとうかつにワープすることさえもできない。多少の危険は軍用艦の丈夫さがカバーできても、問題はそんなところにない。

 いきなり民間船に出くわせば重大なワープ事故になるではないか。

 それを避けるには、民間船も通る正規航路から大きく外れ、普段使われない遠回りの航路を選ぶしかない。そしていちいちワープ後に再計算する。おまけにそういう航路外は小惑星や気流などの危険があるのは当たり前であり、とんでもなく神経をすり減らす航程になる。一隻ならまだしも一万隻が行動するのだから。

 

 

 もちろんそれでも行くつもりで、ヤンは遠回りしながらもハイネセンを目指す。

 

 しかしここにも罠があった!

 補給基地に集積されているはずの物資がなかったのだ。

 

 通常でも補給なしではぎりぎりハイネセンに到達できるかどうかだ。

 大規模な補給艦を抱えているのでなければ、ちまちまと遠回りなどすれば途中の補給が絶対に必要になる。

 ところが、寄った補給基地は事前に不可解な命令を受けてハイネセン方面に全ての物資を送り返していたのだ。もちろん予めクーデター側が出していた偽の命令だ。

 それで補給物資が残っていない。

 

 これでは魔術師ヤンにもどうしようもない。

 

 致し方なくイゼルローンに戻るよりほかない。

 補給できるとあてこんで半ばまで行き、もしそれが無理だったら目も当てられない。戦闘どころかハイネセンへ辿り着くことさえできずに立ち往生だ。

 

 地道に各同盟領惑星に補給物資があるかを問い合わせ、確実に確保しなければいけないが、そんな方法さえ封じられている。

 通信にさえ困難が伴っているのだ。

 なぜか恒星間通信の中継機器が作動していない宙域が多く、また周波数もデタラメに狂っている。これでは新たに使える経路を探してつなぐだけでも大仕事である。

 それだけでもなく、通信コンピューターに仕掛けられてしまったマイクロプログラムはもっと巧妙だった。物資の特定のキーワードでロックが掛けられてしまうという念の入りようだった。

 

 

 情報というものはここまで重要であり、それを押さえると艦隊さえ行動不能に陥らせる。

 

 ヤンは早めに諦めてイゼルローンに引き返した。

 

 だがそこからも情報による攻撃はひっきりなしに続けられていた。

「シャンプールがクーデター派に落ちた」などという偽情報だ。何が本当で何が嘘かもわからない。

 イゼルローン要塞に対してさえ何かした可能性すらある。

「帝国軍多数接近」という警報が鳴った時もある。これもまた誤報だ。

 クーデター派といえどまさかイゼルローンのコンピューターに自爆プログラムを仕込んだとは考えにくいが、何か仕込んだ恐れがあり、徹底的に精査しなくてはならなくなった。これでは艦隊発進どころではない。

 

 

「やれやれ、向こうもなかなか考えているね。こんな効果的な手を次々と打ってくるとは。情報の力をどうやら見事に使いこなしているようだ。時間が経つほど向こうが有利になるこの状況で、こちらは完全に動きを封じられてしまった」

 

 ヤンはイゼルローンの管制室で、宇宙を映したスクリーンを見ながら嘆息の声を漏らす。

 アッテンボローもキャゼルヌも妙案はなく、ヤンの魔術か、情勢の変化を待つしか法がない。

 

 

 

 同じ時、ハイネセンのマルガレーテ邸ではキャロラインが同じように夜空を見ている。

 今日はまるで宇宙から見ているように星が数多くきらめいて美しい。

 

 その星を見ながら思いを馳せる。

 

 自分やモートン少将、クーデター派の人間。そしてクーデターを引き起こす陰謀を企んだ帝国、反クーデターであろうヤン提督のことも。

 

 今私は何をしたらよいのか。何が真実なのか。

 これまで導いてくれた兄はいない。

 それでも前に進まなくてはならない。

 

 

 見つめる先には、いったい何があるというのだろう。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第五十八話 同盟騒乱~怪我の功名

ついに首謀者現る!
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