見つめる先には   作:おゆ

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第六話  宇宙暦795年 四月 グランド・カナル

 

 

 キャロラインに与えられた休暇は長くなかった。次の任務が待っていたのだが、それは民間輸送船の護衛という任務だった。

 キャロラインは沈んだミサイル巡航艦から、新しくグランド・カナルという名の巡航艦に新任の砲術長として乗り込んだ。ちなみに先の艦の上官であるスーン・スールズカリッター、そしてカールセン艦長は無事に脱出できている。

 

 このグランド・カナルの艦長はフェーガン少佐というが、キャロラインの着任の挨拶を受けても普通の対応だった。

 

「艦長殿、キャロライン・フォーク大尉であります。砲術長として只今着任いたしました」

「うむ、ご苦労。砲術部においてこの艦独自のものはない。これまでの教育と経験を生かして勤務してくれればよい」

「はっ、さっそく勤務に就きます」

 

 経験が何のとか、若いが大丈夫かなどと聞いてこなかった。

 この艦長は人を見てくれで判断しない。居心地は良さそうだ。

 

 

 

 かといってさしあたり何かするというわけではない。

 

 今回は会戦に出るわけではなく、輸送船団の護衛任務なので、運悪く敵帝国艦艇と遭遇でもしないかぎり砲術の出番はないはずである。

 だからこそ砲術部の副長ではなく砲術長を命ぜられたのだ。

 普通なら副長職で経験を積んでから部署の長に任じられるものであるのに。

 

 ところが事件が起きてしまう!

 

 出航し、民間輸送船団を護衛して航行半ばまで来たところで、敵艦隊の情報が入った。

 

 正確に言えば、グランド・カナルを含めた護衛艦隊より早くに同盟軍司令部がその情報を掴んだのだ。輸送船団の航路についての情報を察知され、既に帝国側はそれを破壊しようと動き出している。

 

 しかし、驚くべきことに、グランド・カナルへ送られた司令部の通信は船団護衛など何も触れていなかったのだ!

 それは正にあり得るべからざるものだった。

 

「同盟軍本部より通達。敵帝国艦隊の接近が予想される。やむを得ず輸送船団を放棄、護衛はせず、戦闘艦は消耗を避け帰投せよ」

 

 それは民間輸送船団を見捨てろということだ。

 

 艦長フェーガン少佐は階級は少佐でも戦闘経験は多い。というのも士官学校の卒ではなく、現場で苦労してきた叩き上げの士官である。その分、上層部への忠誠心は薄く、逆に部下や民間人への思いは厚かった。

 

「なんだそれは! 司令部は何を考えてる! 民間船を見殺しにしろというのか。これでは今後軍に協力する民間船は無くなるぞ」

 

 それでも命令は命令である。

 他の護衛艦に連絡を取り、民間船の乗組員だけでも助けるため、護衛艦隊へ移乗させる割り振りについての相談をしようとする。船や物資は仕方がないかもしれないが、しかし人命はきちんと守る。

 ところがグランド・カナル以外にいた九隻の同盟艦艇は司令部の命令を額面通り受け取ったのだ。さっさと撤退を始めていたではないか!

 

 これにはフェーガンも慌てざるを得ない。

 民間船は二百隻もある。

 グランド・カナル一隻で船員の移乗を全て引き受けるのはとうてい無理、容量もそうだし、時間もかかり過ぎる。帝国軍が来るまで間に合わない。

 フェーガンの考えでは、とにかく民間船の乗組員を助けたいのだ。

 シールドもなく速度も遅い民間船が帝国軍艦艇に出会ったら一方的な虐殺の対象にしかならない。宇宙での死がどれほど残酷で苦しみに溢れていることか知っているフェーガンにはとうてい容認できない。

 

 しかし、帝国軍がグランド・カナル以上の戦力でやってきたら民間船に併せてこの艦と部下までが犠牲になり、一番ひどい結果を迎えるだろう。

 じりじりと決断を迫られる中、予想よりだいぶ早く探査ブイが敵を捉えた。

 

「帝国軍艦艇、当艦に向かって接近中!」

 

 オペレーターの見るディスプレイに輝点が二つ移る。

 帝国艦隊といっても、二隻だった。

 それならば最初からまとまっていれば問題なかったものを、同盟司令部が戦闘艦保存をという余計なことを言ってきたばかりに……

 しかし今はそれを考えている場合ではない。

 その帝国軍艦艇がどちらも小型の駆逐艦ならいいが、それが一隻でも巡航艦以上だったなら勝ち目はない。こちらはたったの一隻なのだ。

 

 運命は悪い方へ転がった。

 艦型と質量からして帝国軍は巡航艦というのが確定した。しかも二隻ともそうなのだ!

 どうする。

 もはや苦渋の決断をするしかない。司令部の言う通りすぐさま民間輸送船団を乗員ごと捨てて撤退か。ギリギリまで待ち、申し訳程度にわずかな乗員だけ救うか……

 

 

 だが、ここでグランド・カナルの艦橋に一つの声が響く。

 

「民間船を救いましょう。自由惑星同盟の軍は民間人を助けなければいけません」

 

 それは攻撃指令所から今しがた艦橋に上がってきた砲術長、キャロライン・フォーク大尉が口にした。

 フェーガン艦長は思う。艦に乗り込んだばかりの新任砲術長、まだ士官学校を出て一年という新米のはずだ。おそらく宇宙の戦いの厳しさを知らず、理想主義とヒロイズムに酔っているのだろう。敵巡航艦二隻を一隻で相手にすることがどういう意味を持つか分かっていない。

 

 だがその言葉自体は正しい!

 迷うことは最初から必要なかった。フェーガンの心は決まる。

 できる限り民間船を救う、それ以外にない。結果がどうなろうと民間人保護という自由惑星同盟軍の本分を尽くすだけではないか。

 

 民間輸送船団に直ちに敵帝国軍艦艇の出現とその進路を教え、逃げるルートを指示した。

 後はそれを敵が追うことができないように迎撃する。

 先ずは敵二隻の精密な進路予測を出し、最適迎撃パターンの検討だ。

 ただしどういう戦術を考えても、うまい方法は見つからない。こちらが一隻である以上、無理なのだ。

 

 キャロラインも使命感で思わず口を開いたが、責任を痛感する。

 

 どうすればいい?

 ある意味これは艦隊戦シミュレーションと同じだ。今こそ助けが欲しいのに。

 すると、やはり頭の中に聞き覚えのある声が聞こえてきたではないか!

 

 

 うふふ、敵は二隻なのね。普通にやったら勝てないわ。

 固まって同時攻撃をされたらこちらのシールドが持たないもの。あるいは、分散されて挟まれてしまったら、少なくとも敵の一隻には側腹をさらすことになるわ。考えどころね。

 でも、やりようはいくらでもあるのよ!

 この程度で心配なんかしたら損だわ。

 どうせなら相手を二隻ごとやっつけちゃおうか。

 

 その声は私に対して非常な親しみをもって話している感じがする。

 それにこの絶望的な状況を楽しんでいるようにも感じる。何か余裕の雰囲気さえ感じさせられるのだ。百戦錬磨なのか、若い女の声なのに。

 

 

 そしてキャロラインは聞いた戦術的な方法を艦橋で艦長に具申する。こんな新米士官の言うことを艦長は興味深く聞いてくれる。やはり真摯で考え方の柔軟な艦長だ。

 

 

 一方の帝国軍巡航艦の方だ。

 そこに乗っている多くの士官は、もう昇進を思い描いていた。

 叛徒側は全て逃げ散ったわけではなく、一隻だけ残っているようだ。どういうつもりか知らないがたった一隻だ。これではどうやっても勝つ。こちらは一隻でも相手より大型で防御も攻撃も強い重巡航艦なのに、更に二隻もいる。

 そして勝ったら膨大な数の輸送船団に追い付き、好き放題に撃破できる。これは大戦果だ!

 昇進、もしかして具体的な恩賞もあるかもしれない。

 

 意気揚々と迫る。

 勝つのは目に見えていたが、それでもきちんと戦術的な策を立てる。逃がす可能性のより少ない方法、つまり分散攻撃をとった。二隻が分かれて一隻が正面から敵艦を牽制し、その間にもう一隻が回り込み、側腹から攻撃して決着をつけるのだ。

 

 

 ところが驚いたことに叛徒巡航艦は輸送船団の中から五隻、十隻を選び、どんどんこっちに送り出してきた! 苦し紛れの策か? いやしかしこれは邪魔になる。排除するために砲撃を開始した。相手はシールドのない輸送船、思った通り当たったそばから爆散していった。しかし、爆散のために敵巡洋艦の動きが一時見えなくなる。

 なるほど、叛徒側の狙いは目くらましか。逃げるか、回り込むかするための。ついでにこちらに無駄にエネルギーを消費させるのも狙いかもしれない。

 

 それでは輸送船など邪魔ではあるが、どうせ攻撃能力はないのだからほっておいてもいい。これだけ輸送艇があるのだ。多少は逃してもいいではないか。

 帝国軍二隻の巡航艦は、輸送船が脇を去っていくのにまかせた。

 

 しっかり叛徒側戦闘艦を見極め、捕捉にかかる。もう逃さない。距離を詰め、砲撃イエローゾーンに入る。もう少しで決着だ。

 

 

 予想もしなかったことが起きる。

 あちこちの輸送船から一発ずつ、ミサイルが飛んでくるではないか!

 そんな馬鹿な!

 慌てながら唯一の可能性に思い至る。輸送船にミサイルが隠されていたのだ。

 輸送船に砲を据え付けるのは全然無理だが、ミサイルであれば輸送船に移しかえるのも可能、発射さえすればいい。そうすれば無力な輸送船と侮られるところから一転、多数から同時攻撃ができる。たった一度だけだが。

 何と驚くべき戦術か。

 帝国軍巡航艦の一隻が全てのミサイルを迎撃することがかなわずに命中弾を受け、たちまち爆散する。

 

 もう一隻はなんとかかわしきった。

 態勢を立て直すと復讐の念に燃えて砲撃を開始した。小賢しいマネを。僚艦の無念の分を含めて、きっちり代償を払ってもらう。一隻で正面から砲撃戦をやっても勝てるのだ。

 

 ところが、叛徒の巡航艦は何隻かの輸送船を盾に使っている。帝国軍巡航艦が放つレールガンの弾がその輸送船に次々と吸い込まれ、しかしなぜか爆散はしない。輸送船は全て反応炉を完全に閉鎖して誘爆しないようにしているからだ。

 その陰から撃ち返し、二度、三度、お互いに砲火を応酬する。

 結果、二隻目の帝国軍巡航艦も仇を討つこともなく、あえなく爆散することになった。盾を持つ持たないで命中弾の数が違い、地力の差を覆したのだ。帝国軍巡航艦のシールドが先に限界を超えて直撃が出た結果である。

 

 

 グランド・カナルのフェーガン艦長はあまりにもうまくいった作戦に声もでない。

 

 最初の輸送船は無人だった。これを送って見事に帝国巡航艦を油断させた。その爆散に目を取られた隙にこっちはミサイルを輸送船に移したのだ。それらを進ませ、そして頃合いをみて一斉に発射する。数ある輸送船を使った見事な策だった。

 

 よかった。これで輸送船団は救われる。

 しかし、この作戦を考案した女性士官はいったい何者だ。

 いや、キャロライン・フォークという名の砲術部大尉であることは知っている。どんな経歴と能力の持ち主なのだろうか。

 

 そういえば…… アンドリュー・フォーク、ロボス元帥の秘蔵っ子と言われる大佐がいる。

 その妹か。

 

「助かった。キャロライン・フォーク大尉、君はあのアンドリュー・フォーク大佐の妹か。兄譲りの切れ者だな。礼を言う」

 

 キャロラインは殊の外嬉しかった。自分のことも兄のことも褒められたのだから。

 自分が兄の評判に貢献できたのだ!

 これがとても嬉しい。

 

 

 

 その後、同盟軍本部はグランド・カナルの戦闘に関して大々的に扱った。

 艦長のフェーガン少佐、そして作戦考案者のキャロライン・フォーク大尉の名を表に出してニュースにした。

 そしてフェーガンもキャロラインも昇進が決まった。

 そうした意図的な理由がある。同盟軍としては、民間輸送船を見捨てて逃げ出したという風評だけは絶対に出すわけにいかなかったのだ。特に護衛艦撤退の指令を出したロボス元帥としては。

 

 このニュースは同盟軍全体に伝わり、もちろんヤン・ウェンリーとダスティー・アッテンボローも知ることろとなる。

 そしてキャロラインの取った戦術に驚かざるをえない。

 キャロライン・フォーク、この異才は何だろうと改めて考えるのだ。

 

 

 

 

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