見つめる先には   作:おゆ

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第六十五話 宇宙暦799年 七月 同盟騒乱~ヤンとジェシカ、二つの魂

 

 

 シェーンコップ達は戦車を追跡し、市街地内でやっとその一台に追いついた。

 

 ところがその戦車は既に無人で、乗り捨てられていた。クーデター側戦車乗員はいつまでも戦車で逃げ続けることは無理だと判断したのだろう。

 

 しかし、こうなると追跡は厄介だ。

 戦車を全て封じることが目的の一番ではあるが、クーデター側兵士を逃さないことも重要だからだ。下手にゲリラ戦に移行されては鎮圧がはなはだ厄介になる。

 

 シェーンコップは想像力を最大限に働かせ、逃亡先に選びそうなところを考える。そもそも戦車は何を目指してきた?

 そして思いついた。

 この場所の近くにはあれがあるではないか。おそらく匿われるとすればそこしかない。

 

 

 

 目当ての建物にそっと近付く。

 窓からこちらの姿を見られないように。

 

 そしてシェーンコップ達三人で急襲した。いきなり建物の窓ガラスの端を銃撃で割り、別の一端から中に飛び込む。

 そこで見えた。同盟軍の制服を着た者が何人か。見込みは当たりおそらく逃げた戦車兵に違いない。

 その他にも室内には多数の人間がいる。

 皆おかしな恰好だった。装甲服もどきの緑の服と赤くて短いマントだ。

 

 そこは、憂国騎士団の本部だ!

 

 シェーンコップたちは人数で明らかに不利なのも構わずに制圧にかかる。

 素早く軍の正式小銃を持つものを斃した。クーデター側戦車兵を匿って立ち向かうなら警告などの遠慮はいらない。

 

 威力のある小銃を封じれば、ローゼンリッターの実戦装甲服は継ぎ目かヘルメット前にでも当たらない限り拳銃型のブラスターでは貫通されない。

 それでも憂国騎士団はブラスターを撃ってきたが、やがて意味がないことを知り刃物で立ち向かってくる。

 しかし、そんな肉弾戦こそローゼンリッター相手では全く話にならない。

 

「戦斧のサビにしてやろうか。もっとも、炭素クリスタルがサビるまでには何人の血が必要なのか俺も知らんが」

 

 シェーンコップには軽口を叩くゆとりすらある。

 

「憂国騎士団の諸君、ハイネセンで軍隊ごっこには飽きたろう。少し戦場を味わってみるのもどうだろうか。もっと楽しく遊べると思うがいかがかな。いつぞやは中途半端だった。掛け金は自分の命でいいから、それを賭けて楽しく遊ぼう」

 

 シェーンコップは以前、憂国騎士団がキャロラインやフレデリカさえ襲ったことを忘れていない。

 主義主張を持って軍隊ごっこするなら勝手だ。

 しかしその暴力で何かをしたなら、きっちり報いを受けてもらわねばならない。

 

 憂国騎士団はなすすべもなく斃されていく。

 恐怖に震えてめちゃくちゃに打ちかかってもローゼンリッターには敵いもしない。

 ローゼンリッターの方は無用な死者を増やさないよう配慮しながらも、だからといって戦いである以上手加減をするわけではない。憂国騎士団の服を着た元人間のものが積み重なっていく。

 

 憂国騎士団は残り少数になり、やっと全てを諦め戦意をなくして投降した。もちろん手早く拘束されていく。

 

 この時、どこかで遠く爆発音がした。

 

 シェーンコップはそれが七、八キロメートル先くらいかと見当をつけた。

 おそらく見つけた戦車と違う戦車が引き起こしている。そこでは戦車砲を市街地で本当に使っているのかもしれない。

 

 そこへ急ぎ向かわなくてはならない。

 さすがに走るのではなく、通信で軽車両を呼んだ。

 

 

 

 やっと目星を付けた現場に接近し、シェーンコップは車上から双眼鏡で様子を探る。

 

 そこで見えたものはなんとも意外な光景だった!

 考えられないことに市民が戦車相手に善戦しているのだ。

 

 しかもただ数に任せて戦うのではなく、きちんと戦術を駆使して戦っている。

 不思議なことだ。シェーンコップの戦い慣れした目には一目瞭然だが、明らかに陽動と思われる一団がいる。それらが目を引いている一方、別の一団は隠れて煙幕を張り巡らすのに徹している。

 そして違う一団は攻撃を担当しているようだ。

 

 ただし武器といっても市民が手にするのは貧弱な火炎瓶であり、闇雲に使っても戦車にとっては何ほどの脅威でもない。

 だが使い方によっては下手な爆発物より効果があるのだ。

 それを知ってか、見事なほどに戦車の弱点を狙っている。

 戦車の小銃部分や観測機器類、そして何よりも吸気口を正確に攻撃している。これは、軍人でもよほどの手練れでなければできないのではないか。

 

 シェーンコップは双眼鏡の倍率を上げ、目に入った者をみて驚愕した。

 

「あの方は……」

 

 権威におもねることなく、地位や階級によって目を眩まされることのないシェーンコップが、あの方と呼ぶのはわずかしかいない。

 片手の指で数えるくらいのものだろう。

 

 それは、シトレ退役元帥だった!

 

 だったら納得できるというものだ!

 シトレ退役元帥ならば実力は充分、あらゆる場合でも最適の戦術を選ぶ能力がある。理論も柔軟性もあり、退役したのはロボスの失敗に連座したからに過ぎない。この市街地での戦車戦という想定外のことでも適応して見せたのだ。

 

 そのシトレの指揮のもと、市民が戦車を追い詰めている。

 

 もちろんただの市民であれば、当たり前だがシトレは危険を説いて避難させただろう。市民の犠牲を厭うのはもしかしたらヤン以上なのだから。

 しかし、この場所にいたのは先の反戦集会にも参加していた反戦派の市民団体だった。

 彼らがクーデター派の戦車との戦いを望んでやまないので、居合わせたシトレがやむを得ず指揮をすることになったという経緯がある。

 

 

 戦いは戦車に不利だ。

 戦車兵はたまらず乗り捨てて出てくる。

 

 市民が煙幕越しにそれらへ投石を始めた。戦車がなくとも兵士は銃をもっているはずで、投降してこない限り危険なことには変わりない。

 むろん投石する市民からも戦車兵は見えないが、そこはご丁寧にビルの窓から測距して教える者がいるとは。

 何とも見事な連携と戦術ではないか。

 これで戦車兵が一人、また一人と斃されていく。

 

 しかし、中に一人だけ強引に煙幕を突っ切って脱出してきた者がいた!

 

「何だこのゴミクズどもが!」

 

 吐き捨てるように言う。

 それはクリスチアン大佐だった。

 この苦しい状況のためではなく、心から市民を侮蔑し、自分はその上の価値があると信じ切っている発言である。

 

 しかし今は言葉とは裏腹に逃走を図るしかなく、牽制のブラスターを撃ちながら、建物の隙間の小路に入って逃げようとしていた。

 

 それを見た市民側の一団は対処にかかる。

 リーダー格の女を先頭に一団は小路の出口それぞれに火炎瓶を投げつけて封鎖していくのだ。

 

 

 

 その現場に到着したシェーンコップは火炎瓶の上げた炎の前に立った。

 

 これからのことを予期していたからだ。追い詰められた者はそのまま立ちすくんで煙に巻かれることはないだろう。

 

 はたしてクリスチアンはやはり強引に炎を走って突破してくる。

 

 シェーンコップは余裕でいなしにかかる。

 先ずはヘルメットの前に戦斧をかざし、ブラスターの乱射から守りながら近付いていく。

 その時、驚くべきことが起こった!

 いきなりクリスチアンに打撃を加えた者がいたのだ。手に空の瓶を持ち、横から殴ったとは。しかも装甲服を着ていないのだからその胆力は凄いとしか言いようがない。

 

 しかもそれは女だった!

 

 シェーンコップは反戦運動家リーダー、ジェシカ・エドワーズを初めて見ることになる。

 だがしかし、ジェシカに殴られてもクリスチアンは倒れていない。ふらつきながらも怒りの表情をジェシカに向ける。

 

「くっ、同盟軍人に何をするか! 信念もないただの市民が!」

 

 クリスチアンの裂帛を受けてもジェシカはたじろぎもしない。

 

「市民には信念がないと思ってるの? そして信念があれば何をやってもいいと? そんなあなたには何も語る資格がない!」

 

 

 クリスチアンは一度は取り落としたブラスターを拾い、ジェシカに向けた。

 危ない。

 

 だがここはシェーンコップの戦場であり、ジェシカがそのまま撃たれることなどあり得ないのだ。

 シェーンコップの反応は充分早く、クリスチアンのブラスターを手首ごと戦斧で叩き切った。ついで戦斧の柄で足を思い切り払った。この遠慮のない打撃は少なくとも骨にヒビを入れている。

 

 クリスチアンが戦闘力を失ったのを見て取ると、シェーンコップはジェシカの方を向いてきた。

 ……なぜかヘルメットを取り、言う。

 

「さてお嬢さん、報酬は熱いキッスで構わないんですが」

 

 シェーンコップはこの後、一連の戦闘で唯一の負傷を負っている。

 後でリンツなどから失笑を買うことになってしまった。

 

 左頬に全治12時間の手の平型の痣とは、名誉にもならない。

 

 

 

 そんなことをしているうちに、一度は這いつくばったクリスチアンがまた動き出した。

 しぶとくも手の流血を押さえ、砕けた足を引きずって必死に進む。

 

 そして向かう先は元の戦車だ。

 

「全員戦車砲でふっ飛ばしてやる。もはや遠慮は無しだ。あたり一面撃ち尽くしてやるからな。市民どもは皆殺しだ」

 

 火炎瓶の煙にむせながらもなんとか戦車に登り、上の搭乗口から転がり込むことに成功する。

 

 しかし、戦車が動き出すことはなかった。

 

 クリスチアンが戦車に登ろうとするのをシェーンコップは見ている。

 何も慌てることはなく、対処もしない。対処する必要はない。

 

「馬鹿な奴だ。自殺志願でも一番苦しい道を選ぶことはないだろう」

 

 戦車は既に車体下部と吸気口に火炎瓶を受けているのだ。

 弾薬に誘爆するほど加熱されてはいないが、下部から炎に炙られていれば空調の範囲などとっくに超えている。戦車の中は人が生きられない焦熱地獄だろう。

 

 クリスチアンは戦車の中に入ったはいいがそれに気付いても、その手と足では再び登って出ることができない。

 最期は信念など一かけらもなかった。

 

「あっ、熱い! 熱い! たっ、助けてくれ! 誰か、頼む! 助けて……」

 

 

 

 

 

 統合作戦本部は陥落し、全ての拠点をヤン艦隊が押さえた。

 

 ここに同盟史上未曾有のクーデターは終結した。

 

 ハイネセンポリスに降り立ったヤン・ウェンリーは最初に統合作戦本部に赴き、その制圧の主体となったローゼンリッターから報告を受ける。

 そこは破壊された戦車、弾痕、焼け焦げた跡などひどい様子だ。

 煙と匂いが激しい戦いを物語っている。まだ辛うじて死体が片付けられている程度だ。

 

 そんなところへシェーンコップがジェシカを連れてきていた。

 

 それはジェシカの希望だった。

 反戦市民団体代表としてのものなのだろうか。

 しかしジェシカの表情はとても政治家のものには見えない。シェーンコップはその方向で経験豊かなので分かる。

 

 あえていえば、その表情は待ちわびた人を駅で迎える女学生のようなものだ。

 

 シェーンコップは野暮ではない。ジェシカを連れてくると離れていった。

 

 そしてヤンはジェシカと話しだす。

 この二人が合うのは久しぶりだ。それがこんなタイミングで、こんな出来事の後になってしまったとは。

 

 お互いに変わりない姿だった。

 ヤンは相変わらずの髪型で、その手の仕草も冴えない。ヤンが緊張するとベレー帽に手をやる癖も昔のままだ。

 

 そしてジェシカは美しい。

 

 時を経ていても関係ない。二人の心は共にテルヌーゼンにいたあの頃に帰る。

 二人も含め誰もが優しい光に包まれていた、あの頃へ。

 

 

「ヤン、変わりないわね。あなたは」

「ジェシカ、久しぶりだ。こんなクーデターがあったから会えるとはね」

「そのクーデターも終わったわ。ヤン、あなたは軍人として有能ね。これほどだとは思わなかった。さすがだわ。他はさっぱりだけど」

「今回のクーデターは何が何でも食い止めなくちゃならなかった。同盟のために」

 

 二人の視線が真正面から向き合う。

 言外に何を語っているのか。

 

「そうねヤン。私も同意見だわ。ラップも同じでしょう」

「それは保証するよ。軍事政権なんて悪い冗談だ」

 

 ふいにジェシカが下を向いた。

 目は陰り、そのまま斜めに逸らしていく。聞きたかった言葉は同盟の未来のことではない。

 

「ヤン、私のことが心配だったと、言ってはくれないのね」

 

 

 ヤンはすぐに答えられない。

 

 単純な意味ではない、深すぎる。

 それはヤンの友人であり、しかもジェシカと結婚する予定のラップをないがしろにする危険水準だ。

 

「ジェシカ、それは……」

 

 今、二人の思いが交差する。

 

「いいのよヤン、あなたはいつだってそうだったんだから。分かっているわ。あの時、士官学校の庭で、木の下にいた時から」

 

 ヤンには下を向いたジェシカの表情は見えない。その目に何があるのかも。

 

「その……」

「私のことはいいのよ、ヤン。お互い仕事に戻りましょう」

「ジェシカ、結婚式には行くから」

 

 それは余計な言葉だった。

 この時だけは、あまりに無作法だったのだ。

 

「そう、来てくれたら嬉しいわ、ヤン。でも軍服はダメよ。私はこれでも反戦運動家なんだから」

 

 ジェシカは笑った。ふっふっといつまでも。

 自分の言葉が面白かったのか。

 そんなはずはない。

 自分の心か、運命か、何に笑えるというのだろう。

 ヤンは今までこんなに苦しそうな笑い声を聞いたことがない。まるで笑うことしかできなくなった人形のように。

 

「ごめん」

「ダメよ、ヤン。あなたが謝っちゃいけないわ。それじゃ」

 

 時は残酷なまでに流れていたのだ。それが現実である。

 二人はもう時を取り返すことはできない。

 

 ジェシカは名残り惜しそうにゆっくりと去る。

 

 

 

 

 離れた所からその様子を見ている者がいる。キャロライン・フォークがちらちらと、しかししっかり観察している。

 

 今は親友フレデリカのための索敵ブイと化すのだ。

 ヤン・ウェンリーとジェシカ・エドワーズ、その二人の会話は聞こえない。

 でも二人の顔つき、会話のペース、微妙な動きはわかる。

 

 そして、なんとあのキツそうな女が目に涙を浮かべているではないか!

 

 表情もなんともいえないたおやかな女の表情になっている。幾重にも秘めた心がそうさせているのだ。

 

 キャロラインは考えるが、おそらく自分と違ってそうそう泣くことはない性格の女だと思われる。今の涙はよほどのことなのだ。

 

 そして単なる職務の意見交換には長すぎる時間が経ち、二人は離れていく。

 最後まで抱きしめたりするような怪しいことはなかった。

 まあ、もしそんなことがあればフレデリカに話すことはできないだろう。

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第六十六話  同盟騒乱~帝国の急襲

舞台は再び変わり……
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