見つめる先には   作:おゆ

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第六十七話 宇宙暦799年 八月 イゼルローン攻防戦

 

 

 イゼルローン要塞は索敵ブイにより回廊への帝国軍の侵入を把握する。

 帝国軍艦隊はその前にしっかり電波妨害を掛けるべきだったが、率いるグリルパルツァーもクナップシュタインもそんなところで粗雑だった。

 

 要塞はこの大事を直ちに第十三艦隊へ連絡する。

 これがちょうどハイネセン降下作戦の最中だったのである。

 

 ヤンの反応は早い。

 イゼルローン要塞の防衛力に期待してのんびり構えたりはしない。

 このタイミングでは、帝国軍の蠢動を早めに叩かなくてはどんなことになるか分からない。

 

 直ぐに第十三艦隊のうち六千隻ほどをアッテンボローとアンドリュー・フォークに預け、急ぎイゼルローンに向かわせる。おまけにアッテンボローにエル・ファシルへ立ち寄り、そこにいるメルカッツ提督とファーレンハイト提督に艦隊指揮を手伝ってもらうようにも命じている。

 それでヤンの手持ち兵力は大きく減ることになり、クーデターの鎮圧は思ったより慎重にしなくてはならなくなった。いかに制空権を取ったとしてもハイネセンの地上戦部隊が一丸となったら決して少数などではなく、攻略はかなり困難になる

 実際にはクーデターが統合作戦本部周囲にしか浸透していなかったのが幸いした。ハイネセンの地上軍は疑心暗鬼になっているクーデター側によって武装解除されているのが多かった。多数の者は本気でクーデターに殉じようとはしなかった。

 もちろんそれにはジェシカのクーデター反対運動が大いに役に立っている。

 

 幸いにしてクーデターの鎮圧は早かった。

 ヤンはボロディン艦隊かアップルトン艦隊がハイネセンに来たら、後のことは任せて急ぎイゼルローンへ戻ろうと思った。ヤンはアッテンボローを信頼しているが六千隻ばかりで防衛させるのには不安がある。帝国側は油断させておいて後詰を用意しているかもしれない。

 ただしまだボロディンやアップルトンは到着していない。

 

 

 

 

 グリルパルツァーとクナップシュタインはさっぱり妨害も抵抗もないのをいいことに回廊を順調に航行し、ついにイゼルローン要塞が見えるところまで到達した。

 

「敵には艦隊戦力が無いのか。これは好都合だ。本当にそうならばイゼルローン要塞も怖くはない」

 

 直ちにイゼルローン要塞の前面に布陣した。

 ついでオーディンへ向けて通信を送る。

「我が方、有利」

 

 

 実際にイゼルローン要塞に駐留している同盟艦隊戦力はわずか千隻しかないのだ。

 これではとても要塞から打って出られない。

 ヤンが出立する時にイゼルローン要塞司令官代理にしたキャゼルヌはひたすら神経をすり減らす防衛戦を強いられた。

 ムライやパトリチェフと共に帝国艦隊の仕掛けに対処し、浮遊砲台を移動させては迎え撃つ。もちろん時折はトゥールハンマーを撃って牽制をかけ、いくばくかの損害を与える。

 まとわりつく帝国艦隊をなんとか要塞表面に近付けさせないが、撃滅はできない。トゥールハンマーの有効射程内では巧妙に散開し、的を絞らせないためである。

 

 パトリチェフは「時間稼ぎだけで充分、ヤン艦隊はすぐに戻ってくる。勝利の瞬間が近付いているのだ」などとアナウンスして要塞にいる民間人の動揺を防ぐ。それくらいが精一杯だ。

 

 イゼルローン要塞の司令室には、彼らの他にユリアン・ミンツがいた。

 皆に紅茶やコーヒーを配りながら要塞防衛戦の様子をスクリーンで見ている。

 今もまた要塞はトゥールハンマーを撃つが、またもやすんでのところで有効射程外へと逃げられてしまう。もう十度目以上の無駄撃ちだった。

 

 

 

「次は右下ですね。」

 

 決して大きな声ではないが、ユリアンがそう言っているのを、紅茶入りの紙コップを受け取ったキャゼルヌが聞きとがめた。

 

「それは何のことだい、ユリアン」

「敵艦隊が次に動く方向ですよ。キャゼルヌ中将」

 

 果たして帝国艦隊は右下に動いていくではないか。

 キャゼルヌは慌てて浮遊砲台をそちらへ向かわせた。

 

「これは本当だ。本当にそっちへ動いた。ユリアン、どうしてそう思ったんだい?」

「簡単です。帝国艦隊は突進し一瞬だけトゥールハンマーの射程内に入って撃ちかけてきます。こちらがトゥールハンマーを撃つ時頃には散開して離脱していきますが、その隙にレーザー水爆を使って爆撃してきます。これを丹念に繰り返しています」

「言われてみれば帝国側の攻撃パターンは確かにそのようだが、敵さんからすれば順当なところだろう。苦肉の攻撃をしたいのも分かる。しかしそれと移動方向とどんな関係が?」

 

 キャゼルヌは防衛戦が始まってからのことを思い返す。確かにそういうパターンが続いてきた。

 

「ええと、それはこうです。帝国艦隊は艦砲やレーザー水爆をむやみに使っても要塞に効果がないのは分かっています。その程度ならイゼルローン要塞の外壁は破れません。とすると狙っているのはたぶん宇宙港です。そこが唯一外壁がないに等しいですから。その場所を探るための攻撃でしょう。だからさっきから方向を変えながら試しているんです」

 

 確かにそれなら納得がいく。

 イゼルローン要塞は流体金属層のため全て表面が均一の球体に見える。宇宙港は入港表示とブイを浮かび上げない限り外から場所は分からないのだ。

 

「なるほど、帝国艦隊の狙いが探索なら、動きが予測し、今度は待ち伏せが可能になるか」

 

 ユリアンの慧眼にキャゼルヌはいたく感服した。

 そのやり取りを聞いているムライなども同じ思いだ。ユリアンはその法律上の保護者であるヤンの高度な戦術眼をまさしく引き継いでいる。

 そしてこれから防衛戦をするにあたって光明を見出したのだ。

 

「いえ、残念ですがキャゼルヌ中将、先ほどで大体の方向はおおざっぱに探られたでしょう。今度から細かくまた試すでしょうが、方向は分かりません」

「そうか…… 残念だ。ユリアンに聞くのが少し遅かったか。最初から聞いていれば」

「しかしキャゼルヌ中将。待ち伏せだけが戦術ではありません。引き付けることならできるかもしれませんよ。それに、戦術としてはその方がより効果的だと思います」

「聞こう、ユリアン。その方法とは?」

 

 

 

 

 グリルパルツァーとクナップシュタインはもう一度同じことをしようとした。

 イゼルローン要塞に艦隊戦力が無いのなら、余裕で作戦を行える。

 わざとトゥールハンマーを撃たせては移動し、計画的に場所を決めてレーザー水爆を撃ち込んでいく。

 とにかく宇宙港を探り当てればいい。そこから防御を突破し、損害を加速度的に増やせばいい。最終段階で装甲擲弾兵を送り込み制圧できる。外壁さえ突破して橋頭保を築ければこっちのものなのだ。

 

 そして今度は手応えがあった!

 

 トゥールハンマーのほぼ反対側の面だった。

 レーザー水爆による爆撃から少し時間を置いて流体金属層が盛り上がり、派手な爆発が見えた!

 これは、爆撃だけのものではない。

 要塞の内部からの誘爆を何か引き起こしたのだ。

 

 つまり、やっと宇宙港に爆撃が及び、内部を傷つけたのに違いない。

 試し続けた甲斐があったというものだ。

 そのポイントには侵入を拒む外壁はなく、装甲擲弾兵を多数送り込めば要塞を占拠できる。

 

 

「今だ! 揚陸艦を全て爆発地点へ急行させろ!」

 

 グリルパルツァーが喜んで急がせる。

 ところが辿り着く前に浮遊砲台から熾烈な横撃を受けてしまうではないか。

 

「宇宙港付近を守っていたのか。こんなに浮遊砲台がいたとは。しかしそれも道理、宇宙港があることの証だ。怯むな!これはチャンスだ。初めてイゼルローン要塞を艦で陥とした栄誉はすぐそこにある!」

 

 グリルパルツァーは後衛だが、前線で指揮しているクナップシュタインは爆発地点に辿り着いた。揚陸艦の半数以上を浮遊砲台との攻防で失いながらも、装甲擲弾兵を中心とする陸戦部隊を多数降下させるのに成功した。

 

 ところが陸戦部隊は驚いた!

 流体金属層から露出して薄汚れた外壁を調べても破れている箇所がどこにも見つからない。

 

 要塞内部からの爆発が見えたのだ。そんなはずはない。

 しかし現実にそんなところがない以上、侵入できず立ち往生だ。

 

 グリルパルツァーは焦れながら吉報を待っていた。

 

 しかし報告は前線にいるクナップシュタインからの通信ではなく、艦橋のオペレーターから来た。

 しかもその内容は最悪だった。

 

「トゥールハンマー、要塞表面に発射準備を確認しました!」

「何っ、ここへ届くのか!」

「そうです、ぎりぎりここが射程です!」

「そんな馬鹿な、早すぎる。トゥールハンマーも浮遊砲台の一種だ。それほど早く移動できるはずがない!」

「提督、しかし、発射準備態勢確認できます!」

「まさか、奴らは最初からここへトゥールハンマーを移動させていたのか!」

 

 

 ここはトゥールハンマーの直前発射地点と反対面である。

 おまけに宇宙港の破壊とそこからの侵入を確信していた帝国艦隊は近寄り過ぎていた。

 

 だがトゥールハンマーは撃った後すぐに流体金属に沈降させ、ここへ急いで移動させられていた。もちろんこの地点へ帝国艦隊をおびき寄せるのが前提だ。

 宇宙港の場所と勘違いさせるため、要塞側の爆薬を使ったニセの爆発を見せることで。

 

 今、トゥールハンマーは再び浮上し発射態勢を取っている。

 

「しまった! これは罠だ! 陸戦部隊を急ぎ収容して要塞から離脱!」

 

 さすがにクナップシュタインを要塞表面近くに置き去りにしては行けない。

 その逡巡が致命傷になる。

 

 

 

「目標、帝国艦隊中央、トゥールハンマー発射!」

 

 キャゼルヌが手を振り下ろして命ずる。

 白熱の帯が死神の鎌のようにきれいに艦隊を刈り取った。

 

「続けて第二射用意!」

 

 なんとかトゥールハンマーの射程から逃れた時には、帝国艦隊の三割以上が失われていた。

 その損失は通常なら惨敗と計算され、撤退に追い込まれる数字である。

 

「上手くいった」

 

 キャゼルヌは指揮シートで溜息をつく。

 

「ユリアンはヤンの一番弟子だな。この攻防戦の一番の功労者だ」

 

 

 

 

 ところがグリルパルツァーとクナップシュタインはそれでも撤退しない。

 

「このままおめおめ帰れるか! 何としても戦果を得なければ出世の道は閉ざされる。艦隊戦力のないイゼルローン要塞に叩きのめされただけで終わるわけにいかない!」

 

 再び要塞に対峙するが、通常の攻撃では攻めあぐねるのは当たり前である。

 

 

 

 

 そのころオーディンではラインハルトがミッターマイヤーとロイエンタールを呼んでいた。

 

「ご苦労だが卿らにイゼルローンへ行ってもらいたい」

「グリルパルツァーらが既に赴いているはず。何か、戦況に不都合がございましたか」

「いや、ミッターマイヤー、そうではない。通信では詳しいことを伏せているが大方苦戦しているのだろう。しかしそんなことはどうでもいいのだ」

 

 ラインハルトは憮然としている。ラインハルトもまた重要な局面で人選を誤ったことを認めなくてはならない。

 

「今度の目標は敵国そのものの牽制になる。回廊内に敵の艦隊戦力が無いのなら、イゼルローン要塞など無視して敵領内で暴れればいいのだ。それだけでいい。それなのに大局を見ようとせず、要塞にこだわり、対峙して無為に時間を潰してしまうあたりが限界だ」

 

 さすがにミッターマイヤーとロイエンタールは戦略が分かるだけに直ぐに理解を共有する。

 

「御意。直ちに出動いたします」

 

 二人はそれぞれ自分の一個艦隊を率いてイゼルローンへ向かう。それは併せて三万隻に近い。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第六十八話  再出発
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