諸将はヤンの言ったことを反芻する。
特に重要な点は、フェザーン回廊から来る帝国の大艦隊を食い止める戦いをしなくてはならない。
圧倒的な戦力差に耐えていくのだ。
たとえ全滅しても、なんとか時間を稼ぐことが求められる。
ここで意外なことにキャロライン・フォークが発言してきた。
「ヤン提督の戦略は素晴らしいと思います。しかし一つの問題点を指摘します。同盟にとって不利なことに、フェザーン回廊からハイネセンまでは近く、イゼルローンから向こうのオーディンまでの距離は遠いことです。相対的に。これが先の戦略を行う上では問題です。同盟も帝国もお互いに首都星防衛をするわけですから」
なるほど、この時間勝負では距離がとても重要な要素なる。
互いの首都星を目指す戦い、先に陥とされた方が負けだ。
「帝国の方だって同盟がイゼルローン回廊からオーディンを突く構えを見せれば必死に足止めし、時間稼ぎをするでしょう。もう一つ言えば、こちらは領内の有人惑星を守らなくてはならないという不利も重なります。具体的に言えばハイネセンまで引き付け、補給路を断つのは難しいと思われます。どうしても戦わなければ足止めすらできません」
このキャロラインの発言についても諸将は唸る。それももっともだ。
しかしそうはいっても代案がない。
そのキャロラインへクブルスリー大将が尋ねる。
「それでは、より作戦が難しく感じられるな。遠征軍を立ち往生させるには補給を断つのが一番なのだが。ではどうすればいい」
キャロラインが澱みなく答える。既に考えていたことだ。
「解決策はあります。同盟領の航路図を絶対に渡さない策を講じることです」
「航路図! なるほどそうか!」
この考えには根拠がある。
先のクーデターで諸将は航路データの重要性を嫌というほど思い知った。そして一番その部分で悪戦苦闘したのがキャロライン・フォークなのだ。
なるほど、言う通りだ。航路図のない不利をそっくり帝国軍に味わわせてやれれば。侵攻は相当難儀するだろう。
直ちに統合作戦本部はヤンの戦略を元に作戦を練り上げた。
各補給基地、警備隊の態勢を整える。
キャロライン・フォークの指摘に基づき、航路情報面でも徹底した秘匿処置がとられた。
また、有人惑星の緊急退避のための方策も立てられた。
今回はイゼルローン方面のエル・ファシルではなくフェザーン方面の各有人惑星だ。そもそもフェザーン方面の星系には避難のマニュアルすらない。今まではそんなものは必要なかったからだ。
そして同盟各艦隊はもちろん出撃準備にかかる。
この会議のためハイネセンに来たヤンとアッテンボローはできるだけ早くイゼルローン要塞に戻らなければならない。イゼルローン要塞救援のためのアップルトン中将の第八艦隊、ウランフ中将の第十艦隊と共に。間もなく帝国軍ロイエンタールが率いる艦隊がイゼルローン要塞に近付いている頃だろう。
そんな忙しい中、アッテンボローは第九艦隊のキャロラインを探していた。
第九艦隊用の補給物資保管庫に彼女がいた。物資確認の所用のためだ。
倉庫の暗がりでも亜麻色の髪とすっきりした顔が美しい。かえってシルエットに添えられた光の輪郭がたまらなく魅惑的だ。
アッテンボローは三メートルの距離まで走り寄って、そこで止まる。
キャロラインの方では、こんな保管庫に駆け込んできた者が誰かと思って視線を向ける。それは見間違えることはないダスティ・アッテンボローではないか。しかし、こんなところまで急いで来て何だろう。
何か用だろうか。
ボリュームのある亜麻色の髪を揺らし、問いかけようとした。
しかし先にアッテンボローの方から話してきた。
「その、キャロライン・フォーク、中将。何と言うか、言いたいことがあって」
「はい? 何です、アッテンボロー少将」
にわかに中将になったキャロラインとしてはそう言われると妙な感触だ。
あ、そういえばいつものようにアッテンボローを少将と返してしまった!
これではいかにも階級を意識させ、上から見下げているように受け取られなかっただろうか。
少しばかりうかつだった。
そう取られたなら心外も心外、どうフォローしたらいいのだろう。
しかしキャロラインはそんな細かいことを考えていられなくなる事態になる。
「その、結婚してほしいんだ!」
「は!?」
これにはキャロラインもとっさに反応できない。
もちろんアッテンボローは嫌いではない。その皮肉っぽさも含めて。これまでの長いやりとりから人に気遣いのある優しい人だと分かっている。
でも、だからといってどう答えよう?
自分が結婚など未だ考えてもいない。それこそアッテンボローでも、誰が相手でも。
そこまで考えて混乱から立ち直ってくると、この会話が妙なことだと分かってくる。
私はアッテンボローと恋人ではないのだ!
そうなった覚えはない。
仮にアッテンボローが言うとしたら「お付き合い下さい」という交際の申し出であろう。そうでないのがおかしい。
どうしていきなり結婚なのか。
だがそれはアッテンボローの不器用さから来るもので、純粋な恋愛感情の発露なのだ。それはむしろ微笑ましいことだとも知っている。
「アッテンボロー少将、その、結婚という大事について直ぐに返事というのは無理なことです」
ちょっと冷たい口調で言ってしまった。
その後アッテンボローの表情を見て可哀想になる。
「先ずは目の前戦いを済ますのが先だと思います。全てはその後の話ではないでしょうか」
「だったらこの戦いが済んだら返事をもらえる、んだね!」
少し明るい表情になるアッテンボローに、ええ、まあ、と煮え切らない返事をしてしまった。
あっさり断った方が結果としてはよかったのか。いや傷ついたアッテンボローを見たくない。断れなかった。それは自分の我儘である。
その気遣いがどこから来るものか、それにキャロラインは自分でも気付いていない。
「じゃあその時に!」
そうアッテンボローは晴れやかに言い、手を大きく振りながら来た時のように駆けて出て行った。
一方、銀河の遠く離れたところでは、やはり決断を迫られている者がいた。
その決断は、相手のあることだ。
しかも相手に始めから赦しを得ないといけない。緊張に足がすくみそうになる。それでも心を奮い立たせて歩む。
その相手は一万三千隻の帝国一個艦隊を統べる旗艦リューベックにいた。
そのリューベックの司令官室を訪ねる。
「ミュラー提督、お話があって参りました」
「お入り下さい、フロイライン。話をお伺いします」
「提督、先ずはお赦し頂きたいことがございます。出征前のこんな時期を選んだことでございます。非常に失礼なことだと思っていますが、ただし、もう少し時間をおいてごまかすということの方がわたくしにとっては辛いことなのです」
「フロイライン、あなたの誠意は分かります」
話を聞くミュラーには分かる。
今司令官室を訪ねてきた相手、ヒルデガルト・フォン・マリーンドルフの誠意は言うまでもない。いや、それどころか率直さも正義感も抜きんでた令嬢なのだ。
「やはり、提督にはわたくしのことがお分かりになっていたのですね。それで黙っていて下さって、感謝しています」
この時、ヒルダが意味しているところもミュラーはほぼ正確に知っている。
かつてヒルダが黄金の覇王ラインハルトに魅かれていたことを。
帝国軍の今の司令官級にはなぜかそういう方面に異常に疎い者が多いのだが、ミュラーはその意味で普通の感性をもっていたからだ。
まして、ヒルダのことは特別な関心を持って見ていたのだから。分からないはずはなかった。
しかしつい先日、ラインハルトとサビーネの結婚式があった。
ヒルダの心にしばらくさざ波が立ったのは否定しえない。
しかしそれが自分でも思いのほか早く収まり、それがどうしてなのか段々分かってくる。
今さらどんな顔をすればいいのか。どう思われるだろうか。だが、感情を他のことで誤魔化すことはできない性格なのだ。
それがヒルダなりの誠意である。
「それで今、ミュラー提督にはきちんとお話しすべきだと思いました。もちろん、以前の舞踏会の帰りに提督がわたくしに仰っておられた事についてです。本当にわたくしには過分なお言葉だと承知しているのですが」
長い沈黙が司令官室を支配した。
長い。余りにも長すぎる。
二人はそわそわし始めた。
お互いに待っているというのに返事が返ってこない。たまらず声を出した。
「つまり、どういう」
「どうなのでしょう」
二人は同時に声を上げた。
また、しばし見つめ合う。緊張が最高に高まる。
「フロイライン、それでお返事は、どちらなのでしょう」
「提督は、今はどうなのでしょうか」
また二人は同時に声を上げてしまい、声が重なってしまう!
普段ならこんな失態はしない。どんな時にも会話なら淀みなく進み、こんなギクシャクしたことにはならないのに。
お互いに言葉を噛みしめ、ゆっくりと一拍置く。
期待が不安を上回る。
「フロイライン、結婚を承知して頂けるのでしょうか」
「ええ、提督! そうです! 提督さえよろしければ。こんなに待たせてしまって今更なのですが」
「本当に承知して頂けるのですね」
「はい。こんな女に愛想を尽かされているのではないかと心配でした。本当ならそんな資格はないはずなのに」
「そんなことは仰らないで頂きたい」
「ずっと提督の優しさに甘えてきました。本当に。それが今ではよくわかります」
「フロイライン、全てはこれからです。これから共に歩んでいくのなら、きっと素晴らしいものになります」
二人の人生はここからぴったりと寄り添うものになる。
それは、ミュラーの言う通り素晴らしいものだった。
次回予告 第七十八話 作戦発動
ついに帝国と同盟がぶつかる!