見つめる先には   作:おゆ

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第八十話  宇宙暦800年 八月 ランテマリオ~開戦前夜

 

 

 本当にタイミングとしては際どかったのだ。

 

 帝国軍はフェザーンを完全に制圧し、占領者として堂々とフェザーン中央コンピューターにアクセスする。

 

 だが、しだいに青ざめる!

 航路データが偽物であると分かってきたからだ。正確に言えば先にフェザーン商人が気付いて、既に輸送の混乱が生じていたために偽物であると判明したのだ。

 

 これは大事、ラインハルトにも直ちに伝えられる。

 

 それを知ったラインハルトもキルヒアイスも、うかつであったことを後悔した。

 航路データの重要性を認識していないつもりはないのに、工作を許してしまった。

 

「しまった! キルヒアイス、これは明らかに敵の工作だ。我が艦隊の行動の自由を抑えるための」

「ええ、そうですね。ラインハルト様。しかも手際が良過ぎます。この狙ったようなタイミングとは……」

「そうだ。事前にこうなることを読んで準備していなければできることではない。つまり先手を取られた。フェザーンに侵攻することをよもや予期していたのか……」

 

 帝国軍がフェザーンを急襲してから間を置かず航路データをすり替えられたとは、そう考えざるを得ない。タイミング的に遅ければデータを帝国軍がコピーして意味がなくなるし、早ければフェザーン中央コンピュータに侵入できたとも思えない。

 

 それはさておき一歩遅れをとってしまったのはやはり情報の重要性を分かっていなかったと言われても仕方がない。本当なら帝国軍は先行部隊をできるだけ早く送り、そこだけ押さえるべきだったのだ。

 二人とも一士官から多くを経験して昇りつめてきたが、情報部に所属したことはなく、艦艇などのハードウェアの方に目が向きがちなのが裏目に出た。

 

 

 

 ここで敵領の正しい航路データがないのは、大きな痛手ではあるがだからといって侵攻自体を諦めるつもりは毛頭ない。

 ラインハルトは直ちに輸送艇だけで数万隻に及ぶ船団を用意した。

 これもまた後方部隊としては未曽有の規模だ。

 

 まさに力押しである。

 

 だが今の帝国にはこれさえ可能である。

 大輸送船団を組み、それを警護できれば補給に問題はなく、敵領から物資を徴収しなくとも敵首都星ハイネセンまで侵攻できる。

 

 ただし当初考えていた電撃的な作戦はできず、進軍は慎重にしなければならない。

 おまけに補給物資の集積所になる基地の設営も必要になってくるだろう。

 ラインハルトは中間基地にガンダルヴァ星系ウルヴァシーを選んだ。霧が多い天候のため開拓が進まず、手つかずの惑星であったが、補給基地として使うなら問題はない。

 

 

 

 一方の同盟側ではウルヴァシーを含めフェザーン方面の辺境星系から続々と開拓民を避難させ始めている。大掛かりな航路情報を使わずとも隣接星系程度なら航路が分かるのでそれをつたって移動させるのだ。

 情報統制はしていない。

 この侵攻は同盟領各星系の市民全てが知ることになり、自由惑星同盟の将来がどうなるのか、固唾を飲んで見守っている。

 頼みの同盟軍は侵攻してくる帝国の大軍に勝てるのか。もし負けたらどうなるのか。今は祈るしかない。

 

 同盟軍のフェザーン方面迎撃艦隊は総艦艇数四万二千隻、普通なら大艦隊と言えるだろう。

 しかし帝国軍の十二万隻を越える大軍の前にはちっぽけなものだ。フェザーン回廊出口付近での迎撃は最初から諦めている。

 

 その同盟軍の陣容を成す同盟軍第三艦隊、第四艦隊、第九艦隊、第十一艦隊は入念に防衛戦の打ち合わせを行なう。

 奇しくも各艦隊司令官は全員中将だ。その中で最も先任なのはアル・サレムである。

 このフェザーン方面の戦いに挑む同盟艦隊はアル・サレム中将が総司令官に決まる。

 もちろん各艦隊とも実質はキャロライン・フォーク中将が指揮するものと知っているし、大いに期待している。

 

 特に第九艦隊の将兵は死地に赴くと知っていながら、暗いムードがない。

 もちろん死ぬのは怖い。

 しかし、それ以上に作戦が成するのを信じているからだ。

 むろん犠牲が大きくなるということは避けようもなく、たとえ運悪く自分が死んでも決して無駄に終わるのではない。

 この思いが明るさをもたらす。人は自分の行動に意義があると思うとき、恐怖に打ち勝ち、敵に立ち向かえるのだ。

 

 今まで常に勝利に導いたキャロライン・フォークが必ずや成功をもたらす。そう信じてやまない。

 そして、もしも危機に陥ったときには絶対に司令部だけは守ってみせる。どんなことになろうとそれだけは絶対に。

 艦隊全将兵が等しく同じ思いだ。

 

 

 

 最初の指示が第九艦隊旗艦パラミデュースから発せられた。

 

「先ずは第九艦隊で帝国軍の物資輸送を妨害します。できるだけ物資を欠乏させ、侵攻の足かせとします」

 

 定石通り遠征軍の弱点である補給を狙う。

 後方補給基地ウルヴァシーに物資を運ぶ輸送艇を襲撃する。

 最初はあっけないほどうまくいった。帝国軍の護衛艦は数はあっても緊張感がなく、襲撃されても対処が遅い。

 補給線寸断は成功した。

 

 帝国軍では当初、物資護衛の責任者に本隊所属のゾンバルト少将を抜擢した。

 本人の強い希望があったためだ。

 もちろん、物資護衛の重要性のために志願したのではない。単に出世のために目に留まる働きの場を得ようとしただけだ。

 

 そんなことのために付き合わされた将兵はたまらない。

 

 ラインハルトはすぐに後悔することになる。遠征軍にとり最重要の役にそんな小物を当ててしまった。

 定期報告などが遅れていることで、緊張感がないと判断した。

 ゾンバルトもまさかそんな護衛艦隊の定期報告をラインハルト自らが読んでいるとは思わなかった。

 この時点で無能なのは明らかだ。

 任務がどれほど重要なものかという認識はおろかラインハルトの性質さえ見誤っているのだから。

 

「自らの身で過ちを処断せよ」

 

 これはゾンバルト少将が護衛任務に失敗して帰還した時、ラインハルトが発した言葉である。

 しかし失われた補給物資も、わずか数隻にまで破られた艦隊も戻ってこない。

 

 

 ラインハルトは物資の重要性はもちろん理解していた。

 補給輸送艇を襲撃されるごとに護衛を飛躍的に強化していく。

 そこには際限がない。ついには一個艦隊を動員してまで行う。ワーレンやシュタインメッツといった第一線級の将にまで護衛の任を担わせる。

 輸送艇よりも護衛の数が多いという軍事的な常識では考えられない。それは戦闘艦艇を動かすだけで反応剤や推進剤を使うわけであり、はなはだ非効率な輸送になるではないか。

 だが仕方がない。ラインハルトはここでも力押しで補給線を確保しようとした。

 

 キャロラインと第九艦隊はそれでも粘った。

 

「帝国軍、護衛艦隊総数一万四千隻、旗艦サラマンドル確認。帝国軍ワーレン艦隊です!」

「長距離ミサイル発射! 急ぎ艦載機の発艦もお願いします。」

「ミサイル群、帝国艦隊の迎撃ミサイルにより全て撃破された模様!」

「今です! その爆発に紛れて艦載機を輸送艇群の中に入りこませて下さい。輸送艇に艦砲はありません」

 

 何と帝国の輸送艇を盾にしてワーレンの護衛艦隊に攻撃をかけさせた。

 ワーレンには輸送艇が邪魔で弾幕を張れず、手をこまねいてしまう。

 

 唯一の対処法はワルキューレによるドッグファイトだ。

 

 ワーレンはたまらず急ぎ発進させようとする。しかしそれこそがキャロラインの狙いどころだった。

 

「戦艦の長距離砲を斉射! 間断なくそれを続けて下さい。シールドを解いた空母を撃滅するのです」

 

 キャロラインの指示に従い、各艦が砲撃を始め、ビームの束が宇宙を白熱させていく。

 

「我らが無敵の女提督から命令だ、撃て!」

 

 こうして第九艦隊の方が数では劣るのにも関わらず優勢な戦いを続ける。

 ただしいつまでも続けることはできない。同盟は回復力がなく、後がないのだから。遠征軍である帝国の方が余裕があるのが現実だ。

 

「ここらが限界でしょう。撤退しますが、艦載機は最後に輸送艇のエンジン部だけでも破壊して下さい」

 

 こうしてなんとか一個艦隊を相手にしても輸送艇を攻撃できた。

 

 

 しかし、キャロラインは輸送艇襲撃をこの攻撃で最後とする。

 帝国の護衛艦隊には足の遅い輸送艇を抱える不利がある。急襲に弱いのは道理だ。

 ただし、漫然と攻撃を繰り返せばいつかは手痛い目に合う。キャロラインは理解していた。そんなに甘いわけはなく、そしてこちらは決戦までに戦力を消耗してはならないのだ。

 

 実際に危機一髪だった。

 

「ワーレンまでも輸送艇を半分しか守れなかったか…… いや半分守れたと言うべきか」

「ラインハルト様、護衛では足の遅い輸送艇を抱える不利があり、急襲に弱いのは道理です。抜本的に何とかすべきでしょう」

「そうだな、キルヒアイス。よし、ここらで輸送艇を囮につかって罠を仕掛ける。ミッターマイヤーとルッツを赴かせよう」

 

 ラインハルトは輸送艇と一個艦隊を囮にして、更に時間差をつけて包み込むという恐ろしくダイナミックな作戦を立てている。それには何と双璧であるミッターマイヤーまでも使うものだ。しかし作戦は空振りに終わった。

 

 

 ラインハルトは膨大な量の物資と輸送艇を用意したが、途中で失った分も大きい。それにより、さすがにウルヴァシーからハイネセンへの進発は予定通りにはいかず、遅れが出てしまう。これはキャロラインたちの大戦果だ。

 

 おまけに同盟情報部はそれ以上の戦果を上げる。

 

 帝国がフェザーンから物資を購入するのを妨害したのだ。

 帝国軍は帝国領から持ってきた物資を使い切ったためやむなくフェザーンで調達する方向へ転ずる。

 フェザーンにはさすがに物資自体は豊富にあり、購入することは容易に思われた。接収というやり方で反発を受けずとも購入すれば問題はない。

 

 ところが自由主義経済の進んでいたフェザーンには帝国人に思いつかない罠があった。

 

 同盟情報部はシンプルだが最も効果的な手段を使った。それは「買占め」の噂を流すことだ。

 噂が噂を呼び、便乗して買占めにかかる者が続出し、あっという間に市場から物資が消え、帝国軍は唖然としてしまう。

 むろん全物資について噂を仕掛ける必要もない。

 特殊鋼の一部部品、軍艦用推進剤などのわずか数品目だけでいい。しかし数品目でも欠乏すれば大侵攻作戦において無いでは済まないのだ。極端に稼働率が落ち、艦隊行動に支障が出てしまう。

 

 もはや帝国軍は強制接収に出るしかなかった。それ自体は軍事占領をしているのだからもちろん可能である。しかし今度は混乱のために生産そのものが落ちてしまった。

 悪いことに連鎖的に部品のまたその部品の生産が滞る。

 経済というのは一つをいじるとそれだけでは済まないものである。

 できあがっている品を奪うのなら可能でも、生産を強いるのは難しい。無理にさせるとサボタージュするか、不良品の山を作るだけになる。

 

 

 経済が正常に回るにはフェザーンにオーベルシュタインが来るのを待たなくてはならなかった。

 即座にオーベルシュタインは物資を強制接収するのに適切な対価を払う。

 この場合、信用が大事だと知るため帝国貨幣ではなく現物の財宝をもってそれに当てる。

 

 おまけに対価は安すぎてもダメ、高すぎてもいけないと理解している。さすがにオーベルシュタインは経済の仕組みを理解し、製造原価や製造工程表まで読み取ってみせた。

 

 それもまた天才と言うべきだ。

 

 だが物資を一瞬で無から作り出す魔法はない。

 ラインハルトは現状を見通し、侵攻を行えるものの大会戦を繰り返すことはできないと知る。

 二、三度の戦いしかできない。いや、それだけ戦うことはできる。ならば充分だ。

 

 ラインハルトと十二万隻の大艦隊はついにウルヴァシーを進発する。

 

 

 

 一方の同盟軍は想定戦場星域をランテマリオと定め、最後の調整を行っている。

 帝国艦隊はハイネセンを直撃してくると分かっているし、また航路に不安があれば最も主要な航路しか選ばないと見切っているからだ。

 

 

 両軍激突まであとわずか。

 

 人々や国家の運命、そしてランテマリオの名が後世にどのような形で語り継がれるか、間もなく決まる。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第八十一話  ランテマリオ~激闘!双頭の蛇

ついに始まる激闘!
ラインハルトの恐るべき天才は何を……
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