それと同じ頃、宇宙の一方では別のことに熱中している者たちがいる。
「どうだろうこの案は。キルヒアイス」
「距離的な面ではなんとか条件を満足しそうです。ただし、まだ偶然の要素に左右させられるほど脆弱な作戦かと」
「そうか…… どうにかしてうまくいく戦略を作り上げなくてはな」
ラインハルトは溜息をつく。
なんとか宇宙統一への戦いを成功させる方法を見つけるのだ。
「キルヒアイス、この前の戦いと同じことをするわけにいかない。敵は決して弱くはない。特にあの二人の将はいまいましいほど有能だ」
フェザーンから攻め込んだ自分たちの本隊を阻んで進ませなかったキャロライン・フォークと、あのロイエンタールをして重傷にまで追い込んだヤン・ウェンリー、その二人のことを言っている。
「そうですね。ラインハルト様。少なくとも数の上で相当の優位を確保する戦略を立てませんと」
ラインハルトは決して宇宙統一を諦めていない。その覇気は少しも衰えるはずがない。
拙速をするつもりもないが、目標を達成していない以上怠惰な時を過ごすつもりは毛頭ない。
キルヒアイスも同じ気持ちだ。ただしラインハルトとは違うことも思うのだ。
このまま何度も大規模な戦いを繰り返せばいかに大軍の帝国軍といっても消耗してしまう。
ラインハルトは敵が存在する限り決して立ち止まることがないからだ。
今は将兵全てに黄金の覇王のカリスマが浸透しているので不満の声はない。帝国の歴史上不世出の名将、これに全員が酔っている。しかしこの先何度も戦い、帝国軍の生き残りが少なくなれば不平不満が噴出するに違いない。
その前に敵を倒し、終わらせなくてはならない。
だが問題はもう一つ、その先にもある。
銀河統一に成功したとして、敵が本当にいなくなった時にラインハルトはどうなるのか。ゆっくり余生を過ごす未来など想像もできない。
キルヒアイスもそこまでの答えを持たない。
二人は戦略を練り続ける。
フェザーン回廊とイゼルローン回廊がある限り、どちらも勝とうとすれば単純に敵の二倍以上の戦力が必要である。
敵はどちらか一方に戦力を集中させるからだ。
現に先の外征ではそれでしてやられている。時間という要因で際どいところではあったが。
仮に帝国軍は二倍以上の戦力を整えられたとしたら一気に両方から攻め込むだけだ。敵はどちらかに戦力を集中させても防ぎきれない。
だが現在の状況ではそんなことを望むべくもない。以前からそうだったが、先の戦いの結果、更に艦隊戦力の差は縮小し、せいぜい一・五倍程度のものだろう。具体的には帝国軍十四万隻、同盟軍九万隻というところだ。
だからそこをなんとかする戦略を立てないといけない。
無論候補はある。
政治的に手を回し、圧迫することで敵を星系単位で離反させていく……
あるいは経済的競争を仕掛け、失血させ、やがて費用面で艦隊維持を不可能にさせる……
技術革新をはかり、内容を充実させる……
ランハルトとキルヒアイスはいくつも考えた。
しかし、どの方法も時間がかかり不確実なものばかりだ。これは帝国の理想通り事が運ぶことはなく、相手あってのものだから。
それに何よりラインハルトは戦いによって決したい。それは単純なヒロイズムばかりとも言えず、はっきり目に入る敗北の形こそ向こうに反抗の気力を失わせ、後の統治に必要かもしれない。騙された、本当は勝っていたはずだ、そう思われたら長く反抗される。
「やはり、今一度戦略を考え直すのが先か、キルヒアイス」
「そうですね。細かく戦場設定から考えましょう、ラインハルト様」
「帝国軍は戦闘艦艇のフル生産を継続中、補給物資も蓄えつつあり」
こういった報告が届く度に度に同盟政府もまた胃が痛い。
交渉で平和が保たれるのは一時だけ、決定的な終戦を結んだわけではない。今もなお帝国が宇宙統一を諦めていないということがよくわかる。
絶え間ない緊張感の中、同盟もまた軍備を整える。
そして実際、平和な月日は長くなかった。
イゼルローン回廊で思いがけない大規模な遭遇戦が生じたのだ。
それは回廊の帝国領出口付近、帝国軍の定期巡回にしては多すぎる軍勢が迫っていた。
同盟軍の哨戒がそれを見つけ、直ちに要塞に連絡する。
むろん同時に撤退のための防衛戦に入る。
「帝国艦隊発見、数、一万二千から三千隻!」
それは何と一個艦隊と言えるほどの数があるではないか!
これにヤンは直ちに反応した。この帝国艦隊を牽制し、それによって哨戒部隊を救わなくてはならない。
「戦力の逐次投入は撤退の契機を失うことにつながる。第十三艦隊の全軍をもって一戦し、哨戒部隊を救出する」
ほぼ全艦を動員し、その二万隻をもってイゼルローン要塞を出撃する。
すると帝国艦隊は接触直前、あっさりと撤退して去っていった。もちろん同盟艦隊二万隻と戦うのは非合理的と思ったのだろう。
しかし不思議なことである。
そもそもイゼルローン要塞に二万隻がいることは帝国軍も知っているはずだ。帝国軍がそれに劣る中途半端な数でなぜやってきたか、その狙いがわからない。
「帝国軍の撤退を見極め、こちらも帰投する。しかしいったい、何のためだったのか…… 単なる威力偵察にしてはおかしい」
帰還してきたその帝国一個艦隊をラインハルトがねぎらう。
「ご苦労だった、ワーレン。敵のだいたいの動きは分かった。下がってよい」
「は、はあ…… 敵の増援が早く、行って戻ってきただけでございますが」
ラインハルトは今回結果をもとに思案に入った。
相談する相手はもちろんキルヒアイスだ。
「どう思う、キルヒアイス。敵は哨戒網がきちんとしている。反応も早いな。それに何よりヤン・ウェンリー、躊躇なく兵力を出してくる」
「そうですね。ラインハルト様。建造は難しいかと思います」
ワーレンにそういう行動をさせた意味はここにある。
一つの可能性として、新しい要塞の建造を考えていたのだ。
イゼルローン回廊の帝国領側出口に要塞を置き、それでイゼルローン回廊にフタをしてしまうのだ。
そうすれば、お互い大兵力の決戦にならない。
そうしておいて、再びフェザーン回廊から大兵力で攻め込む。今度はいっそうきちんと補給を整え、一歩一歩前進する。兵力で勝る帝国軍が敵首都ハイネセンを捉えるのは必定だ。
しかしそれは夢物語でしかない。
ラインハルトは諦めざるを得ない。
現実には帝国がそうしようとしても要塞の建造を察知されたらすぐに敵は破壊しにくる。
いかに護衛をつけても建造中の無防備のものを守り切れることはない。長距離ミサイルや工作船を完全には防げないからだ。逆にその防備ばかり考えては、それが足かせになって肝心の艦隊がやられてしまう。
今回ワーレン艦隊を使って敵の出方を見たのは、そうした場合の予測をするためのものだ。
ならばラインハルトは次の手を考える。
要塞が作れないのなら、どこからか持ってくればよい。
そういう発想は自然なことだ。
ラインハルトは帝国軍の科学技術総監シャフトを呼んだ。
「シャフト、単刀直入に聞くがワープで移動させられるものの大きさについて知りたい。その上限はどのくらいか」
「ええ夫君陛下、それこそ我が技術力の成果をご覧頂けるでしょう」
脂ぎったシャフトという男は我が意を得たりとばかりに話し出す。
「ワープエンジンを複数個完全に同期させれば、どのくらいでも」
「完全な同期、それは難しいと聞いたことがある。特に数を増すほどとんでもない難度になると」
「可能でございます! 複数個を使い、例えばガイエスブルク要塞のようなものでも移動させられます」
ラインハルトは少し興味を持った。
これは、最初から考えていたな。聞かれなければそのうち自分から提案してきたのかもしれない。
ともあれ朗報だ。それが可能ならできる戦術がある。
「自信があるのか。なるほどそれは良いことを聞いた。ガイエスブルク要塞が本当に移動できるのであれば、非常な利点だ。早速だが詳細に検討した報告書を提出せよ」
しかし出てきたシャフトの報告書には首をかしげるところが多い。
なぜならシャフト自らの業績を誇示する記述で埋め尽くされているからだ。技術的な課題がいかに多いかと、それを解決する自分のアイデアがどれほど画期的で優れているか自慢している。
技術屋というのはこういうものだろうか。
ラインハルトもキルヒアイスもそれが気になり、最後に確認する気になった。
「シャフトよ。端的に言って成功する見込みはどれくらいになる」
「これは夫君陛下。必ず成功いたします。この技術を用いますれば」
「それではシャフト、卿も共にガイエスブルクに乗って頂こう。その成果を自分でも確認したいだろう」
ところがシャフトは即答できなかった!
額から汗を出すばかりだ。
ラインハルトは多少の失望を感じ、意地の悪い目になる。
「どうなんだ、シャフト」
「ええと、それは私が乗らなくとも、科学的計測は外部からで充分と存じます」
「なんだ、卿は乗らないのか。確実に成功するなら問題はないはずだ」
「もちろん、もちろんそうでございます。ですが、有能な技術員は他にもあまたいるわけで……」
意地悪はここまでにした。どのみちシャフトなどラインハルトや諸提督に比べればただの小物に過ぎない。
「計画は実行しない。シャフト。次は自分で乗れるものを考えて持ってこい」
ラインハルトは不確実なワープを行い、もし事故を起こせば将兵にどれほど詫びても済まないことになるのがわかっていた。
たちまちすり潰されて分子まで分解、あるいは時空の狭間に漂うことになる。そんな可能性のある作戦は実行できない。
むろんキルヒアイスも同じ意見だ。
それにもう一つ理由がある。
元々ガイエスブルク要塞を引っ張ってくるほど大掛かりなことは必要ないのだ。
別にイゼルローン要塞と戦うことは想定にない。
いやむしろイゼルローン要塞と戦い、仮に破壊して共倒れになれば何の意味もなくなってしまう。二正面作戦を避けるための戦略なのだから。
次にシャフトはガルミッシュ要塞にワープエンジンを取り付ける案を持ってきた。
ガルミッシュ要塞も決して小さなものではないが重量にすればガイエスブルクの一割にしかならない。
この規模なら大型ワープエンジン三個の同期でいい。ガイエスブルクに付ける案では十二個もの同期が必要だったのだが。
ちなみに帝国領内には他にもいくつか要塞は存在する。貴族や領民の反乱に対応するため、補給と部品生産のため、そして艦隊将兵の娯楽や教育の基地とするためである。しかしながらたいていはレンテンベルク要塞のように小惑星をくりぬいて作ったものだ。小惑星が手に入る場所であれば簡単に作れ、できあがった要塞は堅牢でもある。
しかしワープさせるには質量が大き過ぎて到底使えない。
ワープに使えるのは完全人工天体の要塞だけだ。規格外の大きさを持つガイエスブルク要塞を除けば、ガルミッシュ要塞が最有力の候補になる。だがガルミッシュ要塞は艦艇ドックや補給機能はあっても、特別防御や主砲に優れたところはない。
空きスペースはあるので、大きな反応炉と主砲を備え付ければ防御はともかく攻撃力はそれなりのものになる。ラインハルトはワープエンジンの搭載と、その六角形の要塞の表側と裏側に主砲をそれぞれ備え付けさせた。
全ての作業が終わり、飛行テストにも無事成功した。
「キルヒアイス、これで舞台はできた。主役のメイクも終わったな」
「ラインハルト様、主役は違うのではないでしょうか」
「こいつめ、言ってくれるな。当然俺たちが主役だ」
こうして束の間の平和が終わろうとしていた。
哨戒勤務というのは本来ヒマなものだ。
もちろん哨戒はヒマなのが一番の朗報ともいえる。
今イゼルローン回廊の哨戒勤務をしている同盟小艦隊はそうと思いつつも、何か変わったことがないかと願ってしまうのも事実だ。
定期報告も毎日同じだと飽きる。
たまたまここを哨戒していた小艦隊の兵たちは何もないのが一番、このこと嫌でも思い知らされることになる。
「探知しました! 空間歪曲発見! 何かがワープアウトしてきます。予想質量、極めて大!」
「何だと! 正確に報告せよ」
「し、質量、五兆トン! これは艦などではありません!」
「五兆トン!? 何をしている、すぐに退避だ! 時空震に巻き込まれるぞ! それとイゼルローン要塞に連絡!」
再び帝国軍が同盟に対し侵攻を開始した。
同盟は非常警戒に当たり、またもや戦乱の時期になったことを痛感した。
今回帝国軍の侵攻はガルミッシュ要塞に加えておよそ三万隻の艦隊だった。
そのワープアウトはイゼルローン要塞のすぐ近くではなく、不思議なことにイゼルローン回廊の帝国領出口付近である。
それだけで同盟は震撼するが、率いる将の名前を聞いて更に驚きは大きくなる。
「まさかそんなことが…… これは帝国軍が本気だということだ」
「どういうことですか、先輩。これまでだって本気じゃなかったことはないでしょう」
「いいやアッテンボロー、今度ばかりは本気の中の本気だ。帝国の将はミュラー中将とルッツ中将の名があるがこれは副官であり、総大将はあのキルヒアイス大将ときている」
「やさ男の親友にして側近のキルヒアイス大将……」
「簡単にはいくはずがないぞアッテンボロー、向こうは負ける気が無く、おそらく絶対の勝算を立てている」
いつもラインハルトの側にあったキルヒアイスが率いての出陣とは驚きだ。
帝国は今回並々ならぬ決意であることが誰にもわかった。
次回予告 第九十話 覇気再び