見つめる先には   作:おゆ

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第九話  宇宙暦795年 十月 前髪とイブリン

 

 

 このティアマト会戦には一つ意義があったのかもしれない。

 

 そこでの多大な功績のため、キャロライン・フォークは異例の中佐昇進を果たした。

 女性士官の場合には少佐と中佐の間に非常に高い壁があり、それを越えたのは一握りしかいない。

 なぜなら中佐というのは艦長職ができる地位になる。

 実際に女性士官が艦長というのは同盟軍全体十五万隻といえども指折り数えるくらいしかない。女性士官が少佐までなら副官にとどまれるが、しかし中佐の地位は通常艦長であり、女性士官には不向きと見られている。後方勤務や参謀部、情報部で中佐ならそんなことはないとはいえ、艦長も務めうる職だということが重要なのである。

 

 キャロラインに賞賛が集まったが、それに近い数だけ嫉妬や羨望もまた集まった。

 もちろんそれは同性からのものである。

 

 

 キャロラインの次の勤務は同じ艦の中でスライドということはない。中佐なので艦長職になってしまうため、上層部はさすがにキャロラインをいきなり艦長にはしない、ということはもっと大型の別の艦に移るしかないということだ。

 

「艦長、短い間でしたがお世話になりました」

「フォーク中佐、こっちこそ世話になった。しかしこれでいいのかもしれん。君の優れた作戦能力はより大きく活かされるべきものだと思う。まあ、この先一緒に戦えたら何よりだ。第一、そうなったら確実に生き残れるからな。これはちょっぴり冗談で、ほとんどは本当のことだろう」

 

 キャロラインは良くしてくれていたフェーガン艦長にそう言って別れを告げ、第四艦隊に所属する大型空母へその航海長として異動になった。

 

 

 空母というのはもちろん艦載機スパルタニアンの搭乗員や整備員が多数乗り込んでいる。

 人数も多い。こんな大型空母であれば乗員は全体で九百人近い。

 むろん戦力としても高く、戦いでは花形である。

 

 それに何といっても空母では航海部の腕が試される。

 戦闘中にうまい位置に着かなければ、航続距離の短い艦載機を発進させられない。

 そしてもっと大事なことは戦場の推移を見ながらちょうどいい位置にいなければ艦載機が戻ってこれなくなってしまう。

 というのも戦闘中の単なる補給については艦載機は自分の母艦でなくとも他の空母でも可能という規定ではあるが、帰投については原則母艦に戻ることになっている。自艦が沈んでいる以外は。でなければ艦載機が集中した空母は自分の艦載機を収容できなくなってしまう。

 

 艦長職は大佐、航海長は中佐階級がその任にあたるため、それでキャロラインが航海長に着任したのだ。

 更に、この大型空母は三百隻の空母分隊の旗艦もまた務めていた。

 率いるのはエドウィン・フィッシャーという准将だった。

 

 

 キャロラインは着任早々、皆が言うことを聞いてしまう。

 

「フィッシャー准将が艦長なら航海部はすることが無い」

 

 フィッシャー准将はそれぞれの艦の位置や方向が常に頭に入っている。いくら戦闘で移動しようとも。

 だから決して迷うことがない。

 そのため航海部の仕事がないのだと。

 

 それは言い過ぎだ!

 現実は全く逆なのをキャロラインは知ることになる。航海部には仕事が充分にあるではないか。

 頑張ってはいたが、一度だけフィッシャー准将から注意を受けた。

 

「この一日で逆推進を三回もかけている。明日は二回に減らすように」

 

 これはとてつもなく厳しい要求なのだ!

 艦は航海中細かい進路の修正で幾度もエンジンを使わなければならない。それは重力場も航路によって複雑であり、粒子の流れも違い、それも突発的に変わることがある。当然その場での修正が必要になるのだ。

 しかしその中でも特に逆推進はエネルギーと推進剤の無駄になってしまうことで、あまり褒められたことではない。しかしながらそれが日に三度というのはかなり少ない方だ。これは航海部の技量が低くないことを示している。しかし、これでもまだ多いというのだ。

 

 フィッシャー准将の基準はあまりにも高い。

 しかし見るところ無理や無茶を言うような人ではない。

 それどころかいつも落ち着いて必要な時に必要なことを言う人格者である。

 であれば、この航海部が頑張ればそれが可能だと思って言ったのだろう。それなら期待に応えるのだ。やるしかない。

 

 今、キャロラインの下に部下が何人かいる。

 キャロラインとしては、自分が一番年下なので航海長の立場は気恥ずかしい。

 だが心配は杞憂であった。

 航海部は明るい雰囲気で、着任したキャロラインをとても暖かく迎え入れた。

 それだけではなくキャロラインの目から見て、能力的にルイシコフ大尉とフィールズ少尉は確かな腕前があった。面白いことにこの二人が一番軽口が上手いではないか。

 

「准将は道を間違うってことはないんだろうなあ。軍をやめたらいいガイドになれるんじゃ」

「フィールズ、お前さんはそのツアーの旗持ちだな。いいから逆推進、日に二回だぞ。できなきゃ日に三度の飯を先に二度にするからな。」

「飯を日に二度にされたら、俺は倍食ってやりますがね。あ、航海長はどうします?」

「私は、私も倍食うわよ」

 

 この航海部にいるとなんだか頑張る元気が出る。

 

 

 

 疲れる仕事を終え、キャロラインは食事に向かった。先の話ではないが倍食うことはなくとも人並みには食べたかった。

 

 艦内の士官食堂に入る。

 

 中は賑やかだった。

 ガヤガヤとしゃべり声が多いが、その中に女の声も多かった。

 空母というものは、艦載機の整備兵として女性兵がけっこうな割合で含まれるもので、もちろん女性士官もいる。また艦載機パイロットの女性士官も決して少なくはなく、おまけに乗員が多いために主計部が大きくなる分その女性士官も多い。

 士官食堂がうるさくても仕方がない。

 

 キャロラインはいつもの席に座る。

 すると、同じテーブルにきゃあきゃあ言いながら座ってきた一団がいた。

 ふと見ると、中心になっているのは派手めの美人だ。二十代半ばだろうか。

 疲れていたので意図したわけではないが視線を固定してしまっていた。そういうことはよくある。

 すると思いがけず向こうから話しかけてきたのだ。

 

「航海部の若い中佐殿、髪を真ん中で分けるのはポリシーがあって?」

「え? か、髪のこと? いいえ、前からこうしてるだけで」

 

 意外な質問に答える。今までそんなことを問われたことはなかった。フレデリカにさえ言われたことはないのだが、それはフレデリカもキャロラインも頓着しない性質だったからだろう。

 

「それでは、こう、右から持ってきて額の半分を隠した方がいいわ。毛先はちょっぴり内側にカールさせたらもっといいわ。絶対そうよ」

 

 一方的に髪型から美についてレクチャーを始めてしまっているではないか。

 

「あの、失礼ですがどちらの?」

「あ、中佐殿、こちらが失礼しました。主計部のイブリン・ドールトン中尉です。でも、中佐殿は髪にもうちょっと工夫がいるかなあ、と。惜しいので」

 

 失礼なのかそうでないのか、しかしイブリンという彼女の雰囲気は全体明るく、失礼なのも個性のうちと思えてしまう。得な人だ。

 

 正直キャロラインは女性士官に対し身構えてしまうところがある。妬みからあまりいい扱いをされないことが多く、あるいは表面上儀礼的でも内心のそうした部分がどうしても感じられてしまうものだ。本来の業務の他、そこで神経をすり減らすことも少なくなく、こういった食堂でもあまり楽しくはない。

 しかしイブリンには裏表がなく、その意味で付き合いやすく感じてしまった。

 だが惜しい、というのは。

 

 

 キャロラインは言われた通りに髪を変えてみた。

 食堂のいつもの席に座ると、やっぱりイブリン中尉が来た。

 

「あら。中佐殿、変えたんですね。うん、そのほうがいいわ」

「ありがとう。意味はないんだけどこれもいいわね」

「意味ですか? 中佐殿なら意味は大有りかなあ、と。試してみます?」

「え、何を? 試すって?」

「あそこのテーブルの隅にいるの、シェイクリ中尉だわ。この空母のエースパイロットよ。知りません?」

「いいえ。全然」

 

 話してるうち、イブリン中尉はどんどんくだけた言い方になってきている。馴れ馴れしいという意味ではなく、本来の気さくさが知れて不快ではない。

 

「同盟軍でもエース級! 機体には撃墜の星が60もあるんですって。他にも同盟軍にエース級はいるけど、一人は既婚、一人はクロスワードパズルが好きな変人、もう一人はあっち方面の素行不良で問題外。でも火遊び好きにはたまらないらしいわ」

 

 イブリン中尉が噂に詳しいのか。女性兵だったら当たり前に知っている事柄なのか。

 

「だから、人気があるんです。整備兵の半分はシェイクリ中尉を狙ってます」

 

 整備兵の半分? そうしたら整備の女性兵のほとんどということではないか。

 

「そこへ中佐殿も参戦、ということで」

 

 イブリンが腕を引っ張るのでキャロラインがひょいと立ち上がってしまった。

 

「え? だめだめ! だめだったら。そんなのは、なし!」

 

 そんな争奪戦に参戦などとんでもない。慌てて大声を上げた。また座り込む。

 何だろう、と幾人もが視線を向け、キャロラインは縮こまるしかない。

 

「中佐殿は本当に興味がないんですねえ、その、噂は本当なんですか。」

「何それ?」

「だから、ものすごいブラコンで全く隙がないっていう。」

 

 それはちょっと失礼と思った。

 

「何そんな噂、全然違うわ。私がブラコン? そんなんじゃない!」

 

 立ち上がって食器を持つ。

 

「私はブラコンじゃない!! ただ兄が好きなだけよ!」

 

 それを言い残し、さっさと歩いて立ち去った。

 目を丸くしているイブリンのことは背中を向けているので見えていない。もちろんイブリンが「はあ…… どういう自覚なの…… 処置なしだわ」と言うのも聞こえていない。

 

 しかしこの一件もあってか、キャロラインとイブリンは急速に仲良くなった。

 公的な場でなければお互いキャロル、イブリン、と呼び合うまでに。

 

 職務の上では順調といえば順調だ。

 逆推進も日に二回で収まることも多くなった。

 よかった。これで冗談でも食事が日に二回ということはなさそうだ。

 

 

 

 

 

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