見つめる先には   作:おゆ

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第九十一話 宇宙暦801年 三月 バーミリオン

 

 

 フェザーン回廊から同盟領に侵攻してきたラインハルト率いる帝国艦隊は着実に進む。

 

 またしても前回同様ウルヴァシーを奪い、そこを本拠地とした。

 その後はしばらく動かなかった。

 同盟側では、前回の轍を踏まないよう補給を万全にするためだろう、と推測した。

 

 このためヤンの第十三艦隊は、同盟フェザーン方面艦隊と合流するのに間に合ったのである。

 ここで同盟のフェザーン方面防衛戦の総司令はヤン元帥、その副司令官にキャロライン・フォーク大将ということが定まった。

 

 

 

 早速キャロラインはパラミデュースからヤンの旗艦ヒューベリオンに移り、今後の作戦について話し合う。

 

「ヤン提督、帝国軍の動きが妙ですね」

「やっぱりそう思うかい? おかしい点はいろいろある。これは読むのが難しい」

「先輩、それって何のことですか?」

 

 二人の会話にアッテンボローが茶々を入れてくる。いつものことだ。

 

 同盟第十三艦隊、ヤン・ファミリーは独特だ。

 キャロラインもその慣習を好ましく思う。ここは軍隊なのにハイネセンよりある意味民主的ではないか。総司令官に気軽に尋ねることができる。

 

「それはアッテンボロー、もちろん帝国側の戦力が中途半端なことだ。とてもラインハルト夫君陛下がとる策とも思えない」

 

 キャロラインがそれに付け足して言う。

 

「もう一つ、侵攻が遅すぎます。本気とも思えません。こちらの艦隊が合流して準備を整える前に速攻をかけてくるとばかり思っていました」

 

 その言葉にヤンだけがうなずく。アッテンボローやフレデリカにはちょっと分からない。

 

「ちょっと待って下さいよ。敵さんは前回、補給の問題でさんざん苦労したんでしょう。今度は慎重に補給を確保するに決まってるでしょう」

 

 そう言うアッテンボローにキャロラインが視線を投げるが、特に何も言わない。

 答えたのはヤンだった。

 

「アッテンボロー、それは当たり前だ。その問題を解決する何かの策がなければあのラインハルト夫君陛下が仕掛けてくるはずはない。しかしアッテンボロー、その策にしても皆があっと驚く方法を使うような気がする。ただ堅実に侵攻してくる凡庸な将じゃない。だからこそ速攻の方がふさわしいと思えるんだ」

 

 なるほどそうか……

 アッテンボローもフレデリカも納得する。

 

 キャロラインはそこまで思慮した上でヤンの戦略談義と対等に話しているのだ。

 

 それが分かってアッテンボローは今さらながら圧倒される。

 ダメだダメだ。

 このままでは未来の夫の沽券に関わる!

 そしてキャロラインにはそんなアッテンボローの小さなこだわりなどお見通しである。

 そんなところではなくアッテンボローはアッテンボローらしくしていてればいいのに、と思ってクスリとしてしまった。

 

 

 

 パラミデュースに戻ったキャロラインは第九艦隊司令部の皆に説明した。

 

「帝国軍の本気さが分からない。不気味です。でも一戦もしないということも考えられません。こちらとしてはどのみち負けられないのですが」

「それで、予想される宙域はどのあたりに?」

 

 ここ第九艦隊キャロライン・ファミリーではスールズカリッターが尋ねてくる。

 

「そうね、見極めが必要なのでウルヴァシーから少し離れたあたり、バーミリオンくらいでしょうか」

「そこは近くに小惑星があります。何かの戦術に使えますか」

 

 これを尋ねてきたのはラップ大佐だ。

 本来後方勤務のはずだが、キャロラインは能力を買って艦橋に呼び出すことも多い。

 

「もしヤン総司令の策が小惑星を使うのなら、同盟軍艦隊を分ける可能性が高いわ。そうなれば私たちはたぶん陽動に回る方でしょう。艦運動が難しいわよ」

 

 いくぶん離れたところにいたパラミデュース艦長のフェーガンがそれを聞きつけ、大げさな敬礼をしてよこした。任せてくれということらしい。

 

 

 

 戦機熟す。

 

 帝国艦隊がようやく進発してくる。ウルヴァシーに守備隊を三千隻ばかり残し、五万四千隻で向かってくる。

 それに合わせて同盟軍五万六千隻もまた動く。

 戦場はお互いの都合によりやはりバーミリオン星域だ。

 

 ついにバーミリオン会戦の幕が上がる!

 

 

 会敵はオーソドックスに始まった。

 

 長距離砲戦を盛んに撃ちかけるが、お互いシールドのため実害はあまりない。

 漫然とした撃ち合いでは物資面で不利だと思ったのか、ここで帝国軍が先に動く。その右翼から帝国軍は仕掛けてきた。見事な高速艦運動で見る間に迫る、それは帝国の誇るミッターマイヤー艦隊だと思われた。

 

 それをモートンの第三艦隊が受け止めるが、受けきれるものではない。

 隣の第四艦隊まで押し込まれてしまい、そこから共同することで何とか防戦できるだけだ。帝国軍は迅く、強い。

 

 同盟側の乱れに付け込んで帝国の黒色槍騎兵艦隊がいきなり突っ込んできた。

 ビッテンフェルト艦隊だ。

 

 これに対し、ヤン総司令は勇猛で知られたウランフ提督を向かわせて対処した。

 同盟の誇る第十艦隊の鋭鋒が黒色槍騎兵と激烈な砲火を交わす。ヤンはその戦場に更にグリーンヒル第七艦隊、アップルトン第八艦隊を加えて包囲しようとする。

 

 逆にその移動によって手薄になったところへ帝国軍シュタインメッツ艦隊が押してくるが、これにはキャロラインの第九艦隊が防壁となって立ちふさがる。

 

「大型艦を前に出せ! 速力はいい。損害を出さないことが大事だ」

 

 キャロラインが指示するまでもなくラップ大佐が的確で堅実な指示を出す。

 

「高速艦は別に取り分け、分艦隊にする。編成急げ。艦隊後方より迂回して敵側面を攪乱する」

 

 スールズカリッターも負けじと考えを巡らす。普段はぼーっとして口数が多い方ではないが、こういう時は回転が速い。

 それでキャロラインは全体を見る余裕ができた。

 ボリュームのある亜麻色の髪を揺らして思案する。

 

 会戦は慎重に始まり、ここにきて少し激しくなった。ただし全体としては個々の艦隊が奮戦しているだけで、お互いまだダイナミックな動きはなく、大掛かりな分断戦術や包囲戦術には至らない。

 ここでラインハルトの本隊が前進してきた。

 大局的な目で見ると、これは全面攻勢ではない。同盟軍に若干の圧迫を加えることでビッテンフェルト艦隊に退路を与えるためのものだ。

 

 

 

 ヤンは膠着状態を嫌い、全体的に後退を命じた。

 帝国艦隊も同様に少し退いた。

 どちらも救助活動と艦の応急修理を急いで行う。

 

 その後、ヤンは更に退かせたが、そこには小惑星帯がある。

 帝国艦隊は逆に前進を始める。小惑星帯の近くまで来たが、もちろんうかつに入ってはこない。同盟の罠を警戒してのものだ。

 

 ふいに同盟の全艦隊が小惑星帯から出て突撃を始める。

 

 小惑星を盾に使って撃ち合いを有利に運ぶのではなく、攻勢タイミングを悟らせないために利用するのがヤンの考えなのか。

 

 慌てて帝国軍は防衛態勢を取ってその突進を待ち構えるが、接触直前、何万ものオペレーターが叫ぶことになる。

 

「あれは、敵艦ではありません! 識別信号をつけた小惑星です!」

 

 何と、小惑星をワイヤーで連ねて工作艇がそれを引っ張ってきていたのだ。同盟軍の艦艇に見せかけて。それは巧妙な欺瞞だった。

 

 帝国軍は更に慌てて、それら小惑星との衝突を回避しようと算を乱す。同盟軍は途中で工作艦からワイヤーを切り、帝国軍艦列に小惑星を突入させる。途中で小惑星同士もぶつけ破片をまき散らすという悪辣ぶりだ。

 この陽動を指揮していたのはキャロラインだった。

 大いに乱れた帝国軍に対し、的確な砲撃で叩きにかかる。

 

 欺瞞の艦隊がある以上、もちろん本当の艦隊がいる。

 小惑星帯の裏から抜けた同盟艦隊が帝国軍の後ろに回って包囲しようとした。これが完成すれば理想的な包囲殲滅戦を展開でき、いかに艦数の多い帝国軍でも対処できないだろう。

 

 おまけにここでラインハルト夫君陛下を斃せる可能性がある。

 

 そうなれば帝国軍は総崩れだ。

 ついでに今後の政治的な意味合いにおいて巨大なものがある。

 

 

 必勝の念を持って包囲に回った同盟軍は、しかしいきなり苛烈な集中砲火を浴びてしまう。

 

 同盟軍にとって予想外だ。

 これは動きを完全に読まれていた。

 同盟側が包囲に回ろうとした場合の最適コースを帝国軍は既に読み、クロスファイヤーポイントに設定していた。これは、天才のなせることだ。

 

「いかに大きな網を用意しても、天才が一瞬で無用のことにしてしまう。まさにこれは不条理だ」

 

 一気に包囲殲滅はできない、そうヤンは悟って、それでも一定の成果を見込める横撃に切りかえた。

 同じ頃キャロラインの対峙する正面の帝国軍もまた思い切りのいい撤退で逃げ切った。

 

 帝国軍は混乱を収拾し、再び静かな砲戦に入る。

 今のところ同盟艦隊側が優位に推移し、トリッキーな戦術で帝国側に痛撃を加えている。しかし、まだまだバーミリオン会戦の行方が決まったわけではない。

 

 

 今度は同盟側から仕掛けるが、それはわずか時間差をつけての二方向からの迂回攻撃だ。

 これで艦列を乱し、本隊の大攻勢につなげられれば勝ちだ。

 

 しかし不思議なことが起きる。

 帝国軍はがっぷり四つには組まなかった。その迂回攻撃に一瞬激烈な砲火とありったけのミサイルを放って戸惑わせると、それ以上の攻撃はしない。それどころか退いていくのだ。

 どういうことか、同盟側が訝しんでいるうちに帝国軍は更に後退のスピードを速めていく。

 

 ついにバーミリオン星域から撤退していったではないか。

 

 ここまで遠征してきた帝国軍なのにあまりにも諦めが早過ぎる。

 

 虚を突かれた同盟艦隊慌てて追撃する態勢をとったが、さすがに帝国軍はそれを見越して逆撃を加えてくる。

 

「帝国軍がここを決戦と見ていない…… これは何かある。下手な追撃はしない方がいいな。フレデリカ、そう全艦隊に通信してほしい」

 

 バーミリオン会戦はこれで終わりだ。ヤンもまた被弾した艦や人員の救助を優先させる。

 

 戦いはどちらにも決定機がないまま不完全に終わった。

 同盟の小惑星を使ったトリックはラインハルトの天才に崩され、さりとて帝国の方では有能な諸提督の艦隊運動も封じられてしまった。

 

 

 ウルヴァシー近くまで退くとラインハルトは麾下の諸将へ告げる。

 

「卿らにもよく分かったろう。計り知れない敵手というのがいることを」

 

 その声は淡々としている。

 帝国軍は四千隻に及ぶ艦艇を失い、ラインハルト本隊のザーニアル少将が戦死するという損害まで被った。

 

「閣下、確かにそうです。小惑星の効果的な利用といいやはり恐ろしい敵です」

 

 諸将を代表してミッターマイヤーが答える。

 

「この戦いがこちらの計略の一環ではなく全面決戦だったら勝敗はどちらに転んだことか」

「そういうことだミッターマイヤー。だがこれでいい。後は予定通りに進めよう。キルヒアイスは必ずやってくれるだろうし、それに後れをとったら冗談にもならない」

 

 

 帝国の策はあまりにダイナミックであり、そしてこれから始まるものだ。

 同盟はまだそれに気付いていない。

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第九十二話  計略とキルヒアイス
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