要塞というのはその大きさによって意味がある。
尤も動かす場合には不都合なものだ。
ガルミッシュ要塞に帝国は超大出力ワープエンジンを三個搭載し、なんとか同期をとることで動かすことに成功した。ただしそれでも同盟領へ持っていくことはできない。
理由がある。
途中に質量のある物体が存在すると空間に重力場の歪みが生じ、ワープはそれを飛び越えることができない。
だから、イゼルローン要塞のような大質量のものがあると阻害され、それより向こう側にワープで飛ばすことは不可能になる。
これは実は艦隊でも同じことが言える。
だから艦隊もイゼルローン要塞近辺では通常航行で抜けなくてはならない。
しかしフェザーン回廊へガルミッシュ要塞を持っていったとしても、そこにはまた小惑星が点在するためワープを細かく重ねていかざるを得なくなる。それは普通の艦にとっては何でもないことかもしれないが、要塞のワープの場合にはリスクが大きくて不可能なことだ。ワープエンジンを精緻に同期させるのを繰り返すには限度がある。ワープ事故を起こさないためにはせいぜい数回に抑えなくてはならない。
本来、星間航路というのは直線上に質量そのものが存在せずすっきり見通せる通路のことをいう。そういう通路は実はあまり存在しない。
だから航路が重要になる。
資源豊富で居住に適正な惑星でも、航路が近くに設けられないという理由で開発されない場合は決して少なくない。
だから今回帝国軍はガルミッシュ要塞をイゼルローン回廊であっさり捨てた。
その偽装により、ルッツとキルヒアイスの艦隊は同盟艦隊を帝国領内部に引きずり込む。
一方、ガルミッシュ要塞破壊の報がハイネセンと同盟軍フェザーン方面にもたらされた。
それは喜ぶべき戦勝の報告だ。
ここでも同盟軍は一気に祝賀ムードになったが、続く報告を聞いてヤンは深く沈みこんだ。
「その後は…… 帝国軍を追撃!? ああ、しまった!!」
「先輩、どうしたんですか!」
「アッテンボロー、これはやられた。帝国軍の真の狙いはこれだ。わざと要塞を壊させて、同盟軍を帝国領に入らせた。おそらく頃合いをみて袋叩きにする気だろう」
全く同じことを考えたのはパラミデュースのキャロラインだ。
「まずいわ! これから連れ戻しに行っても間に合うかしら。二万五千もの艦艇を全滅させられたら、帝国との戦力比が絶望的になってしまう」
とりあえずヤンに通信をとった。
画面に出たヤンにキャロラインは前置きなしで尋ねる。今は無駄に時間を費やしていい場合ではない。
「どうしますか、ヤン提督。」
「むろん応援に行かなくてはならない。しかしその規模が問題なんだ」
「ええ、私もそう思います!」
ヤンの言葉はキャロラインの予期した通りだ。
応援に行くならある程度の規模がなければいけない。
下手な数の応援艦隊は戦力の逐次投入という愚策に外ならず、帝国を喜ばせるだけになる。いや、帝国はおそらく二万五千隻の殲滅に満足はしていない。もっと同盟艦隊を呼び込み、自領ですり潰すことを目論んでいる。
だが、相当の兵力で応援艦隊を作ればどうなるか。
それらが消えたフェザーン方面では同盟艦隊があまりに手薄になる。せっかく作った縦深陣さえ少ない艦ならもう意味がない。
それを見て、これ幸いとまた帝国艦隊がやってくる可能性が高い。
大艦隊と共にまたラインハルトがやってきたら、同盟フェザーン方面は再び綱渡りの防衛戦を行なわなくてはならない。
応援のためにヤンがイゼルローン方面へ戻ればここフェザーン方面に残るのはキャロラインだ。
それは苦しい戦いになるだろう。
おそらくラインハルトは今度は必勝を期して戦意を高めているに違いない。
ヤンの側ではキャロラインに死の宣告をするのに近い。
だからヤンはその後の発言ができず、若干口ごもらざるを得ないのだ。
キャロラインの方でもそれを分かる。ヤンが口に出せないなら自分が言うしかない。
「ヤン提督、ここにある艦隊の中で、第十三艦隊の他に第八、第十艦隊も連れていけばよいと思います。二万八千隻になるでしょう。規模と速度のバランスを考えればそれが良いのかと」
「し、しかしそうするとここフェザーンには三万隻も残らなくなってしまう……」
「それは仕方のないことだと思います」
「なんとなれば応援を諦めてしまうという選択肢もあるのだが……」
「それはヤン提督には無理なのでは」
キャロラインは知っていた。
確かに応援はせず、そんなリスクを冒すよりも二万五千隻の損失と割り切るのも考えの一つだ。
しかしそれは無理だ。
戦略などを言う以前の問題で、ヤン・ウェンリーはビュコック提督などを見捨てることなどできはしない。
しかしキャロラインの方は逡巡などしない。
覚悟などできている。
自由惑星同盟のためその身体はあるのだ。ここは逆に遠慮しているヤンを励ましてやらなければならない。後顧の憂いなく送り出すために。
「応援に行って下さい。ここはなんとかしますから」
簡潔に言い表した。
ここに全ては凝縮されている。決して後悔はないという思いが。
余計なことは言わない。ましてアッテンボローに何かの伝言を頼んだりしない。
もはや生きて会えないとしても。
ヤンはキャロラインの顔を数秒見返した後、通信を切った。ヤンの方も充分にわかっている。
ヤンはハイネセンの統合作戦本部に連絡を取った。
「先のガルミッシュ要塞破壊は帝国の計略である可能性高し。追撃中の同盟艦隊の支援が緊急に必要と思われ、こちらから艦隊を分けて急行す」
それと同時に艦隊を再編した。
キャロラインの既に計算した通り、ヤン自身の第十三艦隊へアップルトン第八艦隊、ウランフ第十艦隊を併せ、艦艇数二万八千隻だ。
それらは直ちにイゼルローン方面へ出動する。
フェザーン方面に残ったのは第三、第四、第七、第九艦隊のみとなる。
「これから、厳しくなるわよ」
宇宙に見える味方艦の輝点が減っていく。
それは心細いものだ。
以前の防衛戦よりもだいぶ味方艦は少なくなった。
キャロラインはわざと明るい声を出して、パラミデュースの艦橋に響かせた。スールズカリッターとラップが聞いているが、ラップは思わぬことを返した。
「いえ全然大丈夫です。どんな状況になろうと自分が前にいた第六艦隊よりは働きやすいですよ。今、戦う相手は敵だけですので。あの時は戦う前にあやうく上司に殺されるところでしたから」
この言葉を聞いたスールズカリッターがぽかんとする。
意味が分からないのだ。幸いにしてそのような風通しの悪い職場にいたことがなかったからである。
キャロラインは防衛作戦のため、他の提督たちと話し合った。前と同じだ。何としてもフェザーン方面で守り切らなくてはならない。
「こういう運命の巡り合わせなんだろうなあ」
「おいモートン、そりゃ帝国さんも同じことを思ってるだろうよ」
「いやいやカールセン、もう飽きてきたぜ。いつもダンスの相手が同じだと飽きるだろ?」
「……ダンスの相手かよ。そりゃいいな。まあ結婚だったら飽きる飽きない以前の問題だけどな」
「おい、いくらなんでも帝国軍と結婚かい? どっちが花婿になるんだ」
「そりゃ決まってるだろ。強い方さ。つまり俺たち同盟は花嫁だ」
そんな馬鹿馬鹿しい軽口を言い合っていたモートンとカールセンは、つい最近一人娘が結婚したばかりのグリーンヒル大将のことを思い出して慌てた。
グリーンヒル大将はそんな下らないことには構わず発言する。
「先ず今のうちにやれることをやろう。それにはいくつかある」
フェザーン方面同盟軍はグリーンヒル大将の意見に従い、初めにウルヴァシーに建設中だった帝国軍施設を徹底的に破壊した。
補給基地化させないためだ。
次に要所に探査ブイと機雷を設置にかかる。少しでも帝国軍の侵攻を遅らせるためである。
その行動の為、同盟艦隊の一部がフェザーン回廊に近づき過ぎた時もあったが、帝国軍にちょっかい出されることはなかった。
どうでもいいものと見くびられたのだろうか。
しかし、そのことでキャロラインにちょっとした疑問が浮かぶ。
「あんまりにもスムーズに行き過ぎているわ。帝国軍は静観を続けるばかりで。それにあれほど筒抜けだった帝国軍の情報がこのところさっぱり聞こえてこない。帝国軍の艦艇の集中と補給の用意はどのくらい進んでいるのだろう」
そしてキャロラインは諸提督と相談の上、フェザーン回廊に偵察隊を送ることにした。
艦運動に非凡なところがあるのを買われて、ある将がその危険な任務に抜擢される。
第七艦隊に所属する将の一人、アンドリュー・フォーク少将だ。
高速巡洋艦を選りすぐり、わずか十隻の部隊を率いて同盟領からフェザーン回廊に侵入する。
慎重に索敵ブイを飛ばしながら、回廊の航行可能領域ぎりぎりを進んでいった。思いのほか帝国側の哨戒網は薄い。どうしたというのだろう。
そして見た。
帝国艦隊が集結しているだろう予想の宙域に、何もいなかったのである!
あるべき帝国の大艦隊は影も形もなかった。驚くほかはない。
この情報を急いで同盟軍に知らせなければならない。だがしかし、この時既にアンドリューの高速巡航艦隊は発見され、追尾されていた。
そしていくら高速で戻っても、回廊の同盟側出口付近へ連絡を受けた帝国の哨戒艦隊が先回りにかかっている。
アンドリュー・フォークは絶体絶命の危機に陥った。
まともに戦って切り抜けるのは無理だ。帝国の哨戒部隊は数十隻の規模だ。
ここで大胆な策をとる。同盟高速巡航艦十隻の人員を集約し、たった二隻に移動させ、残りの八隻を無人艦にする。
そして人員のいる二隻だけ減速して帝国哨戒部隊に立ち向かうポーズをとり、派手にミサイルを放つ。そしてわざと当たりもしないでたらめな照準にしている。
すると帝国側にはそれが足止めをはかる囮に見えた。その二隻がおとりの無人艦だと判断し、加速して離脱していこうとする残り八隻の同盟艦を追尾する。そちらをやっきになって撃滅にかかるのを見計らい、二隻は加速して逃げ切った。裏をかいたのだ。
アンドリュー・フォークは今やキャロラインの陰に隠れているが、やはり首席卒業の秀才としての力量は充分にある。
帝国軍はもうフェザーンにいない!
兄アンドリューから重大な報告を聞いたキャロラインはめまいがする。
ここに至ってようやく帝国軍の戦略の全貌が明らかになったのだ。
最初から帝国はフェザーン回廊を使って同盟に侵攻するつもりなどない。
全ては戦争の天才ラインハルトの計略だった。
ガルミッシュ要塞を運んできてわざと壊させたのも。そして喜びに沸く同盟艦隊を帝国領に引きずり込んだのも。
あのバーミリオンの戦いも芝居のようなものだ。
一度フェザーン側に同盟側の目を向けさせるためだけのものだった。
そして今、フェザーンに帝国艦隊が集結するというのも偽情報だった。
キャロラインは気付く。
帝国は同盟艦隊を自領で徹底的に殲滅する気なのだ。
おそらく帝国の狙いは先に釣られて帝国領に入ったイゼルローン方面同盟艦隊などではなく、まさにヤンの率いる応援艦隊を含めて丸ごと叩くことである。
味方を救出するために飛び込んだヤン・ウェンリーを斃すことが目的だ。
必ず応援に出撃してくる、これを見通しているに違いない。
何という恐ろしい戦略だろう。
これを考えて実行したラインハルトとはあまりに巨大な天才だ。そして同盟にとっては最悪の天才である。
キャロラインは直ちに他の提督たちと相談して理解を共有した上、自分もまたイゼルローン方面へ応援に赴くことを決定した。
「あまりにまずいわ。しかしこの計略の真の恐ろしさは、分かっていても罠に飛び込まざるを得ないところよ。おそらくヤン提督は途中で気がついたでしょう。だからといって味方を見捨てることなどできないに違いない」
それは事実だった。
ヤンはこの時までには帝国軍の戦略を見破っていた。さすがにミラクル・ヤンである。これまでの帝国軍の動きを思い返し、思案を巡らすことで正しい結論に辿り着いた。
しかし、だからといって行動を変えることができない。
どのみち先に帝国領に入ったクブルスリー、パエッタ、そして何といってもビュコック爺さんを見殺しにすることなどできないではないか。
今度の戦いだけは魔術師ヤンも勝算が立たないまま戦場に赴かざるを得ない。
キャロラインも急行する。
フェザーン方面には必要最小限を残して応援に向かう。
そこで経路が問題だ。
フェザーン回廊を押し渡って帝国領に入るという考えもあった。先の防衛戦とは逆のことだ。しかしそれはたぶん無理であり、距離はともかく航路の問題と哨戒に必ず察知される問題がある。少しでも妨害を受ければヤンと同盟艦隊を救うには間に合わないだろう。
とにかく少しでも早く!
フェザーンから帝国領内の最短を通ってラインハルトと帝国軍はヤン・ウェンリーを包み込んで斃さんと急進しているに違いない。そこへ間に合うのだろうか……
銀河の歴史はいったいどちらに味方するのだろう。
先に帝国領に入った同盟艦隊、ヤンの率いる応援艦隊、そしてここの艦隊も無事に帝国領から戻れるのか。
しかし、中途半端なことをしても同盟は滅ぶ。
行動は一つ、やるしかないのだ。
今は信じて進むしかない。
見つめる先には、何があろうと私は進む。
次回予告 第九十四話 誤算と誤算
そして始まる戦いは