見つめる先には   作:おゆ

94 / 107
第九十四話 宇宙暦801年 四月 誤算と誤算

 

 

 第一艦隊らのイゼルローン方面同盟艦隊は既に帝国領を進んでいる。

 

 これはおかしい。順調に進み過ぎる。

 もっと激しい抵抗があってよいのではないか。

 

 何回か同じような疑問を思ったが、それを見透かしたかのように少数の帝国軍警備隊と思しきものが襲来しては退いていった。それで疑問が幾度も打ち消されてきた。

 しかしさすがにこれはおかしいのではないか。

 航行を停止し情報収集を図る。だがここは帝国領、敵地であり中継は効かず、イゼルローン要塞への通信は全くできそうにもない。

 

 

 熟慮の末、同盟艦隊はイゼルローン要塞に引き返すことを決意した。

 ここまで戦いらしい戦いがなかったので物資はまだ残っているが、これ以上進むと帰りの分が不足してしまう限界点でもある。

 

 しかし逡巡が長すぎた。

 

 今頃同盟領がどうなっているかわからないからだ。

 ひょっとすると帝国の大艦隊がフェザーン方面から来襲し、防衛の同盟艦隊を撃破している可能性だってある。

 もしそうなら帝国軍は同盟首都ハイネセン攻略を目指してがむしゃらに進み、指呼の間に臨んでいるのではないか。

 

 もしそうなら、互いの首都星を早く陥とす競争という形になっているかもしれない。

 とするとここの同盟艦隊がオーディンまで行かずに引き返したら結果的にとんでもない亡国の行動になってしまう。

 このまま突き進むべきなのか……

 

 しかし帝国軍がオーディンをほっといて先にハイネセン攻略を図るというのも考えにくいのだ。

 帝国は同盟と違う。乾坤一擲の勝負をする必要はどこにもない。

 戦力では帝国の方がだいぶ上なのだから、無理をして賭けに出る必要はない。

 そして帝国のことをよく知っているメルカッツも「オーディンを危険にさらすことは考えられない」という意見だった。

 だからこそ同盟艦隊は迷いつつも退く方を選んだのだが、その決断は余りにも遅かった。

 

 

 

 一方、その同盟艦隊がイゼルローン方向に引き返していくのを確認したキルヒアイスは決断する。

 

「そろそろこちらも集結しましょう。敵がやがて来る応援と合流する直前に叩くのが理想的です」

 

 キルヒアイスはいったん離れて潜んでいたミュラー艦隊を呼び戻した。

 この戦略のためオーディン近くに待機していたアイゼナッハ、ケンプの艦隊をも加える。

 

 ここで帝国は総数四万六千隻の大艦隊を作り上げた。

 

 キルヒアイスはスキールニルから自分の旗艦バルバロッサに戻り、諸提督に指令を出す。

 

「イゼルローンに戻ろうとしている敵艦隊を補足、撃滅します」

 

 

 

 数の上では明らかに帝国側が多いのだが、それでも戦いになれば絶対とはいえない。

 そこでキルヒアイスは帝国艦隊を三つに分ける。一つがイゼルローンに向かって戻ろうとしている同盟艦隊の先回りをして頭を押さえ、残り別動隊二つが後背に回り込み、結果三方から包囲殲滅する作戦である。

 その意図はただ勝つのではなく完全に殲滅することにある。ラインハルトの戦略に沿うようにあえてそう企図したのだ。

 

「この態勢は何かアスターテと似ているな」

 

 帝国の将は無能ではなく、そう思う人間も幾人かいた。二倍の艦数でありながら三方に分かれたせいで帝国が各個撃破できたアスターテ会戦のことである。帝国軍にとって不吉なことに形の上では似ていて、立場を逆に変えただけだ。

 

 しかしキルヒアイスは意に介していない。

 アスターテとは条件が違う。敵は今やイゼルローン方向へ帰りたいと必死で願っている。ならばわざわざ後背に逆戻りして戦うことはないだろう。

 それに帝国軍の各将はアスターテでの同盟軍パストーレ、ムーアのような愚かなことはするわけがないのだ。

 連絡が取れないのに思い込みだけで動いたり、現状を受け入れなかったり、慌てて敵前回頭したりするような。

 

 しかし、キルヒアイスにも知らないことがあった。

 今回の同盟軍にまさかアスターテを経験した将が三人もいるとは。先のアスターテ会戦で一人は同盟軍、二人は帝国軍の将として参加していた。

 それはすなわちパエッタと、そしてメルカッツやファーレンハイトである。

 

 

 

 同盟艦隊は困難な探査の末、迫り来る帝国軍の情報を掴んだ。

 

「これは…… どうやら我らは帝国軍の罠に落ちた。艦隊が無いのではなく、隠れていたのだ。我らを帝国領に引きずり込むために。これは困難な撤退戦になる」

「帝国艦隊は総数でこちらの二倍…… しかも敵領での戦いとは確かに難しい」

 

 そう言うクブルスリーやパエッタに対し、ビュコックが明るい声をかける。

 

「いや諸君、悪いことばかりではないぞ。帝国軍がここにこれだけの数を揃えるということは、すなわちフェザーン方面に大軍を差し向けているということはないのじゃろう。つまり、フェザーンで同盟は破られておらん。同盟はまだ命脈を保っておるということになる」

 

 ビュコックは戦いで自分がどうなるかは意に介していないからそう言える。

 とにかく同盟が滅んでいないことが大事だ。

 長い軍歴の中で培われてきた民主国家への忠誠心は、ヤンの理念的なものに負けず劣らずビュコックの血肉になっている。

 

「しかしここの同盟艦隊を失うわけにもいかず、儂はともかく若い将兵を一人でも多くイゼルローンに還す。さて、どうしたものか」

 

 しかし考え込んでいられる時間は長くない。

 客将ファーレンハイトが差し出がましいと思いつつも意見を言う。

 

「それはもう決まっているのではありますまいか。この形はアスターテ会戦と同じ、であれば相手の包囲網が完成する前に各個撃破を図る。すなわち直ちに引き返して比較的艦艇の少ない順に後背の敵を叩くしか。」

「儂もファーレンハイトの意見に賛成する。それしかないと思う。ただし、幾つか難しい条件が付くのは確か」

 

 メルカッツもそれに賛同する。

 

 多くの説明も要らず、諸将はその幾つかの条件というのがすぐにわかる。

 一つには分散した相手同士の連携が悪いこと、二つには限られた時間の中で各個に破っていかなければならないこと、三つ目には完全な不意打ちであること、である。

 それらの条件は今回おそらく満たされない。そんなに簡単な相手ではないのだ。

 しかし他に手がない。

 

 

 

 

 同盟艦隊は躊躇なく帝国内部へ向かって引き返した。

 

 その点、キルヒアイスの見込みは多少外れてしまったが、もちろんキルヒアイスともあろう者が楽天的な予想のために備えを怠っているわけがない。万が一を考えた人員配置をしている。

 

 三つに分かれた帝国軍の後方の艦隊一万四千隻を率いるのはミュラー中将のものであった。

 それは三倍の敵と当たっても拒むと言われた守将である。

 手早く各個撃破をしなくてはならない同盟にとっては不運なことだ。

 

 そのミュラーは敵二万五千隻がまとまって反転し、向かって来るのを見た。

 しかし何も慌てることはない。

 まともに戦う必要すらなく、艦列を支えて時間を稼げば必ず味方が来て形勢は逆転するのだ。

 同盟艦隊は砲火を密にして撃ちかけてくる。短期決戦なのでそれは当然だが、ミュラーは射程を上手に利用しながら受け止めては神経をいらだたせるように逆撃を仕掛ける。

 

 逆撃の理屈としては、先ず有効射程に入って相手が撃ち気にさせたところで少し退く。

 

 するとほとんどの場合、砲撃を中止することはなくそのまま撃ってしまう。有効弾があまり出ないために相手がいったん様子を見るタイミングに合わせ、逆にこちらは装填し狙点を固定して前進し、有効射程に入った瞬間に撃つのだ。相手は慌てて射撃用意をするがこれではなかなか当たらない。

 

 そういう一種の駆け引きなのである。

 しかしこれは相手のあること、理屈通りにはいかない。そこで例えば有効射程外からある程度撃ちかけて誘ったりもする。それらを地味にやりきれるのがミュラーの特質である。

 

 結果、勇猛な同盟軍パエッタ第二艦隊が前進を続けるも破っているわけではなく、むしろ前進させられているというのが正しい。

 

 

「このままでは破るどころか時間稼ぎをされるだけだ」

 

 こう判断したファーレンハイトとメルカッツが続けて仕掛け始める。

 それぞれの得意な分野、苛烈な攻勢と近接戦闘で持ち味を発揮していく。

 ファーレンハイトの迅速な艦隊運動は、射程距離内に入ってもなかなか捉えきれるものではなく、防御側にはやりにくいパターンだ。

 メルカッツの近接戦闘もまるで酸で腐食するように相手の艦列を虚無に返していく。

 

 それでもなおミュラーは崩れず、破綻しない。

 

 

 

 その頃、キルヒアイスの方もわずか誤算だったことを自分で認めていた。

 同盟艦隊が躊躇なく反転し、各個撃破を図るとは。

 

 ここから大胆な変更をする。

 直ちに完全包囲策を捨て、残った二つの艦隊を再び合流させた。どんなことがあっても各個撃破はさせない。

 それに敵がわざわざ反転してくれた以上、勝って追撃戦に移ればイゼルローン回廊に辿り着く前に撃滅できる。

 これは見方を変えればミュラーが足止め役を演じたのと同じことになる。

 

 さすがにアイゼナッハらもラインハルト麾下の将、キルヒアイスの戦術変更に応え、最適合流ポイントから素早い艦運動で編成を済ませる。

 

 同盟艦隊はミュラーの防御陣を苦労の末に破り、攻勢が有効な打撃を与え始めた。瓦解まであともう一歩のところだったというのに。

 

 

 そこへキルヒアイス、アイゼナッハ、ケンプの艦隊が迫る。

 その数三万二千隻、一転して同盟は窮地に陥った。

 

「来てくれたか。これで当初の予定通り殲滅戦にできるはず」

 

 ミュラーがこう言って艦列を立て直しにかかる。

 

 一方、同盟としてはなすすべがない。優勢な敵に挟撃された。

 唯一全滅を逃れるのは横方向へ活路を開き、強引に離脱するしかない。

 ただし、それでも誰かが残って足止めを果たさなければ後方からいいように叩かれて全滅してしまう。

 

「ここは、儂のような年寄りの出番じゃろう」

「お供しますよ、提督」

 

 同盟第五艦隊旗艦リオ・グランデの艦橋でビュコックとチュン・ウーが会話していた。

 

「残って足止めじゃな。帝国軍の若い者には年寄りのしぶとさを教えてやらねば」

 

 

 

 同盟艦隊はミュラー艦隊に対する攻勢をやめ、防御のための球形陣を作り上げると脱出のタイミングを計る。

 ところがさすがにキルヒアイスの編み出した陣に隙はない。

 短い時間にキルヒアイスは半包囲に移行していたのだ。

 

 同盟艦隊としては強引にでも突破口を開くしかない。そう決めて猛攻を加えたがそれでも破れない。

 キルヒアイスは常に先手をとり、同盟艦隊の進む先に激しい砲火を敢えて見せた。

 万全の待ち構えていることを見せつけられれば同盟側としてもそれ以上進めなくなる。

 

 どうしてそんなに正確な予想ができるのか。なぜ敵の進む方向が分かるのか。

 帝国の将も同盟の将も驚嘆し、その力量を思い知らされる。キルヒアイスは常に相手の立場で思考することができる将だったのだ。

 

 

「どれ、そろそろ行くかの」

 

 しかし、ビュコックの旗艦リオ・グランデがその砲火の中に敢えて飛び込む。

 味方を鼓舞し、そこを突破口にするように教え、その後は爆散まで退路を守り続ける。その覚悟だった。

 

「なかなかやりますね。惜しいことです」

 

 キルヒアイスが敵将の命を惜しんでいる。

 いつもの静かな瞳で。

 横にいたベルゲングリューンは何と優しい司令官かと思う。

 

「ベルゲングリューン准将、敵艦へ降伏勧告の用意をお願いします」

 

 確かにキルヒアイスは優しい。

 しかしそれだけではない。同盟艦隊の命運を定めた。

 

「それを二度まで無視された場合、最終攻勢に移ります。止むを得ません。挟撃を一気に進めて圧し潰し、逃走される前に葬りましょう」

 

 

 帝国側は主導権を渡さず、態勢でも艦数でも圧倒的に優位のままだ。逆に同盟艦隊はビュコックの突破口を活かしきれないまま回り込まれ、混乱が全てを覆う。

 ここに勝負はついた。

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第九十五話  そして幕が上がる

天才対魔術師再び!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。