ここアムリッツァに集結した帝国軍艦艇総数十一万一千隻。
将はミッターマイヤー、ミュラー、ワーレン、ルッツ、ビッテンフェルト、メックリンガー、アイゼナッハ、シュタインメッツ、ケンプがいる。
総司令ラインハルト、そしてキルヒアイスとロイエンタールが参謀として付いている。
ロイエンタールはまだ傷が癒えていないが、この従軍を志願した。
「ロイエンタール、もっと休んでいたらよいのではないか。卿はまだ治りきっていないのだろう」
「いえ閣下、屋敷にいては赤ん坊の泣き声のために休めません。艦艇の方がマシです」
気を使ってそう言ったラインハルトは、ロイエンタールの返答に声を立てて笑った。
実際は冗談ではなかった。
ロイエンタールは本当にそう思っていたのだ。
同盟軍艦艇総数七万八千隻。
クブルスリー、パエッタ、モートン、カールセン、ビュコック、グリーンヒル、アップルトン、キャロライン、ウランフ、ボロディン、そしてヤン・ウェンリーである。加えて客将メルカッツ、ファーレンハイトがいる。
「ファーレンハイトよ、儂らはよくよくあのラインハルト夫君陛下と縁があるな。命のある限り戦う定めのようだ」
「全くその通りです。メルカッツ提督。せめてその終わり方が良い物であるように願います」
負けて終わりたくなどない。
ともあれ、メルカッツやファーレンハイトに限らずもはや同盟軍には後がない。
まさに国家の存亡がかかった決戦だ。
ここに至り、両軍とも堂々と会戦に臨む。同盟側としても姑息な逃走こそ全体を危うくするもので、イゼルローンに帰るためには一定の勝利が必要と判断している。
位置取りとしては帝国軍がイゼルローンに近い側を確保している。
同盟側の退路を断つ形だ。
艦隊の全体陣形はどちらもオーソドックスなものである。
予想した通り、数で大幅に有利な帝国軍は厚みが同等でもやや横に広がることを可能にしている。
最終的に包み込んで決めるつもりなのは明らかだ。
単に陣の厚みを増し、間断ない戦いで消耗戦に持ち込むのではない。同盟軍としてはそんな消耗戦をとられてはたまらないが、良かったというわけではない。包囲されないためにはいつかの時点で相手を分断するなど思い切った戦術を取らなくてはならない。
ともあれその時点までは何とか艦運動で数の不利を補う必要がある。
それに対し、ラインハルトは奇策を取らなかった。
「初めはこれでよい。ロイエンタール、どう思う?」
「は、敵はおおむね予想通りの動きをしてきました。もうしばらくパターンを観察すればそれぞれの艦隊の戦力と戦法の予測ができると心得ます」
帝国側は拙攻をせず、先ずは敵の各艦隊の見極めと意図の分析になる。それを行った上で間隙が見えてくるだろう。
次第に詳細が明らかになる。
敵は防御態勢にしている艦隊と攻勢に出る艦隊とを明確に分けている。そして防御に回っている艦隊にはロイエンタールにとって既視感のある例の鏡面の艦隊もいる。
「なるほど、さすがはヤン・ウェンリーだ。なかなか考えた布陣をしている。慌てて総力戦にするような無様な真似などしないか。つまり数で不利でも、各艦隊の最も得意な面を出すことで補うつもりらしい」
ラインハルトはそこまで見切った。
その上で、敵の中には本隊とは別に遊撃を行なっている艦隊が目についた。ロイエンタールもそれを見つけて問う。
「どうされますか。ラインハルト様」
「そうだなキルヒアイス。ここらで少し仕掛けてみるか。先ずはあのうるさく動く遊撃の艦隊を抑えよう。あの艦隊は何か」
これにはブリュンヒルトのオペレーターが答える。
「旗艦パラミデュース、敵の第九艦隊です」
「なるほどそうか…… では後方からルッツの艦隊を回し、圧力をかけ、挟撃の位置に追い込むよう連絡をとれ」
その時、ブリュンヒルトに驚くべき知らせが飛び込む。
「戦艦ベイオウルフ撃沈、ミッターマイヤー提督戦死!」
「何、何だと!」
この驚きは尋常ではない。そんなはずはない!
まだ戦いの序盤ではないか!
まだ混戦になってもいないうちから、あの帝国の双璧ミッターマイヤーが戦死とは。
ラインハルトが自分に代わって大軍を任せてよいと思う数少ない用兵家が。
ブリュンヒルトの艦橋は驚きでしばし動きが止まる。
その時、ラインハルトは自分の指揮シートの左側がなぜか引っ張られるのを感じた。
目を移すと、ロイエンタールがそこを強く握り締めている。
今のロイエンタールにはおそらく何も見えていない。衝撃で呆然自失のようだ。
ラインハルトはぼんやりそれを見た。
やはりミッターマイヤーとロイエンタールは深い親友である。
その反応は当然だ。自分も親友のキルヒアイスを失ったらいったいどういう反応をするだろうか。自分でもとうていわからない。
そしてロイエンタールは倒れていった。傷が治りきっていなかったのだ。艦に乗り、度重なるワープをこなすことはただでさえ体には負担である。強い精神力で平気な顔をしていたが、今ミッターマイヤー戦死を聞いてその支えが折れた。ロイエンタールは医務室へ運び込まれる。
次に入った報はラインハルトをひどく安心させた。
「先の戦死は誤報! 小生は未だ地上に足を留めたり!」
通信はミッターマイヤー本人からのものだった。
先の戦死報告はただの早とちりであり、たまたま旗艦ベイオウルフと重なっていた他の戦艦が爆散し、周囲がそれを誤認してしまったのだ。ベイオウルフもその僚艦の爆散の影響によりいっとき通信設備が故障してしまっていた。
良かった!
ロイエンタールに早く伝えなくてはならない。ラインハルトは二人を考えてほっとした。
しかしそこでまたもや戦況の通信が入る。今度は誤報でなく本当のことだ。
「戦艦サラマンドル被弾、ワーレン提督負傷!」
詳細な報告ではワーレンは右腕に負傷を負ったとのことだ。
ここにきてラインハルトは何かがおかしいのに気付いた。
ミッターマイヤーも無事だったとはいえ至近弾を浴びたのは不自然、今度は立て続けにワーレンが負傷とは。
敵の攻撃の詳細を探らせると原因がわかった。
敵は、帝国軍艦隊の旗艦をひたすら狙っている! 指揮官を倒せば、艦隊機能が半減するのを知っている。
これは戦いの始まる直前、キャロラインがヤンと相談した方法である。
「ヤン提督、今回の戦いはこちらに不利、何かの策が必要です。成るか成らぬか分からなくとも無策のままで挑むことはできません」
「その通りだ。相手はあのラインハルト夫君陛下、その場凌ぎの対応ではとうてい対処できない。それで、君には何か考えがあるのかい?」
「ええ、戦いとしては悪辣に過ぎて取りたくない策ですが」
「戦いとして悪辣…… それはひょっとすると考えていたことと同じだろうか。帝国艦隊の提督を狙うという」
「それではヤン提督も同じことを思っておいででしたか。帝国軍は同盟よりも、艦隊を個人的な所有物と考える傾向が強いように思います。司令官個人に忠誠を誓うという体制が蔓延しているような」
「確かにそれは帝国という封建体制が影響しているようだ」
「ならば帝国艦隊がその司令官をもしも失い、そのために急に別の艦隊に編入されたとすれば、充分な活動はできないと思います」
その通り、良かれ悪しかれ帝国軍の色彩でもある。司令官個人の艦隊という側面が強い。
つまり司令官個人への忠誠で動いている面がある。
これには致し方のない面がある。なぜなら帝国軍の大多数を成す平民は誰しも帝国の体制のために動くわけではない。イデオロギーで戦うわけがないのだ。基本的には給料のために軍で働く。
しかしそれでは士気が低すぎる。
そのため、帝国軍ではある程度司令官人事を固定化し、その個人への忠誠で士気を保つことをしている。ならば急に司令官が消えれば機能不全になっていしまう。
同盟軍でもそういう傾向は全くないというわけではない。
例えば第十三艦隊の全将兵はヤン・ウェンリーの下で働けることを誇りとしている。
だが基本的には民主国家の軍らしく、掲げられたイデオロギーのために動くものであり、提督はその指揮を任せられているだけである。そのため同盟各艦隊の正式名称はそっけなく振られている艦隊番号で呼ばれているだけになる。ヤン艦隊、というような個人名称はあくまで通称だ。
それなら司令官が途中で変わっても帝国艦隊よりよほど打撃は少なく、柔軟に対処できるはずである。
「帝国の帝国たるゆえんを弱点として利用する、その意味で大変有効と思う。ただし、気付かれたら旗艦の防御を固められるし、むしろ囮として活用されることもあり得る。何よりも報復として同盟艦隊旗艦に対し同じ手を使われるかもしれない。たとえ帝国艦隊よりもその手が有効でないと分かっていても」
それは覚悟の上だ。
キャロラインは命を賭して戦いに臨んでいる。
それこそ士官候補生として巡航艦のコンソールに座り、恐怖の中でひたすらミサイルの軌道計算をしていた頃を思い出していた。
これは戦いだ。安全などということはあり得ない。
「だが確かに有効だ。思想の差を利用するのは同盟人として興味深いことでもあり、やってみよう」
「ありがとうございます。ヤン提督、それともう一つ提案したいことがあります」
「まだあるのかい?」
ラインハルトは同盟側の攻撃が艦隊旗艦を狙ってくることを知ると、直ちに全艦隊に通達した。
「敵は悪辣にも艦隊の旗艦を狙い、卿ら提督を斃さんと攻勢をかけてくる。このような卑劣な敵が相手なのだ。もはや遠慮も憐憫も必要ない。その罪と共に宇宙の塵に帰し、ここアムリッツァを奴らの墓標に変えるのだ」
この事実を使うことでラインハルトは帝国軍の士気この上なく高める。帝国軍の攻勢にも一段と勢いがついたのだ。
だが直後、またしても通信が飛び込んできた。旗艦を守るのが間に合わなかったようだ。
「戦艦スキールニル被弾、ルッツ提督負傷!」
正確にはルッツがまた怪我をしたのではなく、スキールニルが被弾した衝撃で倒れ込んだ際、以前の傷の部分を打ち付けたのだ。
「ルッツの艦隊を後方に下がらせろ。ビッテンフェルトとケンプに連絡をとれ」
ラインハルトはここで早めに勝負を決める気になった。
タイミングを見計らっていた決定戦力を今こそ投入する。
「ビッテンフェルト、ケンプ、一気に決めてこい。ヤン・ウェンリーのベレー帽を私の元に持ってくるのだ」
その訓示は飢狼の艦隊をより獰猛にする。
ただでさえ黒色槍騎兵の突破力は宇宙一といって過言ではない!
いくら撃ちかけても少しも怯むことなく向かってくるのだから。少なくとも恐怖で正面から見据えることはできない。
黒色槍騎兵の進むところ、敵艦の残骸が漂うだけだ。
同盟軍の前衛を担っている艦隊の一つが最初に狙われた。
それが直線で迫り来る姿はまさに槍の鋭さだ。
今、パエッタ第二艦隊がその餌食になった。
「戦艦パトロクロス撃沈!! パエッタ中将戦死!」
ヤンにとってもゆかりのあるパトロクロスが沈んだ。
そしてパエッタ中将は同盟軍でも歴戦の勇士だった。ややもすると柔軟性に欠けるという非難を浴びることもあるが、もちろん充分に良将であった。
報告を聞いたヤンはベレー帽を取って胸に当てている。
「頑固だけど無駄に厳しいことはない、思えばいい上司だった」
確かにヤンの意見をしばしば無視する頑固な上司だった。ヤンもその硬直性に辟易としたことが幾度もある。
ただし、パエッタは好悪だけで物事を決めるほど狭量な人物ではない。
ヤンの能力も素直に認める時には認めていたのだ。感情の表し方が不器用なだけだった。
そんなパエッタが今、いなくなった。
次回予告 第九十七話 殉ずる者たち
それぞれの夢を抱きながら、散っていく者がいます