見つめる先には   作:おゆ

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第九十七話 宇宙暦801年 四月 殉ずる者たち

 

 

 同盟第二艦隊をあっさりと破り、黒色槍騎兵は次の獲物を選んでいた。

 そるとその前方に敵艦隊の一つが急進してくる。

 

「ふん、向こうから餌食になるためやってきたとは、どこの艦隊だ」

「旗艦艦型照合、戦艦パラミデュース、敵の第九艦隊です。」

「そうか、あれが例の艦隊、無敵の女提督か。勇気だけは褒めてやる。よし、全艦最大戦速で突破しろ!」

 

 正面から向かい合う。ビッテンフェルトは小細工をせず速度を上げ、この二つの艦隊は急速に接近する。もはや激突は不可避だ。

 そこでキャロラインが命じる。

 

「今です! 先端部以外は減速して左右に展開!」

 

 第九艦隊は接触寸前、その通り先端部以外は進路を変えて激突を避けた。

 不思議なことに先端部の二千隻だけはなおも増速し黒色槍騎兵に突入し、やはり槍騎兵の正面火力の凄まじさに次々と爆散させられる。

 

 ビッテンフェルトはさも当然という顔をする。

 黒色槍騎兵に破れぬものがあろうか。

 

「案外と脆いな。突入してきた艦隊はもう少しで片付く。ふん、他は逃げたのか。追ってもう一度突破するぞ!」

 

 

 しかし第九艦隊の他の艦は逃げるどころか左右から狙っていた。

 

「突入させた同盟艦のいる辺りを集中して狙って下さい。では、攻撃開始!」

 

 キャロラインの指令通りの攻撃が始まると、さすがにビッテンフェルトは驚いてしまう。

 

「何! そんな馬鹿なことが! 奴らは残った味方ごと撃っているではないか!」

 

 さすがに予想を超えている。いくらなんでも策略とはいえ味方をも撃つのか。

 その驚きが伝播して黒色槍騎兵に混乱が広がる。

 

 だが少し考え、ビッテンフェルトは気が付いた。

 真っすぐ突入してきた二千隻の部隊は無人艦なのだろう。だから敵は撃ってこれるのだ。

 ビッテンフェルトでなければ突入時に看破したのかもしれない。普通なら少数で正面から行うとは自殺志願としか思えない突入だからである。いくらなんでもあり得ないことで、おかしいと気付くべきだった。

 しかしこれはキャロラインの読みが深かったのだ。

 黒い艦隊は自分が勇猛であるがゆえに、相手が異常に勇猛であってもその異常さに気が付かないだろう。加えて、二千隻もの部隊を無人艦にして使い潰してしまうのも尋常の戦術の範疇にはない。

 

 

 混乱に乗じて第九艦隊は次々とビッテンフェルトの黒色槍騎兵を狙い撃つ。

 

 黒色槍騎兵は突入してきた同盟無人艦に対応して主に攻撃にエネルギーを回していた。そして今無人艦と分かっていても、敵艦を至近において急に攻撃から防御に切り替えるのは難しい。

 そのため黒色槍騎兵はこの瞬間だけは当てられれば非常に脆い。

 キャロラインの側方攻撃は実に効果的に爆散させていく。

 

「ええい、こうなれば仕方ない。とにかく反撃して何とかしろ! 敵艦に体当たりして沈めてしまえ!」

「そ、そんな無茶な!」

 

 ビッテンフェルトの度を越えた命令に参謀のオイゲンが正直な感想を言う。軍事的常識もくそもない。

 

「何が無茶なものか。いっそのこと帝国軍が全てそうすればいいのだ。こちらは十一万、敵は八万、体当たりで沈めても、敵が消滅した後でこちらは三万隻も残るではないか!」

 

 無茶苦茶だが、一面の真実ではある。確かに数の力というのはこれほど非情なものだ。

 しかしこの場合に限って言えば、損失艦数の対比で第九艦隊より黒色槍騎兵の方が何倍も損失が大きい。このままでは黒色槍騎兵が先に消滅してしまう。

 活路を開いて撤退するしかない。

 結果として黒色槍騎兵は逃げ切ったが、損害は夥しいものになった。

 

 

 

 同じ時、ケンプは旗艦ヨーツンハイムで怒り狂っていた。

 

「なぜなんだ。どうしてわが艦隊の艦載機が押されている!」

「なぜと言われましても、敵の艦載機は数も多く、運用も優れているように感じます」

 

 ケンプ艦隊参謀のパトリッケン少将が真面目に答える。

 

「それは分かっている! しかし、わが艦隊は艦載機の運用では帝国軍一でなければならないのだ!」

 

 現実を直視しない精神論であったが、ケンプがこう言うのはそれなりの理由が存在する。

 ケンプには強い誇りがある。

 自分は艦載機乗りから艦隊指揮官にまでなったのだ。艦載機乗りたちにとっては出世頭であり憧れの存在だ。ケンプもそれをよく自覚している。

 

 ならばそんな自分は艦載機がどれだけの力を発揮するのか、帝国軍全体に示さなければならない責任がある。

 艦乗りよりもはるかに敵に近く、自分の身一つで戦う艦載機乗りの代表として。

 ともすれば使い潰される艦載機の力を皆に知らしめたい。

 

 常日頃、ミッターマイヤーなどの艦隊運動の名人ばかり注目されるのが内心面白くない。

 

 艦載機の運用こそが艦隊戦の決定戦力になりえる、なぜ皆はそれが分からない。

 ならば戦いは艦載機の力をアピールする好機でありケンプ艦隊が艦載機で負けることなど絶対に許されない。

 

「帝国軍一といえば、司令官。この敵の艦載機運用を見ますとあのメルカッツ提督では……」

「メルカッツ提督ならば、それもあり得るか」

 

 パトリッケンがそのことに思い至り、ケンプも同意する。今の敵はケンプが自分で及ばないと認める唯一の人間、近接戦闘の達人メルカッツ提督なのか。

 

 実際その通りだった。

 今は同盟軍の客将メルカッツが多数の空母艦隊を率いて挑んでいる。

 

「今の相手はケンプか。自分が艦載機乗りだったころの感覚を失っていない良い将になったものだ。大いに褒めてやりたいところだ。しかし、ここで敵味方で会うとは。勝負をつけてやるのも何かの縁か」

 

 この艦載機の戦いでケンプは負けつつある。

 なまじ近接戦闘に自信があったのが敗因である。

 むしろ戦艦の方を上手く使い、艦載機を出される前に敵の空母へ突進させ、長距離砲で対処すればよかったのだ。砲の届く距離であれば、もちろん艦載機よりもはるかに早くダメージを与えられる。

 

 今、艦隊中を敵味方の艦載機同士がドッグファイトの場にしている。

 

 そして、ケンプ艦隊のものは質と量の両方で圧倒されていた。

 空母の数も配置も、それに加えて艦載機搭乗員の技量まで差があれば完敗だ。

 

「何をしている。巡航艦を密にして艦砲の弾幕を作れ。そこに敵を追い込んで囲め!」

 

 そうは言うものの、ケンプ艦隊は今まで艦載機を攻撃に使うばかりであり、逆に守る立場に立ったことは多くない。そのため急にうまくはできない。

 

 

「ようコーネフ、今日は大漁だ、スピード合戦と行こうか!」

「それじゃポプラン、団体戦ということにしようじゃないか。空戦隊のトータルスコアで勝負だ」

「そいつはいいねえ、決まりだ。俺が勝ったらイブリンのアリバイ頼むぜ!」

 

 同盟側の艦載機たちにはそんな軽口を言う余裕すらあった。

 尤も、この二人に限っていえばいついかなる時でも軽口を忘れたことはないが。

 

「じゃあポプラン、こっちが勝てば今の言葉をそっくり奥方に伝えるということで」

「そんなのありかよ! そうされたら終わりだ! おい、アップルジャック、シェリー、ウォッカ、各隊今の聞いたか、死んでも負けるなよ。俺についてこい!」

 

 その話を全員に聞かせてどうするんだ、とコーネフは思ったが、要するにポプランなりの景気付けなのだろう。

 

 艦載機同士の戦いが終わりに近づき、ケンプ子飼いの艦載機戦隊は数を減らし、もはや逃げ回るのに精一杯だ。

 

 そして次にはケンプ艦隊の駆逐艦、巡航艦が狙われだした。

 次々に浸食されて宇宙の藻屑と消える。

 

「この戦いは負けです。撤退の御決断を」

 

 そんなパトリッケンの言葉を聞いても、あまりに残念そうにケンプがスクリーンをじっと見る。

 こんな形で、艦載機の戦いで負けたとは。しかし仕方なく決断して撤退を指示した。

 

 その逡巡は戦場では致命的な隙になる。見逃すメルカッツではない。

 さっと艦載機を退かせ、戦艦の長距離砲撃で見事に決着を付けた。

 

 帝国軍に急報が届く。

 

「戦艦ヨーツンハイム撃沈、ケンプ中将戦死!」

 

 近接戦闘の達人、メルカッツに斃されたのだ。ケンプにとりそれが良かったことなのか。

 夢見ていた。

 艦載機をこれからの帝国軍の主軸に据え、新しい時代の主役にしようと。

 その夢が自身の命と共に、ここで潰えさった。

 

 

 

 

 ラインハルトはこの報に激発しかけたが抑えた。

 

 何かがおかしい。これほど敵が強いとはからくりがあるに違いない。

 

 今までのところ、損失艦数では帝国側の方が二倍の損害を出している。

 いかにまだ艦数で勝るとはいえこのままいけば負けてしまうのは帝国軍の方ではないか。

 

「キルヒアイス、奴らが調子に乗っているのは不愉快だ。少し黙らせに行ってもらえないか」

 

 ついにラインハルトの懐刀キルヒアイスが出撃した!!

 

 しばらくその赤い戦艦に同盟軍はなすすべがなかった。

 全てが後手に回り、いいように引っ掻き回され、叩かれ、消滅させられた。これでまた損失艦数は同盟の方が圧倒的に多くなる。

 キルヒアイスの艦隊運動はあまりに迅く的確だ。

 その迅さは、以前のランテマリオの戦いであの同盟軍キャロラインでさえ全く追い付けもしなかったことで証明済みである。

 

 今、誰が追いつけるのか。

 ヤンはこのままではまずいと感じ、対処する相手に客将ファーレンハイトを選んだ。

 かつて帝国軍でも烈将と呼ばれるその力量を知っての選択だ。

 

「あの赤い戦艦バルバロッサが同盟の脅威になっています。対処をお願いできますか」

「ヤン提督、私を選んでいただいて光栄です。精一杯やるとしましょう」

 

 

 ファーレンハイトは直ちに高速戦艦隊を率いて出撃し、キルヒアイスの艦隊を追尾にかかる。

 そしてキルヒアイスの方でも追ってくる艦隊が尋常でない迅さなのを見て取り、強敵と感じた。

 

「いったん速度をゆるめてエネルギーを蓄えて下さい。合図と共に一気に最大戦速にかかれるように。ここは一気に迅くできた方が勝つ、そんな勝負になります」

 

 ファーレンハイトも追い付く寸前、距離を保つ。

 

 対峙した時間は長くはなかった。

 

 その時が来た。両軍ともに一気に加速してぶつかり合う!

 躱し、逸らし、またぶつかり合う。

 その目まぐるしく迅い艦隊運動は、見る者にとってあり得ないくらい幻想的だった。

 これは芸術だ。それほど美しい。

 撃つ、避ける、位置を変え、旋回し、いつまでも続くような戦いであったが、実際はそんなに長いものではない。

 

 ファーレンハイトの乗る旗艦が被弾した。

 それは艦橋に直撃である。相打ちのようにキルヒアイスのバルバロッサにも被弾があるがこちらは小破で済んでいる。

 

 

 今この時ファーレンハイトは倒れ、出血も多く動けない。

 艦橋の周囲は引火して燃え盛り艦は爆散寸前だ。

 

「本懐だった。最後にこうして意義のある戦いに臨んだことは」

 

 ファーレンハイトはこれまでの長い軍歴を思い出していた。

 その軍歴では長いこと不遇の時期が続いた。

 そして半ば捨て鉢のような気持ちで尊敬する上司メルカッツと共にブラウンシュバイク陣営に身を投じ、以来ラインハルトの軍勢と戦い続ける運命に定まった。

 貧乏軍人の皮肉っぽい性格が行きつく必然だったのだろうか。

 

 それからは今まで敵と思っていたヤン・ウェンリーの第十三艦隊での日々がある。

 

 そこはあまりに酔狂でおよそ軍隊とは思えなかった。

 陽気で、冗談と笑いのある軍だった。そこではじめてひねくれてしまった性格も少しは安らぎを得ていたのだ。

 

「これで良かったのだ。これでいい。最初と最後が逆だったら目も当てられない。同盟とやらも案外悪くなかった。俺には過ぎた所だ」

 

 

 艦は爆散し、ファーレンハイトもまた散った。

 このファーレンハイトの死を知ったキルヒアイスはいったん帰投した。どうせ被弾したバルバロッサではもはや最大戦速は出せない。

 

「勝敗を分けたのは、艦の性能だけだったのかもしれませんね。強敵でした。安らかに眠って下さい、烈将ファーレンハイト提督」

 

 

 

 

 

 




 
 
次回予告 第九十八話  一つの意地
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