見つめる先には   作:おゆ

99 / 107
第九十九話 宇宙暦801年 四月 果たせぬ誓い

 

 

 こうしてラインハルト本隊とキャロライン第九艦隊は戦いに入る。

 

 

 両艦隊の接触直前、異変が起こる。

 第九艦隊の最も左翼にいた部隊だけが突出し、どんどん前に出ていくではないか。それは第九艦隊一万三千隻のうち二千五百隻ほどである。

 

 ラインハルトが訝しんでいるうち、それらは九十度回頭して戦場を真ん中を横切ろうとしていく。

 位置的にはちょうど敵味方の中間であり、巡航艦ならばともかく戦艦の主砲なら射程内に収まる。そんなところを通り過ぎていく、あまりに大胆かつ奇妙な行動だった。

 ラインハルト本隊は一万八千隻もあるからには消滅させてくれと言わんばかりだ。

 

「…… いったい何のマネだ。これは、以前に俺がやった敵前横断と同じではないか。今更なんの魂胆だ」

 

 そう、第四次ティアマト会戦でラインハルトはこれと同じことをやっている。

 

 ラインハルトは素早く考える。

 可能性としてはかつての戦いの再現だ。

 疑惑のため慎重になり過ぎ、そして敵味方ともそこに目を奪われてしまった。その艦隊が通り過ぎた後は敵味方とも眼前にまで接近され、結果いきなり乱戦状態に入るという異常事態が生じた。ラインハルトの意趣返しが成功したのだ。

 

 そして今、逆にラインハルトの眼前でそれが再現されているではないか。むろんそれをやっている敵もまた第四次ティアマト会戦を知っているはずであり、それの再現を狙っているだろうか。

 乱戦に持ち込めれば艦数の少ない敵にはもちろん不利になる。

 ただし、必死の突進によってラインハルトのブリュンヒルトを斃すことも不可能ではない。どのみちまともに戦っても不利なら、そこに賭けるのはむしろ立派な戦術だ。

 

 ラインハルトはこの不思議な先手を取られ、早い所決断しなければならない。

 定石通りここで攻撃をかけ、その横断している艦隊を消してしまうべきだ。

 ティアマト会戦の再現という下手な発想はそれ相当の報いを受けてしかるべきであり、また不確定因子を消去するのも正しい。

 

 ただし、その爆散のためにやはり探知は妨害され、一瞬の隙ができるのも確かである。

 ならばここはいったん退いて様子を見るか。

 艦数の多い側がリスクを負うことはない。それも一つの回答である。

 

 ラインハルトは決断した。

 迷いは積極策によって打ち消す。いったん退くなど性に合わない。

 

「攻撃用意! あの横断する小艦隊は敵の策、早めに消す」

 

 そしてもう一つ、ラインハルトには分かっていることがある。

 

「撃て! 撃ちまくれ! どうせあれは無人艦だ」

 

 ラインハルトは看破している。この横断行動をしているのは無人艦だった。

 キャロラインが危険過ぎる作戦に人員を使うはずがないと思ったのである。

 

 

 

 

「どうせ無人艦だと思うのなら、なおさら無視してもよかったでしょうに。やはり撃ちましたか。ラインハルト夫君陛下」

 

 同盟第九艦隊の側ではキャロラインが静かにそう語る。

 ティアマトに似せたのは撃たせるためだ。ティアマトの結果を知っていればラインハルトは必ず撃つ。

 

 無人艦は次々と砲撃に貫かれ、あっさりと爆散させられる。

 だが思いがけず通常より数段派手な爆発を見せる。

 

「…… なるほどな。敵艦は内部にエネルギーを貯め込んでいるのだ。するとやはり目的は目くらましの探知妨害か」

 

 ラインハルトはすぐに理解したが、無人艦はシールドを張ってもおらず、その分のエネルギーを貯め込んでいるので爆散が大きくなっているのだ。

 実際にはそれに加えてキャロラインが反応炉の燃料を満載させていた。

 自爆させたり、同盟側から撃ったりという方法を使わなかったのは、最大限帝国艦隊に近いところで爆散させたかったからだ。だからラインハルトから撃たせた。

 

 

 しかし天才ラインハルトにはもう次に来るものが分かっている。簡単な欺瞞など通じない。

 

「全艦、シールドに全エネルギーを集中させよ。無人艦の爆散の陰から敵は突進してくる。いったん斉射を受け流し、しかるのち徐々に後退しながら逆撃を加えよ。敵は我が方より少数だ。落ち着いて撃ち返せば勝ちは決まっている」

 

 目くらましをかけた敵は必ずこのブリュンヒルトを斃そうと狙ってくる。

 それは必死の攻勢であるはずで、多少ラインハルトの本隊が後退しようと諦めることはないだろう。すると万全の体制で迎え撃つことができる。

 そして損害を与えていけば必ず攻勢は息切れし、宇宙の塵となる。

 

 ラインハルトは確信していた。敵はよくやった。しかしこれまでだ。

 

 

 

「敵艦隊、爆散雲を抜けて急進してきます! レッドゾーンに入られます!」

 

 ブリュンヒルトのオペレーターが叫ぶ。

 予想通り敵は急進してきた。やはり爆散を探知妨害に使っていきなりレッドゾーン内に入り、なおも足を止めない。

 

 帝国軍本隊はラインハルトの事前の指示のため損害は極小で済んでいる。

 慌てることなく距離を取りながら迎撃に徹し、着実に突進をいなしている。突入してブリュンヒルトを狙われるどころか帝国軍本隊に辿り着くまでもさせない。

 

 これで勝ちだ。防ぎ切った。

 

 そう思ったラインハルトだが、なぜか違和感がある。

 被害がなさすぎるのである。確かに敵は撃ちまくっているのに。必死の攻撃がこんなに弱いものであるはずがない。

 思い巡らせ、結論に至った。

 

「しまった!! やられた。これもまた無人艦なのだ!」

 

 そう、キャロラインはまたしても無人艦使い、それらを今度は正面から突進させ、欺瞞の攻撃をさせていた。

 これでは派手に撃っているように見えるが当たるはずもない。

 

 

 無人艦の二段構え。キャロラインは恐るべき策を使う。

 

「ならば次は……」

「ラインハルト様、あれを!」

 

 その時キルヒアイスがスクリーンの一部を指し示す。

 そう、ラインハルトの側にはキルヒアイスが控えているのだ!

 この能力も性格も無二の親友が。

 

 それもまたラインハルトの大きな優位である。

 キルヒアイスはラインハルトと理解を共有するが、欺瞞に引っ掛けて正面に目を向けさせ、敵が狙っていることは一つしかない。

 その上でキルヒアイスが気付いた動きがあるのだ。

 敵の中に大きく迂回しようとしている部隊がある。静かに進行し、様々な戦場のデブリに偽装しているがキルヒアイスの目をごまかせるはずがない!

 

 その迂回行動は半ば成功し、帝国軍本隊を横撃できる有利な位置につかれようとしている。ただしまだ完全ではない。

 

「そうかキルヒアイス。ではこちらが敵の第九艦隊の実体というわけか。なかなか面白い戦術を見せてもらった」

 

 ラインハルトは紅潮した。

 強敵に出会った高揚感が全身を包む。

 

「紙一重というところだったな。無人艦の二段活用など経験したことがなかった。だがしかし、これで終わりだ。本隊側面は回頭し、大型艦を前に出して敵の猛攻に備えよ」

 

 ラインハルトは敵艦隊の数と動きを見て、それでもなお敵がブリュンヒルトまで及ばないのを一瞬で計算してのけた。

 

 

 ほどなくして迂回した敵艦隊が接触してきた。さすがに帝国軍にも大きな被害が生じる。今度の敵艦隊は無人艦などではなく、的確な砲撃だった。

 だが、帝国軍本隊は支えきるだろう。

 

 しかし、ここで思いもかけない報告が飛び込んでくる!

 

「敵艦隊、パラミデュース確認できず、別の艦隊です!」

「では何だというのか!」

「これは、先に戦っていた敵の第七艦隊と思われます」

「何だと!?」

 

 

 

 そして戦局はまたもや急展開する。

 

「正面の敵艦隊、再び急進してきます!」

 

 これは先ほどの無人艦ではない。

 これこそがキャロラインのいる第九艦隊だった!

 

 先にキャロラインはグリーンヒル第七艦隊に側面から回り込むように要請していた。それは帝国軍が急進する無人艦を片付けにかかっている時だ。

 今や帝国軍本隊は正面に対し、無人艦を片付けたことで油断してしまった。

 おまけに第七艦隊による側面からの迂回攻撃に目を奪われ艦の回頭を始めてしまっていた。

 

 このタイミングだ。

 

 ここしかないというところで突進し猛攻をかける。

 キャロラインの用意した罠はあまりに巧妙な三段構えだった。

 

 今こそ文字通りの死闘が繰り広げられる。

 艦数からすればなお帝国軍本隊が有利なことは間違いない。第九艦隊と第七艦隊を併せてもなお帝国軍本隊の方が多いのだ。

 

 しかし態勢的には二方向から同時攻撃を仕掛ける同盟側が圧倒的に優位だった。

 

 帝国軍本隊はラインハルトが全体を俯瞰し、そしてキルヒアイスが戦場一つ一つを丹念に見ながら指示を飛ばす。

 一人でもずば抜けて有能な指揮官だが、更に見事な連携だ。

 それでもなお押されている。キャロラインもグリーンヒルも並みの指揮官ではない。

 いったん握った戦場の支配権を手放すものか!

 

「ここで息の根を止めます!」

 

 キャロラインは旗艦パラミデュースさえ陣頭に立たせ猛攻を掛ける。

 ラインハルトはアルトリンゲンに別動隊を与え、大きく迂回させ後背を狙う陽動をさせた。しかし、第九艦隊は後方にラップを置き、そんな隙はない。水際だった指揮でその陽動を弾き返している。

 

 

 

 ただし戦場全体でも情勢に呼応した動きがある。

 帝国軍本隊が交戦に入ったことを見て取った他の帝国軍艦隊が動き出しているのだ。むろん敵を牽制し、帝国軍本隊に万が一のことがないようにするためである。

 

 最も早く動いたのはやはりミッターマイヤー艦隊だった。

 

「本隊の支援に急ぎ向かう。あの敵はどんな計略を仕掛けてくるかわからん」

 

 ミッターマイヤーには本隊が敵の第九艦隊を相手にしているのを見て嫌な予感がしていた。

 ミッターマイヤーはよく知るが、あれは通常の相手ではない。思いもかけない策を使ってくる敵なのである。ミッターマイヤーは過去実戦どころかシミュレーションでも散々にやられた。

 

 

 そんなミッターマイヤーの前に同盟軍第十艦隊ウランフ中将が立ちはだかる。

 ウランフもまた帝国軍本隊と第九艦隊が戦い始めたのを見て、その邪魔をさせるつもりはなかった。

 

「勝負の途中から助太刀とは無粋じゃないか。帝国の双璧とやら」

 

 ここでも死闘が展開される。

 技量に大差はない。あえていえばミッターマイヤーは果敢、ウランフは勇猛といえた。

 

 最後は悲しいことにやはり艦数がものをいった。第十艦隊は既に半個艦隊規模しか組めておらず、激しい戦いにより先に破綻するのは必定だった。

 

「第九艦隊、帝国軍本隊を倒せ! あとは頼んだ。同盟の明日を信じている」

 

 第十艦隊旗艦磐古と共に爆散して散った。

 

 使命を果たした。ミッターマイヤー艦隊も勝ちはしたが損傷は大きく、大幅な再編を余儀なくされ、直ぐに帝国軍本隊への応援はできなくなる。

 長いこと同盟を支え続け、攻勢なら同盟軍随一と呼ばれた闘将は見事な最期を見せたのだ。

 

 

 しかし同時に他の帝国艦隊も動き出している。

 シュタインメッツ艦隊は戦線維持を横のメックリンガー艦隊に任せ、ラインハルトの本隊へ急ぎ移動をはかった。

 

 それは人一倍強い忠誠心を持つシュタインメッツらしい行動だった。

 

 しかしこの場合には拙攻に過ぎた。

 同盟軍第八艦隊アップルトンの至近を素早く通過するはずが、やはり横撃を避けられない。更にその対処に手間取っていると、第十二艦隊ボロディンに突撃を許してしまう。

 シュタインメッツは理論と実践のバランスのとれた用兵巧者として知られている。

 しかし、この場合は艦隊司令官としての軍歴の長い相手が一枚上手だった。旗艦フォンケルに直撃を受けてしまう。

 

「これまでか。とてもすまない、グレーチェン」

 

 シュタインメッツは最期にそう言い残したと伝えられている。

 

 後に、こんな言葉を最後に言うなど帝国軍人として女々しいと批判する者がいた。

 だがそういう者たちは例外なくシュタインメッツをよく知るビッテンフェルトの鉄拳に沈められることになる。

 

 

 

 




 
 
次回予告 第百話  万骨を踏みしめて

戦いの果てに見えてくるものは……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。