「どォいうことだ、これは……」
眼前に広がる光景に、
兎のようだと評されることもある彼の赤い瞳に映っているのはどこまでも続く大海原。鼻をつく磯の香りに、浜辺に打ち寄せる波が奏でる潮騒。水面は肌を焦げつかそうかという太陽の日差しに照らされて目が眩むほどキラキラと輝いている。
少し視線を上げれば抜けるような青空が広がっていて、真っ青なキャンパスを彩る純白の入道雲。そして足元にはダイレクトに熱さを伝えてくる砂浜。足の裏をくすぐるような感覚は、あらゆるものを反射して生きてきた少年、
「反射が切れてやがる。まァ頭を撃ち抜かれたンだから当然といえば当然だけどよォ」
何よりもまずこうして生きていることが驚きと言えた。
一方通行が覚えている最後の記憶。それは
しかし額をさすってみてもそこに銃弾を受けたような傷はない。
仮に世界に名だたる名医の施術によって生還したのだとしても、こんな南国のビーチらしき場所に置き去りにされるなんてことはないだろう。
「つーかここはどこなンだよ。学園都市に海はなかったはずだ」
つまりここは学園都市内ではない可能性が高い。完全にそうだと言い切れないのはこれが幻覚や脳内を弄くられて見せられているだけの世界かもしれないからだ。
学園都市の技術力であればそれくらいは造作もないだろう。何よりあの学園都市が一方通行の能力を手放すとは到底思えない。
とはいえ今のところ五感や演算能力に異常や違和感はみられないし、切れていた反射もすぐさま復活させることができた。
ベクトル操作が可能であればいつまでもこんな
とりあえずここがどこなのか、そして自分が置かれている状況を迅速に把握したいところである。
しかし現在地が分からない以上安易に動き回るのも得策とは言えないのが現状だった。闇雲に飛び出した末に大海原の真っ只中で遭難するなど冗談にしても笑えない。
さてどうするか、と一方通行は思考を巡らせる。手っ取り早いのはその辺にいる人間を捕まえてここがどこなのか聞き出すことだ。
問題は、果たしてここに人がいるのか、という点だが。
大海原を眺めていた視界を180度反転させる。
まず目に入ったのは緑。標高40メートルほどの、山とも言えない小高い丘を覆う深緑の木々。
以上である。
他に何かないかと視線を左右にさ迷わせてみても、ここが恐らくは小さな孤島だろうということくらいしか分からない。
一方通行は目を閉じ、周囲から人工的な低周波音が発生していないか探る。
そうしていたのは十数秒ほど。目を開けた一方通行はポツリと言葉を漏らした。
「ここには誰もいねェな」
つまりは無人島であるらしい。これでは人から情報を得ることは不可能である。
やれやれとため息を吐いたあと、次は海上を探る。運良く近くを航行している船でもあればいい、というダメ元の試みだ。
しかし意外にも目当てのものがすぐに見つかる。
(こいつは船だな。結構大きいじゃねェか)
客船か何かだろうか。
何にせよ察知した低周波音からすれば船でまず間違いない。そう判断した一方通行は砂浜を蹴り、発生したベクトルを全て前進方向へと向ける。そうすることで爆発的な推進力を得た一方通行は海へと飛び出し、海面でも同じようにベクトルを操作して海上を疾走する。
低周波音の発生源に近づくにつれ、それが一つではなくまとまって航行している船団だろうと一方通行はあたりをつける。感じ取れる数は二十ほどだ。
やがてその船団が肉眼で確認できる位置まで近付いた一方通行は、その異様な光景に思わず顔をしかめる。
船――軍艦にエイリアンを連想させるグロテスクな怪物が寄生したような、生理的嫌悪感を抱かせる不気味なそれらが、隊列を組ながら航行している。
「ンだありゃァ?学園都市の新兵器ですかァ?」
口にこそしてみたが海のない学園都市がそんなものを開発するとは考え難い。何より彼らは自分達の技術が学園都市の外に流出することを異常なまでに嫌っている。
つまりここが学園都市外であれば、あの船団は学園都市と無関係である可能性が高い。まああの悪趣味さは学園都市の暗部に通ずるところもなくはないが。
「どう見ても人が乗るような代物には思えねェな」
生体を模した軍艦か、あるいはもしかするとあれはあれで生物にカテゴライズできるのかもしれない。
もし後者だとしても軍艦に寄生しているあのエイリアン
どうやら海上を走る一方通行を捕捉したらしく、左方向に旋回して真正面から向き合う形をとる。
そして戦艦に備え付けられている砲身が一斉に一方通行を捉えた。それは明確な敵対の意思。
それを見て一方通行の口角がつり上がる。見た者が恐怖を呼び起こされるような凶悪な笑み。
今にも砲弾を発射されてようとしていても一方通行に恐怖などは微塵もない。彼の中にあるのは学園都市最強のレベル5である自分に愚かにも楯突こうという無謀な相手への嗜虐心のみだった。
戦艦が轟音をあげて大砲を放つ。それは一方通行を掠めることもなく海面に着弾し巨大な水しぶきを立てた。
元来人間の射撃など想定していない兵器だ。標的が人間一人であれば命中の精度が低いのは仕方のないことである。
しかし砲弾が大きな波を起こしたことで、それに伴いベクトル操作にもさらに精密かつ複雑な演算を要求される。
それを察知した一方通行は、自身を襲い来る着弾によって発生した衝撃波を利用して高く飛び上がった。
宙に浮いた一方通行へ、今度は対空砲が斉射される。そんな弾丸の雨を一方通行はなんなく弾き返した。
ベクトル操作による『反射』。一方通行が最も使い慣れている、能力のデフォルト状態。それによって跳ね返された対空砲の弾丸は、皮肉にも打ち出した戦艦に風穴を空ける――ことはなかった。
反射した弾丸のほとんどが海面を叩いて終わる。
「あァ?」
怪訝そうな声を漏らす一方通行。
それもそのはず、狙い通りに反射されなかったということは一方通行の演算にミスがあったことを意味する。
だが、それはあり得ない。
光学兵器すら反射してのける一方通行が、大砲や対空砲程度の反射で演算を間違えることなど万に一つもないのだ。
ではなぜ狙い通りに反射できなかったのか。一方通行はその仮説を一瞬で組み立てる。
(あいつらの攻撃に、俺にとっての未知が存在する……?)
一方通行が反射可能なのは彼がその性質を理解しているベクトルのみだ。銃弾であれ放射能であれ光であれ、一方通行が理解している性質ならばどんなものでも反射してみせる。
逆を言えば完全に理解しきれていない性質を含むベクトルの反射には齟齬が生じるのだ。反射自体は出来たことから、戦艦の攻撃もおおよその一般的な銃火器と大きな差はないのだろう。
しかしそこに、ノイズのように
一方通行にとって、未知とは糧だ。強くなるための、最強を越えた無敵へと至るための糧だ。
自身が未だ知らぬその性質を理解できれば、一方通行の強さはまた一つ上のステージへと進む。
彼の笑みが一段と深くなる。それは狂喜に彩られた、狂気の笑みだった。
「同情するぜ、エイリアンの出来損ない共。てめェらは1匹残らずスクラップ決定だァ!」
そんなセリフで口火を切って、惨劇の幕が開いた。