一方通行と艦娘   作:晴貴

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2話

 

「ふあ~。あー、眠いなぁ」

 

 いかにも無気力、と言わんばかりに少女はあくびをくり返す。艶のある黒髪をおさげのように結んだ、十代中頃の少女。

 普通の少女と比べて違う点があるとすれば、今現在海の上を滑るように進んでいることと、その体に物々しい武器――艤装を身に付けている点である。なぜかと言えば彼女は人間の少女ではないからだ。

 

 球磨型3番艦・軽巡洋艦 北上。

 それが彼女の名前である。

 

「油断しては駄目よ、北上さん」

 

 そんな彼女をたしなめるのは長い黒髪をなびかせ、赤い胴着のような出で立ちをした女性。

 赤城型1番艦・正規空母 赤城だ。

 

「いやー、分かっちゃいるんですけどね。ただこうも穏やかな天気だと眠くなっちゃって」

 

「あたしも眠いっぽいー……」

 

 北上の言葉に同意を示したのは白露型4番艦・駆逐艦 夕立。

 眠気をこらえて目を擦るその仕草は年相応の子どものようである。

 

「確かにここのところは平穏な日が続いているけど、哨戒任務中だということを忘れちゃいけないよ」

 

「がんばるっぽい~……」

 

「やれやれ」

 

 苦笑を浮かべるのは三つ編みが特徴的な白露型2番艦・駆逐艦 時雨。

 傍目には美女・美少女にしか見えない彼女達は全員艦娘と呼ばれる存在である。

 本日も鎮守府近海の哨戒任務の真っただ中ではあるが、時雨の言う通りここのところはこの海域も平和なもので、北上や夕立のように気が抜けてしまうのも分からないわけではなかった。

 無論、それを容認できるほど赤城や時雨は不真面目な気持ちで任務に臨んでいない。

 

 とりあえずあと1時間ほどで自分達の哨戒は次の艦隊に引き継ぐ。もうひと踏ん張り頑張りましょう、と赤城が声をかけようとした時のことだった。

 彼女が偵察のために飛ばしていた艦載機から敵――深海棲艦の情報が届けられる。

 

「八時の方向に深海棲艦の反応多数!数は――30!?」

 

「っぽい!?」

 

 30隻という敵艦の数に、夕立の眠気も一気に覚める。

 それどころか冷や汗が吹き出すほどの事態だ。

 

「とても私達だけで相手にできる数じゃないね」

 

 敵艦30隻に対して、彼女達は4隻。正規空母の赤城がいるとはいえ、あとは軽巡洋艦の北上と、駆逐艦の夕立と時雨。圧倒的な数的不利に加えて相手を倒しきる火力も足りない。

 

「こちらに向かっていますが幸いまだ距離はあります。速やかに引き返して体勢を整えましょう。時雨さん、提督へ通信を」

 

「了解したよ」

 

 赤城の指示を受け時雨が速やかに指揮官である提督に敵艦発見の情報を伝える。提督の判断は赤城と同様に、一度撤退して迎撃に備えよ、というものだった。

 そしていざ通信を切る瞬間、艦載機がさらなる情報を届ける。

 

「提督、待ってください!誰かが敵艦と交戦している模様です!」

 

『なんだって!?』

 

 通信機の向こうで提督が驚愕の声を上げるが、より正確に事態を把握している赤城の驚きはそんなものでは済まない。

 

『交戦しているのは他の鎮守府の艦娘か?』

 

「ここからでは不明です。ですが、数だけならば……」

 

『いくつだ?』

 

「少数……恐らくは単独です」

 

 その場にいた北上、夕立、時雨。そして鎮守府にいる提督も、赤城の言葉に息を呑む。

 30隻もの深海棲艦の船団に単独で挑むなどただの自殺行為でしかない。

 

「交戦しているのは確実ですが、敵艦の数が多くて艦娘は捕捉できません。できないほど少数なのは間違いないかと……」

 

 どこかの鎮守府の艦娘が敗走してきて、孤立無援で戦わざるを得ないのか。

 なんにせよ事態は逼迫している。

 

「提督、私だけでも援護に向かわせていただけませんか?」

 

『駄目だ、危険すぎる』

 

「承知の上です。でも私はあそこで戦っている艦娘を見捨てることはできません……!」

 

『だが……!』

 

「んじゃー私が付き合うよ。それなら少しは安全でしょ?」

 

「あたしも行くっぽい!」

 

「皆が戦うなら僕だけ逃げるわけにはいかないね」

 

 赤城に北上、夕立、時雨が続く。待ち受けているだろう死地に恐怖を感じていながら、誰もそれをおくびにも出さない。

 こうなっては彼女達は引かない。提督にはそれが嫌でも感じ取れてしまう。

 

『……分かった、交戦を許可しよう。だが、今すぐに編成を組んで援護を向かわせる。それまで絶対に生き延びてくれ!』

 

「「「「はい!」」」」

 

 命じた側も、命じられた側も、それが困難な命令であることは承知していた。どう考えても轟沈する可能性の方が高い行動を取ろうとしている。

 けれど彼女たち艦娘は、たとえ自分達の鎮守府に所属していなかろうと、同じ艦娘の仲間を見捨てられない。愚かだと誹られても、それが艦娘としての誇りであり、矜持でもあった。

 

 そうと決まればぐずぐずしている時間はない。4人は可能な限りの速度を維持して、一直線に交戦海域を目指す。そうしてたどり着いたのは1時間以上経過してからだった。

 もう、手遅れかもしれない。そんな自責の念が4人の心に押し寄せる。だから周りの異常に気付くことに大きく遅れた。

 さきほどから戦闘音などがまるでしていないことに。とうに決着がついているなら、もう敵艦と会敵しているはずだということに。

 

 交戦海域に突入してしばらく。そこにあったのは不気味なまでの静けさだった。

 深海棲艦の姿が見えず、速度を落として慎重に進む。

 するとの先に、何かが現れた。深海棲艦かと身構えるが、いっこうに動き出す気配を見せない。

 そうして警戒を強める4人の元へ、波にたゆたって何かが赤城達の方へ流れてくる。

 

「これは……」

 

 赤城が拾い上げたそれを北上がまじまじと眺める。

 

「深海棲艦の残骸、かな?」

 

 彼女達がこれまで幾度となく沈めてきた深海棲艦。その残骸はもう見慣れたものである。

 しかし唯一見たこともなかったのは、その量であった。

 

「……もしかして、これ、全てがそうなのかい?」

 

 そう呟いた時雨の背を冷たい汗が伝う。

 先ほど現れた何か。よく見れば辺り一面に散らばっているそれらは、全てがかつて深海棲艦だったものの名残であった。

 

「深海棲艦が全滅してるっぽい……」

 

「そんな、あり得ないわ……」

 

 敵は30隻。対していたのは艦載機で確認できなかったほど少数の戦力。それで深海棲艦が全滅するなど考えられない。

 

「けどさー、実際敵はもういないよ?」

 

 北上の言う通り、周囲には深海棲艦の残骸が漂うばかりで(ふね)の反応は一つもない。

 ということはつまり、深海棲艦と戦っていた艦娘も轟沈してしまった可能性が高い。

 

「同士討ち……だったのでしょうか」

 

「そうかもね。一体、どれほどの戦いぶりだったんだろう」

 

「……想像もつかないねぇ」

 

 一人で30隻もの敵艦を相手取り、自身が轟沈しながらも相手を全て沈めきる。できるか、と自分に問えば無理だという答えしか返ってこない。その無理を名も知らぬ彼女はやってのけたのだろうか。

 だとしたら、同じ艦娘として誇らしく思う。そして同時に、その武勇をこの目にして語り継いでゆけないことが歯がゆくも思えた。

 

「ねえ、あそこに誰かいるっぽい」

 

 ふと、夕立がそんな声を上げた。

 夕立が指を指した方向に全員の視線が集まる。もしやこれをやった艦娘がまだ生きているのでは、という希望が首をもたげる。

 太陽の光が水面に乱反射しているせいでその姿がよく見えない。とりあえず生死の確認と、生きていれば無傷では済まないだろう怪我の手当てをしようと近づいていく。

 

 その時、太陽の光が雲に阻まれ、そこにいた誰かの姿がハッキリと4人の目に飛び込んできた。

 そしてその姿を目にした瞬間、彼女たちの希望は打ち砕かれた。

 

 深海棲艦の残骸の上に佇む影。白髪に、血のように赤い瞳。男にも女にも見える中性的な顔立ちは、整っているがひどく冷徹な印象を受ける。

 これらの特徴に合致する存在を、艦娘である彼女達は知っている。

 鬼級や姫級と呼称される、深海棲艦の中でも上位に位置する個体。海域解放の最大関門にして、これまで多くの艦娘を轟沈させてきた忌々しい宿敵。

 

 それでいて、これまでに一度も遭遇したことのない、新たな存在。

 知らず、まさか、という言葉が赤城の口から漏れ出していた。彼女は濃密な絶望感を孕んだ声で最悪の予想を口にする。

 

「新種の、鬼・姫級……!」

 

 その言葉に反応するように、相手は赤城の方を向いた。そしてその目を見た4人は確信した。強制的に、本能が理解させられた。

 アレには勝てない、と。ああ、私達はここで死ぬのだ、と。

 折れそうになる心を必死につなぎ止め、それでも赤城は戦意を顕わにする。

 

 たとえここで沈むのだとしても、自分は最後まで艦娘として深海棲艦に立ち向かってみせる。

 

(だって、それが一航戦の誇りなのだから――!)

 

 




なんとなく一方通行ってボスキャラ達の見た目に通じるところがある気がする、というお話。
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