「ぶっ潰れろォ!」
そんなセリフと共に一方通行が鉄屑と成り果てた艦の欠片を投擲する。
その細腕から放たれたとは思えないような速度で飛来する鉄屑が船体に深々と突き刺さった。それだけでも轟沈しかねない致命傷。
それでも最後の抵抗に、艦も砲撃を放つ。
一方通行はそれをあえて避けなかった。砲撃が直撃し、大きな爆煙が立ち昇る。普通の人間であれば骨も残らず消し飛ぶ威力。
しかし煙が晴れた向こう側には未だ健在する一方通行の姿があった。傷はおろか服に汚れの一つすらついていない。
「残念だったなァ。てめェらの攻撃はもう解析完了だ」
当然ではあるが、その言葉の意味を艦は理解できなかった。仮に自我や人間並みの知能があったとしても、超能力という力に関する知識がなければそれは変わらないだろう。
一方通行に攻撃手段を解析されたということは、事実上、彼にダメージを与えることは不可能になったということを意味する。
あまりに絶望的な、死刑宣告に等しい。
「ついでにてめェらを構築する情報もな」
一方通行が轟沈間際の艦に手で触れる。その直後、沈み行くのを待つばかりだった艦は、まるで体内から爆発するように砕け散った。
目で追うのも苦労するような速度で飛び回る一方通行。彼が触れた瞬間に凶悪な攻撃を繰り返していた艦が次々と炸裂し、黒煙を上げながら沈んでいく。
結局、戦闘時間は30分にも満たなかった。1隻沈めるのに1分もかかっていない計算になる。
だがこれは一方通行にとって特別なことではない。むしろ最初は解析に時間を割いていたため遅かったくらいである。
まあその甲斐あってかエイリアン擬きの性質は丸裸にできたので良しとした。
しかし本来の目的はちっとも達成できていない。
向こうが先に手を出してきたからこうして沈めてしまったが、一方通行としては現在地を知りたいのだ。
エイリアン擬きを生かしていたところで有益な情報は得られなかったかもしれないが、こうして全滅させてしまえば低い可能性がさらに下がってしまった。
(どうすっかなァ)
比較的大きな残骸に仁王立ちして、なんとなく空を見上げる。黄昏るには少々日も高く、澄み渡る空の青さが若干むなしさを増幅させてくるが、しばしそうしながら現状とそれを打破する手段を思案する。
そうして導き出した結論は先ほどと同じ。能力を反射の設定から関知に切り替えて周囲を探ると、思いの外近くから低周波を関知する。
数は4つ。しかし大きさは今さっき殲滅した軍艦よりも小さい。それに加えて慎重に近付いてくる。
現れたのは4人の少女だった。あまりに場違いな人間の登場に困惑しかけるが、彼女達が海の上に立っていることと、物々しい艤装を装備していることから何かしらの事情を持っているのだろうと判断する。
さて、どうやって交渉を開始するか。そう考えていると、ある呟きが一方通行の耳に届いた。
「まさか、新種の鬼・姫級……!」
新種。鬼・姫級。
一方通行にとっては聞き慣れない単語である。
その言葉を発した彼女――赤い胴着を視に纏った、20歳前後だろうこの女性の反応から察するに、どうやら一方通行を鬼・姫級と形容される何かと勘違いしているようだった。
それらがどんな存在か知ったことではないが、一方通行からすれば面白い話ではない。
しかも赤い胴着の女性は砲身を一方通行に向けて臨戦態勢に入る。それにつられるように残りの3人も一歩遅れて同じ行動を取った。
それを見た一方通行は不機嫌さを隠すこともなくため息を吐き出す。
「一応聞いておいてやる。それは一体なンのつもりですかァ?」
もし戦うというなら容赦はしない。そんな意味を込めて睨みをきかせる。
しかし返ってきた反応は一方通行の想定からは大きく外れたものだった。
「しゃ、喋った!?」
「はァ?」
「深海棲艦ではないの……?」
またもや聞き慣れない単語が出てきた。言葉の端々から察するにその深海棲艦とやらは彼女達が敵対している存在であるようだ。
が、無論一方通行は深海棲艦などではない。彼女達が能力者をそう呼んでいるなら話は別だが、会話を行っただけで驚愕されたのだからその可能性はまずないだろう。
「その“しんかいせいかん”ってのはなンだ?」
「ええっと、ここ一帯でバラバラになってる艦の総称ですけど……」
「……ほォ、俺をこンなエイリアン共と同列に並べようとはいい度胸だなァ」
「ご、ごめんなさい……」
胴着の女性が申し訳なさそうに頭を下げる。
その様子を見て一方通行は彼女達が学園都市の暗部のように薄汚れた仕事には手を染めていない、いわゆる日の当たる場所に生きている人種だと判断した。
なぜなら謝罪した胴着の女性を含めた4人全員が今の会話だけで一方通行に対する警戒心を解き、銃口を下げたのだ。正体不明の不審な相手に対してはあり得ない対応だ。
「まァいい。一つ聞くがここはどこだ?」
「オリョール海、という海域ですが」
「待て、オリョールはロシア内陸の都市のはずだ。海なンてあるわけがねェ」
そもそもとしてオリョール海などという海域を一方通行は聞いたことがない。
だがそれは彼女達も同じだったようで、一方通行が発した言葉に首を傾げた。
「ロシア?」
「それはどこのことかな?」
「おいおいマジですかァ?教養が足りないにもほどがあンだろ」
「いきなりひどい言い草だねぇ」
「はっ、世界最大の面積を誇る国を知らねェ奴を馬鹿と呼ンでなにがわりィ」
たとえ学園都市外だろうとも義務教育さえ受けているなら備えていて当然の知識だ。
亜麻色の髪と三つ編みの少女の年齢は少なくなく見積もっても小学校の高学年ほど。お下げの少女は中高生、胴着の女性は成人前後だろう。全員が一般教養として知っていて然るべきである。
「世界最大ってソ連じゃないっぽい?」
すると亜麻色の髪の少女が馬鹿みたいな語尾で、けれど聞き流せない国名を口にした。
ソビエト社会主義共和国連邦。通称ソ連。1922年から1991年まで存在した、ロシアの前身国の名である。
それがあたかも現存しているような口振りだった。
「ソ連ねェ。とっくの昔に崩壊したもンだと思ったが」
「そんな不吉なことを……確かに今は世界各国が深海棲艦に攻め込まれて戦況は劣勢ですが、皆誇りと愛国心を胸に奮戦しておられます」
「あー、どうもさっきから話が食い違ってる気がしてならねェ。なァ……」
ちょっといいか、と一方通行が続けようとしたところで邪魔が入る。それを告げたのは胴着の女性だった。
「っ!敵艦の反応あり!恐らく増援です!」
「チッ、深海棲艦とやらか?」
「はい。見たところあなたは艤装もなく、そもそも艦娘でもないようですね。時雨、彼を連れて安全な場所まで避難を……」
「ふざけンな。あいつらを相手に尻尾を巻いて逃げろってのか?この俺が?」
「でも武器もない君に何ができるのさ?」
「考えて物を言いやがれ。誰がこいつらを廃棄処分してやったと思う?」
そう言って一方通行は自分が立っている、深海棲艦だった破片をガンガンと踏みつける。
一方通行にとってこんな雑魚が束になって襲ってきたところでわずかの脅威にもなり得ない。
「まさか、でも……」
「まさかもクソもあるか。俺の時間を無駄にしようってンなら1匹残らず海の藻屑にしてやるよ」
一方通行は苛立っていた。
自身が置かれた不可解な状況。突如襲いくる不快な見た目の軍艦。捗らない情報収集。そして再びの襲撃。
それらが立て続けに重なり、元から沸点の低い一方通行にとってはもう我慢などできるわけがなかった。
「深海棲艦がいる方向はどっちだ?」
「南南西……あちらの方角です」
胴着の女性が指を指した方角へと関知能力を向ける。確かにいくつか反応があった。
「――数は9か。大した数じゃねェ」
「分かるのかい?レーダーや艦載機も積んでいないようだけど」
「こンな造作もねェことでいちいち驚くなよ。ウゼェ」
「いやいや、驚くでしょ普通」
本当にこの程度で驚いているなら彼女達の底が知れる、というのが一方通行の偽らざる思いだ。
深海棲艦を相手にしていくらかの戦闘は経験しているようではあるが、呼吸をするように誰かを殺し、殺戮が日常の隣にある、命に重さや価値を見出ださない類いの人間とは程遠い甘ちゃんにしか見えない。
幸せで、健全な、化け物なんかではいない、人間だ。
そうこうしていると遠目に深海棲艦の姿が見え始める。その影は止まることなく真っ直ぐに一方通行達がいる方へと向かってきた。
「ほ、本当に大丈夫っぽい?」
「大人しく見てろ、クソガキ」
彼女達の不安げな表情や声など気にも止めず、一方通行は大きくてを広げた。そしてレベル5の真骨頂とも言えるその桁外れの演算能力を遺憾なく発揮する。
最初は一方通行が何をしているのか理解できなかった彼女達も、次第に周囲の空気が変化していくのを肌で感じ始めた。
一方通行が行っているのは風、すなわち空気のベクトル操作である。その
風が逆巻き、波がさざめく。どこからがバチバチという、電気が弾けるような音が聞こえ始めた。
その現象を引き起こしているのは、言うまでもなく一方通行である。
「圧縮圧縮!空気を圧縮ゥ!」
空気を含めて気体は圧縮されると、その温度が高くなる。そして圧縮を続け高温になった空気はどうなるか。
答えは一方通行の頭上に現れる。
「こ、これは……なんなの?」
全員が呆然とする中、胴着の女性がもっともな疑問を漏らした。
けれどそれに答えられる人間は、答えてくれる人間は、この場にはいなかった。
そして煌々と青白く光る“ソレ”――プラズマは放たれた。
「消し炭になりやがれェ!深海棲艦!」
一方通行の意思に従ってプラズマは一直線に深海棲艦の群れへと突っ込んでいく。それが1隻の深海棲艦に直撃した瞬間、戦艦の大砲をも上回るような巨大な爆発が起きた。
体験したことのない轟音と衝撃波。遠く離れた位置にいてもこれならば、もろに直撃をもらった深海棲艦とその周囲は一溜まりもないだろう。
轟沈したかどうかなど確認するまでもない、圧倒的な火力。
それを目にした彼女達は慄く。体の震えは恐怖故か、それとも高揚故か。それは彼女達にも分からない。
ただ一つだけはっきりしているのは今自分達の目の前にいる少年が、規格外の存在だということだ。
「あなたは、何者なんですか……?」
聞きたいことは山ほどあるが、それらを全て込めて胴着の女性は一方通行に尋ねた。
それを受けて、彼は顔を歪めるようにして笑う。
「俺の名は
これが祖国を守るために満身創痍になりながらも戦いへ身を投じていた艦娘と、深海棲艦の侵攻により劣勢に陥っていた戦況を一気に引っくり返し、後に“白き英雄”として歴史にその名を刻む一方通行が邂逅を果たした瞬間だった。