現想の交差点にて   作:d.nob

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あけましておめでとうございます。


6話

「初詣に行きましょう」

 

 せわしない年の瀬も過ぎ、新たな年の始まりを迎えた人里の一角、「Cross rosd」での一幕。

 

 幻想郷に於いて詣でるような神社といえば博麗神社に外ならない。しかしその神社は人里から大きく離れ、魑魅魍魎の蔓延る幻想郷で参拝に向かうことは危険極まりなく、余程の有事の際か自殺志願者でもなければ参ろうとする者はいない。当然誰も利用しない参道は整備などされておらず、そのことが更に足を遠のかせている。

 

 幻想郷の風土に疎い者でもよく知っていることであり、博麗神社に初詣に行ったなどとは風の噂にも聞こえてこない。

 

 

 そんな前人未踏の快挙を果たそうとしているのは御手洗梓である。一月二日、後片付けを終えた休憩室でのことだった。

 

 「Cross road」の定休日は水曜日で、その他正月の様な慶事の際には不定休となることもある。そのことから正月の三箇日の最終日、一月三日は休業となる。

 

 また幻想郷における暦は明治初期に導入された西洋歴、太陽暦に基づいき一年を三六五日、七曜にならっている。例外的に一部の妖怪などは旧暦、太陰暦を使う者も居り、暦の違いから小さな諍いが起きたりもする。

 

 梓は休みを利用して初詣に向かおうと提案したのだった。その申し出に三者三様の反応を示し、店長は普段通り硬い表情を崩さず、青山康輝は渋い顔をし、十六夜咲夜はなぜ博麗神社に詣でるのか疑問を抱いている。三者ともに言える事は賛成はしていないという事だろう。

 

 梓の目的を果たすためには信心の浅い現代人二人と、博麗神社の実態を知る咲夜を説き伏せることが目下の課題となる。しかし今回はすでに矢を用意してあり、あとは射抜くだけだ。

 

「以前のお礼もまだですから、それも兼ねて行きましょう。こんな機会でもないと神社に行ける事なんて無いんですから」

 

 この二人は信心は薄いが義理人情には厚いそういった性質なのだ。以前の紅霧異変の際には博麗の巫女に解決してもらい、その恩恵を享受している。たとえそれが仕事であっても一定の利益を甘受しているのだから返礼せねば己の矜持に反することになる。

 

 それを指摘すると先程とは打って変わって賛成を示す。これで二人は仕留めた、あと一人だ。射止めるための矢を探す梓に咲夜は声を掛ける。

 

「明日でしたら、お嬢様と博麗神社に向かいますので人里からご一緒いたしますか」

 

 思わぬ援護射撃に瞠目するが直ぐに首を縦に振る。同意が得られたことで腕を組み得意気にしている梓の視界の隅で手が挙げられる。

 

「行くのは構わないんですけど流石に危険じゃないですか、自警団とか雇いますか」

 

 安全を考えリスクマネジメントを図ろうとする康輝に咲夜が応える。

 

「それについては私とお嬢様が同行するので問題は無いかと」

 

 康輝は失念していたが、梓は非常に身体能力が高く、店長は言わずもがな、咲夜とその主人レミリア・スカーレットは先の異変の首謀者、参道に跋扈する妖怪が危険となるのはここでは康輝だけである。

 

 可決された案件はその後、集合時間と場所だけ指定して解散となった。咲夜は主人にこのことを伝えるため紅魔館に帰り、康輝も買い物に行くと席を発った。

 

 他の従業員が居なくなった休憩室は店長と梓が残される。梓はおもむろに立ち上がり店長に声を掛ける。

 

「私たちも帰りましょう、清志さん」

 

 これに、店長-御手洗清志-はそうだなと応え、重厚な体を起こし支度を始める。

 

 店を出ると外は既に夜の帳が降り、すっかり暗くなっていた。ふたりは雪の降る暗い家路を寄り添い歩いて行った。

 

 

 

 

 

 博麗霊夢は博麗神社の巫女であり、異変解決の専門家としてその名を馳せている。

 

 博麗霊夢は日の昇る少し前に目を覚まし、のそのそと布団から這い出す。冬の寒さに体を震わせながら布団を片付け、巫女装束へと着替える。脱いだ寝間着は綺麗にたたみ洗濯物籠に入れる。

 

 冬場という事もあり、着ている装束は異変の際に使用された脇の空いた動きやすさを意識したものでは無く、一般的な巫女装束に身を包んでいる。寒さに耐えかね下に着込んでいるのか少しばかり着ぶくれしている印象を抱く。

 

 外に一歩踏み出すと、ピンと張り詰めた冬の空気が霊夢を刺す。これだから冬は嫌なんだと内心辟易しながらも境内の掃除を始める。凍てつく寒さから早く逃げ出したいが、雑になることは無く、境内から参道の階段下まで清掃する。清掃が終わると池のある裏庭付近で軽く鍛錬を行う。霊夢は修行を嫌い、努力も好いてはいないが腕を錆び付かせないため最低限の修練に取り組む。

 

 ひとしきりの日課が終わり日の昇り始めた空は雲一つない快晴で、忌々しい雪が降る様子もなく、少しだけいい日になりそうな予感がする。鍛錬で少しだけ温まった体が冷えない内に家に逃げ込み朝餉の支度に取り掛かろうとする背中に、溌溂とした声がかかる。

 

「よう霊夢、朝飯たかりに来たぜ」

 

 異変時以外では勘が外れることもあるらしい。箒を片手に神社に降り立った白黒-霧雨魔理沙-を見て霊夢はそう思った。

 

 

 

 

 

 葉の無い立木が並び処女雪残る参道を、似つかわしくない賑やかな集団が雪を踏みしめ進む。

 

 梓は快活な彼女らしからぬ小豆色の落ち着いた風体の晴れ着に身を包み、レミリアは白の防寒着を着込み日傘の下に素顔を隠す、咲夜はいつも通りのメイド服に身を包みレミリアの側に控える。

 

 対する男性陣は康輝は藍のウール生地のピーコートにジーンズパンツといった現代では一般的な服装で、特徴的なことといえば片手に提げた風呂敷包み位なものだ。清志は着物の上にインバネスコートを羽織り、袴という和洋折衷を感じさせる大正浪漫風の出で立ちをしていて、さながら極道の大親分といったところだろうか。

 

 五人組の統一感の無い不揃いな隊列は寒風吹き向ける林に音を響かせる。

 

「この道を通るのは何時振りかしら」

 

 華美な装飾の施された傘の下から幾分か懐かしむような呟きが漏れる。

 

「三ヶ月と六日振りかと」

 

 正確に咲夜が応える。レミリアが神社に通うようになった最初の頃はこの人里からの参道を利用していたが、近頃はより直線距離の短い道を通ることが多く、ここを通ることも無くなっていた。

 

「スカーレットさんは足繁く神社に通っているそうですが、飛んで行ったりしているのですか」

 

 このやり取りに疑問を持った康輝が話に割りいる。人里で周知されている参道はこれしかなく、久しく通っていなかったとなれば疑問を呈するだろう。実際には幻想郷の各所からこの参道に繋がる横道が多くあるのだが利用される事の無い情報は継承されず、幻想郷内でも忘れられかけている。

 

 レミリアは漏洩した情報について咲夜を睨むが従者はどこ吹く風といった様子だ。やれやれとばかりにかぶりを振って返す。

 

「違うわ、別の道から行っているのよ」

 

 予想は外れ答えをもらったが、何故歩いていくのかという新たな疑問が湧き出す。間違いなく飛ぶ方が時間が短く済むからだ。その様子も予見していたのかレミリアはクスリと妖艶に笑い言葉を繋げる。

 

「何でも短縮すればいい訳でもないでしょう。こうして地に足を付けて歩かなければ見えてこないないもの、解らない事もあるわ。退屈に殺されないようにしながら悠久の時を過ごす妖怪(私達)だから言える事なのかもしれないけれどね」

 

 自嘲気味話をに絞められる。人間と妖怪では流れる時間が隔絶している、人は時間に細かく妖は疎い。だからこそお互いの認識に齟齬が生まれ、争いの歴史を積み重ねてきた。長久な寿命を持つ妖怪の価値観は人間に十全に理解はされないのかも知れない。

 

 先頭を歩いていたレミリアが道の脇へ身を寄せその奥を指差す。一同揃ってその先へ視線を向け、言葉を失う。

 

 寒緋桜が花をつけている。純白の雪のヴェールの下にその小さな薄紅色の花を懸命に咲かせ、純白と桃色が彩りを成す。木々の僅かな隙間から揺らめく光の道が、時折淡雪の白を煌めかせ、薄紅の花弁はそよぐ風に揺られその色を強く醸し出す。裸の気が立ち並ぶ厳冬の参道の脇で一株だけ白雪と共に花を咲かせる寒緋桜は自然の力強さと神秘を感じさせる。

 

 荘厳な自然に魅せられる四人にレミリアは見た目相応の無邪気な笑み浮かべ得意気に

 

「地に足を付けたから見えてきたでしょう」

 

 レミリアは先程の言葉ははこれのことなのだろう。効率よく楽をするよりも、日常の一幕に添える華、それを取り零したくないと言うのは荒唐なのだろうか。

 

 人も妖もどれほど違っても同じものもある。それを理解することができるのなら、諍いは起きても寄り添っていけるだろう。

 

 

 

 

 

 博麗神社に人は来ない。それは幻想郷の常識である。最近ではレミリアの様な妖怪が通っていることから、神社が妖怪に乗っ取られたとも噂になっている。このことは霊夢からすればいい迷惑である。今日に至っては穀潰しもおいでなさった次第だ。火の入った腰掛炬燵で雑煮を啜る魔理沙を睨むが、当の本人はさして気にした様子もなく、味が薄くないかと文句を付けている。文句の一つも言いたいのは霊夢の方だろう。

 

 境内のしじまが階段を上る音によって破られる。

 

「誰か奇特なやつが来たみたいだぜ、霊夢」

 

 魔理沙は炬燵に入りながら、蜜柑を剥いている霊夢に声を掛ける。蜜柑を剥く手を止めず、寝転がっている魔理沙に指示をする。

 

「そうみたいね、表を見てきなさいよ。必要だったら私を呼んで」

 

 起き上がりなんで私が行かなくちゃならないんだという視線を向けるが、台所を指される。一食分は働けという事なのだろう。人遣いの荒い巫女だぜと捨て台詞を吐き、魔理沙は炬燵から出てのそのそと境内へ向かう。

 

 

 

 

 

 どたどたと焦りを多分に含んだ足音が廊下から響き渡る。霊夢は何事かと身構え、襖を警戒する。勢いよく襖が開かれ霊夢は臨戦態勢となる、その向こうにいた魔理沙は開口一番驚愕を隠せない様子で言葉を放つ。

 

「霊夢、異変だぜこれは。参拝客が来た」

 

「あんたがここをどう思っているかよくわかったわ」

 

 

 

 

 

 霊夢が境内に出ると冷たい北風が襲い、身を震わせる。周囲を見渡すと手水舎に人影が見える、あれが件の参拝客だろうとあたりを付ける。よく見るとここ最近で見慣れた小さな影が見え、それは隣の女性に作法を教えられながら、ぎこちない所作で身を清めている。妖怪が神社で穢れを落として大丈夫なのかと霊夢は思ったがそれ以上考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 二礼二拍手一礼、参拝が済むとレミリアが霊夢に近づく。霊夢はレミリアの連れた見ない顔ぶれに疑問を抱き口にする。

 

「あんた人間嫌いじゃなかったの、あの人たちは何」

 

 不躾な質問にレミリアは苦笑を漏らす。

 

「嫌いよ、群れるだけしか能の無い連中は。でも同じくらい輝くものは好きよ」

 

 少なくともある程度は認めた人間なのだろう。贄として奉納するつもりでないなら気にすることは無い。

 

 少し遅れて咲夜をはじめとする残りの四人が合流する。霊夢が話を聞くと初詣とこの前の異変の礼に来たらしい。殊勝なことだ、元凶二人がいる前でその礼を貰うのは不思議な気分を覚える。

 

 目的を果たした集団は直ぐに人里に戻るようで、来れば日がな一日いる事の多い主従も今日は帰るようだ。霊夢は境内を出ようとした集団に二枚の魔除の札を渡す。

 

「気を付けて帰りなさい」

 

 神社から離れていく影を見る霊夢を隣にいた魔理沙が小突く。

 

「なんで二枚しか渡さなかったんだ。そんなに男好きだったか」

 

 レミリアと咲夜に渡す必要が無いのは分かるが、着物の女性に渡さなかったのが解せない。魔理沙の的外れな発言に霊夢は顔を顰める。

 

「そんな訳ないでしょ、好きも嫌いも無いわ。あの女の人は妖力が微弱すぎて気付きづらいけど妖怪よ」

 

 驚き呆然とする魔理沙を尻目に霊夢は風呂敷包みを片手に踵を返し、少し進んだところでお茶にしようかしらと零す。聞こえた魔理沙は霊夢の後を追う。風呂敷の中身は人里で人気の羊羹らしい、思わぬお茶請けに頬が綻ぶ、やはり勘は外れていなかったようだ。

 




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