現想の交差点にて   作:d.nob

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7話

 紅魔館の地下には妖精メイドの近づかなかった領域がある。大図書館をさらに奥に行ったところの薄暗い地下室である。

 

 地下室には一人の少女がいる。紅魔館の当主レミリア・スカーレットの妹のフランドール・スカーレットである。蒼月を思わせる銀糸の髪を持つ姉とは対照的に、太陽を思わせる艶のある金糸の髪を持ち、吸血鬼の持つ夜色の翼は無く七色の宝石に彩られた枯れ枝の様な羽をもっている。

 

 吸血鬼を表現する上で弱点の一つである太陽という表現はひどく可笑しさを感じるが、フランドールについて語る例えとしてはあながち間違いではない。その愛らしく天真爛漫な様に魅せられ不用意に寄ってしまえば、太陽に惹かれたイカロスの様に羽を灼かれてしまったからだ。

 

 

 

 

 

 フランドールにはありとあらゆるものを破壊する程度の能力という凶悪な能力が備わっている。

 

 幼い頃に発現したそれは制御する術など無く、幼い精神が起こす癇癪のままに振るわれた。制御のできない暴力の嵐はありとあらゆるものを破壊し、幾人かの妖怪がその手にかかり負傷した。幸い死にまでは至らなかったが、フランドール排除の気運が高まった屋敷を治め、かつ妹を守るためフランドールに情緒不安定という烙印を押し、地下室に幽閉するという処分を下した。

 

 レミリアにとっては苦渋の末の選択であったが、その事を露とも知らない妹は地下へと押し込めた姉を疎ましく思う。

 

 フランドールの閉じ込められている地下室に足を運ぶ者はレミリアしかおらず他者との接触は無かった。せめて地下室に閉じ込められたフランドールが退屈しないようにとレミリアは赤髪の従者を伴い多くの本を運び込んだ。フランドールは地下室に入れられた意趣返しとして、時折魔導書などを要求したりもしたが事も無げにレミリアは応え、達成できず悔しがる姉を見たかったフランドールとしては不満を憶えたりもした。

 

 そうして書物から得た知識を蓄え、家族との接し方を学んでいく。

 

 

 

 

 

 

 フランドールが書を読む事に面白さを感じ、レミリアの武勇伝の嘘がわかるようになった頃、地下室への来訪者が増える。七曜の魔法使い、パチュリー・ノーレッジである。

 

 傍若無人で見栄っ張りなレミリアに理知的で現実主義なパチュリーがレミリアを嫌忌せずに付き合えていることに驚いたが、話をしてみるとなかなかに面白い。話を振れば含蓄や機知に富んだ返しが来る、レミリアとではありえなかったことだ。難点は何を要望しても自分の意にそぐわない事はしてくれない事だろう。

 

 他人と触れるようになったフランはゆっくりと歩きだす。

 

 

 

 

 

 紅霧異変を終え暫くした頃にはフランドールは以前よりも落ち着きを見せるようになった。直ぐに能力を振るおうとはせず、まず話をするようになった。レミリアには容赦が無いこともあるが、それはフランドールなりの甘え方なのだろう。

 

 様々な要因を経てようやく出ることを許されたフランドールは様変わりした外に興味津々であった。相も変わらず過保護な姉は屋敷の周辺しか外に出ることは許さず、外への興味は募るばかりであった。いっそ姉を押しのけて出ようと思ったこともあったが、わがままで悲しませたくはないと思い留まった。

 

 この二律背反から逃れる為フランドールは策を講じた。

 

 

 

 

 

 大図書館の一角ではパチュリーと紅魔館の今後について話しているレミリアに駆け寄る。議論はいつものごとくレミリアの掲げる壮大な展望にパチュリーが現実的な修正を加えていく形式のようだ。

 

「お姉様、ちょっといいかしら」

 

 フランドールが声を掛けると、レミリアは立ち上がった姿勢で両手を広げ行っていた演説を止め、席に座りなおしフランドールに向き直る。忙しく働いたのどを潤すため紅茶を呷りフランドールに続きを促す。

 

「何かしら、フラン」

 

「ちょっと近くまで出かけて来ていい」

 

 真意を知ろうとレミリアはフランドールの紅玉の瞳を覗き込む、フランドールはやましい事は無いと瞳をそらさない。ほんの数秒のやり取りでレミリアはどこか納得したように頷き、条件付きではあるが外出の許可をする。

 

「ここの近くだけよ、それと美鈴を連れて行きなさい」

 

 監視を付けられたにも関わらずフランドールは満面の笑みを浮かべ、行ってきますと残し図書館を後にした。僅かな違和感をレミリアもパチュリーも感じたが気に留めなかった。

 

 

 

 

 

 フランドールは姉と色違いのワインレッドのコートを羽織り、軽やかな足取りで門へと向かう。紅魔館の玄関は日が中に入らないよう軒先が長めに作られている。その扉を開き、高い南中前の太陽に当てられないように日傘をさして前へ歩く。顔は日傘で隠れているが、おろしたての小さな靴が晴天に映える。

 

 紅魔館の正門へとたどり着くと、外壁にもたれ掛かり目を瞑っている赤髪の女性に声を掛ける。中華風の雰囲気の装束に身を包み、服越しでも女性らしく丸みを帯びた曲線が伺えるがいやらしさは無い。穏やかな深緑の装束は露出は少なく動きやすさに主眼を置き、稼働を損なわない。僅かにのぞく素肌は鍛え抜かれた肉体の健康的な機能美を示す。

 

「美鈴」

 

 声を掛けられた女性-紅美鈴-は、はっと姿勢を正しあたりを見回し、くすくすと笑っているフランドールに気付くと相好を崩す。

 

「妹様でしたか、驚かさないで下さいよ。また咲夜さんに寝ていたのがバレたのかと思いましたよ」

 

頬を掻きながら美鈴は恥ずかし気にしている。そんな様子はお構いなしとばかりにフランドールは要求を突きつける。

 

「人里に行くわ、付いて来て」

 

 美鈴はフランドールが人里へ行くことの許可を出されたことに一抹の疑問を抱くが、自分が気にすることではないと疑問を彼方へと捨て置く。美鈴は大きく伸びをすると詰所へと向かい、屋敷の妖精に門番の後任を任せる。後任に抜擢された妖精はどこで覚えたのかわからないが姿勢よく敬礼をして美鈴を見送る。

 

「それじゃ、行きましょうか妹様」

 

 フランドールは返事の代わりに大きく頷いて大輪の笑顔で応え、美鈴は嬉しそうな足取りのフランドールの左後ろに控え後に続く。

 

 悪魔は契約を反故にしないが真実を全て語るわけではない。

 

 

 

 

 

 人里の外れに着いたのは屋敷を出発してから大分時間が経った頃だった。屋敷から人里の距離は目と鼻の先というには遠いが然程遠くもない。様々な困難を伴った冒険譚などではなく、一重に道草の結果である。フランドールの旺盛な好奇心が留まることを知らず、道かずら見える物をつぶさに観察し遠くに何かがあればそちらへと駆け回った故の結果である。

 

 霧の湖から続く深い森を抜けると、民家と畑などがちらほら見え始める。人里の中心となる繁華街と比べるべくもないが、そこに根付いた人の息吹を強く感じる。フランドールは書物の中で語られるだけだった和の佇まいに目を丸くする。紅魔館とは違う木を基調とした家屋、木綿の和服に身と包んで作業をする人、そのどれもがフランドールの目には鮮烈に映った。

 

 美鈴と共に歩を進めていくと、美鈴に気付いた人達は挨拶や軽口を叩く。皆作業の途中だというのに疲れた様子を見せず、溌溂とした笑顔を向ける。フランドールに気が付くと一様に好奇心を全面にだし、美鈴をせっつく。フランドールがどうしたものかと考えていると、美鈴が手短にフランドールの紹介をする。疑問が氷解した人達は挨拶をし戻っていく、中にはフランドールに菓子を渡す人も居り躊躇いがちに受け取り、ありがとうと小さく礼をするとちゃんとお礼ができて偉いと頭を撫でられる。子供扱いされることに思うところがないわけではないが、素直に受け取っておくことにする。しっかりした子だと褒められるは気恥ずかしいが悪い気はしない。

 

 ただ常識的な対応をしただけで姉よりもしっかりしていると言われるのは、姉より評価されたことをうれしく思えばいいのか、姉の非常識さを嘆けばいいのかわからない。

 

 

 

 

 

 人里の中心は所狭しと商店が軒先を並べ鎬を削り、道行く人でごった返している。人の海に酔いそうになりながらも美鈴に先導されながら歩く。慣れているのかするすると波の間を抜け、店の紹介などをする余裕が恨めしい。

 

しばらく歩を進めていくと大きな平屋の建物の庭の一角に人だかりができているのが見える。衆目を集めているものへの興味と、大通りの人波から逃れる為に、前を行く美鈴に声を掛ける。

 

「美鈴、あそこに行ったみたい」

 

 美鈴は駆けられた声に振り向き、その指の先を見て元より案内する予定であった場所だとわかる。人波に酔いそうであることも察せられたのか失礼しますという言葉と共に担ぎ上げられ、肩車されその場所へと向かう。

 

 フランドールは頭一つ分以上上がった視線からの風景を見ると自分がみてきた人里と違った印象を感じ、本から読み取れること、自分で見て思ったこと、美鈴の視線から見えること、そのどれもが違うという事を面白いと思った。

 

 よく見える視界で周囲を見渡すと誰も彼も視線が自分たちに向いていることがわかる。フランドールは少しばかり思案し、そして結論に至る。妖怪二人が人里で肩車をして歩いている、これだけでも奇抜な光景であると言うのに自分は日傘まで指している。これだけ悪目立ちすれば見られないはずがなく、自分の状態の滑稽さに羞恥で耳まで赤くなる。顔を覆いたい衝動に駆られるが日傘で手が埋まっているためそれすらできない。ありとあらゆるものを破壊する程度の能力で羞恥心が破壊できないことを悔やむ。

 

 目的地に到着すると美鈴はひざを折りフランドールは地面へと降ろされる。フランドールは地に足がついてることの素晴らしさを実感する。美鈴の説明によるとここは寺子屋という子供の教育をするところらしい。人だかりには子供以外の人影も見えこのような状態に思い当たることは無いらしく、首を傾げている。

 

 人だかりに向かって歩いていくと、中心で青い洋服を纏った女性が小さな舞台を組み立てているのが見える。傍らに人形があることから人形劇だろうとあたりがつけられる。組み立てが完了すると観客の正面に向き直り、スカートの裾をつまみ上げお辞儀をして開演を告げる。一連の動作は自然で下げた頭を戻すときに揺れる金糸の髪も優雅さを引き立てる。

 

 人形劇を見に来た観客の中では遅くに来たため、最後列で見えずらい状況となってしまった。少し背伸びをすれば前の子供たちの頭の隙間から見えるので、少しだけ浮いて見ることにする。そのことに美鈴が気付き善意の提案をするが、フランドールはやんわりと断った。

 

 人形劇の内容は朧気に把握することができた。吟遊詩人さながらに良く通るソプラノで語られる冒頭はフランドールの知っているものだった。悪にさらわれたお姫様を王子様が救い出し、二人は結ばれ末永く幸せに暮らしたという、ありきたりで陳腐、けれども痛快で王道なお話だ。知ってるからこそ楽しみである、青い彼女がどのように御伽噺を魅せるのか。レミリアとこの話をした時自分の解釈との違いがあった、パチュリーとも、美鈴ともだ。

 

 だからこれは彼女の思うあの物語なのだ。きっと私達の誰とも違う彼女だけの。

 

 だから知りたい、自分とは違う誰かを。

 

 

 

 

 

 演劇が終わり小さな世界の幕が下りる。盛大な拍手をもって劇は閉じられる。

 

 話の構成は概ねそのままで幸せな結末を迎えた、しかしながら真に迫った朗読や、人形の動き、脚本には随所に青い女の人の拘りが散りばめられていた。物語の登場人物たちは彼女の脚本の下に生き、舞台の上を踊る。込められた感情は生きている見紛うほどで、小さな世界の中での息遣いを感じる。丁寧に描写された悪役の主張にも一理あると思えてしまうほどで、舞台装置となった人もおらずデウス・エクス・マキナもいない。しかしその描写はくどくなく、子供たちには勧善懲悪の人形劇が見え、大人達には百花繚乱の人情劇が見えるのだろう。

 

 悪役はいても脇役はいないこの物語を奏でた女性は優しい人なのだと思う。そんな印象をフランドールは演劇から感じ取る。

 

 そんなことを隣の美鈴に話してみよう。そうしていくことで誰かと分かりあっていけるのだろうから。

 

 人がまばらになり始めた寺子屋の庭でフランドールと美鈴も帰路に就き、くるくると回っている日傘の下のフランドールから美鈴に声がかかる。

 

「ねえ、美鈴……」

 

 

 

 

 

 フランドールが紅魔館に着くと、出る時に美鈴の後任を任された妖精が門の前に立ち番をしている。フランドールが妖精であるにも関わらず生真面目な性分だと感心していると、ある疑問が首をもたげる。

 

 あれからずっと番をしていたのならば美鈴よりも働いているのではないか。

 

 そんな疑惑の視線を向けると美鈴は目を合わせない。気を察するのが上手いがその反応をする時点で答えは出ている。呆れを含ませて苦笑する。

 

 視線を門に戻すと、フランドール達に気が付いた妖精が大きく手を振っている。フランドールはそれに小さく手を振り応えながら歩み寄っていく。

 

 

 

 

 

 門番を交代した美鈴と別れ、大図書館の奥の自室に戻る。最近ではレミリアの隣の部屋を自室として宛がわれたが、寝起きするのはもっぱら地下の自室である。四百年以上過ごした部屋の方が居心地がいいからだ。

 

 大図書館のテーブルではフランドールが出立する前とほぼ同様の光景が広がっていた。レミリアに帰宅したことを伝える為テーブルに向かうと先にレミリアから声がかかる。

 

「人里は楽しかったかしら、フラン」

 

「うん、とっても」

 

 フランドールは口にして気付く、自分はちょっと近くとしか言っておらず、人里に行くとは言いてなかった筈だと。レミリアに視線を向けるとその事を咎める色は無く得意気な顔を見せる。

 

「可愛い妹の考える策なんてお見通しよ」

 

 どうやらまで背中は遠いらしい。フランドールはそのことに悔しさと安堵を感じる。

 

「でも次はちゃんとに言って欲しいわね」

 

 素直に言ってもなかなか許可しないくせにという出かかった言葉を喉元で飲み込み、反撃をする。

 

「善処するね。偉大なるお姉様も外ではしっかりしてね」

 

 思わぬ反攻にレミリアは一瞬考え直ぐに思い当たり、フランドールに弁明しようとするが、一瞬の隙をついてフランドールはそそくさと自室に戻ったようだ。レミリアは慌ててフランドールを追掛けるが内鍵を閉められた天の岩宿は開きそうにない。残されたパチュリーは本の裏に表情を隠していたが、肩の震えを隠しきれてはいなかった。

 

 

 

 

 

 以降フランドールは時々、未許可でも外出をするようになる。伴に美鈴か咲夜を連れ、暴走してレミリアに迷惑を掛けないようにしながら。

 

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