現想の交差点にて   作:d.nob

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chapter2
8話


おい、聞いたか

 

何をだよ

 

出るっていう噂だよ

 

何が出るっていうんだよ

 

幽霊がだよ

 

やめてくれよ、俺はその手の話が苦手なんだ。不気味なのはお前の顔だけで十分さ

 

なんだと、やんのかこらぁ

 

 

 

 

 

 厳しい冬の終わりが近づき春を待つ人里で一つの噂が流れるようになる。

 

 逢魔時の森には幽霊がでる。

 

 というもので、発信源は狩人の毛利義成とその息子の隆光の証言によるものだ。

 

 

 

 

 

 狩人の仕事は冬場にもあり、彼等の捕える猪や鹿は冬場の貴重な食料となる。魑魅魍魎蔓延る幻想郷では、人里から遠く離れた森や妖怪の山の深くでの狩りは禁忌とされている。単純に危険であるからだ、しかし近くならば安全かといわれればそうでもない。頻度は高くないが妖怪を見ることもあるし、猟銃の通らない熊に会うこともある。

 

 郊外の森に乾いた破裂音が響き渡る。水滴が飛び散り、次いで鈍い音が鳴り血生臭い匂いが立ち込める。脳漿を砕かれた目測で十貫ほどの体躯の猪が力なく横たわっている。

 

 隆光は仕留めた獲物に駆け寄り、短く黙祷を捧げる。猪の頭を傾斜の低くなるようにし、首筋に小刀を差し込む。抵抗の無い首筋を掻き切ると堰を切ったように血が流れだす。血抜きは死後心臓が動いている僅かな時間の間に行わなければならない。

 

 本来であればそのまま解体に移行するべきなのだが、この森の獣たちは血の臭いに敏感であるし、それ以外の存在もいる。義成が傍らで銃を下ろさず警戒しているのはそのためである。

 

 血抜きを済ませた獲物を担ぎなおし帰路に就く。日の落ちた森は暗闇に沈み、訪れる人外の時間は人をの呑む。人の手の入らない山林は鬱蒼とした木々に覆われ、枝の隙間から零れる夕日のみが地面を照らしている。

 

 如月ともなれば幾分日は冬至であった頃よりも長くなっているが、斜陽が落ちるまでの時間が多く残されいてるわけでは無い。足早に黄昏の森を進む。

 

 

 

 

 

 林を駆け抜け木々の迷路の出口へと向かう。次第に光が差し足元の暗がりは減っていき、人里へと続く街道へと近づく。経験の浅い隆光は息を荒くし、獲物を担いでいる筈の義成は疲れを見せ居ないのが対照的である。隆光は無事に帰れるだろうことに安堵の息を吐き緊張状態にあった体と歩調を緩める。

 

 妖怪の山から流れる川の支川に沿う形で人里へと続く街道がある。古くに開拓され以降余り整備されていなかった街道は状態が良いとは言えず、山頂に至るこの道を通るものは見当たらない。川べりには柳が無秩序に並び、葉の落ちた姿は憂愁さを感じさせる。

 

 

 

 

 

 一際大きい柳を目に映すと前を歩いていた義成が制止を掛ける。西日によって照らされる柳の陰から覗く、薄い人型の暗影に気付き隆光は身持ちを固くする。それは見間違いというにはあまりに鮮明であるが、今時分にこの寂れた街道を通る人はいない、まして子供程の影であれば怪しむには十二分だ。十中八九妖かその類のものである。

 

 人外というものは得てして過ごした年月に見合わない容姿をしている。数百年、数千年生きたものでも若々しい外観をし、美術品の様な美しさが妖しさを引き立てる。普通の人間が間違っても敵う様なものではなく、まさしく超常の存在といえる。打倒できるものなどそれこそ御伽噺に謡われる英雄達位なものであろう。

 

 人里の中であればまず襲われることは無いが、外であればその限りではない。

 

 猟銃を構え警戒を高める。影が揺らぎ柳の影から小柄な体が身を現す。見合わぬ二振の刀と腰に携え、色素の抜けた白い髪、血の気の無い肌、極めつけに霊魂の様な白い靄を纏っている。人では無い、それだけは経験の浅い隆光でもわかることだ。

 

 白い人外は銃口を向けられていることなど気にも留めず、感情の見えない瞳を向ける。隆光はその視線に目を合わせてしまった事を後悔する。わかってしまったからだ。虚ろな瞳の意味を。

 

 自分たちが狩りを行う時に徹底し、狩猟に生きる誰もが身に着けていくものだ。

 

 殺気を無くし獲物を選別する視線。狩人は獲物となっていた。

 

 義成は幽鬼から目を離さないようにしながら、隆光に手信号を送る。隙を見せれば刈り取られる、羽虫を払うがごとく容易く。受け取った隆光は音を立てぬように注意しながら後ずさり距離を離す、逃げられるように。どちらかが片方だけでも生き残る確率を上げるためだ。たとえそれが妖怪にとって、一足で詰められる距離だとしても。荷物の少ない隆光の方が身軽で生き残る公算は高い、だから義成は自分を囮にすることとした。仮に獲物を持っていたのが隆光であったとしてもそうしただろうが。

 

 数分あるいは数秒、緊張により引き伸ばされた一瞬が過ぎると、白の少女は刀の柄に置いていた手をずらし、観察していた視線をしまう。獲物から外れた事に隆光と義成は気付くが向けた筒の口を下ろさず、警戒を強めている。敵意を全く気にする様子を見せず、少女は踵を返し薄い霞を引き連れて去る。

 

 眼鏡にかなわなかったことに安堵し、その場に倒れこみたい衝動に襲われるがここはまだ人里ではない。先程の「あれ」以外にも人を狙う者はいる。一刻も早くここを離れなければならない。

 

 隆光が義成に顔を向けると、義成は頷き前に向き直る。

 

 可及的速やかにこの場から離れる。

 

 

 

 

 

 疾走を続け、街道を走り抜ける。人里の外門に辿り着くと門番が驚きながらこちらを見遣るが、お構いなしにその場へとへたり込む。狩りの名手の義成がこのようになるのは尋常なことではない。疑問に思った門番が問いかけると、荒い息のまま、途切れ途切れに言葉を紡いだ。未知の白い剣士についてを。

 

 話を聞いた門番は、里全体に警鐘を鳴らすため、口伝えで話を広めた。それからも目撃情報が上がり、度々同じ事態が起きたりもした。しかし、死者は無く怪我人も出なかったため、一種の怪談としての側面が強くなり始めていた。

 

 

 

 

 

 最初の邂逅から一月ほどが経ち、いまだ冬の明けない幻想郷で凶報が報じられる。件の少女によってとうとう被害者が出たのだ。

 

 被害者は商談を成功させ羽振りの良かった商人の近江源蔵で、その日は数人の護衛と共に迷いの竹林付近で酒を嗜んでいた。

 

 風の噂に聞く夜雀の屋台と、そこに具される絶品の酒というものに興味を持ったためだ。屋台の出没場所は決まっておらず、女将の気分次第で変わったりする。そんなもので商売が成立しているのかと思う者もいるが、妖怪に道理を説くことが間違いだろう。

 

 噂を照合、統計し出没する箇所を特定した源蔵は護衛を雇い屋台に向かった。

 

 

 

 

 人里を抜け、迷いの竹林の入口に差し掛かると目的の屋台が見えてくる。源蔵は伴った護衛を屋台から離れたところに待たせる。

 

 雇った者たちは妖怪の退治屋として名を馳せた者たちだ。これはもちろん脅迫に来たわけではなく、一重に己の身の安全のためだ。屈強な男達をぞろぞろ連れ歩いたのでは、そう取られてしまう。商談中に相手が委縮しないように屋台から離す。

 

 準備中の札がかかっているが食事に来たわけでもないため、気にすることなく暖簾をくぐる。昼前だというのに忙しく夜の開店への準備をしている姿は妖怪らしくない。こちらに気付いた店主は柔和な笑みを浮かべ申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「まだ準備中ですので夜にいらして下さい」

 

 物腰こそ柔らかだが、言葉には少しばかりの棘が含まれている。源蔵は一切の話を通さず押しかけたのだから、無礼だと思われても仕方がない。客としてではなく、商売の交渉に来たことを伝える。

 

「もう少しで今晩の仕込みが終わるので、そこにかけて待っていてくださいね」

 

 屋台の女将は妖怪であったが話の通じる者であったのが幸いした。言われた通りに椅子に座り仕込みが終わるのを待つ。とんとんと包丁がまな板を叩き料理の音を奏でる。淀みない旋律を響かせながら寸動鍋をお玉で踊らせる。小さく聞こえる鼻唄が鼓膜を揺らし、心地よく伝搬する。

 

 

 

 

 

 瞼が重くなってきたのか視界が暗くなり始める頃に女将から声がかかる。女将は前掛けを外しながら源蔵の隣に座る。

 

「店主のミスティア・ローレライです。それでどういった内容で」

 

 鈴を転がすような声が耳朶に触れ、源蔵は脳が揺さぶられるような感覚を憶える。甘い声の誘惑から逃れる為、かぶりを振り雑念を振り払う。商売人として意識を切り替え本題を切り出す。

 

「私は近江源蔵と申します。早速本題で申し訳ないのですが、貴方の店で使う品物の入荷、私の店からしませんか」

 

 一息で自己紹介から切り出された提案はミスティアの首を傾げさせることしかできなかった。

 

 ミスティアからすれば食材や食器、調理器具の調達は前々からの課題であった。

 

 当代の巫女になり、幻想と現実の距離は縮まったが、やすやすと妖怪が人里に買い出しに行けるほどでは無い。力のある妖怪たちはどこ吹く風で人里を歩くが、弱小妖怪であればそうもいかない。

 

 怖いのだ、お互いに。

 

 今は色々なところからちょろまかした品物で何とか屋台を運営している。日によっては出せない品もある。もし、正当な手段で手に入れられるならそれに越したことはない。

 

 同時に出された単価表からも十分に稼ぎは出るし、目的の為には後ろ暗いところなく、有名でなければならないだろう。その点では願ってもない話である。

 

 ただ即決するには提案してきたのが人間であるというのが気にかかる。妖怪相手しか商売できないほど追いつめられているようには見えないし、妖怪に商売が成立すると全幅の信頼を置いているわけでもなさそうだ。

 

 詰まるところ自分にこの提案をする理由が見えず怪しいのだ、この男は。

 

 人間というのは妖怪が語るにはおかしな話だが、その肉体の弱さとは対照的にひどく残忍で狡猾だ。利用しているつもりがされていたり、いつの間にか断頭台に立たされていたとも耳にしたりした。

 

 真意の読めないまま乗るのは危険と判断し、ミスティアはさりげなしに尋ねる。

 

「何分このような取引をするのは初めてで、どのようにしたらいいのか教えてもらえないかしら」

 

 もちろん嘘だ、簡単な取引なら善し悪しがわかる。

 

 源蔵はしまったといった顔をし、契約の詳細について語り始める。契約に付随する書類について、金銭と物品の交換、納入方法。どれも瑕疵は無く、ミスティアにとってにかなり有利な契約だ。裏に忍ばせた目的がないわけがない。ミスティアの考えを裏付けるように、源蔵はそれと、繋げる。

 

「雀酒というものをこちらに卸してもらいたいのですが、値段はこのくらいで」

 

 上手い話には裏がある。善意を振る舞い要求を断り辛くする、仁義を謳う人間らしい嫌らしい方法だ。

 

「そういうお話でしたら、断りさせていただきます」

 

 ミスティアにとってあの酒は手ずから醸造したもので、そう安いものではない。もちろんそれを考慮して法外ともいえる、目を剥くような金額が提示されていた。しかし、金額の多寡で安いと言っている訳ではない。あれはこの店に来てもらった人を愉しませるもてなしの酒であって、棚に置かれ安易に買えるような酒であってはいけない。それがミスティアの持つ酒への矜持だ。譲歩することなどない。

 

 剣呑さを含んだ返答を予想していたのか、臆することなくやはりといった顔で引き下がる。

 

「やはりそうですか、失礼しました。先程の品物の入荷の件にそのままですので、お考え下さい」

 

 ミスティアはあまりに潔く引き下がり、頭を下げる源蔵に面食らってしまう。先程の言葉を取り下げても有利な条件は下げない、ならこれも本意ではないのか。ままならない腹の探り合いにしびれを切らしたミスティアは妖力を開放し詰問する。

 

「何が目的なの、答えなさい」

 

 鈍いのか殺されはしないと高を括っているのか、源蔵は綺麗に整えられた髭に手を当てながらおもむろに語りだす。

 

「私は食道楽でしてね」

 

 急に趣味について語りだした源蔵についていけず、ミスティアは取り残される。

 

「美味い話には食い付かずに居られないのですよ、さて」

 

 一旦そこで言葉を区切り、暖簾の下から暗くなり始めた外を見る。

 

「御注文よろしいですかな、女将さん」

 

 ミスティアは理解した。源蔵は商談が本題でなく、ここで食事をすることが目的だったと。いくら商談の舞台で真意を探っても見当たらないわけだ。同時に妖力で威圧してしまった事を申し訳なく思う。謝罪もかねて一献ご奉仕することとした。

 

 雀酒を注ごうとするミスティアを制し、源蔵は諸手を上げて叩く。奇妙な所作から、破裂音が響き渡ると、強い霊力を伴った足音が急速に迫る。源蔵の雇った護衛達を目にすると、ミスティアは乾いた笑いが零れた。身の安全も対策を施していたのか。余裕の訳を知ったミスティアは思う。

 

 これだから人間はくえないんだ。

 

 ミスティアは商談では踊らされてしまった事への意趣返しに、料理人として腕を振るい、商売人として手腕を振るうこととした。

 

 

 

 

 

 しばらく食事を堪能すると若干の酩酊状態となった源蔵は席を立つ。会計の意を伝えるとミスティアが算盤を弾く。それぞれに計算し金額を示すと源蔵が一括で払い、暖簾をくぐる。

 

 食事を堪能し上機嫌な源蔵は

 

「人里の近くで店を開くときは一声下さいね」

 

と残し、返事も聞かずに出ていき、慌てて護衛が追掛け店を出ていく。

 

 厄介な客が去り残された言付について考える。食えない客だし、知らせなくても来そうなものだが、これから提携していくのなら一声くらいかけた方がいいだろう。

 

 

 

 

 

 帰路の途中に源蔵は白い少女を見る。普段であれば近づきなどしないのだが、酩酊状態で新たな取引が決まった源蔵は少々浮かれていた。護衛の制止を振り切り少女に近づき声を掛ける。

 

「こんな時間に出歩いちゃ危ないよ。親御さんが心配するから帰りなさい」

 

 少女は一瞬だけ無表情を崩し、怒気を滲ませる。護衛が臨戦態勢に入るのを見ると少女も剣の柄に手を掛ける。

 

 しかしすぐに何かに気付き、柄から手を放し何かの術を放つ。

 

 その後桜の花びらをこぼしながら脱兎の如く去って行った。

 

 残された護衛は源蔵の安否を確認する。源蔵は意識を失っているが外傷は無く、見たところ無事なようであった。大事が無いとも言えないため、急ぎ里に戻り医者にかからせる。

 

 診断結果に異状はなく、目覚めた本人も酩酊状態ではなく素面に戻っていた。曰く、頭がすっきりしたくらいらしい。

 

 

 

 

 

 以降酩酊状態や浮かれた者たちが同様なることが起きた。一人でいたものはご丁寧に人里の内門の前に置かれていた。

 

 この事から噂は更に変質し、有頂天となったものを戒める神霊として子供のしつけにも使われるようになった。

 

 

 

 

 

「という事もあるので、十六夜さんも気を付けてください」

 

「それは私がいつも浮かれている酔っ払いという事かしら」

 

 

 

 

 

 これが異変だとはまだ誰も知らない。

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