現想の交差点にて   作:d.nob

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かなりキャラ崩壊があるかもしれない回です。ご注意ください。


10話-EX2

 春を忘れていた幻想郷は遅れを取り戻す様に早回しで春が巡る。人里はどこもかしこも異変が終わった事への歓喜や、春の陽気が訪れた事への安心で往時の賑わいを取り戻している。花見の団子や酒を売り込む大きな呼び声、春の新商品を宣伝する呉服屋、どこもかしこも春の商戦にいそしみ歓声が絶えることは無い。

 

 異変が解決してからは初めてとなる出勤日。十六夜咲夜にとっての足取りは軽いものとは言えなかった。

 

 春雪異変と名づけられた異変にて失態を冒した。出立が大きく遅れた事、大見得を切った末に間に合わなかった事、今思い出しても恥ずる他に無い。もちろん大事に至らず解決の一助となったのだから後悔は無い。悔やむことがあったとすれば、役割を果たしたうえで最後に立ち会うことができなかった己の役者不足位だ。

 

 しかし、人に手伝ってもらったにもかかわらず、その優位を捨てたことを報告するのは進んで報告はしたくない。人に贈ったものを捨てたと報告されることは面白いものでは無いし、咲夜が同じことをされたら、贈り物を捨てた手癖の悪い手に躾を施してしまうかもしれない。

 

 異変解決の時は唖然とはしたものの、勝利への貢献という成果があったためか然程気にはならなかった。しかし出勤日が近づくにつれ、結果を報告することに若干の憂鬱を憶え、うやむやにできないかとも思った。

 

 働くことが嫌という訳ではもちろん無いのだが、出勤への道のりはどうにも重い足取りとなっていた。

 

 

 

 

 賑やかな商業区の客引きが声高に「売り」を宣伝し、そこかしこがお祭り騒ぎの様相となっている。そこの路地の一つに入り込むと喧騒が一歩遠くなり、静謐へと一歩近づく。咲夜の心は対照的に落ち着かない。そつなくこなす咲夜にとっては叱責されることは幼い頃にメイド見習いとして働いていた時期に失敗をしたこと以外になく、久方ぶりに怒られるかもしれないという事に嫌気が差す。失敗の報告の嫌だし、怒られるのも嫌だった。

 

 

 

 

 

 店の前までたどり着くと青山康輝が掃き掃除を行っている。丁寧に手入れの行き届いた敷地内は雑草の一つも見当たらず、狭い路地の先ありながら暗さを感じさせない。余程機嫌がいいのか調子外れの鼻歌を歌いながら竹箒を掛けている。康輝は咲夜に気付くと鼻唄をぴたりと止めわなわなと震えだす。

 

「今の聞いてましたか」

 

 咲夜は肯定の意を込めて首を縦に振る。

 

「聞かなかったことには」

 

 首は横に。

 

「ですよね」

 

 康輝は肩を落とし小さく嘆息をする。「溜息をすると幸せが逃げる」という言葉があるらしいが、それが事実ならこの同輩は幸せは全くないだろう、などと失礼なことを考えほんの少しだけ咲夜は口角を上げる。

 

 その反応に康輝は首を傾げ、咲夜に疑問を呈する。

 

「もしかして、お疲れですか」

 

 そんなことは無いと咲夜は否定をするが、覇気のない返事は康輝に疑心を抱かせる。

 

 康輝にとっての咲夜とは、どんな状況においても超然とし過剰なほど自信を抱きでそれでいて完璧、そういう一種の変人で超人だ。それにいつも通りならば先程の鼻歌について追及、ないし煽らない筈がないと嫌な確信があった。

 

 咲夜は挨拶もそこそこに店の裏へと回り支度を始める。その背中は少し暗く失望落胆といった印象を受け、普段との印象の違いに康輝は調子が狂う。

 

 どこまでも一般人気質の康輝は人の事情はよっぽどの事が無ければ深追いはせず、今日の仕事中は気を遣おうという心掛けをするくらいだ。詮索屋は嫌われるのだから。

 

 

 

 

 

 表の掃除を終えた康輝はロッカーの立ち並んだ狭い更衣室で、作務衣から制服へと着替える。新調した夏物の制服に袖を通す。糊のきいたシャツは清廉な印象を与え、それなりの目鼻立ちを仕事のできる男に変える。あくまでも鍍金でしかないもので、常連からは服に着られていると野次を投げられるだろう。

 

 帳簿の整理も終わり、後は日毎に粛々と付けていけばよく、今日は入荷の発注もない為、定時で上がれることは間違いないだろう。かつ今日以降は連続した休みとなる。ようやく勝ち取れた連休に思いを馳せ、このお祭り騒ぎの里をどう楽しむかの皮算用をする。

 

 二回のノックがなされ返事を待たずに更衣室の扉が明けられる。一歩間違えればセクハラにもなりうることだが、覗かれたのは男だ、世間の風は冷たい事だろう。御手洗梓は更衣室の中の康輝を見つけるとずんずんと詰め寄っていく。

 

「咲夜ちゃん何かあった、知ってる」

 

 人の変化に目ざとい梓に、康輝が気付けた違和感を見逃す筈も無く、咲夜の変化を心配している。

 

「いえ、特には聞いていません。プライベートなことかもしれないので」

 

康輝の回答が不満だったのか、梓は鳶色の大きな瞳を細め半眼になって康輝を睨む。

 

「社会人としては正解かもしれないけど、男としては零点だね」

 

 康輝なりに咲夜に気を使ったつもりが、梓からは落第点を言い渡される。康輝にとって人のプライベートに踏み込む事は苦手で、込み入った話をするとどうにも不満をぶつけられることが多くできる限り避けたいことだった。采配に対する不服が顔に出ていたのか梓は続ける。

 

「女の子は繊細なんだから、ちゃんと見てなきゃダメだよ」

 

 メっ、と語尾に着くような言い方で、康輝に指を突きつける。康輝には女の子と繊細が結びつかないのか、不満気な顔から困惑した顔になる。康輝の周りにいる女性といえば力も精神もタフで下手な男など歯牙にもかけないほどに漢らしい。以前ならいざ知らず今では女性を庇護するだけの対象とは見れなくなっていた。

 

「もうちょと表情は隠そうよ。強い人でもたまには誰かに甘えたくなるの、あの子は特に甘えるのが下手そうだから」

 

「だったらなおさら梓さんが聞いた方がいいのでは」

 

 それが一番妥当だろうと言外に言う。

 

「それはダメ、私じゃきっと本音は言ってくれない。あの子は気を遣ってしまうから」

 

 それは康輝になら、本音を話してくれるという事だろうか。そんな甘い関係は全く築いてきた覚えはない。そもそもそこまで落ち込んでいたのだろうか、あれは楽しみだった一日十食限定のケーキを食べ損ねたとかそういうレベルの落ち込みだったと感じたのだが。

 

「だから気を遣わずいつも通り余計なこと言って、怒らせて本音や不満を吐き出させてあげて」

 

 それは甘えるというよりサンドバッグという事ではないのだろうか、失礼すぎる上司に康輝は少しばかり泣きたくなる。誰かに促されて動き始めるというのはなんとも情けない事だが、自分が解消の一旦になれるならやってみようか、と前向きに思案する。

 

 沈黙を了承とみなしたのか梓は更衣室の壁にかけられた時計を確認し、仕事始めるよと康輝の答えを聞かずに更衣室を出る。いつも通りに投げっぱなしに苦笑する。やるからには本気で、だが結局何をすればいいのだろうか。

 

 

 

「それほど落ち込んでいるようには見えなかったが」

 

「いいの、いいの、この方が面白くなりそうだから」

 

 

 

 

 

 

 午前中の業務はつつがなく終わり、康輝と咲夜は休憩室にて小休止を挟む。朝の印象から康輝は咲夜を気に掛けていたが失敗は無く、普段と別段変わらないように見えた。仕事中はいつも通り超然としていて、接客も客層に合わせて対応を柔軟に変える。むしろ今朝方の方が見間違いかと思うほどだ。

 

 二人しかいない休憩室に会話は無く、無音の室内では外の喧騒が羨ましい。

 

 叱咤激励するにも原因がわからなければ仕方がない。康輝は当たり障りのない会話から情報を引き出そうとする。休憩室の電気ケトルに水を入れ、熱を入れ始める。それが終わると咲夜の対面に座り話を始めようとする。

 

「…………」

 

 切り出そうとして初めてわかる、当たり障りのない会話をするような共通項がない事に。いきなり趣味の話をし出してそこから身の上話をするもの不自然だし、第一趣味なんて読書と家庭菜園くらいだ。ならばとか細いつながりを手繰り、手繰った先が地雷原でないことを祈る。

 

「この間の異変解決お疲れ様です。少しはお役に立てましたか」

 

 咲夜気まずそうにし慣れない愛想笑いを作っている、直撃している。予想はしていた、この前までと今朝の前後であったことなど異変解決ぐらいなものだからだ。異変は解決したからその事では無い筈と、心の警鐘を押し込めてみたがやはり駄目だったようだ。

 

 しかし康輝にとっては困った事である。覆水盆に戻らず、この凍り付いた空気には小春日和の陽気も効きそうにない。仕方のない事だと思考を区切り出方を伺う。

 

「大いに役立ちましたが、解決には至れませんでした」

 

 なるほどと康輝は心の中で得心する。咲夜にしてはらしくない歯切れの悪い言葉、頑なに合わそうとしない瞳が語っていた。誰かを励ました経験に乏しく、頼みの情報もないこんな時にどうすればいいのか康輝にはわからなかった。今できることは何があったのか知り真摯に受け止める事だけだ。

 

「何かあったんですか」

 

 咲夜は首を振り、ことの顛末をかいつまんで語りだす。目的地に誰よりも早く到達した事、先を急ぐ二人の為に足止めをし先に向かわせた事、大事に至る前に異変が解決した事、その場にいる事が出来なかった事、つらつらと語りだす。

 

 後から聞いた話によるといと少しでも遅れていたら危険だったらしい。その判断は間違いでなかったのにどうにも悔しさが拭えないようだ。

 

「つまり自分だけ他人の力を借りて勝つのが嫌で、ハンデをあげたら負けたってことですか」

 

 要約すると間違いではないが、それを直接口にするのは生半可な胆力ではない。では康輝にそれだけの精神力があるのかと言われれば否である。言った本人はしまったとでもいうような表情を全面に出し、続く言葉を探している。

 

「…………まあ、そういうこともありますよね」

 

 いつも通りの誤魔化しに、咲夜はほっと肩の緊張を解く。知らず知らずのうちに緊張していたようだ。続く言葉によって一旦ほぐれた体に再び緊張が走る。

 

「で、結局何が言い辛かったんですか。なんだかんだ結果には不満はあれど後悔は無さそうですし」

 

 またも直球。康輝には咲夜の奥歯にものが挟まったような言い方に違和感を抱いていた。普段であれば明け透けにものをいう咲夜が言い淀む事を心配してだ。

 

 地獄までの道は善意で舗装されていると聞くがその通りだ。言い淀んだ訳など言ってしまえば恥ずかしさで顔から火が出てしまう。貴方の厚意を無駄にしたから言い辛かった、などまるで友人のようではないか。何も知らない康輝は心配と少しばかりの好奇を覗かせ咲夜の答えを待つ。

 

「………………青山さんの情報を無駄にしたからです」

 

 絞り出された言葉は対面に座る康輝にぎりぎり聞こえるか聞こえないか程度の声で、康輝を瞠目させる。

 

「なんだそんな事ですか。大丈夫です、気にすることはありませんよ」

 

 咲夜にとっては気に掛けていた事なのに、全くどうでもいいと言われたようでそれはそれで気に障る。

 

 康輝にとってあの情報はあくせく集めた情報でなく、横から転がり込んだものだった。それを咲夜に横流ししただけなので、異変が解決されたのならそれでよかった。解決されなければもう一つ同時に異変が発生したかもしれなかったのだが。無下にされたことに思うところがないわけでもないが、慣れない気遣いでまったく気にしていない様子を装い咲夜が気にずる必要はないと伝えようとした。

 

 だがその気遣いは、歯牙にもかけていないと言っているように聞こえ、咲夜の不興を買った。そうして口をついて出たのは皮肉。

 

「そうですね、気に掛ける必要もありませんでした」

 

 棘のある返しをされていい気はしないが、波風を立てないよう大人な対応を心掛ける。

 

「気を遣ったつもりでしたが、余計な気遣いでしたか」

 

「いえ、これだけの気遣いなら友人がさぞ多い事でしょう」

 

 少しばかりへそを曲げた咲夜は更に毒を放つ。予想の通り怒られるのも嫌だったが、全く気にされないのも気に障った。

 

「な、友達が少ないのは関係ないだろ」

 

「少ない、居ないの間違いでは」

 

「いるわ、花屋の店主とか商店の若頭とか退治屋の新入りとか」

 

「皆この店にいらっしゃる方ですね。お客様の間違いでは」

 

「違う、友達だ…………だと思う」

 

 

 

 ヒートアップする応酬は激しさを増していく。

 

 

 

「何が瀟洒だ。いつも前だけ完璧でわきが甘いくせに」

 

「私のどこが瀟洒でないと」

 

「全部だ、もっと準備していればこんな風にはならなかっただろうに、何が『ここは俺に任せて先に行け』から『間に合わなかった』だ、コントかよ」

 

「むむむ、正論を」

 

「何がむむむだ」

 

 人里は春の陽気に包まれているが、休憩室は一足早く夏が訪れている。静かに水をお湯に変えた働き者は加熱中のランプを消灯するが、電気ケトルのお湯を回収する者はいない。

 

 

 

 

 

 口撃の飛び交う休憩室、その扉の横に梓の姿がある。交代の時間となり、休憩を取りに来たのだ。少しすると厨房から大きな影を伴った御手洗清志が顔を出す。エプロンを外していることからこちらも休憩となるようだ。

 

 清志は休憩室の扉に手を掛けようとして梓に待ったをかけられる。

 

「もう少しだけ、ね」

 

 清志は音を立てないようにそっと扉を開き、大きな体をかがませて中の様子をうかがう。中では子供の様な悪口の応酬が行われている。どちらも普段の様子とはかけ離れた子供っぽい口論だ。清志はそっと扉を閉めると額に手を当てて呟く。

 

「まるっきりガキの喧嘩じゃないか」

 

「でも本音を隠すばっかりのあの子達は、こうでもしないとね」

 

 それには違いないのだろう。咲夜は独力ですべて行おうとするきらいがあるし、康輝も康輝で人に貸しを作らないよう立ち回る。今回だってそうだ。咲夜ははじめから誰かに聞けばもっとよくできただろうし、康輝も咲夜の抜けた分の穴を全部自分が補おうとしなければ苦労も少なかっただろうに。

 

 本音も弱音も吐かない子達は見ていて不安になる。いつか一人では不可能なことに直面した時人に頼れず折れてしまいそうで。だから悪態の吐ける悪友でも居ればと思ってのセッティングだ。

 

 願わくはお互いが良き友人足らんことを。

 

 

 

「実力行使は待って、話せばわかる」

 

「問答無用」

 

 

 

 良き友人足らんことを。

 

 

 




本回について釈明させていただきますと

咲夜 瀟洒 修行中 子供

といったイメージをもとにに書かせていただいています。

一見完璧だが未熟で発展途上という風に描けていたらなと思います。

私見ですが咲夜さんは、今は鍍金だがいつかは純金となるみたいな感じの印象があります。
見える部分が完璧な分、見えないところはどこかが抜けていて、そこを埋めている途中みたいな。

その方が人の子らしい(子供は未熟で、完全を目指し成長していく)感じ、という私の勝手な考えです。

不快でなければ幸いです。

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