現想の交差点にて   作:d.nob

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EXの付いた話は抜けている時間の補完分となります。
ちょこちょこ、間に挟んでいきます。
18/06/04タイトル、本文微修正


1話-EX:メイド服を着た悪魔

 日本の現代社会を生きる人間にとって命の危機を感じることは殆ど無い。世界的に見ても治安の良いこの島国では民族や宗教を巡る争いも少なく、危険は隣にあるものではなく新聞やテレビで報じられるだけの対岸の火事だ。事件や事故に自分が遭遇するなどと誰もが考えられず、他人事に恐ろしさを感じることがせいぜいだろう。

 

 当然当事者にとっては対岸の火事で済まされるようなことではなく、短期間の内に二度目の危機を迎えた青山康輝は首元に突き付けられた冷たい感触から逃れる方策を必死に算出しようとしていた。

 

 

 

 

 

 青山康輝は外来人であり、数ヶ月前の紅霧異変の少し前にに迷い込み紆余曲折を経て幻想郷に腰を据えることとなった。外来人とは現代より幻想郷に迷い込んだ人間の事を指し、その大半は妖怪に食われるか、記憶の処理を行い現代に返されるかである。運よく生き残り幻想郷に腰を据える人間は稀有な存在であることは間違いない。

 

 康輝は「Cross road」での締め作業を済ませ、帰宅へ向けて自分の荷物を片付け撤収を始める。ひとまず今日の店の作業が終わり、肩の荷が下りたことにほっと一息つく。開店当初と比べ客足もよくなり、売り上げも順調に伸びている概ね順風満帆である。

 

 数ヶ月前にこの場所に迷い込み比喩でなく死ぬような思いもしたが、ようやくこちらでの生活も軌道に乗り始めたところだ。当初は様々な事に仰天していたがようやく慣れてきたと言える。人里の中では基本的には安全といえるし、ほんの数ヶ月前に食われて死にそうになったことも遠い昔のように思える。

 

 数刻前まで暖房を点けていた店内はほのかに暖かく、結露した水滴によって曇った窓から覗く細雪の人里は寒々しさは、出立する気力を削いでいく。

 

 康輝は一杯だけ珈琲を呑んでから帰ることとする。賄いの一杯ならば就業時間外に飲んでも罰は当たらないだろう。

 

 休憩室には微少であれ、風味が落ち始めた原料が一時的に置かれる。これらは賄いとして回され、それでも消化しきれないものは廃棄となってしまう。非常にもったいない事であるが、客商売として万全でないものを提供はできないし、古いもので当たってしまいでもしたら営業停止では済まない。

 

 休憩室に据え付けられた電気ケトルに水を入れ、電源を点ける。赤いランプがほのかに灯り加熱が始まったことを教える。コナのフルシティローストを保存容器から取り出し電動式のミルにかける。家で飲むように買うには少し値の張るもので、締め作業や一日の仕事への御褒美にしてもいいだろう。

 

 引き終わった顆粒状となった豆をテーブルの上のポットに乗せられたペーパーフィルターへと移す。容器から解放された粉末から甘い芳醇な香りが休憩室に満たされる。容器をミルへと戻し、ケトルのお湯が沸騰するのを待つ。

 

「動かないで下さい」

 

 

 

 

 

 背中に怜悧なソプラノのが聞こえたと思うと口をふさがれ、喉には冷たい銀の感触が添えられる。思わぬ事態に康輝は慟哭しそうになるが努めて冷静に状況を確認する。体は動かせず、背後を取られているため見ることは叶わない。ソプラノの高い声と口を覆うしなやかな細指から女性であると推測はできる。首に付きつけられた感触はナイフか包丁だろう。つまり生殺与奪の権利は犯人にあり命の危険がある。抵抗しようにも喉を掻き切られる方が先だろう。

 

 やばい。

 

 まだだ、動機によっては見逃してくれるかもしれない。一縷の望みをかけ、焦りを多分に含んだままの頭で状況を考察する。

 

 女性に襲われるような恨みを買った覚えはない、ここにきてから関わりのある女性など御手洗梓位のものなのだから。ならば金銭目的の強盗だろう。金の在処を聞き出し目的が済めば目撃者は殺し、死人に口なし、まんまと逃げ仰せ目的も果たす、これだ。

 

 詰んでいる。

 

 打開策を打ち出そうと頭を必死に回すが、逆転の術は浮かばない。

 

 康輝の沈黙を降伏と見たのか、女性は平坦なトーンで要求を突きつける。返事を聞くためになのか細くしなやかな指を口から放すが、首に添えられたナイフは強く主張したままだ。

 

「そのままで聞いて下さい。これはお願いです」

 

 康輝とってはお願いではなく脅迫である。心臓が早鐘を打ち焦燥が募らせるが、押し込めて続きを待つ。

 

「珈琲豆を私にお譲りください、少ないですがお金はあります」

 

「あ、はい」

 

 あまりに予想外な要求に思わず返事を返してしまい、犯人の女性はくすくすと笑うと首に当てていたナイフを降ろし背中から離れる。ひとまず安全になったことを知った康輝は振り返りテーブルの対面に立つその姿を見留める。

 

 艶のある銀糸のショートカットに、怜悧さを感じさせる程に整った容貌、濃紺のメイド服。十六夜咲夜、康輝が初めて珈琲を供した客だ。咲夜の名前などあずかり知らぬ康輝は先日の客だと認識する。

 

 咲夜は康輝に突き付けていたナイフを自分の手に突き立て、その奇行に康輝は息をのむ。一瞬の絶句の後咲夜は掌に突き立てていたナイフを抜き取ると、その掌には傷は無く見せつける様にひらひらとさせる。

 

 どうやら先程の脅迫まがいは悪戯で玩具のナイフに脅えていたようだ。何故脅迫まがいの事をしたのか疑問は尽きないが、幻想郷でいちいち常識に沿って驚いてはいられない。訳の分からない悪戯に憤りもするが、毒気無く玩具のナイフを弄ぶ様を見せられれば、調子が狂ってしまう。

 

 水を温めていた電気ケトルの赤いランプが消灯し、冷え始めた部屋で水が沸騰しお湯になったことを告げる。

 

 

 

 

 

「そこに座って、少し待っていて下さい」

 

 康輝は大きな溜息を零した後に口を開き、自分から最も遠い席を指差し咲夜にそこへ座るように促す。

 

 咲夜が席へ掛けた事を確認すると、康輝は背を向けペーパーフィルターに熱湯を注ぐ。少し垂らすとケトルを水平に戻し、熱水に蒸された粉末はわずかに膨らみ芳香を漂わせる。再びケトルを傾け湯の跡で円を描くようにゆっくりと注ぐ。白湯を注がれたコ珈琲豆は己を解き放ち白湯を黒く染めていく。フィルターを境に水は俄かに色付き黒褐色がポットへ貯留されていく。

 

 康輝は入れ終わった珈琲を二つのカップに注ぎ、片方を咲夜の前に、もう一つを対面に置きそこに腰を据える。

 

「それで、本日はどのようなご用向きでしたか」

 

 

 

 

 

 康輝が席に座り、交渉の席にも就いた事がわかる。咲夜は内心ほっとしていた。何分こうした「交渉」などは不慣れであったからだ。里で買い物をする時も紅魔館への憶えを良くする為か良くしてくれるし、値引きの交渉などもしたことはなかった。

 

 なによりあまりけち臭い従者であっては主人の品格まで貶めかねない。

 

 だが今回は、幻想郷内で希少な嗜好品の確保だ。通りの店にはまず無く、あっても「Cross road」のものよりも品質が落ちる。そして「Cross road」では原料の単品の販売は行っていなかった為「交渉」をすることにした。

 

 咲夜は自信が主体となって交渉を行ったことはないが、レミリアの商談に立ち会ったことは何度もある。そこでレミリアがしきりに気にしていたのは相手に与える「ファーストインプレッションが大事だ」と口にしていた。これの如何によって主導権が握れるか決まり、交渉を有利に進める分水嶺となると。

 

 咲夜も主人のそれに習い自分の知るもっとも強烈な要求方法を行う。万に一つも失敗はないであろうが万全を期して、露店で勝った玩具のナイフを使う。精巧な作りの刃物もどきは力が加わると刀身が柄に引っ込む構造で戯れには丁度いいものであろう。

 

 能力を起動させ時間を停止する。止まった世界の中には動いているものはなく降り始めた小雪すらもその動きを止める。「OPEN」を反転させた「CLOSE」の札のかかった扉を静かに開け、身を店に入れると音のならないよう丁寧に扉を閉める。

 

 休憩室にて先日の店員、康輝を発見すると太もものナイフホルダーに収められた鈍色の玩具を抜く。

 

 康輝の真後ろに立つと、一呼吸おいて能力を解除し時間を戻す。咲夜の交渉が始まる。

 

「動かないで下さい」

 

 

 

 

 

 二人の商談は開始地点こそ真当ではなかったが順調に進んでいた。咲夜は最初の襲撃以降は至って常識的な対応をしている。康輝は厄介な客の対応を早く済ませたいため、不満に蓋をし事務的に処理していく。

 

 時折康輝と咲夜で話がかみ合わなくなるのは康輝が外来人であるからだけではない。康輝は幻想郷の常識が、咲夜には対人の常識がそれぞれ欠如している。康輝は外来人であるし、咲夜も紅霧異変以前は紅魔館にて従者として研鑽を積み生活してきた、ある種の箱入り娘だからだ。

 

 余談ではあるが紅霧異変以前の生活必需品の調達は門番の紅美鈴が行っていた。

 

 康輝が脅迫もどきの意趣返しとして、予算は少ないと聞いていたにも関わらず高級な豆を中心に紹介した。本気で押し売りしたりするつもりも無く、ちょっと予算が、といったような敗北宣言をさせたかったのだ。みみっちい嫌がらせだ。

 

 すると咲夜は咲夜は最高級品の購入を希望しだした。康輝としても強く要望されると困る。珈琲を試してみたいと言う一見の客に敢えて高い物を勧めるのは、趣向が合わなかった場合には懐への被害が大きくなるからである。懐に痛みを与えるつもりなどなく、なんとなしにこの商談の間少し優位に立ちたかっただけなのだ。被害は与えず優位に立ちたいという賢しさから小市民性が伺える。

 

 もちろん金額に見合う味は保証しているが、好みは金額の多寡に関わらないものだ。高くても味が、コクが、香り、苦さが合わないという事は往々にしてあり、そうなってしまうのは商人としても人間としても気が引ける。表立って珈琲豆の販売は行っていないが要望があれば取引を行っているが、最高級品を売りつけるのはどうにも二の足を踏んでしまう。

 

 康輝は慌てて通常品の特徴の紹介に移るが、咲夜は頑として頷かない。根負けした康輝はサービス品として手動式のミルを付けることで良心に折り合いをつける。商売人としては落第点だ。

 

 商談がまとまると康輝は作業机の引き出しから二枚の紙を取り出し机に置く。簡易な契約書二部を置き、契約品目と契約人の名前を記入することを伝える。咲夜は訝し気に契約書を手に取ると契約約款を食い入るように読みだす。

 

 一通り読み終えた咲夜は契約書を降ろし、記入を開始する。熱心に読んでいた理由を康輝が問うと、名前を利用する魔術や呪術があるためだそうだ。記入の終わった二部を受け取ると康輝も記名を行い、二部の契約書に社印と割印を押す。書類に漏れが無いことを確認すると一部を咲夜に渡す。ここで初めてお互いの名前を知ることとなった。

 

 契約を締結した後は、康輝が倉庫から品物を小分けにした小袋を持ってくる。咲夜は物品を、康輝は金銭を受領し契約は完了した。

 

 

 

 

 

 康輝は最後に過激な悪戯の訳を知る。交渉を優位に進め、主導権を握る方法として行ったらしい。仕事をしない妖精や門番にお願いをするときのやり方を参考にしたようだ。

 

 頓珍漢な交渉の被害にあった康輝は、咲夜に人間相手の交渉方法も学んでほしいと疲れた様子で伝えた。少しばかり上がっていた口角を下げると咲夜は前向きに検討しますと告げて、来た時と同様に音もなく店を去って行った。

 

 

 

 

 

 後日店長が「青山、ブルーマウンテンを一見に売るのはどうかと……」と零し、そのことを知った店員たちに康輝はからかわれることになった。

 

 

 

 

 

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