現想の交差点にて   作:d.nob

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ちょっとした過去話等。

捏造多数です。注意。

18/06/04タイトル、本文微修正


2話-EX:(500)年のメモリー

 レミリアにとってその香りは、懐かしい記憶をよみがえらせる。

 

 引きこもり気味の親友も、瀟洒な従者も、居眠りする門番もいない。けれども数多の人妖が、底意地の悪い執事が、そして父がいた。そんな頃の甘く優しく、そしてほんの少し苦い思い出を掘り起こす。

 

 

 

 

 

 西欧のある場所の広葉樹と針葉樹の混合林には紅い屋敷がある。誰もが畏敬の念を持つ深紅の外壁、屋敷には爛々とした明かりが灯り絶えることはない。実情を知らない行商人からは、夜な夜な後ろ指を指されるような行為をしていると思われ忌避されているが、実態は仕事をし続ける働き者達の城だ。

 

 夜半を当に過ぎ一室を除き部屋の窓は暗い沈黙を守っているが、屋敷の北側に作られた一室の窓は庭を照らし、部屋の主が床に就いていない事実を伝える。暖炉には赤く燃える薪がくべられ温められているが、内外を隔てる硝子窓は結露し曇るばかりだ。

 

 中では壮年の男が紙面に筆を走らせ、左右に仕分けていく。陳情の内容によっては端正な顔を顰め、眉間の皺を深くする。若くから苦労を重ねてきた髪は色を無くし、後ろから見える姿は年に見合わない老人のよう。しかし目に宿る眼光に衰えはなく、金糸による刺繍の拵えられた正装を纏う姿に老爺の様な陰りはない。

 

 左から右へと捌かれた束はようやく半分を過ぎたところで、まだ先が長いという現実ばかりが伝わる。用いていた羽ペンをペン立てに置くと目頭を軽く揉む、酷使された目に程よい刺激が伝わり、僅かばかり疲労が和らいだ気になる。

 

 軽く姿勢を正し、凝った体をほぐすと執務机の上に置かれていたカップがなくなっている事に気付く。おそらくは片付けられたのであろうが、全く気が付かなかった。執務に集中していた男に気を使って、気取られないように片付けたのだろう、こうして後で驚くこともわかっていて。

 

 深い溜息を吐き、口を開こうとしてやめる。来客を告げる扉と叩く音が三回、軽快なリズムを刻み執務室の沈黙を破る。用件も聞き返さずに入室の許可を出す。

 

「入れ」

 

 その言葉は口調こそ命令しているがどこか軽く、親しい友人にふざけて指示を出していたようにも聞こえた。入ってきたのは初老に差し掛かろうかという年齢の、艶のある白髪を短く切りり揃えた男だ。目鼻立ちのはっきりした顔は野性味の溢れ、年齢以上に溌溂とした印象を受ける。サービストレイを片手にのせ、確かな足取りで進む。

 

「少し休憩をされてはいかがですか、ドラクリヤ公」

 

 その言葉に男はピクリと眉を上げ、老執事に向き合う。

 

「私はアルカード・スカーレットだが、間違えないでいただきたいな」

 

「そうでしたか、それはそれは失礼致しました」

 

 ドラクリヤ公とは先日殺されたこの公国の君主の名だ。故人と間違えられることはあまり気持ちの良いものでは無いがアルカードは気を悪くした様子もなく慇懃無礼な老執事を嗜める。

 

「セバス、余り悪趣味な冗談はよせ」

 

 老執事、セバスティアン・ルプは肩をすくめ同意を示す。

 

「そうですね、あまり面白くもない冗談はやめましょう。珈琲ですどうぞ」

 

 サービストレイから二つの器を執務机に置く。白い器は暖炉から零れる光を受け、暖かな光を灯す。東洋の技術を取り入れて作られた陶器製のカップは木の器とは比べようもなく美しく実用的、それでこそ大枚をはたいた甲斐があるというものだ。

 

 アルカードのそばに寄せられたカップには黒褐色の香り高い珈琲が注がれている。対面に位置する奥には乳白色の液体の注がれたカップが主人を待つようにちょこんと置かれている。

 

 アルカードはセバスティアンに視線を移すが、頑なに目を合わそうとしない。まさかとあたりを付けたところで控えめに三回のノックが執務室に響く。

 

「お父様、今入っても大丈夫」

 

 セバスティアンはこれを予期していたのだろう、その野性的な顔に隠しきれていない喜悦が浮き出ている。休憩中なのだから問題は無いと、舌足らずな福音にアルカードは入室を促す。

 

 音の主はゆっくりと扉を開き、躊躇いがちにその身をわずかな隙間に差し込む。灯がごくわずかしか灯っていない廊下から月の光を落とし込んだような蒼銀の髪を揺らし、様子を伺いながら一歩づつ歩を進める。

 

「お父様、お仕事の邪魔じゃなかった」

 

 そう問いかける瞳は自信なさげに不安に揺れている。その瞳に応えるようにアルカードは口角を上げ、柔和な表情を作り喉を鳴らす。

 

「邪魔なんかではないさ、丁度休憩していたところだ。そんなところに居ないでこちらで座ると良い、レミリア」

 

 アルカードは娘であるレミリアにそう告げる。親娘というには少しばかり硬さのある会話だが、娘にはわかっている、これは父なりの不器用な歓待なのだと。不安が霧散し代わりに喜色の浮かんだ顔で執務机の対面の椅子へととてとてと小走りで駆け寄り、椅子を引いて飛び乗る。控えな装飾の施された椅子は小さな体をすっぽりと包み込み、父を正面に捕える。対する父親は笑みを深めつつも、椅子に飛び乗った娘の貴族らしからぬ行いを諭す。

 

「こらこら、はしたないぞレミリア。貴族の娘たるもの慎みを持ちなさい」

 

「今はスカーレット卿の、貴族の娘としてじゃなく、お父様の娘としてだからいいでしょ」

 

 思わぬレミリアの反撃に瞠目し、呵々と笑い始める。

 

「ははっ、そうだなそれならば叱ることは無かったな」

 

 レミリアも呵々大笑するアルカードに釣られ笑みを浮かべる。アルカードはカップをつまみ上げ、レミリアに見せる。父の合図を受け取った娘は、同じくカップをつまみ上げて二人そろって口を付ける。ほろ苦さと甘さの溶けあった香りは、いつの間にか二人きりとなった執務室をゆるく満たしていく。

 

 

 

 

 

 親子の談話は続く。最近の事、周りの事、意地の悪い執事の事、偏屈な魔法使いの子の事、下の妹のこと。アルカードはレミリアの話を聞きながら相槌を打つ、変化の目まぐるしい娘の話は聞いていて飽きない。頭の片隅には親友である執事の減俸を考えながら。

 

「それでねその子ったらひどいの、やれ現実的でないとか。そっちは夢が無いのよ」

 

 レミリアは口では悪し様に言っているが、嫌悪の色が無いことから仲はいいのだろう。おべっかを使うばかりの者達を語る時とはまるで語気が違う。

 

「いい友人ができたな、レミリア」

 

 アルカードがそう告げるとレミリアは、どこがと反論を上げるがアルカードは笑みを深くするばかりである。紅魔館当主の娘に忌憚なく反論する友人など得ようと思って得られるものでは無い。この巡り合わせにいつか感謝する事だろう。

 

 

 

 

 

 アルカードはお互いのカップが空になっていることを確認すると、談話を切り上げる。

 

「さて、私はそろそろ仕事に戻るとしよう。中々楽しい息抜きになった、それではレミリア良い夜を」

 

 もうねなさいと言うアルカードの言葉に対しレミリアは頑として動こうとしない。その様子にアルカードはレミリアの瞳を覗き込む。

 

「お父様、少しだけ見て行ってからでもいい」

 

 出た言葉は仕事を見たいという申出。覗き込んだ瞳から見えるのは強い意志、是を得るまで梃でも動かないだろう。強情なところは母親譲りかと嘆息し、懐かしさを憶えつつ応えを返す。

 

「少しだけだ、眠くなったら戻りなさい」

 

 このお願いは、仕事ばかりで余り構ってやれなかった為の寂しさからくるものなのか、それとも嫡子としての自覚からくるものなのかはアルカードにはわからなった。娘が見ているのだからふがいない真似はできないと、残り少なくなった仕事を集中して取り組むこととした。

 

 

 

 

 

 暖炉にくべられた薪の炎も小さくなり始めるころ、執務机の上に散見していた書類の山は綺麗に片づけられた。使用済みであったカップもいつの間にやら片付けられ、この部屋に残っているのはアルカードとレミリアのみだ。結局最後まで帰らなかったなと思い、アルカードはレミリアを見る。レミリアは目を瞑り、規則正しい寝息を立てている。執務に集中しすぎて気付いてやれなかった自分を恥じるが、同時に部屋に戻らなかった強情に苦笑いを漏らす。

 

 レミリアを起こさないように慎重におぶると執務室を後にし、ゆっくりと廊下を歩いていく。アルカードは背中にある子供一人分の重さと、大人が失ってしまった温もりが心地よかった。

 

 

 

 

 

 レミリアはこの日見ていた執務のことは余り覚えてはいないが、アルカードの背中の広さと温かさ、父親に染み付いたコーヒーの匂いを忘れたことは無い。

 

 暖かくほろ苦いコーヒーの記憶。

 

 

 




イケてるオジさんかけてると良いです。

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