現想の交差点にて   作:d.nob

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18/06/17タイトル、本文修正


3話:スクール・アローン

 

 

農閑期を迎えた人里は、手の空いた子供が増える。

 

 こう表現すると不思議に感じるかもしれない。江戸末期または明治初期では農閑期、つまり冬期は農機具の修繕や衣服の補修、薪拾いと大きな力の要らないこまごまとした仕事が多々ある。農繁期とまではいかないもの忙しく、それらの多くは子供らにお鉢が廻る。そのため子供が暇を持て余すという事は殆どないと言える。仮に手が空いている子供が居たのであれば、それは豪農や商人の御子息、御令嬢だろう。

 

 しかし幻想郷では少しばかり勝手が違った。幕府や政府そして年貢から解放された農村は大きく潤い、冬場にも出稼ぎに出て手の回しきれない仕事を子供に任せるといったことは少なくなっていた。農機具の修繕や衣服の補修は勿論行っているが、きちんと行っていけば手の足りないという事は少なく、農閑期の仕事を子供に押し付け家で寝転んでいるだけの親などそうそう居ない。

 

 つまるところ手の空いた大人に仕事を取り上げられたという事だ。仕事が好きな子供は稀だが、暇を持て余すことが好きな子供は更に稀だろう。

 

 余暇を与えられた子供たちは初めは友達と遊んだりするが、幻想郷のの環境上遊びに行けるところは限られる。里から出ることもできず、野山で遊ぶこともできない。同じことをしていればいつかは飽き、より楽しもうと若く柔軟な発想で遊びを考え始める。

 

 結果、里の中で悪戯を行うことが流行り、大人たちの頭を抱えさせた。

 

 一人一人取っ捕まえては雷を落とすが切りが無い。喉元過ぎればといった風にまた繰り返す。躾は親の生涯の仕事であるが、それだけに感けている訳にはいかず、子供の悪戯に対して対応しきれていなかった。

 

 どこの子に尋ねても原因については口を揃えた。つまらない、暇だからなどという事を異口同音に答え、母が更に叱る光景をよく見る。父は罰が悪そうに宥めるばかりで余り怒らない。普段は拳骨を落とす父よりも、口で叱る母になつく子は多いが、この季節ばかりは何故か優しい父にべったりとなる。

 

 叱らないのではなく、叱れないのだ。同じ事をしてきた先人なのだから。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、うちの子をよろしくお願いします」

 

 大きな建物の前で妙齢の女性が恭しく頭を下げ申し訳なさそうに嘆願する。

 不可思議な形をした青い帽子を乗せた銀髪の女性、上白沢慧音は胸にドンと手をあて安心させるように返す。

 

「任せてください、冬期だけとはいえしっかりと教導させていただきます」

 

 あんたもちゃんと先生の言うこと聞くんだよと告げると母親は踵を返し来た道を戻り、慧音と子供は寺子屋へと入って行く。

 

 幻想郷が隔離されてしばらく経ってから見られるようになった光景で、今日まで続く風習「農閑期に子供を寺子屋に通わせる」である。暇がいけないのなら、暇で無くせばいいという思考の基、子供の一番ためになること、そう考え皆ここに行きつく。そんな親子を嫌な顔一つせずに受け入る慧音に人里の住民の大半が頭が上がらず、敬意を込めて「先生」と呼ぶ。

 

 

 

 

 

 寺子屋の授業が終わり預かっていた生徒たちが帰ると、慧音は教卓に手を伸ばし突っ伏す。その姿は普段の凛とした様からは想像もつかない程に草臥れ様子で、記者などが見れば地方紙の三面くらいには載るかもしれない。人数の増えた生徒たちに歴史の楽しさを教えようと奮起し、力を入れすぎた結果である。

 

 熱意を原動力に指導に熱を入れすぎ発動機が空回りしすぎてしまった。農閑期のみとはいえ生徒が倍近くにもなり、長らく教師をしてきた半人半獣といえど疲弊もするのも無理はない。

 

 昔は、幻想郷の隔離当初は特に問題にはならなかった。寺子屋の席も数えるほどしか埋まっておらず、寂しい思いをしたくらいだ。今では教室一杯の生徒、そこに農閑期の短期就学生の増加、一人で二つの教室を持っている有様で、とっくに一人で運営できるような範疇を超えていた。

 

「いい加減、教員増やそうかなぁ」

 

 ため息とともに零れた言葉は教室の虚空に溶け、体を預けていた教卓は何も答えない。今はまだ何とかなっているが、いずれ限界が来る事は明らかだ。その時に辛酸を舐めさせられるのは生徒達であり、そうならないように何とかしなければならない。

 

 姿勢を正しかけていた椅子に座り直し、今日起きた事を業務日誌にまとめながら思案に耽る。

 

 教員の増員はしたいが、人にものを教えられる者がすぐに見つかるものだろうか。もしくは受け入れる人数を制限すべきか、その考えは即座に却下する。今自分が考えたことは生徒を差別するということで、そんな事はあってはならないと首を振る。小器用に日誌を付けながら思考を巡らせる。

 

 

 

 

 

 小さくなったお腹の音を皮切りに、慧音は顔を上げる。周囲を素早く見渡すと誰にも聞かれていないことを確認しほっと一息つく。壁にかけられたぜんまい式の壁掛け時計は、随分と遅くなっていることを教える。

 

 思案しながら作業をしていたためか、随分と時間が経っていた様だ。どうにもまとまらない頭を抱えたまま、今から夕餉の準備を始める気にもなれず外食をすることにした。人里の夜間の見回りをすると自分に言い訳をしつつ。

 

 

 

 

 

 外行の服に着替え冬空の下へ出ると冷涼な北風が頬を撫で暖を掠め取っていく。雲一つない夜空には下弦の月が明るく輝き真っ暗な足元を仄かに照らしてる。寺子屋の敷地を出て、繁華街へ繰り出すと、一部にはガス灯の明るい日が灯り、気温に反比例するように繁華街は熱気に満ちている。

 

 どの店も熱心に客引きをしていて慧音に気付いたものの多くは、先生ウチで夕餉どうですか、声を掛ける者もいたがどうにもその気になれず、見回りの途中だからと袖にしてしまう。目に余る悪質な客引きを注意しつつ見回っていると、見慣れないな建物が目に入る。こんな建物は人里に一軒しか無い。飲食店であることは知っていたが、一度も利用した事が無かった慧音はこれをいい機会と捉えて、ここで夕食を済ませることとした。

 

 飯盛期を過ぎた夜のはじめ頃、「Cross road」の店内は、普段の暖かな静寂とは違った顔を見せる。店内は仕事を終えた大人たちで賑わい、活気に満ちている。

 

 慧音は案内されたカウンター席に座ると、メニューを開き眺める。聞いた事の無い料理には尻込みしてしまうものだが、写真はどれも声高に主張していて目移りしてしまう。ひとしきり目を通すと逸る胃を抑えて注文をする。

 

「ふわとろたまごのおむらいすデミソースかけを一つ」

 

 そう告げると店員は勢いよく伝票を書くと厨房に持っていき、オムライス一丁と元気の良い声が聞こえてくる。ふわとろたまごとは言わなくてもよかったと判ると気恥ずかしさを憶える。

 

 ここ最近は忙しかったためか、する事が無いと何となく落ち着かない。普段であれば気にもならなかったが、数多の問題が積み上げられている今は何かしていないといけないような気になる。

 

 気もそぞろな姿勢をする慧音の席に、小豆色の赤髪を頭の後ろで馬の尾の様にまとめた女性が立つ。注文してから幾許もしない内にウェイトレス姿の女性が近づいてきたことに慧音は驚くが、手許を見て違うとわかり、配膳しようとしている女性を止める。

 

「すまないが、それは私の注文したものではないのだが」

 

 女性給仕は配膳する手を中断しない。

 

「当店からのサービスのミルクココアです」

 

とにこやかに微笑みながら返した。

 

 給仕が去った後に残されたマグカップが一つ、甘い芳香を届かせる。

 

 不意の好意に驚きはしたが、無下にするつもりなど毛頭ない。

 

 暖かなマグカップを持ち上げ、くいっと少し大きめに呷る。

 

 僅かな苦味を含んだ甘味が疲れた体に染み渡る。さながら乾いた砂地に、水を垂らすかの如く、疲弊した脳に体に暖かな活力が染み渡る。ごく僅かな苦みが甘味を引き立てつつ、全体を引き締めていて、なんとも飲みやすく、和菓子とは違った甘さが丁度良い。

 

 ほっとする味に一心地ついていると、先程の給仕がクロッシュの乗った皿と小鍋を小さなワゴンに乗せて運んでくるのが見えた。

 

 机とトレーの高さを合わせ滑らすように慧音の前へと置かれる。続けてクロッシュを上げると赤色に支えられた黄色の二層が現れる。

 

 メニューの写真との違いに疑問を抱いていると、卵にナイフが差し込まれとろみのある柔らかな半熟卵がチキンライスを覆い隠す。そこに小鍋から掬われたデミソースをかけ完成する。

 

 目の前で行われた粋な演出に感嘆を覚えるが、胃は限界を訴えていた。

 

 寸劇を終えた女性が席から離れていくのを見送ると、待っていましたと言わんばかりに、素早く手を合わせ、スプーンでオムライスを掬い取る。

 

 運び込まれたそれは、ある種別々の色を醸し出していたトマトケチャップの酸味とデミソースの旨味を半熟卵が仲介し包み込んでいる。鋭い酸味を中和し、強すぎる旨味を和らげそれぞれが手を取り合う優しく素直な味に仕上げている。卵による繋がりは互いを新境地に誘い、新たな色を魅せ混然と一つになる。

 

 まろやかな酸味と旨味の共演に魅せられた慧音が、お品書きの写真より少しばかり大きいオムライスを食べ終わるまでにはそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 食休みをしている慧音に近づく足音が一つ、先程の赤髪の店員である。

 

 女性は小さな音を立て椅子を引き慧音の横に座り、何事かと訝しむ慧音に問いかける。

 

「何かお悩みな事でもあるんですか」

 

 持て余している事情があることを見破られた慧音は驚き、呟くように言葉をつなげる。

 

「参ったな。そんなに顔に出ていたのか」

 

 紡がれた言葉に、女性は予想が当たったことが嬉しかったのか、少しだけ得意そうに応える。

 

「そりゃ、もうばっちりと。先生にはいつもお世話になっていますから、少し様子が変だったのが気にかかって、何かあったなら力になれたらと思ったんです」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべる彼女には悪いが、慧音には彼女に何かした記憶はないし、そもそも今日が初対面であるはずである。

 

「すまないが名前を伺ってもいいか」

 

 女性は自分の胸の名札を指差す。

 

「おてあ……失礼、御手洗梓か」

 

 言いかけた言葉に顔を曇らせるが、言い直した言葉を聞くと花のような笑顔を咲かせた。やはり慧音には聞き覚えの無い名前である。

 

「私と君は初対面だと思うのだが、どこかでどこかで会っていただろうか」

 

 梓はきょとんとしながら

 

「そうですね。私と先生が顔を合わせるのは今日が初めてですね」

 

 とこともなげに返した。では何故力になりたいというのかと問いかけようとした慧音は、続く言葉に遮られる。

 

「でも治安維持の恩恵とか受けていますし、この間のうちの食い逃げ捕まえてくれたのは先生だって聞きました。そんな人が悩んでるのに足向けて寝るようなことはできませんよ」

 

 確かにこの間食い逃げを捕まえて自警団に引き渡したが、それがこんな事に繋がるとは、事実は小説より奇であるとはよく言ったものだなと慧音は思い苦笑し、力を貸してもらう事にした。

 

「これも一期一会の形だろう。詳しい事は伏せるが聞いてくれ」

 

 梓は胸にドンと手を当てた後、親指を立てた手を前に突き出し、二つ返事をする。

 

「まっかせてください、微力ながらも全力を尽くしますよ」

 

 頼りになるんだか、ならないんだかわからない返事に微笑ましい気持ちを憶える。慧音は重い口を開き、悩みを少しづつ零し始めた。

 

 

 

 

 

 慧音は独白が終わると、ほっと肩を撫で下ろし一息ついて梓を見遣る。梓は顎に手を当て小さく唸っている。

 

 やはり難しい事なのだろう、しかし話を真摯に受け止めてもらえるのはうれしい事だ。友人に相談すべきだったかと、あまり人里に来ない友人に思いを馳せる。

 

 話の総括をすると、人手が足りないということだった。人里の人口が増えていることは周知の事実であったが、新参者の梓には実感がなく、それが寺子屋の問題となっていることもそれを解決する術も持ち合わせてはいなかった。

 

 持ち合わせている伝手から解を導こうとするが眉間の皺がだけが深くなる。

 

 深刻に捕えすぎている梓を心配し、そこまで悩まなくていいと諭そうとする。直前顔を上げた梓が晴れ晴れとした雰囲気を纏い口を開ける。

 

「うん。私には無理です…………そんな訳で、皆さんどうですか」

 

 晴れやかな顔で吐き出された言葉に身持ちを崩しそうになるが、続く言葉で持ち直し周りを見渡すと、店内にいるほとんどの客がこちらの話に耳を傾けていて、慧音は恥ずべき事情を多くの人に知られてしまったことに気恥ずかしさを覚える。

 

 壁に耳あり障子に目ありである。

 

 盗み聞きをしていたことは褒められた事ではないが、慧音に悩みがあるのは傍目から見ても明らかであり、慧音に恩を感じた人里の住人が気にかけるのも仕方のない事である。

 

 話を聞いた人々が口々に、頼ってくださいよとか水くさいじゃないですか言い、勢いに押され気味な慧音はあまり迷惑を掛けたくないと返したが、恩返しがしたいと打ち返された。

 

 慧音は腹を括り告げる。

 

「迷惑をかけると思うが、知恵と力を貸してくれ」

 

 言葉とともに頭が下げられ、応えるように店内に熱が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜半ばを前にした、「Cross road」の店内は昼間の静謐さからかけ離れた熱気に包まれていた。自警団に大工、それに商人など様々な伝手の大人達の協力得て議論が交わされ、会議は踊り、そして進んでいく。

 

 暫くして話がまとまり始めると、今後の方針を決めお開きとなった。

 

 肩の荷が下りて、ほっとしている慧音の手が小さくつつかれ、くすぐったさを感じ振り向く。

 

「情けは人の為ならずってやつですね、先生」

 

 梓が悪戯を成功させた子供のように微笑んでいた。

 

 

 

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