現想の交差点にて   作:d.nob

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久々の投稿
オリキャラいっぱい

18/06/17タイトル微修正





3話-EX:ゲット・トゥ・ザ・ティーチャー

 寺子屋の当直室で一人の女性が鏡を覗き込み入念に身なりの確認をしている。均整の取れた女性らしいボディラインに、いと筋の青の差す銀色のしなやかな長髪、そして特徴的な箱を乗せたような帽子。上白沢慧音はこれから行う初めての試みを前に緊張していた。

 

 採用面接である。

 

 結局あの喫茶店クロスロードで出た案は人員増員に集約されていた。勿論その他にも改革案が出ていたが、何よりもまず職員の増加が急務であったからだ。慧音も考えたことのある案ではあったが、他人に迷惑をかける訳にはいかないと己の中で棄却していた案であった。しかし今回に限りそれを採用することにしたのは最早、なりふり構って居られる状況ではいられなくなっためである。最早肥大化しすぎた教育施設は慧音一人の手には余るものとなっていた。

 

 慧音は身なりをひとしきり確認すると両手で頬を軽くたたき自己流の克を入れ、小綺麗に片づけられた部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 採用面接を行うのは古くなった教卓や机の置かれた物置部屋だ。設営するにあたって慧音はこの物置を大急ぎで掃除をし、埃を落とし換気をしたが、少しばかり残ってしまった埃の僅かな臭いが鼻につく。

 

 元より教室とする為であったこの部屋は一人でいるには広く、寂寥とした思いを抱かせる。慧音はこの教室ができた頃のこと思い出し、少しノスタルジーな気持ちを憶える。大きめの窓はさわやかな朝の光を良く中に取り込み、次第に暖かな光が部屋に満ち始める。

 

 

 

 

 

 慧音が寺子屋を運営し始めた頃は、商家の御曹司に武士の子、豪農の娘などの数人しかおらず、慧音の自宅を改装した小さな教室に空席が多くあった。初めての頃は慧音も教師として新米であった。

 

 教員免許など資格などなく指導法も秘匿されていた時代、子供たちに色々なことを教える為に高名な先生がいると聞けば西へ東へ教えを乞うため歩いて回った。知識は門外不出ともいえた時代に外様の慧音は門前払いされることも少なくはなく、無駄足となることも多かった。

 

 思えば最初の生徒達には随分と助けられたものだ、そう今になって思い返す。初めての生徒たちはよく躾けられていて手間のかからない子達であった、それなりに裕福な身の上であったため初等的な教育は仕込まれている子も多かったのだ。生徒たちと相談し、教鞭のとり方を会議することもあり、しまいには生徒の伝手で他の先生と話せる機会もあった。そうして教えて教わってここまで歩いてきた。

 

 それから暫くすると半妖であるからと慧音を訝しみ警戒していた人々も、慧音に悪意や外囲が無いことを知り少しづつ子供を預ける者も多くなっていった。空席が埋まり始め、子供たちの喧騒が教室から漏れ始めるようになるとえも言われぬ充足感に満たされた。

 

 最初の生徒たちがが大人になり、子を成してその子を慧音に預ける。

 

 その繰り返しの中でいつしか里の大工達によって寺子屋の改築が、里一番の腕と自慢げに話していた家具屋からは多くの机と椅子を寄贈された。瓦も畳も助けてもらった。

 

 このいまの寺子屋に辿り着くまでに本当にいろいろなことがあった。

 

 思い返してみればずっと前から、誰かに助けられていたではないか。大事なことを忘れていた。

 

 

 

 

 

 慧音を懐かしい哀愁から呼び戻したのは大きな二回のノックの音だ。面接予定の者が来たのだろうとあたりを付けると、昨日まで入念に読み込んだ「面接必勝マニュアル」という外来の書物の内容が頭をよぎり、二回は手洗いのノックだという事が思い出された。

 

 すっかり明るくなった室内で慧音は取り繕うように咳払いを一つして、入室を促す。

 

 失礼しますと歯切れの良い返事をして入ってきたのは、大柄な体格の男だ。幻想郷ではあまり見ない高い背丈に、和服の上からでも判る程に鍛えられた太い肢体、短く切り揃えられた髪は清潔感を与えている。顔立ちには幼さが残り、三十代には達していないことを伺わせ、外の言葉を借りるのであればスポーツマン、あるいはアスリートといった印象である。

 

 慧音は男に席に座るように告げると男は大きな体を椅子に乗せる。教員用の椅子として、生徒用の者より大きく作られているのだが、男の体格には合わず、椅子が小さすぎるような錯覚に陥る。

 

「今日は御足労感謝する。本来ならこちらから頭を下げて助力を乞うのが筋なのだが、何分手が回らなくてな」

 

 申し訳なさそうに慧音は頭を下げる。先日の会合の際に決まっていた事だった。手の空かない慧音に対して幻想の住民たちがした気遣いだ。

 

 

 

 

 

 先日の相談の結果、職員の増員が急がなければという結論に至りはしたが、教職についている者など慧音の他には幻想郷には殆どおらず、その僅かな者達も私塾の切り盛りが手一杯であり、慧音への支援は難しかった。ならばと教員募集などを新聞にのせ求人を広く知ってもらい採用をしたらとの案も出たが、どの程度知らせることができ、また効果がるまでどれだけかかるかがわからなかった。

 

 即戦力が直ぐに必要なほどに進退の窮まっていた状況の旗色は非常に悪い事が良く分かった。

 

 結局のところ上がっていた解決策はすべて行う運びとなり、即戦力の登用として各々の推薦者との面接。これには商家の若旦那、大工の棟梁、蕎麦屋の店主が名乗りを上げた。いづれも里内での人望が厚く、広い人脈を持った人たちである。

 

 

 

 

 

 最初は大工の棟梁からの推薦者であった、推薦状には勢いの乗った豪快な文字で簡潔なひととなりが記されている。名は藤堂正高というらしい。棟梁の紹介によると人当たりが良くいつでも明るい為、子供と仲良くできそうだから、と推されている。棟梁の目を疑うわけではないが、教育に関して妥協するつもりはなく、この面接で人柄の一端でも掴めればと臨んでいる。勿論あまりに問題があるようなら、推薦者の面子を潰す事になっても不採用とすることを伝えてある。

 

 正高が席に着き少しして、落ち着いたのを確認すると面接が開始される。雛形に沿い質問をすると正高ははい、とはきはきと自己紹介した。

 

「はい、俺は藤堂正高。親方の紹介できました。今日はよろしくお願いします」

 

 勢い良くさ下げられた頭は指金の様に真っ直ぐだった。

 

 打てば響く様な返答は心地よく面接の滑り出しは快調だった。声高な元気のよう返答は慧音の口を良く回らせ、様々な質問を投げかけさせる。

 

 話すうちにわかってきたことがあり、その事実は慧音を驚かせた。年の頃は元服を迎えたばかりだと言い、若いと想定はしていたが予想はるかに下回る若さだ。また裁縫などの針仕事が趣味で小物を作ったりしているらしい。

 

 言葉も明瞭で聞き取りやすく、背筋は真っ直ぐで姿勢を崩さない。少々言葉遣いについて、特に敬語が荒い事もあったが好印象を抱くには充分であった。

 

「ところでどういった教師になりたいのか教えてくれ」

 

 慧音の質問に対して今まで直ぐに答えていた正高は少しばかり考える素振りを見せ沈黙が訪れる。

 

「俺はどういう先生になりたいとかは全然わからないです。でも、誰かの背中を押せる人になりたいと思っています」

 

 少しして開かれた口からは今までよりも小さな声であったが、瞳の中には強い決意があった。その言葉に慧音は満足し、机の紙片の の採用欄に花丸を付ける。

 

「最後に聞きたいんだが、得意な教科とか教えたい教科とかはあるのか」

 

「はい。読み、書き、算盤」

 

 そこまで聞いた慧音は即戦力に期待を寄せ、紹介してくれた棟梁に感謝する。

 

「全部苦手です。でもやる気と体力はあります、御社で働かせてください」

 

 すごい人材を紹介してくれたと採用欄の花丸の隣に小さく教員補佐と付け足した。

 

 

 

 

 

 二人目は蕎麦屋の店主の推薦の夏目青葉だ。紹介状によると外来人のようで、外の大学で教育学部に所属し、そこで教育について学んでいたらしい。蕎麦屋の店主の推薦状は飾りのない文章の細くしなやかな文字で「即戦力」と推薦理由だけがしたためられている。無口で不言実行の彼らしいと微笑む。書状とは別に白色の際立つ洋紙が同封され、そちらには氏名に住所、小、中、高、大の来歴、免許・資格から、志望動機、得手不得手、果ては趣味まで書かれている。履歴書と表題されたそれは細かに書かれ、書面からはどこか執念じみた怨讐を感じる。

 

 一人目の正高を帰し、履歴書をしばらく眺めていると等間隔に四回のノック、どうぞと声を掛けると扉が開き小柄な女性が現れる。

 

「失礼します。私は夏目青葉と申します。本日はお忙しい中がお時間を頂きありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 

 少し部屋に入るとは名乗りを上げ、礼をする。規格化され型式に押し込められた挨拶をした青葉は頭を上げると直立不動で慧音の反応を待つ。その意図に気付いた慧音はどうぞお掛けになって下さい、と苦笑交じりに伝えると椅子の近くまで歩き、また失礼しますと言って腰を掛ける。一連を見ていた慧音は両手と両足が同時に出ていることは指摘しなくていいな、と心の奥にしまった。

 

 腰を下ろした青葉は更に小さく見える。小さな体躯もそうだが肩にかからない程度の黒髪と可愛らしい童顔もそれを助長し、小動物のような印象を受ける。白いシャツに黒い女性もののスーツは少しばかり大きく、着られているように見える物一因だろう。太ももの上に乗せられた両掌はかすかに震えていて緊張していることを伺わせる。

 

「それで「ひゃい」まだ何も言ってないんだが」

 

 青葉は失礼しましたと慌て、下唇をかみしめて慧音の反応を待つ。ぎゅっと横一文字に結ばれた唇は血の気を失い赤みが無い。ひどい緊張状態に慧音はどうしたものかと頭を捻る。一旦は面接から離れて関係のない雑談をすることとした。慧音は少し関係のない話になるが、と前置きをして青葉に話を振る。外にいた頃の話、幻想郷に来た時の話、最近の生活の事、困った事、趣味の事、多岐に渡る話題は尽きる事無く言葉を交える。

 

 最初の方こそ口をつぐみ、言葉が止まることも多かったが、だんだんと緊張が解れてきたのか、口は良く回るようになっていった。話すうちにわかってきたことは、青葉は気こそ小さいが一本通った芯があり、それを曲げずしっかりしているという事だ。第一印象の気弱で小動物的な印象から、青葉に子供の指導は難しいかもと思っていたことを訂正する。

 

 

 

 

 

 慧音が歓談もそこそこにし面接を再開しようと背筋を正すと、膝の上で軽く握られていた青葉の手にきゅっと力が篭る。緊張はしているものの青葉は慧音から目を逸らさず、じっと慧音の言葉を待つ。

 

「君はどんな教師になりたい」

 

 短く、けれどもはっきりと慧音の口から紡がれた言葉はこの面接の中で一番重い言葉だった。その言葉を青葉は余すことなく受け止め、自信なさげに、しかしはっきりと自分の言葉を放つ。

 

「きっと子供たちは勉強とか、スポーツだとか友達関係とか……それにいじめとか、いろんなことで悩んで立ち止まったりすると思うんです」

 

 私がそうだったんです。と恥ずかし気に頬をかき、青葉は透き通った紅玉に視線を合わせ言葉を続ける。

 

「そういう時に、隣に立ってあげられる先生になりたいです」

 

 青葉はそう言い切るとほっと肩の力が抜け、硬い椅子の背もたれに体を預ける。ほんの少し崩れた姿勢を慧音は気にするこは無く、紙に印をつけると面を上げ言葉を投げた。

 

「本格的に教鞭をとってもらうのはしばらく先になるが、来週からこちらに来てもらう事はできるか」

 

 その言葉を聞くと青葉は椅子から飛び上がり、小さな両手で慧音の手を掴む。突然の事に慧音は驚き、青葉の顔を見遣る。大輪の花が咲いたとでもいう様な飛び切りの笑顔を慧音に向ける。

 

「本当にありがとうございます。これから頑張るんでどうかよろしくお願いします」

 

 今日一番の大音量が教室の中に響き渡り、青葉に掴まれた慧音の手は腕ごと上下に揺らされる。そこまでして青葉は自分の行動に気が付いたのかぱっと手を放すとそそくさと席に戻る。急に外力を失った慧音の手は机にぶつかり、少しだけ痛かった。

 

「あ、ああ、わかったでは来週からよろしく頼む」

 

 面接が終了すると青葉は一礼して背中を向ける。その足取りは来た時よりも軽く、大手を振って歩く。余程機嫌が良いのか外に出た途端に小走りでもしそうな勢いだ。

 

 小気味いい行進は教室を出た扉の先の壁によって不意に止められることとなる。正しくは壁ではなく青藍色の着物を纏った男によってである。

 

 

 

 

 

 胸に頭をぶつけられた男はきまり悪そうに収まりの悪い頭を掻き、遮っていた道を空ける。青葉はぶつけた鼻をさすり頭を下げると一目散に退散した。慧音にじっと見られている事に気付いた男は一礼すると、敷居をまたぎ椅子の隣まで歩を進める。男は猫背気味の背筋をほんの少し伸ばすと口を開く。

 

「初めまして先生、僕は湯川俊英と申します。本日はよろしくお願いします」

 

 

 

 

 俊英に対して慧音が抱いた印象は「だらしない大人」だ。癖のある髪は眼鏡にかからない程度で無造作に伸び、着ている和服も色褪せた青藍‐くすんだ青色といった方が近い‐でよれいている。上唇と鼻の間の口髭は良く整えられているが、前述の印象も相まって一見しただけでは伸び放題の様に見えてしまう。総合的な評価を下すならば、悪く言えば浮浪者、よく言っても徹夜あけのくたびれ親父がいいところだろう。前の二人は若く生き生きとしていたため、比較してしまうとくたびれた印象は拭えない。

 

 俊英が席に座ると慧音は断りを入れて、推薦状を確認する。商家の若旦那からの書状は今日になってようやく届いたもので中身について確認していない。まさか数合わせや自己の人脈の誇示の為ではないと思うが万が一そうであったのなら商家の若旦那とはよくよくお話をする必要がある。不審者は雇えない、子供達にどんな影響があるかわからないからだ。

 

 分厚い封筒を空けると中には上質な白い紙にタイプライターで打たれた機械的な文字が並び、彼の来歴を開示する。おそらく立派といえる記録が連ねられているが、人格や人となりについては全く触れられていない。カタカナや簡単な漢字を組み合わせて作られたそれは、紹介状というより一種の型録と言える。風評や人格など目に見えないものまで人の価値と言った彼らしくない文章を訝し気に思いながら慧音は目を通す。

 

 型録は『本文書ハタイプライタニヨリ作成シテイマス。カッパンインサツハ当店デ』と締めくくられていた。こんな時にでも宣伝を欠かさない、商魂たくましい若旦那に対して慧音は苦笑を零す。

 

 やはりというべきか厚みのあった封筒には型録以外も同封されており、二枚の手紙が転がりだした。

 

 一通目は若旦那からで、俊英について書かれていた。語りたがりな彼にしては珍しく知識も良識もあるが変な人と簡潔にまとめられていた。何故変人を推薦してきたのかは甚だ疑問だ。寺子屋は変人の更生施設ではない。

 

 二通目は魔法の森の入口に居を構える半妖、森近霖之助からだ。曰く他の外来人は「携帯電話」の使い方を教えてくれたが、彼は「携帯電話」の仕組みを教えてくれた珍しい人らしい。それは推薦状に載せてほしい情報ではない。

 

 霖之助が商いの修行の為霧雨商店で奉公していたころ、この二人はよくくだらない議論を戦わせていた記憶がある。二人の琴線に触れたとなると何となく不安になる。あの二人はどちらも懐が深く、良識人であるがどこかずれたところがあるからだ。彼らをして知識のある変人あるいは稀人と言わしめるとなると信頼しきれるはずがない。

 

 人の味方を公言している慧音ではあるが、盲目的に信頼するとは言っていない。だからこの目の前の男を見極める必要がある。

 

 俊英は慧音が書状から視線をこちらに移したと気づくと、崩していた姿勢を正す。改めて俊英を見止めるとやはり気にかかるのは見た目だ。不潔には見えないものの、だらしなく見える。それを直接指摘するわけにもいかずやんわりと伝えるための言葉を選んでいると、視線の先に気付いた俊英はきまり悪そうにする。

 

「ああ、これですか。見苦しくて申し訳ない。この間一張羅を駄目にしていましてね、新調しているところなんです」

 

 もうちょっといいのもあったんですけど家内が洗濯してしまって、と語る俊英は恥ずかし気に慧音の視線に言葉を返す。軽い調子で気を悪くした様子はない。

 

「すまない、少し気になってしまってな」

 

「ま、こんな格好で教師をしていたら教師は教師でも反面教師にしかなれませんよ」

 

 そもそも雇ってもらえないので教師に成れませんな、と冗句を交えて言葉を紡ぐ。慧音もならばと軽口を交えて声にする。

 

「なるほどな、反面教師にならない方法は分かった。では名教師には何が必要だと思う」

 

 俊英は一呼吸置く。

 

「教えない教師になることですね」

 

 予想だにしていなかった回答に慧音は面を食らう。ものを教える教師が教えないという不可思議に慧音は首をひねり考える。

 

「なるほど、どうゆう事だ」

 

「僕等が面白い授業で教えるのもいいんですが、面白く教えただけじゃそこから生徒はそこから先は無いんです」

 

 もちろん勤勉な生徒は違うんですけどと零し、続ける。

 

「じゃあ、勤勉な生徒と普通の生徒がどう違うのかを考えるんです。答えは違わない、生徒たちは皆それぞれ楽しい事を熱心にやるんです。それは勉強だったり、運動だったり、あるいは音楽や小説、漫画やゲームかもしれない」

 

 そこで、と口調を変え拍手を一つ打つ。

 

「学んで得たものが楽しく使えるという事を教えてあげるんです。そうすれば楽しさに貪欲な生徒達は熱心になり、こちらから教えるのではなくあちらから教わりに来る」

 

 だから、そう話を一旦区切ると一息に決める。

 

「教えない教師が名教師という事です」

 

 あくまでも僕の生徒はそうだったという経験と持論に基づくんですけど、と言葉を締めた。慧音にとっては風が吹けば桶屋が儲かる様な話で俄かには信じ難いことだ。

 

 だがそういう事を教えてあげられれば、いつも歴史の授業で寝ている生徒達が熱心に聞いてくるだろうか。歴史を楽しいと思ってくれるだろうか。

 

 

 

 

 

 真上にあった冬の陽は早くも傾き始め、斜陽が教室を茜色に染め上げる。慧音は採用欄についた三つの印を確認すると肩の力を抜く。曲者ぞろいであったが三人とも申し分なく、これからの展望は明るいだろうと予想する。慧音の安心した様子に俊英はどうかしたのか尋ねる。

 

「いや、なに、採用面接というのは初めてでな、緊張していたんだ。それに顔見知りでない人を推し量るのは難しい事だからな。それにあなたは推薦者の二人から変わり者と教えられたので一層気を遣っていたんだ」

 

 始めこそ良い印象が抱かなかったが実際には気立ての良い壮年男性であった。不審者が有識者であったのだ、安心も一入だろう。変わり者と告げられた俊英は何のことかと考えると、ふと思い当たる節があった。

 

「変わり者ねぇ」

 

 小さい声で零された言葉は慧音の耳にしっかりと届き、俊英を変わり者扱いしてしまった事に謝罪する。

 

「申し訳ない、気を悪くしたなら謝ろう」

 

 俊英はいや大丈夫です、と告げるが頭の中では自分を変わり者扱いした二人への抗議を考える。後にも先にも変わり者と言われたのはその一回限りだった。幻想郷に来る原因となった理由を話した時、もう三年近く前の事だ。

 

「元教え子を嫁に娶って、後ろ指差されない場所を探してたらここに辿り着いたからって、僕を変わり者扱いすることは無いでしょう」

 

 俊英のぼやきを正確に聞き取った慧音は思考の海に沈む。

 

 元教え子、手を出した、三十一歳、来たのは三年前、、三年目の浮気、年齢差、光源氏、犯罪ですよ、ロリータ、学生、そんな教師で大丈夫か。

 

 俊英は慧音の不安を解消するために「妻一筋ですから」「手なんて出したら殺されます。妻に」等と言っていたが意識が飛んでいた慧音には聞こえていなかった。

 

 

 

 

 




EXちょいちょい更新します。




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