現想の交差点にて   作:d.nob

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18/06/17タイトル追加



4話:グッド・ジョブ・ハンティング

 従者とは仕える者である。

 

 屋敷の清掃、寝覚めの悪い主人の起床の補助、衣服の洗濯、好き嫌いの多い主人の食事に違和感なく野菜を盛り込む事、維持管理に必要な用具の手入れ、空間の拡張、数え上げるときりがない。その技能を研鑽することも従者の務めであると、十六夜咲夜は語る。

 

 高らかな声音で淀みなく奏でられた言葉からは、仕事に対する熱意と誠実さが感じられる。

 

 咲夜は開店前の「Cross road」の休憩室で様々な質問を投げかけられ、それに応える質疑応答。所謂面接というものをしていた。

 

 先程の回答は「この従者って具体的にどんな仕事なの」という御手洗梓の質問に対するものであった。

 

 このような事態になったのは数刻前に遡る。

 

 

 

 

 

 喫茶店の朝は早い。

 

 食材の仕入れ、店内外の清掃、食材の仕込みなどがあるあからである。数にしてしまえば大したものでないように感じるが、その一つ一つが時間と根気のいる作業で、開店前にすべてをこなすためには、必然的に朝早くなる。

 

 それはしんしんと雪の降る冬至の早朝でも同様である。

 

 夜半より降り始めた雪は「Cross road」の玄関の前に薄く積もり、まだ日の上りきらないうちだというのに雪を掻いている人影が見える。厚着をした人影は体格から男とわかり、せっせと掻かれた雪は一輪車に乗せられている。

 

 幸いといえることは、小粒の雪がひらひらと舞う程度であまり屋根に積もらなそうなことだろう。屋根を掻くほどの雪であればこの路地は安全性に欠け、通ることは叶わなくなる。

 

 掻いた雪を乗せた一輪車を路地から運び出し人里の外れへと運んでいく。何人か手押し車を押している人とすれ違いながら外れにある広場へと向かう。人里の北地区で掻かれた雪は外れの広場に集められ小山となり鎮座していた。

 

 この程度の雪は家屋に影響はほとんどないが店を営む者達はこぞって掻く、客入りは悪くなるし、入口を雪が覆っていれば人の来ない店として更に客足が遠のく。そんな思惑の下に小山がうまれた。

 

 

 

 

 

 数回も往復すると店の前から大通りまでの路地は片付き、地面が顔を覗かせる。使用したスコップと一輪車を片付ける。

 

 納屋へと用具をしまい終え、重労働で温まった体とは対照的に厳冬に震える手を白い息で温めていると、その瞬間を狙いすましたように音もなく咲夜が現れる。

 

 男は突然の珍客に驚き足を滑らしそうになるが寸前で踏みとどまる。

 

 時間を止めて移動することができる咲夜は、能力を知らない人からすれば突然現れたかの様に見え、しばしば驚かれる。この男は能力を知っているし、何度かこうして近づいたこともあるが、いまだに慣れず大仰に驚く。

 

 普段は落ち着いている男がこうして平静を欠いている。その差異がなんともおかしく咲夜はついからかってしまう。

 

 深呼吸をし、なんとか落ち着きを取り戻した男は会話のイニシアチブを取るため先手を打つ。

 

「なんなんですか十六夜さん、それは心臓に悪いのでやめてください。それで、何か御用でしょうか」

 

 コーヒ豆の交渉に行く時も、淹れ方の教えを請う時もこうしてからかったからなのか、どうにも対応が雑になっているような気がする。それでいて客として行った時には丁寧に対応するのだから器用なものである。

 

 単刀直入に用件を伝える。

 

「青山さん、私をこの店で雇ってください」

 

 店員の男、青山康輝は取り繕った平静を投げ捨て、「え」と間の抜けた音を漏らした。

 

 

 

 

 

 寒空の下、時間をかけて康輝が正気に戻ると咲夜を腫れ物に触るように恐る恐る問いただす。

 

「十六夜さん、とうとう御暇を出されたんですか」

 

「出されていないわ、それにとうとうって何かしら」

 

 若干食い気味に言葉を返し、咲夜は心なしか不服そうにしている。康輝は藪をつついて蛇を出してしまったと思い、話を進め誤魔化そうとする。

 

「と、とにかく私じゃ判断できない話なんで店長に伝えます。中へどうぞ」

 

 康輝はそそくさと逃げるように店へ案内をし始める。

 

「まあいいわ、それについては後で聞かせてもらうから」

 

 誤魔化せていないことに気付かないふりをし、事の顛末を店長へと伝える。

 

 雪の為早くから店の支度を行っていたので、開店時間までかなりの余裕があり、すぐに面接を行う運びとなった。

 

 

 

 

 

 咲夜に履歴書を記入してもらい席についてもらう、対面に三人が座り休憩室で採用面接が開始される。

 

 ゆるく暖房のきいた密室に沈黙が満ち、梓が最初に口火を切る。

 

「この従者って具体的にどんな仕事なの」

 

 水を得た咲夜は滑らかに語りだす。

 

 

 

 

 

 ひとしきり話し終えたのか、咲夜はふうと一息ついて「以上が従者というものです」と話を締めた。

 

 随分と長く語られたそれに三者三様に内心で感嘆を憶えるが、表には出さず詰問する。

 

「どのような理由でこの店で働こうと思ったんですか」

 

 康輝が面接における雛形ともいえる直球を投げ込む。咲夜はあらかじめ用意していたかの様につらつらと言葉を並べる。

 

「従者としての研鑽の為です。以前の異変では後れを取ってしまいましたが、今後の異変では紅魔の従者として恥じる事の無い様より高見を目指したいからです。」

 

 従者としての修練をしたいというのはもちろんわかるが、続けられた言葉には疑問符しか浮かばない。

 

 以前の異変とはもちろん紅霧異変の事を指している。首謀者側の咲夜が後れを取ったというのもわかる、そうでなければ異変は解決していないからだ。今後の異変という言葉からも首謀者側か解決者側かわからないが、何かしら関りを持とうとしていることが理解できる。

 

 だがこれらが繋がると全く理解できない怪物になる。

 

 異変とはこの幻想郷で起される異常な状態を指す。これを博麗の巫女が中心となって解決する。この一連の流れはスペルカードルールあるいは弾幕ごっこという呼び名のルールに則って行われる。

 

 「力」「技」「美」で魅せあう、人妖問わずの真剣勝負である。

 

 そこに人に仕える能力は必要無い筈である。先程あれだけ熱心に解説された従者というものがまたわからなくなる。

 

 梓は形のいい顎に手を当て、康輝は眉間に指を当て悩んでいることがわかる。咲夜からすれば当たり前のことを言っただけで、考え込む要素など無い筈だったがどうやら違うらしい。

 

 康輝が指を下ろし顔を上げ、咲夜に追求しようと試みるが低い声に遮られる。

 

「理由は分かった。細かい仕事は梓と康輝に聞いてくれ」

 

 店長は巌の様な体を起こし、休憩室を後にする。ほっとしたような様子の咲夜と、理解の追いつかない二人が残された。

 

「なんかよくわかんなけどおめでとう」

 

 店長がどこで雇うと決めたのかわからなかったが梓は祝いの言葉を贈る。「これからよろしく、難しい話は康輝君としてね」と店に戻っていった。

 

 残された康輝は未練がましく二人が発って行った扉を見つめるが、咲夜に「あの」と控えめに声を掛けられ向き直す。

 

「あ、えっと、おめでとうございます」

 

 何となく疑問符を伴った歯切れの悪い祝詞を贈られ、咲夜はとりあえず微笑んで受け取る。康輝は休憩室の鍵の付いた書棚から書類を取り出し続ける。

 

「それじゃあ、うちの勤務体制と給与について説明します。その後で希望の勤務時間帯と日程を教えてください」

 

 

 

 

 

 開店時間近くとなり、慌ただしくなり始めた店内で梓は店長に問いかける。

 

「どうして十六夜さんを雇うと決めたんですか」

 

 純粋な疑問である。少ない質問から真面目な人柄であると伺えたが、店長がそれで即決することは珍しい。実際、康輝の面接はもっと時間をかけ行った。

 

「仕事に誇りを持っている人間だ、信頼できる」

 

 梓にはわからない感覚だが、長年の経験からかそう判断した。

 

「ただ……あの子はどこを目指してるのか」

 

 しかし経験だけでは人を理解することはできないらしい。

 

 

 

 

 

 咲夜の今後の勤務方針は、従者としての本分をおろそかにせず紅魔館での業務に支障が出ないよう勤務するようだ。幸いこの店は人手不足と言うほどでは無い為勤務時間に融通は効く為問題は無い。

 

 康輝はふとしたことに疑問を抱く。

 

「そういえば、スカーレットさんにこの話はしてあるんですか」

 

「問題ないわ。きちんと書置きを残しておいたから」

 

 問題しかない回答に何度目かの苦悩をする。上司の許可は間違いなく出ていないからだ。

 

 康輝はついに考えることを止め、咲夜に丸投げをする。

 

「頑張って説得してください」

 

 

 

 

 

 霧の湖の畔は周囲よりも気温が低くそこに立つ紅魔館も同様である。雪ともなれば更に冷え込む。屋敷内は暖炉などによって多少は暖かいが、大いなる気候には逆らうことはできない。

 

 レミリア・スカーレットはいつもより早く起床する。普段は咲夜が起こしに来るまでは起きないのだが肌寒さを覚え床から這い出す。

 

 朝日の入らない窓を開き銀世界を眺め、しばらく堪能すると寒さを覚え窓を閉める。何かが可笑しい、違和感を感じる。咲夜が来ないのだ、普段であれば自分を起こしに来るはずの。

 

 不審に思いながら咲夜の私室に向かう。早朝の屋敷内は乾いた空気がピンと張り詰めていて、真冬の厳しさを伝える。昼前になれば妖精メイド達が起き出し、居ないよりまし程度の掃除を始めるが、今廊下を歩くるのはレミリアだけである。

 

咲夜の私室の前に立ち扉を三回ノックする、返事がない。拡大する不信感を抑えひと声かけて部屋の扉を開く。

 

「咲夜、入るわよ」

 

 開けられた扉の向こうは、書棚と机のみがしかない整頓された部屋だった。そこに人の気配は無くどうやら随分前にこの部屋から発ったようだ。

 

 咲夜が寝込んでいない事に安心するも、机の上に置かれた書置きに視線を釘づけにされる。

 

 仕事を探します。探さないで下さい。

 

 綺麗な字で書かれた簡潔な文章は、レミリアに戦慄を与えた。

 

 

 

 

 

 紅魔館の地下には図書館があり、蔵書は魔導書で埋め尽くされている。ここには百年程前からレミリアの友人のパチュリー・ノーレッジが居る。

 

 大図書館は上の屋敷と比べて、寂々たる空気に満ち、紙をめくる音すら聞こえるほどだった。最近でこそ白黒の魔法使いが訪れることが増え騒がしくなったものの、早朝や深夜は以前と同じ佇まいを見せる。

 

 パチュリーにとって朝は重要である。魔法使いは睡眠や食事は必要なくなり、時間の感覚がどうにも曖昧になる。曖昧となった時間を正し頭を切り替えるため、始まりを告げる朝を重視するのだ。

 

 最近では昼時は騒がしく落ち着いて書を読めない事もあり、パチュリーにとって朝はより重要な時間となった。

 

 静寂を崩す足音が聞こえ、読みかけの本を溜息とともに閉じ、側に控える使い魔の小悪魔に二人分の紅茶を用意するよう告げる。

 

 勢いよく扉が開かれ騒がしい客が図書館に入って来る、予見していた通りのレミリアだ。その表情は焦りが見え隠れし、カリスマなんてものは投げ捨てているようだ。ここまで焦っているのはいつぶりだろうかと考えるが、レミリアが近づいてきたことから考えるのを止める。

 

 席に着いたレミリアは出された紅茶に手を付けず、綺麗な字の綴られた便箋を机に置き重い口を開く。

 

「パチェ、咲夜が家出したみたい」

 

「とうとう愛想を尽かされたのね、レミィ」

 

 レミリアは血色の無い肌を紅潮させるが、そんなことは無縁とばかりに言葉を紡ぐ。

 

「あれだけ無茶させて給料も休みも気紛れ、今まで文句の一つも言わないほうが不思議だったわ」

 

 炊事、掃除、洗濯等の家事を筆頭に、やれ屋敷を広げろだの、やれ妹の様子を見てほしいだの、やれ異変の手伝いをしろだの、いくら咲夜が超人的な完全で瀟洒な従者だとしても人間なのだ限度がある。

 

 痛い所を突かれた為か、レミリアはしょんぼりと萎れている。もう少し訓戒すべきだったかとパチュリーは自戒する。何しろ、人間の従者など初めてなのだから。

 

 パチュリーは「そんなにやらせて大丈夫かしら」と問いかけた事があるが、レミリアに「私の従者なら大丈夫よ、問題ないわ」と返されたので以降特段気に留めていなかったが、気に掛けた方が良かったのかもしれない。

 

 親友から目を離し、机の上の便箋を見遣る。

 

 仕事を探します。探さないで下さい。

 

 猛烈に嫌な予感が浮かび上がる。あの娘は一見完全だがどこか世間とずれた所がある。はっきり言ってしまえば、もうパチュリーにはこの文章の意味が出奔でないような気がしてならない。

 

 急に真剣味が薄れ、馬鹿馬鹿しくなる。

 

「能力で見えたのかしら」

 

 と確認すると、ふるふると首を横に振る。十中八九レミリアの勘違いだろう、だがこんな書置きを残す咲夜も咲夜である。お互いにボタンを掛け違えているのに気付かずにいるからこうなってしまった。もう随分とわかったつもりでいたが、他人を理解するのは難しい事だ。

 

「じゃあ、大丈夫だと思うわ、自分と従者を信じて待ちなさい」

 

 今言えることはこの程度だろう。

 

 長たる品格を持つが早合点しがちな当主に、完全だがどこか抜けた従者、割れ鍋に綴じ蓋な二人である。そんな究極とは程遠いここの居心地がなかなかに良い。少し不安そうな表情であったが、確かな足取りで戻る親友を見送り、くすりと微笑み冷えた紅茶を呷る。

 

 

 

 

 

 パチュリーの予想通り咲夜は昼頃に何事もなく帰ってきて、仕事が決まったとレミリアに告げもう一悶着起きる。

 

 

 

 

 

 余談ではあるが紅魔館の福利厚生は劇的に改善した。

 

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